第三話 二日目 7
「えー、見なくていいよ」
「そんなこと言わないで、いいじゃないですか、雪先生」
早速先生扱いする優乃。
「先生のさっ」
山川が優乃に言った。
「BLだから」
その瞬間、優乃の頭の中に流れる甘美なイメージ。
BL、それはいたいけな乙女の禁断の世界。イケナイ甘い世界で女の子をおぼれさせる…だめだめ。
ふらっとあっちの世界に入りそうになる自分に気付いて、優乃はハッと我に返った。
危なく脳内詩人を演じるところだったわ。危ない危ない。
「そうなんですか。私も前にBL読んだことありますよ。面白いですよね」
「いやー、もういいよ。その話は」
雪が照れくさそうにその話を打ち切って、引越しの話をした。
「で、明日なんだけどさ。引越し、何時からやる」
雪は安に言ったのだが、山川が素早く反応した。
「まず、状況を整理しよう。今日大家から餞別代わりに来たのが、大八車」
えっ、と優乃が驚いた。
「大八車ぁ。リヤカーじゃなくてですか」
「大八車。せめてリヤカーだったら使いやすいのに、今時大八車なんて、民族博物館行きだって」
安がため息まじりに言う。
「大八車もりっぱな運搬車ですよ」
冷静に返す山川。早速業者のような顔つきだ。
「で、荷物が段ボールに入ってるのは、僕と安さん。雪先生はどれくらい出来ました」
「私は、ほとんど紙とか筆記用具だったから、だいたい終わったよ。残ってるのも明日の午前中もあれば終わるかな」
キラン
山川の目が光った。明日の予定が一気に組み上がる。
「優乃ちゃんは段ボールほとんど開けてないよね。よし。午前中に優乃ちゃんと雪先生のを終わらせるつるもりでいこう。で午後から安さん、最後に僕の順番で運びましょう」
「山、こっちは最後でいいよ。山は明後日バイトだろ」
「そうしてもらえると助かります。じゃ三番俺で、最後に安さんの運びます。優乃ちゃんと雪先生は戻って、明日の準備をして下さい。よろしく。ロープとか必要な物は朝一で僕が用意します。とにかく何でも段ボールに入れて、大八車でも運びやすいようにしておいて下さい。他に何かあるかな」
どうしても大八車で運ぶのかな。
優乃は小声で聞いてみた。
「あの、軽トラとか借りたら」
「レンタカー屋が近くにない。明日朝一で近くのレンタカー屋に借りに行くにしても、時間がもったいない。それに大八車なんて今時使う機会なんてめったにないよ。これはいい人生経験になる。大八車かぁ、まさかこんなのが使えるなんて夢みたいだ」
山川にとっては大八車で引越しをするのが大事で、軽トラは選択肢に入っていないようだった。なにやらしきりに頷いたり、手を動かしたりしている。どうも荷物の積み方のシュミレーションをしているようだ。
「洗濯機とか冷蔵…」
「大八車はそんなに弱くない」
優乃に全部を言わせない迫力で、大八車を力説する山川。
安も雪も優乃の軽トラ案に賛成なようだが、山川のあの嬉しそうな顔を見て、あきらめたようだった。
「よし。そう言うことで、明日七時から、よろしく」
山川が一人元気に立ち上がって、軽い足取りで戻っていった。
「じゃ、明日」
雪もあきらめたように立ち上がる。
「はい」
優乃も力なく立ち上がった。
明日、すごく体力使うかも。
もう気が重い。今晩は大八車にうなされそうだった。




