さあ、戻りましょう
夕食はやはりスシラメンであった。
スシラメンはまずくなく、美味しいためモレストロもミレストも拒絶しないが、それでもシスト王国に来てから、食事のほとんどがスシラメンである。
モレストロは当初、食事がスシラメンばかりなのはシュダインの趣味だと思っていたが、民宿での料理もそれなため、スシラメンはこの国の文化の一つだということを理解した。
「イッツユニバーサルカルチャー! ……ごめん、言ってみただけだから。流してくれ」
「ったくもう」
モレストロが自らの足を見ると、かなりすりむいていて、切り傷だらけであった。
「うわ、酷い怪我じゃない!」
モレストロの視線につられたのか、ミレストもその傷を見たようだ。
「大丈夫大丈夫。俺のことなんか心配するなって……」
「駄目」
ミレストは右手を差し出し、まるで魔法を使うかのように――否魔法を使うために右手に力をためていた。
「何する気だ? 燃やすのか?」
「そんなわけないでしょ! ひどいなあ。……治癒魔法よ。少し勉強したの。えい!」
ミレストの指から光が飛び出し、モレストロの傷口を塞いだ。傷はみるみる取れて行き、やがてなくなった。
「ほう、治癒魔法を覚えたのですね、王女様。いやはや習得の早いこと。これは血というものなのでしょうか」
シュダインが拍手する。
「血?」
モレストロは傷が治癒したことを実感しながら訊く。
「ええ。血統です。
なんせ、王女様はキセロラ家の血をついでいられるお方。我が国で最初に魔法を使えるようになったのはキセロラ家ですからね。国王も強力な魔法の持ち主です。 ……ただ、クロノス様がおっしゃった通り、タルタロス・ルカは本当に強い魔法の使い手だった。おそらく国王でも敵わないだろう……それに、他の守護王の方々も、手を組めばかなりの力を持つでしょう……」
モレストロは先ほど聞いたムーヴの話とシュダインの話を照らし合わせ、考えた。
「やっぱり、おかしい」
「何が?」
「いやいやなんでもない!」
危うくミレストにバレかけた。この考えていることをすぐ口に出してしまう癖はどうにかならないものか。
悩みながら廊下を歩く。今夜も寝れそうにないな、と呟き部屋に入る。
「確かここから王城までの道のりで、もし守るべきものの場所がわかるなら――いやわからないか。シュダインでも知らないんだし。でも、Shist Caveは謂わばパワースポット。ということは、パワースポットを探し当てればいいのではないだろうか、という考えに至ったのだ。俺はやはり王を倒し、そして国を救う術を考えなければいけないのだろう――」
モレストロは布団にもぐりこみ、悩みに悩んだ。
ムーヴの話が確実に信じられるものなのかと問われると、わからないのが今のモレストロの心情。王を殺すなど、下剋上にもほどがある。
「でも――」
ムーヴは、モレストロだけではなくミレストの命までもが消えると言っていた。 そして、何故それに至るか、具体的な経緯も教えてくれた。――作り話にしては出来すぎではなかろうか。
そもそも、この魔法の世界で、時を超えることなど簡単なのではないか、とモレストロは推測する。
「じゃあ、俺はやっぱり王を殺さなければいけないのか? けど、今の俺の力じゃ、王はおろか、シュダインすら倒せない……どうにかしないと」
幸い、モレストロの体はまだ動いたため、布団から出て、再びトレーニングルームへと向かった。
深夜のトレーニングルームは、無人で閑散としていた。しかしモレストロにとってこれは好都合。いくら転んでも誰かに嘲笑されることもない。自分を高めるのにピッタリの場所だ、と踏んだ。
魔法というものは、一度使えるようになると少しばかり『慣れ』を起こすようで、モレストロは意外にも肉体的瞬間移動を並に使えるようになってきた。
「ハア、ハア……でもまだだ! ここから攻撃できないと! でも格闘術なんか誰に習えば……」
「モレストロ殿、あなたは本当に熱心ですね」
シュダインである。寝巻で、今起きたような雰囲気だ。
「シュダイン……何故ここに来た?」
「あなたのことだ、またここに来ると思いましてね。意外と頑張るお方なのはあなたを観察していればわかります。歯がゆい思いをしたときの表情といえばそれはもう……」
「やめろ! それ以上言うな恥ずかしい」
シュダインはクスッと笑い、再び話を戻した。
「それで、遠くから見ていたら瞬間移動を覚え始めていたので。後は物理技かなと思いましてね」
「でもお前、蝶を使って戦ってるし物理技苦手なんじゃないのか?」
シュダインはクックと笑う。
「私の蝶には限界があるのです。私はむしろ、普段は物理技を鍛えていましてね――」
目の前にある、強度大のサンドバック。
モレストロの動体視力では捉えきれないほどの速度でシュダインの足がサンドバックに突き刺さり、そして破壊した。
「どうです? 指導するには十分かと思われますが」
「……わかった。教えてくれ」
「はい」
シュダインはほほえみ、モレストロを個室へと誘導した。
「手技、足技両方使えた方が当然得なのはあなたも理解できるでしょう。というわけで、このヘルメットをかぶってください」
視界を遮るほど大きなヘルメットを、モレストロは言われるがままにかぶった。
「モレストロ殿、今何が見えますか?」
モレストロの視界には、迫りくるアウス兵の姿があった。
「敵が……いっぱい」
「そうでしょう。では、そいつらを全員駆逐してください。これがトレーニングです。大丈夫、あなたが怪我をすることはありませんが感触はあります。
現実的にシャドートレーニングができるようになっているのです。これはシスト王国の最新技術ですよ? これを三日続ければ、おそらくそこそこ戦えるようになると思います。どうせShist Cave出口が三日間通行止めなのでちょうどいいです。その部屋で食事もとれるので、特訓してください」
「え、そんなちょっと待ってくれ! 俺、こんなところに三日も一人っきりなの!? スイートルームは!? おい!」
シュダインは無視し、廊下に戻っていった。
「……これで、いいのですね。ムーヴとやら」
「ああ。それでいい」
シュダインの背後から、ムーヴが現れる。
「私ははっきり言ってあなたが誰なのかよくわかりませんが、モレストロ殿を強くすることは私も必要だと思っていました。王になるためには必要な要素ですからね、強さというものは。……でもあなた、一体何のために?」
「……」
ムーヴは口を閉ざした。
「まあ、無理に詮索するのは私も好きではありませんが……しかし、浮遊魔法とは珍しい。それを体現するのは難を極めるのに」
「おほめの言葉、ありがとうよ。じゃあ俺は行かないと。あ、モレストロに俺のことを口外するなよ? まあできないだろうけど」
「口止め呪文……ですか」
ムーヴは再び姿を消した。
「さて、私は三日後に備えて……寝ますかね」
ミレスト、シュダインが寝息を立てる中、モレストロはまだ特訓を続けていた。謂わばマゾであるが、寝るつもりはないようだ。
「こいつらいくら倒しても湧いてきやがる……上半身を襲ってきたら腕技! 下半身なら足技だ! ひきつけて、敵を利用して一気に蹴散らせばいい!」
モレストロは戦い方を少しずつ習得していく。無論、シュダインの狙いはこれである。
三日後朝。
モレストロの特訓部屋には時計がないため、モレストロは時間という概念を忘れかけていた。
腹が減ったら食べる、眠たくなったら眠る。ただ本能的に行動する、それしかしていない。風呂にも入らずに。――特訓部屋にも風呂くらいあるのだが。
一方、Shist Caveに再び危機が迫っていた。
「王女様、こちらへ! いざとなれば私たちも応戦しないといけなくなるかもしれません!」
「シュダイン、クロノスさんは? あの人がいれば……」
ミレストは平静を保とうとしているが、明らかに浮足立っている。
「ここはShist Caveの出口付近。クロノス様の行動範囲からわずかにそれているのです!」
「そんな……まるでアウス帝国が入ってこれるように仕組んだようじゃない!」
――あながち間違いではない。
「王女様、モレストロ殿を呼んできてもらえませんか!?」
「モレストロを? どうして! あいつ、一昨日こけてた奴ですよ?」
「失敬。王女様。それを言うならあなたもまだまだ不安定な魔法の使い手。まして火の魔法は制御できなくなると危険な魔法。それを使いこなせていないあなたは、モレストロ殿と同じです。
まして、モレストロ殿はこの三日間鍛えてきた。本当に失礼なことを言いますが、王女様はこの三日間、モレストロ殿ほどのことをしていない。戦力になるのは、あなたではなくモレストロ殿です」
「お前! なんて失礼なことを! けど今は、アウス帝国がこの洞窟に進攻している時……あなたを信じるわ。行ってくる」
外で爆撃音が鳴り響く中、シュダインは屋外へ、ミレストはモレストロのところへ向かった。
シュダインが目にしたのは、もはや不意打ちであった襲撃に備えることができなかった一般人の無残な屍である。
彼が推測するに、出口の通行止めの情報を嗅ぎつけたアウス兵が、出口付近に潜み、出口の封鎖が解けた瞬間、一気に入り込んだという。
「ちっ……早く王城からの増援が欲しいなあ……これは一人じゃ厳しいぞ。相手も少々実力があるようだし……今までとは違う戦いだな」
ざっと十人ほどのアウス兵に対峙するはシュダイン一人。さすがに心ともない。
「しかもあれ、中佐が指揮をとってるな。やばい。機動力もあるぞ」
シュダインはまだ自分の存在に気づかれていないことを確認し、物陰に隠れた。
「アウスめ……目的は何だ。でも一人でも! とにかく戦わなければ! 私は! 王家の命令でここにいるのだ!!!」
シュダインは敵の前に颯爽と飛び出し、次々と蝶を繰り出していく。
狙いは中佐。彼さえ倒せば兵力を一気に削ることができるためだ。
「蝶魔法、舞!」
シュダインの指から飛び出した無数の蝶が、大きな蝶を型どり、アウス兵に突進していく。が、アウス兵は素早くかわしてナイフを取り出した。そして魔法を行使し、素早く刃を研いだ。
「ちっ、速いな。肉体的瞬間移動の応用か? だったら! 足元から崩せばいい!」
蝶魔法を発動しようとするシュダイン。しかし足元をとられていたのは彼だった。
右足に刺さっているナイフ。切れ味抜群で、右足を動かすことができない。ひざまづくシュダインを、中佐は嘲笑していた。
「ハハハハハハ! シストのエースとてこんなものか」
「喋った……だと! アウス兵ごときが! 否、中佐か。なら前例がないわけではないな。寧ろ指揮官はよくしゃべるんだったな」
本来アウス兵はテレパシーで会話するのだが、中佐だからか、会話能力がある。
「今のはな、魔力依存性瞬間移動の魔力をこのナイフに移したのだよ。簡単なこと。お前の足に、と念じればいいだけなのだからな」
「だが……俺の魔法は飛び道具だぞ? 足を封じたところで……」
「あいにくだが、こちらもお前を警戒していないわけではない。シュダイン・ミレシアといったな。お前はかなり強い魔法の使い手ということで当方でも登録されている。
今日の私たちの目的は、ずばり貴様の命だ。シュダイン・ミレシア。この軍隊は、今までの軍隊とは実力が違う。指揮官がいるだけでどれほど違うかは、貴様も重知しているだろう。
――長話になったな、つまり、お前の蝶程度は軽々避け、利用してお前を亡き者にする実力がある軍隊だということだ。悪いが情けをかけるつもりはない」
「そうか。なら俺も策を巡らせ……」
アウス兵は素早かった。一瞬でシュダインの懐まで接近、キックを決めるための動きを始動した。シュダインは蝶を繰り出し、動きを封じこめようとするものの、背後から迫る別の兵に妨げられた。
「ぐはっ……」
シュダインは兵士になってから負けを知らなった。しかし今、彼は体を貫かれた――それが意味することとは。
「まだだ!」
どこからか聞こえる若い声。
「モレストロ……殿。でもあなたどこにいるのです……?」
モレストロからの返事はなく、シュダインは幻聴だったと思い諦めかけた。しかし――
力を振り絞って顔を上げると、アウス兵が次々と見えない何かに倒されていく。
「まさか本当に――肉体的瞬間移動をマスターしたというのか?」
鮮やかに、それはもう、シュダインの魔法である蝶のように、シュダインに迫りくるアウス兵を次々と蹴散らしていく。
モレストロの姿を捉えることなど不可能。なんせ瞬間移動なのだから。
「シュダイン、治癒魔法を施してあげるわ」
ミレストであった。少し覚えた治癒魔法を、シュダインの足に当てている。
「ありがとうございます……姫君」
モレストロはとにかく速い。アウス兵はモレストロを確認できないまま、中佐を残して全滅した。
「ハア……はあ」
モレストロは息を切らしてしまう。魔力を敵に行使すること自体初めてなのにもかかわらず、フルパワーで戦ってしまった代償か。
「今だ! 風魔法、『スクエア・ハリケーン』」
中佐はモレストロから少し距離をとった後に風の魔法を発射した。モレストロは四角形の風に捉えられ、苦しみもがく。
「この! 負けるか! 肉体的瞬間移動――」
「そうはいかない」
なお強い風が、モレストロを襲う。モレストロはさすがに動けず、もがくこともできず倒れてしまう。
「クックック。肉体的瞬間移動は、あくまで肉体に魔法をかけるもの。その肉体を弱らせれば、肉体は魔力に耐えられなくなり、魔法が発動しなくなる……
見る限り初陣のようだな。初陣にしてはよくやったと思う。だが――お前に二度目はない。さらばだ!」
中佐は風の剣を振りかざし、モレストロの首元目がけて振り下ろす。そして突き刺さった――
突き刺さったのは蝶であった。シュダインは先ほどの怪我がなかったかのように立ちあがり、臨戦態勢に入って行った。
「さっきはフェアじゃなかったからな……今は一対一。真剣勝負だ。面白いでしょう?」
「二体一だ。お前にはそのチビがいる」
「モレストロ殿、下がっていてください。もう大丈夫。私を信じてください」
「ああ……」
モレストロはミレストに引きずられながら退陣する。ミレストがモレストロによく頑張ったと励ましの言葉を送っているのがシュダインにも聞こえた。
「さあ、一対一だ」
「ハ、けが人が」
中佐の嘲笑で戦いの火ぶたは切られた。
もう両者はそこにはいない。
シュダインはミレストの治癒魔法で回復したとはいえ、素早さが完全に復活していない。
洞窟の中での戦いということで、移動可能な範囲が少し狭くなるのが、風を使う中佐には少し不利であった。
ただ、彼も考えがあった。まずは頭上の岩を片っ端から落とし、浮かせる。そして次々とシュダインに向けて発射する、というものだ。
「さあ、岩よ私の元へ――」
しかしシュダインはそれを読んでいた。当然である。このシチュエーションで有効な攻撃は、元からあるものに魔法をかけ、利用することである。
だから彼は既に魔法を仕掛けていた――
「蝶!? だと! 私を食べようとしているのか――」
「私の純粋な蝶たちがお前の肉など食すとでもお思いですか? そんなことするわけないじゃないですか。――その蝶たちは、魔力を喰らいます。結局あなたを食べていくことには変わりないのですがね」
「な……」
「どうです? 風を思い通りに扱えなくなってきたでしょう。肉弾戦しかありませんねえ」
今度はシュダインが嘲笑する。次期王夫婦はここまで誰かをコケにするシュダインを初めて見たことになる。
「まだだ! 風よ、私に力を貸してくれ! 『アウス・トルネード』!」
「あいにく、風はあなたに味方する気満々ですが、あなたがそれを受け入れられてないのですよ。
責任はあなたにあります。
あなたが弱いから、風を生かしてあげることができないのです。わかりますか? わからないならば、もっと言ってあげましょう。
風は、本当はあなたの言うことなんか聞きたくありませんし、あなたに協力することもしたくない。いや、風だけではない。あなたの周りの人間、動物、魔法全てが本当はあなたを拒んでいるのです。あなたはその程度の器なのです」
シュダインは中佐をコケにしたあと、蝶を繰り出して中佐の技を跳ね返した。
「このカウンターは、痛みを倍返しにするように鍛錬してあります。どうです? 痛いでしょう」
中佐は倒れたがすぐに立ちあがった。
「あらら、しぶといのですね。意外です。大半のアウス兵は、倒れれば殺されずに済むと思っていますからね。無論、今日の私はあなたを消し去る腹づもりでいます」
「できるもんならやってみやがれ!」
中佐はできるだけ身軽になり、肉体的瞬間移動を発動した。が、シュダインにすぐに見破られてしまう。
「なんです? かけっこですか? 私を舐めているのですか? ……そうか、あなたはアウス帝国にまで捨てられたのですね」
「何故そんなことを……アウス帝国は俺たちの帰還を待ってる」
「いえ、誰もあなたなど待っておりません。あなたのように、私相手に多くの軍隊を率いてこない浅はかな人間が、歓迎されると思いますか?
……私はアウス帝国もそこまで甘い国ではないと思います」
中佐は強がっていた。しかしそれをシュダインに全て崩されてしまったのである。
シュダインの次の一手は速かった。
「まあ、魔法ごときでは結局あなたを殺すことができませんからね。とりあえずこちらの軍に回収させます」
背後から『ミレシア・バタフライ』。気絶しないはずがない。
シュダインは息を荒げることもなく、気絶した中佐を背に二人に笑顔を見せた。
「さあ、戻りましょう」
仕事人、シュダイン・ミレシア。いざとなれば心を鬼にするその心の強靭さを、ミレスト、モレストロは垣間見たのであった。