第三話 二日目 5
「あの。安さんの番号は」
「あ、僕、電話持ってないから」
えっ、電話持ってないってどういう事。今時そんな事、あるわけないじゃない。分かった、違う聞き間違いよ。『電話持ってない』じゃなくて、『ペンは持ってない』って言ったのよ。ペンがなかったら番号書けないもんね。今、書いてるじゃない。
目を白黒させる優乃に、安はもう一度言った。
「僕、電話持ってないから」
「あぁ、安さん、持ってないから。ホントだよ」
山川も当然という顔だ。
「ホントにホントにホントに、ないんですか」
「ないよ。別にいらないし」
信じられない。
「だって、じゃあどうしてもって時は、どうやって連絡するんですか」
「うーん、どうしてもなら、電話に出るまで鳴らしてもらうしかないね」
どうしてもって時に、部屋にいなかったらどうするのよ、と心で突っ込む優乃だった。
「大抵は大丈夫だよ」
携帯がなくても、平然としている安。
優乃にはまったく理解出来なかった。
「彼女とかが外出先で連絡したいときは、どうするんですか。困るじゃないですか」
「学生の時は、毎日学校で会ってるからいらなかったし、なければないで何とかなるよ。それによく手紙書いてたし」
「手紙で好きって書いたこととかあるんですか」
急にロマンスの香りを感じて、優乃はドキドキした。
「書いたよ。電話もいいけど、手紙って情緒があるじゃない」
気負った様子もなく言う安。
変な人のクセに、ちょっと格好いいじゃない。たとえば、私が好きな人から手紙もらったら、嬉しいかも…。隣同士の幼なじみで、ちょっと格好良くって女の子に人気があって、いつもは私にイジワルするのに、ある日学校の帰りに呼ばれるの。そうすると、彼が口じゃ恥ずかしいから手紙で書いたって、顔を赤くして私に手紙を渡すの。そうすると家で読めよなって、彼は走って先に帰っちゃう。私は家に帰って、夜手紙を読む。キャー。そしたら手紙に「好きだ」って書いてあったりしちゃって。あぁんっ、もう可愛いんだから。やだ、何考えてるんだろ。でも、でもよ。実は安さん、私にそれをやりたいんじゃないかな。きっと、もうすぐ私に、これ読んでって手紙を渡すんだ。あ、意外とここは郵便で来るかも。おなじアパートに住んでるのに、わざと郵便にしたりして。キャッ。でもダメよ。私、まだ彼氏は持たないの。あぁやっぱり手紙もいいけど、電話でも話したいじゃない。夜、電話ごしにお互いの気持ちを語り合うの…。ねぇ、今何してるの…。
「山ぁ、今、何か悪いこと言ったかな」
「…いえ別に」
突然黙り込んでしまった優乃を見て、二人はとまどってしまった。
優乃は顔を伏せて、赤くなっている。
怒らせちゃったのかな、と安は心配になった。




