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要するに死にに行くということだ

「使えた……魔法を使えた……」

 自分が魔法を行使して敵を倒したことにモレストロは感動していた。リアルではゲーム等でしか味わえなかった敵を倒すという爽快感。しかしながらモレストロはそれを爽快だと思うことに少し罪悪感を感じていた。

 ただ、今までに魔法が使えないということで散々ミレストにコケにされてきたため、少し見せつけられたと思いほっとした。

「すごいわね。モレストロ。うん。これは素直に認めてあげるわ。……ただ、妬いてるわよ」

 ミレストはむっとした表情で続ける。妬いている。何に嫉妬したのか、モレストロはやはり理解できない。

「だって、私は長い間魔法を練習してきたけど、なかなか制御できない。けどあなたは、三日で魔法を制御して敵を倒したわ」

「まあ、事実だもんな。俺ってすごい」

「……焼くわよ?」

 今度は嫉妬ではない。


 ミレストの指先から火の粉がパチパチと音を立てていた。準備完了! いつでも飛んでいける! という具合に。

「王女様、抑えてください! これ以上Shist Caveを破壊するわけにはいきませんよ」

 シュダインが、がれきを集めながら言う。彼も、今回の戦いで疲労をかなり蓄積したため、魔力が足りていない。その証拠に、蝶の動きが非常に鈍くなっている。

「シュダイン……すまん、俺が中佐まで倒せれば」

「いいんですよ、モレストロ殿。ようやく、モレストロ殿の魔力が開花したんです、それを祝うだけで十分ですよ」

「またまた、うまいこと調子のせようったってそうはいきませんよシュダインさんよー! 社交辞令はいりませんよまったく!」

 日本で濃い文化の一つ、社交辞令。今のシュダインの言葉は、日本では社交辞令に近いものとしてとられるのだろうが、シュダインははてなと首をかしげた。

「社交辞令? いやいや、私の本心ですよ。……あなたたちを受け入れるようになって、リアルのことを調べたのですが、どうやらリアルのあなたたちが住んでいた、日本という国は社交辞令という文化が濃いようですね」

「あれ、本心だったの?」

「もちろんです。モレストロ殿に対して嘘なんてつくはずないじゃないですか」

「いや、社交辞令は嘘とは違うんだけどね」

 モレストロは戸惑いつつも、洞窟の壁に掛けられていた時計を確認する。午後十時。

「おっと、もう夜の十時か。早いな。シュダイン、早めに寝て、朝早く出発しようぜ」

「そうですね。アウス帝国が私の首を取りに攻めてきた、この事実があります。まだあなた方が次期王夫婦とバレてはいないでしょうが、どの道再び私を狙いに来るかもしれません。ちょうど出口の封鎖も溶けたところですし、早めにShist Caveを出ましょうか。目指すは王家ですよ」

「そうだわ。私も早く王城に行きたくなったかもしれない!」



 王城へ行く。

 モレストロはこの言葉を聞くたびに悩むようになっている。ムーヴの存在が、どれほど彼の心を動かしたのか、言うまでもない。

 そろそろ決意を固めるべき時期、というのは彼自身理解している。しかし、どちらに転んでも自分に災難が訪れるのではないか、と。もしこのままシュダインについていけば、ミレストと自分が死んで、すべて国王の思惑通りになる。

 自分がここで二人と別れれば、それこそシュダインとミレストを不安にさせることになる。

 でも、二人を救うための選択肢は前者である。自分が行動しないと二人が死ぬ――俺は守護王になるべきか、と葛藤したことをモレストロは思い出した。 

 この国では、守護王は国王に命じられて守るべきものを守る人物たちを指す。


 しかしモレストロはあの国語の授業を思い出した。

『あなたは王になるかもしれない。

 あなたは迫りくる悪から守る役割を担うかもしれない。

 そんな人物を私は、守護王と定義する。

 今の生活が平凡だ、そう思っているあなたはなってみないか?守護王に』


「……っ!」

 今自分がなるべきものは何なのか。空虚のものでしかない、王という地位を手に入れようとして哀れに死ぬのか。このままミレストたちともう少し長く一緒に時間を過ごして死ぬのか。


 それとも、自分の成すべきことをして、もしかしたらあり得るかもしれない国王の謀略を破る。そして本当の意味でシスト王国を守護する者になるのか――


 もう、覚悟はできている。

 何をすべきか。自分の運命も、全て見えている。

 チャンスは、今晩――



「宿舎が壊れてしまったので、今日はここで野宿ですね、しょうがありません。しかしながら、王家の特権で、どこでも空調機をつけることを許されているのでここでも十分かと思われます」

 シュダインは懐から何かを取り出し、操作を始めた。魔法を使うのか、とモレストロは想像したが、普通にボタンを押しただけであった。

「あれ、魔法は?」

「モレストロ殿は少し勘違いされているようですが、シスト王国は魔法に長けている国ではありません。寧ろこういうものを開発するのが得意なんです。だからほら、快適でしょう?」

「まあ、そうなんだけどさ。……まあいいや」

「では、お二人様、おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」

「おやすみなさい、モレストロ、シュダイン」



 ずっと寝ていない。モレストロは顔を伏せ、目を開けたままじっと待っていた。二人が寝息をたてるその時を。

 シュダインはいびきをかいて寝ている。おそらくぐっすり寝ているのだろう。

「短い間ですけど、世話になりました」

 声にもならない声で、別れを告げる。シュダインは見向きもせず、ただ寝息をたてるだけ。

 この感謝の言葉は社交辞令ではなく、本心であった。シュダインはなんだかんだでモレストロの心の支えだったのだ。


 次にミレスト。眠るときでもその美貌が崩れることはない。もう見納めになるのか――という寂しさがこみ上げてくるが、それを必死に抑える。

「長い付き合いだったな……さようなら」


 二人を起こさないようにゆっくり立ち上がり、少し距離を置き肉体的瞬間移動でShist Caveの出口へと駆け抜けた。

「よし……さて、どこに向かおう」

 尤も、行き先も分からないし、そもそも他の守るべきものがどこにあるのかもわからない。ムーヴを頼るしかないか――そう思うモレストロだが、ムーヴは神出鬼没のため、あまり頼れない。それにここから離れなければ――という気持ちが彼を駆り立てる。


「ハッ」

 どこかで聞いたことのある高笑いが、洞窟の中で反響する。その声は外にまで響いた。

「あなたって……バレないとでも思ったの? モレストロ、いや康友」

 間違いなくミレストである。寝巻のまま、洞窟から出てきた。

「康友って……お前リアルの名前で呼ぶの嫌ってたじゃないか!」

 そう、ミレストは何故かモレストロにシストの文化を強要していた。

「あら、失礼。つい。でももしかしたらもうあなたと会えないかと思ったから。……で、脱走してどこへ行くつもり?」

「すまん。言えない」

「言えないほどの理由なら、行くのはやめなさい。今すぐ戻って、さっさと寝袋にくるまりなさい」

 ミレストの目は真っすぐモレストロの黒い瞳を捉えている。その目は怒りに満ちていた。

「言おうとしても……言えないんだ! お前に言えたことじゃない」

 モレストロは言ってから後悔した。自分はどうしてこう、いつも言葉の選びが悪いのかと。もっと言い方はなかったのだろうか。またミレストを傷つけてしまう――と。

「なんであなたはいつも……そうなのよ」

「すまん、ミレスト……いや美樹!」

「今さら頭下げたって遅いのよ! いい加減にしてよ! どうして! どうして少しも! 私の気持ちに気付いてくれないの? ドうしテいつも私を傷ツけるの? ねエドウシて? 答エて……」

 モレストロはミレストの異変に気づく。ミレストは、体中から炎を発生させ、それに包まれている。明らかに魔法が暴走しているのだ。

「バーサーカー……」

 そう、バーサーカー。どの魔法指南書にも、必ずついてくる言葉である。

 魔法は便利なものだが、その反面感情の揺らぎで抑えきれなくなることがある。そして極限まで行くと、自分の感情というものが無くなり、全てを破壊するだけの恐ろしい魔法の使い手になってしまうのである。

「美樹! 聞こえるか! 美樹!」

「コタエロ……」

「まるで届いちゃいない……そんなバカな……美樹が」

 確かにミレストは魔法を暴走させてしまう傾向にあった。しかしモレストロは信じたくないのである。

 モレストロは一歩、二歩と後退する。

 逆にミレストは、徐々に徐々に炎を強める。その炎はもうモレストロに届きかけていた。それは明らかに殺戮者の攻撃。モレストロはもはや怯えていた。

 ――戦いたくない。一番戦いたくない人物なのに。もはやミレストは、モレストロのことを『排除対象』としか見ていない。


 そして炎は――弾け出る。


 モレストロの第一歩は速かった。咄嗟に肉体的瞬間移動を発動させ、右へ横っ跳び。しかし次々と放射されるミレストの炎をかわし続けるのは容易ではないと判断し、一旦岩陰に隠れる。

 ただ、今のミレストの状態だと直接攻撃は不可能。飛び道具がないモレストロ。肉体的瞬間移動の使い手は、こういった場合困らされる。まして相手がミレストだとなると、余計にためらいが生まれてしまう。

「どうする……」

 今モレストロにできることは、肉体的瞬間移動を駆使し、炎をかわし続けること。それ以外の術を、モレストロは必死に模索する。

 そして思いついたのが、傍らに落ちている石に肉体的瞬間移動の魔力を打ち込むこと。しかしそれはアウス帝国の専売特許――モレストロにできるのか。

 が、できた。理由は理解できないがどうでもいい。モレストロはミレストの足元を狙い、石を放り投げた。石は光よりも速く飛んでいき、ミレストの足元に滑り込む。

 が、それはすぐに姿を消した。

 そしてミレストもダメージを受けた様子が全くない。

「溶かした……だと」

 ミレストの周囲にはどれほどの熱エネルギーが流れているのか、と想像すれば恐ろしい。石を溶かすなど考えられない。

「ミレスト……お前」

 しかし憐れむモレストロに、ミレストは容赦をしない。次々と小さな火の玉を作り出し、モレストロに向けて発射する。モレストロは肉体的瞬間移動でかわそうとしたが、動揺で少しタイミングが遅れてしまう。

 そして火の玉は、モレストロの両足を射抜いた。

「あああああああああ!」

 まさに焼けるような痛み。激痛に耐えきれず、モレストロは倒れる。もはや肉体的瞬間移動は不可能となってしまった。筋肉自体が損傷してしまえば、魔力をつぎ込んでもそれに耐えきれるハードウェアがない。

「あいつ……本当に俺を殺しに……どうして」

「ドウシテ」

 ミレストが一瞬反応した。

「オマエノ……セイダ。ワタシノキモチヲナニモワカロウトシナイオマエノセイダ!」

 怨念のこもった火の玉がモレストロを襲う。

 魔法で死ぬことは少ないというが、このままだと両方の身が亡びるという危機感すらモレストロは感じていた。

 モレストロは何とか簡単な守護魔法を使い、ダメージを軽減させたものの、火の玉は直撃する。

 ダメージは少ないと思われた。しかしモレストロは痙攣してしまう。

「寄生の魔法……」

 自らの攻撃を相手に寄生させるという高度な魔法を、ミレストは操っている。

 モレストロは再び焼けるような痛みに襲われ、もがき苦しみとうとう気絶した。

 

 倒れているモレストロを確認し、高笑いするミレスト。その人物は、もはやミレストの仮面をかぶった悪魔であった。

「コロス……ワタシノキモチヲワカラナイモノハコロス!」

 再びミレストの周囲を包んでいた炎が強まり、大きな球体型になる。全ての力を、それに注ぎ込んだような。そんなイメージである。

「サヨナラ、ダレカ。ワタシヲクルシメタ、ダレカ」

 

 もはやその周囲の温度は上昇し続け、草花が枯れていく――


「全く。バーサーカーなんか久々に見たな。よっと」

 影のような何かがミレストの前を通過。

巨大な球体はかき消され、ミレストが憤慨する。

「ダレダ。ワタシノジャマヲスルノハ! ダレダ!」

 ミレストは球体を失いつつも再び小さな火の玉を複数作り出し、声の主を探した。

「やれやれ、しぶといなあ……あれだけやってもまだ鎮まらねえか。モレストロ。もう俺が誰だか分かってるだろ? とりあえず起きろ」

「くっ、ムーヴか。助かった。ミレストを助けたい」

 モレストロは隙をつき物陰に身を潜め、ムーヴの姿を確認した。

 ムーヴは、ミレストの死角の位置を常に保って浮いていた。ミレストの火の玉は、なるだけ規模の小さな魔法で防いでいた。もちろんミレストに場所を悟られないためだ。

「助けろというなら、お前があいつにキスするんだ」

「えっ」

 モレストロは耳を疑った。

 キス。

 キス。

 キス。


「待て、何で俺がミレストにキスしなきゃ……」

「何でも何もないだろう、あいつがお前に対して怒っているのは明らかだ! だからキスして機嫌とれって言ってるんだ!」

「だから何でキスなんだよ! 俺はあいつが俺の何に怒ってるかわからない……」

 モレストロが心境を吐露した瞬間に、ムーヴが魔力依存性瞬間移動を使ってモレストロに接近し、モレストロの胸倉を掴んだ。

「どうしていつもそうなんだ……お前は! わかってやれよ! あいつの気持ちを! いくら思いを伝えようとしても、ぶっきらぼうなお前を見て、どれほどつらいのか! わかってやれよ! まして、自分から永久に離れようとするお前に、いつもの調子で何でもないように去ろうとされたら、そりゃあ発狂するに決まってんだろうが! お前もあいつのこと好きなんだろ? 長い間一緒にいたあいつを命の危険にさらしたくない、っていうのはただの友達っていう感情じゃないんだろ? 照れてんじゃねえよ! 命にかかわるんだぜ!?」

「命に……」

 モレストロはリアルでの生活を思い出した。自分が死ぬわけではないのに走馬灯のように蘇る記憶。

 二人で一緒に帰ったこと、真串と三人で仲良く会話したこと、たまにミレストが見せた寂しげな表情――


「あの表情はもしかして……」

 モレストロはふと、ミレストのあの表情は全て自分が悪かったのではないか、と思った。ようやく気がついたのである。純粋無垢な鈍感男が。

 ミレストは本当にモレストロのことを慕っていた。でも、全く気がつきもしないモレストロを見て、諦めかけていた。

 そんな複雑な思いの中、王家の命令とはいえ、モレストロと夫婦になる運命になった。それなのに、モレストロはその事実にドキドキすることもなく、平然と魔法を覚えようとして、勝手に出て行こうとしていたのだ。

 二人が恋愛関係に発展しなかったのは、モレストロが鈍感すぎる故だった。そのことに、モレストロは初めて気がついた。


 無意識に走っていた。後ろから援護してくれるムーヴの実力を信じ、依然炎を放ち続けるミレストの元へ走る。

 肉体的瞬間移動を使えばいいものの、モレストロは魔法を使わずに走っていた。自分に正直になりたい――その気持ちが、魔法を否定した。


「俺が――助けなきゃ」



 とうとうミレストの前までたどり着いたモレストロだが、そこは恐ろしい暑さで覆われていた。

 しかしモレストロは弱りながらも一歩一歩ミレストに近づき、とうとうがっちりと彼女の肩を掴んだ。

 そして同時に、後方からムーヴがミレストの炎を封じ込める。これでようやく、モレストロが会話することができる。

 しかしミレストは未だバーサーカーの状態である。そのため予断を許さない状況であることは変わりない。

「ミレスト……美樹!」

 いきなりであった。

 唇を押しつけたようなもの。しかしミレストの体の中から何かが抜けて行き、ムーヴがそれを捉えた。

 そしてミレストはキスに応える。

 

 熱く――そうしたかったのはモレストロだが、既にミレストの体力は限界に達していた。ミレストはその場に崩れ落ちた。

「え、死んじゃった……?」

 モレストロはミレストの命を心配する。

「大丈夫だ。お前はしっかりやることをやり遂げたな。今は余計な魔力が抜けて放心状態になっているだけだ。とりあえず、さっきまでの間に起こった全てのことを忘れているはずだ。……お前とのキス以外は」

「え!? それは残るのかよ!」

「むしろ好都合じゃないのか? たとえお前がこれから命を絶ったとしても、ミレストはお前のキスを忘れないんだから」

「くっ……」

「今までの思い出なんか捨てたほうがいい。お前のこれからやることは、死ぬ確率が八十%のことだ。要するに死にに行くということだ」

「え、それじゃあ残っていた方がよかったんじゃ」

「残っていた場合の死ぬ確率はな、モレストロ。百パーセントだ。まして、ミレストも死ぬ。お前は英断をしたんだ。誇りに思え。それにあのキスも、後に大きな効果をもたらすだろう。さあ急げ、もう少し離れたところに行かないと、シュダインに勘付かれる」

「でも、ミレストが」

 モレストロは横たわっているミレストを気遣うが、ムーヴ曰くその必要はないようだ。魔法でシュダインのところへ戻すらしい。なんでも魔法で解決できるこの世界に感心する一方で、それをめぐって死んだタルタロス・ルカのことをモレストロはふと思い出した。


「俺は、この世界を変える」

「ん?」

 モレストロの突然の言葉に、ムーヴは耳を傾ける。

「俺は、魔法が人を苦しめるこの世の中を変える。シスト王国とアウス帝国が争うなんてことはもうやめさせる。

 そのために――俺は――俺は――何も恐れない。人を殺めることも、何も。俺が罪人になろうが、俺自身を犠牲にして、この世界を守りぬいてやる」

「えらい決意だな……」

「それが、本当の守護王ってもんだろう……」


 彼の胸にあるのは、やはりあの言葉であった。



『あなたは王になるかもしれない。

 あなたは迫りくる悪から守る役割を担うかもしれない。

 そんな人物を私は、守護王と定義する。

 今の生活が平凡だ、そう思っているあなたはなってみないか?守護王に』


 自分はもしかすると、あの時からこんな運命だったのではないか。

 それは死ぬことを受け入れることであり、命に代えても人を守ること。


 そんな境遇に、弱冠十五歳の少年が立たされている――


「わかった。ムーヴ。でも俺はどこへ行ったらいいのかわからないんだ。クロノスさんのところは知ってるけど、洞窟にはシュダインとミレストがいる。だから、他の場所を模索しないといけない」

 行き先が分からなければ、どうしようもない。そこらじゅうにアウス兵がはびこる今、無意味に五里霧中するのは危険すぎるのだ。

「そうだな。とりあえず、砂漠地帯の守るべきものを探すべきだな。あそこの守るべきものはちょっと特殊でな。魔力もそうだが、国が本当に機密にしたいものが置いてある。それを取得すれば、お前はこれからの行動がすごく楽になるはずだ」

「それって……守るべきものの場所が全て明記されてるって解釈していいんだよな?」

「それだけじゃない……かもしれない」

 ムーヴが少し迷った末に出した言葉だった。それほど迷うべきことのようだ。

「え、なんだよそれ」

「えーい、気にするな! とりあえず砂漠地帯はここからかなり近い。北へ行け! そしてそのあたりで強力な魔力を感じ取ったら、そこが守るべきものの場所だ。間違いない。王家の人間は、守るべきものの気配を感じ取ることができる。

 なら裏切りが可能だと思うかもしれない。しかし王家の人間は、守護王に攻撃できないように、王城で洗礼を受けるんだ。無論、ミレストもシュダインも受けただろう。だがモレストロ、お前はその洗礼を受けていない。この世界に迷い込んだ、『ただの』王家の人間なのだ。だから、今王家の人間で裏切ることができるのは、お前しかいない――はずだった」

「――はずだった?」

 ムーヴは何故かその言葉を付け加えた。そう、本当にそのはずだったのである。つい最近までは。

「しかしだな、一人だけイレギュラーがいるようなんだ。まあまだ表立った動きはしていないみたいだがな」

「そうなのか……まあ、今は気にしないのがベストだな」

「ああ。今は、な。じゃあ俺は行く。モレストロ、いいか、次会うまでに死ぬなよ」


 ムーヴは前触れを見せることなく忽然と消えた。


「一人……か」


 モレストロは今自分が一人ということを改めて自覚し、自分のすべきことを再確認した。

「北へ――そこで戦わなければいけない。でも、でももしかしたら、もしかしたらそこの守護王もクロノスさんと同じ考え方ならば――」

 しかしモレストロは思い出した。守護王は守るべき物を守れなければ死ぬのだ。モレストロと同じく、命をかけて何かを守っているのだ。彼らにとっても正義、モレストロにとっても正義。


 正義と正義のぶつかり合いほど、非情なものはない。


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