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路頭に迷え

「こんな時にリアルを思い出すとはな......」

 モレストロは空を見上げる。だがそこに空はない。Shist Caveは長い。彼らの頭上に青空が現れることはなく、延々とゴツゴツした岩がつきだしているだけである。モレストロはリアルの秋芳洞のような、美しい洞窟を思い出したが、このShist Cave、特別綺麗な風景があるわけではなく、長いだけという認識をした。


「私たちがいくら思い出しても、リアルの人々は私たちなど覚えていないのよ。くだらないこと言ってないで、早く魔力を目覚めさせたらいいのに」

 ミレストは、リアルを捨てている。彼女は元はと言えばシスト王国の人間であるため、モレストロほどの思い入れはない。モレストロは、親はリアルにいるし、自分の全てを突如として奪われたのだから、切り替えは難しいのだろう。

「まあまあ二人とも。そろそろ洞窟の中の町が見えてくるでしょう。今晩はそこで過ごしましょう」


 シュダイン、ミレストは頬に傷を負っている。アウス兵は容赦ないため、切り傷くらいはしばらく残る。

「あ、王女様。魔法を使うのは修行してからですよ。自分で制御できるようにしてからにして下さいね」

「わかったわよ」

 ミレストは不機嫌そうだったが、やむを得ず従ったのであろう。

「なあ、美樹……いやミレスト。お前変わったな。リアルではもっと他人に気を使ってたってのに」

 ミレストはモレストロを睨みつける。明らかに上段の時の目ではない。

「ねえ、今さっき私言ったわよね。リアルを思い出すなって。学習しないとか、そういう可愛い問題じゃないの。分かる? 不快なの。リアルの話を持ち出さないで。王家への忠誠を誓った私たちは、リアルを忘れなければならないのよ」

「俺は誓っちゃいない」

 モレストロが反抗的な態度をとると、ミレストが現実を突き付ける。

「じゃああなた、王家に逆らえるの? あなた、王家に養ってもらえなかったらどうするの? 生きて行く術はあるの? この異世界で、あなたが一人で生きていけるの?」

「無理だ」


 即答である。ミレストの言うとおり、この世界で一人で生きていこうなど無謀なのだ。

「それなら黙って王家に従って、次期王になったほうが得策でしょうが。子どもじゃあるまいし、いつまでも我がままいってるんじゃないわよ」

「で、でもお前はいいのか?」

「一体何度言わせるの。私はもうリアルを捨てているの。だから掘り下げないで」

 モレストロはもう何も言えない。この話を何故かシュダインは聞いていないようだ。そして光が見えた。モレストロは眩しく感じるが、ミレストには希望の光に感じる。この時点で感覚の相違がある二人である。

「よし、民宿に入ろう」

「え、私も一緒の部屋で寝るの?」

「いえ、王家関係だということを私が証明するので、そうすれば個人のスイートルームを借りられるでしょう」

「スイートルーム!?」


 モレストロはその単語に喰いつく。ミレストはため息をつき、別な場所に視線をやった。もうモレストロに絡むことに疲れたのだろう。

「ていうか民宿にスイートルームって」

「あり得るんだな、それが」

 シュダインが鍵を二人に渡す。

「鍵はそれです。呼べば夕食は持ってきてくれるはずです。部屋に呼び鈴があるということなので、それを使って下さい。あと、もしもの時はこの魔法陣の中心を強く押して、私が来るよう念じてください。そうすれば駆け付けますので。では私はここで。


 シュダインは二○五号室に入った。モレストロは二○六、ミレストは二○七号室である。

「じゃあ、ここで」

 モレストロが挨拶するが、ミレストは無視し、部屋に入った。ぶっきらぼうなミレストを見て、モレストロは自分のしたことを振り返りながら部屋に入っている。

「俺何かしたかな。えーと、確かあいつがとらわれた時何もしてやれなかったな! それだ、きっとそれだ。あいつ、俺が魔法の修行を上手くサボろうとしてるって思ってるんだ!」

 見事な勘違いである。こんな二人が王夫婦になれるのかと思うほどすれ違いが生じている。


 そもそも、二人はリアルで親友だったのに、ここまで仲に決裂が入っている魂胆は、明らかに決めつけられた将来であろう。

 昨日までただの親友だった二人が、突然二人が夫婦になるという運命を言い渡される。拒否権はないのだ――

「俺はどうすべきかなあ」


「お前は王になるな」

 太い男声。モレストロは部屋にシュダインがいないことを確認し、カーテンを開けた。豪勢な部屋のため、もしかしたらどこかに人が潜んでいるのではないか――とはモレストロは考えず、何故かカーテンを開けた。



 だがその行動は正解だった。ベランダよりさらに向こうで、スラっと背の高い男性がモレストロを見つめていた。顔立ちはよく、モレストロと同じ黒髪である。

 しかも浮いている。


「お前は王になってはいけない運命だ」

 見知らぬ男の突然の忠告に、モレストロは驚いた。

「え、どういうことですか、あなた誰ですか、なんで浮いてるんですか!」

「質問が多いな。私はムーヴ。身元は言えん。浮いているのは魔法の力だ。お前も魔法は目にしているだろう」

「浮遊魔法……そんなのもあるのか。知らなかった。でも、一体どういうこと?」

「モレストロ、お前は今、王城に向かっているんだな?」

「どうして俺の名前を? 俺たちの任務は極秘のはず――」

「私は王家の人間だ、とでも言っておこうか」


 ムーヴは意外とカンがいいモレストロに驚いていた。

「お前はそのまま王城に向かって、王になるんだな? そしてミレスト・キセロラと結婚し、リメンセーバという姓を失う。まあその姓も元は違うか。――久保康友よ」

 久保康友はモレストロのリアル時代の名前――言わずもがな。

「どうしてそれを? それは王家の秘密のはず」

「私は王家の人間ということにしておいてほしい、もっと言ってやろう。お前の特技は全力疾走だろう。お前が習得すべき魔法は瞬間移動。それも肉体的なものだ」

 ムーヴという男が、ここまで自分を知っているという事実にモレストロは怯えていた。


 自分の特技が走ることというのはシュダインですら知らない。

「あなたは一体何者なんだ……」

「言ったでしょう。王家の人間、ムーヴ。――ということにしておいてください」

「お前にもう一度忠告するが、王になってはいけない。お前は王城に行っても、王にはなるな。全てを失うことになる。全てをだ」

 ムーヴの表情が再び強張る。さっきまでは緩んでいた表情が再び引き締まるように硬直する。その目は明らかにモレストロを睨んでいる。

「全てって、例えば」



「ミレスト・キセロラ」

 言われた途端、ミレストが殺されるシーンが脳裏に浮かんだ自分をモレストロは呪った。

「想像できたか? お前の命が奪われるのは当然だ。とどめに、このシストもアウス帝国に呑まれる」

 劣勢な今のシスト王国。モレストロはムーヴの言葉を現実的に捉えた。

「じゃあ俺はどうすればいいんだよ! 王にならなきゃ、路頭に迷うんだぜ! 何も知らない、この土地で!」



「路頭に迷え」


 衝撃的である。初対面の人間に対してここまで直接的に物を言えるということがモレストロは恐ろしいと思った。これが魔法の使い手なのかと思うほど。

「え……」

「路頭に迷って、シスト王国を「お前の手で」潰せ。お前の大切なものを失わないためには、そうするしかない」

「俺の手で、シスト王国を潰す? そんなことがあっていいのか? 次期王候補が、シスト王国を潰すなんて」


「お前は王候補であってはならない! 一魔法の使い手として、一人で戦えるだけの力をつけなければいけないんだよ! いいか、お前は一応王城まで向かえ。そこで王を暗殺しろ」



「なんだと……王を暗殺? そんなの正気の沙汰じゃねえよ!」

「正気じゃないのは王だ。お前クロノスと会ったんだろ? じゃあ分かるはずだ。守護王の真実を。あいつらは持ち場を動くことを許されない。強大な力を持つ魔法の使い手にも関わらず。そして守るべきものがどこにあるかは知っているか? あれの隠し場所は、全て王城から離れたところにあるんだ! これが意味することが分かるか? モレストロよ」


「全く」

 モレストロは首を振る。とんちんかんである。


「お前はパッパラパーなのか? それじゃあ王になったとしてもどっちみち国は崩壊するなあ。

 強い魔法の使い手がいるということは、王が権力で全てを決められないということだ。反逆されて頃されることも否定できないしな。

 だが、王は守護王と呼ばれる強力な魔法の使い手を全て蚊帳の外にした。そうなると、王に逆らえる力のある奴はいなくなったんだよ。王の魔力もかなりのものがあるからな」

「だからって、王が何かするというのか? シスト国王は、温厚な性格で知られていると聞くけど」

「うわべだけだ。王は、自らの独裁政治で、この国をアウス帝国に高額で売ろうとしている」


 モレストロは目を丸くした。国を売る、そのことがどういうことか理解できないのである。

「どういうこと……」

「国を高値で売って、自分は上手くアウス帝国に取り込まれようとしている。そこでアウス帝国へのアピールとして使おうとしているのが、お前ら次期王夫婦だ。お前らはシスト王国の次代を担う存在だ。その存在を消すことによって、シスト王国に未来はない、抵抗できる勢力はないということをアピールしようとしている」

「俺たちを使って……じゃあシュダインは何なんだ! 全部知ってて、俺たちを死に誘導しているとでも言うのかよ!」


 モレストロはシュダインを完全に信用しきっている。だからこそ聞きたい。唾が飛ぶほど叫んだが、この部屋には防音設備が施されているので問題ない。

「大丈夫だ。あの案内人は、何も知らない。王が企てていることを知っているのは王だけだ」

「なんであんたが知っている」


 ムーヴは急所を突かれ硬直した。

 がすぐに元に戻り、モレストロに背を向けた。


「わ、私はここで失礼する。いいか。今した話を絶対に口外するな。まあできないように魔法は仕掛けてあるけどな。また会おう。とにかくお前は、王城まで行けばいい。瞬間移動を覚えろ。やり方はシュダインに聞けばいい……否、この民宿、トレーニングルームがあるはずだ。そこにやり方が載っている古い書物がある。それを使って、一刻も早く魔法を使えるようになれ。その先にあるのが、王の暗殺だ。じゃあな」


 ムーヴはマントで身を覆い、一瞬で姿を消した。モレストロは何故か、透明マントという単語を思い出した。グラスの水が、シャンデリアに照らされ透き通っている。



 モレストロは、テーブルに置いてある民宿の案内を見た。冊子になっていて、色つきでわかりやすく説明してはいない。リアルのように、そう親切でもないようだ。


「あれ、これってもしや。ここに呟けってもしかして」

 そこには、「ここに呟いてください。そうすればその施設に案内します」と記されていた。


「よし、トレーニングルーム」

「こちらですね、ではそちらのグラスに手を突っ込んでください。そうすればトレーニングルームに移動できます」

「うおお! 冊子が喋った! グラスに手をっと」


 グラスに手を入れると、何かに全身を引っ張られる感覚に襲われた。モレストロは、部屋が全て見えなくなる直前に、冊子に「スイートルーム限定サービス」と書いてあったことに喜びを感じ、この部屋に入れることに感謝した――が、それは王家に面倒を見てもらっていることに感謝することにつながるため、複雑な気持ちになった。


 グラスから手を引っこ抜くと、そこは的があったり、自由に走れるレーンがあったりというトレーニングルームの名にふさわしい場所だ。

 各場所、それぞれそのレーンで練習できる魔法の種類が記されていた。瞬間移動のレーンは、部屋の一番奥で、リアルでいう陸上のトラックに似た場所をモレストロは見つけた。


「ここか。ムーヴのいう書物はこれだな」

 モレストロは「瞬間移動入門」という書物を手に取った。

「確か俺は肉体的な瞬間移動をするんだったな。えーと、三十九ページか」

 モレストロはそのページに書いてあることを読み上げる。


『肉体的瞬間移動と魔力依存性瞬間移動の違いですが、魔力依存性瞬間移動は、いわばテレポーテーション。自分が今いるところから、行きたいと思う別のところに自分が飛んで行くのをイメージし、あとは魔力を使って移動します。魔力のチャージにかなりの時間を要すため、戦闘では使いにくいと思われます。完全に移動用です。

 一方、肉体的瞬間移動ですが、これは、魔力で自分の身体能力を高め、人が見えないほどのスピードで移動するというものです。こちらは、膨大な魔力のチャージを必要とせず、走るだけで魔法は使われることになります。ただしこの肉体的瞬間移動は、長距離移動は不可能です。完全に戦闘向けになります。短距離ではかなりの威力を誇りますが、目標との距離が広がれば広がるほど、姿を確認しやすくなります。

 そしてもう一つ肉体的瞬間移動には難点があります。

 それは、この魔法自体が攻撃力を持たないという点です。瞬間移動して体当たりするという手もありますが、体当たりは自分にもダメージが来るので、あまりおすすめできません。

 そこで本書がおすすめするのは、格闘術を習得することです。格闘術を習得し、強力な力を得ることによって、瞬間移動した後の攻撃パターンを広げることができます。銃等を使う手もありますが、魔法の使い手に対して人々の産物である火銃器はあまり歯がたちませんので、格闘術を覚えることを強くおすすめします』


「格闘術……か。でもまずは瞬間移動を覚えないとな。えーと、どうやるんだ? まずは魔力を足に集中させる、そして地面を思いっきり蹴りあげる!」



「うげ!」

 モレストロは顔を地面にぶつけた。そう、転んだのである。一歩目から恐るべきスピードが出て、左足が耐えられなくなってあえなく転倒したのである。


「これはすごいな。これが魔力か……」

 これがモレストロの中で初めて魔力が芽生えた瞬間である。モレストロは立ちあがり、再び地面を蹴る。そしてまた転ぶ。それを一時間繰り返す。




「はあ、はあ、疲れたさすがに……でもマスターしないと!」


 モレストロは脇から、顔から汗をかきまくっており、満身創痍の状態だった。そしてとうとう――


「おりゃああああ!」

 一歩、二歩、三歩、四歩、五歩! 初めて連続で瞬間移動することができたのである。距離にして五メートル。しかしその五メートルがモレストロにとってとてつもなく大きな第一歩なのは確かだ。しかしさすがに力尽きて、その場に崩れ落ちた。


「やった……できた」

 天井を見つめる。蛍光灯が彼を照らしている。

「やりがいのあるもの……やっと見つけられたかもしれない」

「それはよかった」

 モレストロの視界を、シュダインが遮った。


「あんたなんで……」

「シェフから、定刻を二時間過ぎても注文がないっていう連絡があったもので。まあどこかで油売ってるのかと思いましたが、まさか練習に励んでいたとは。ようやくやる気を出してくれたのですね。嬉しいです」

「へっ……」

「しかし、何故瞬間移動が適正と気付いたのです?」

「それはな」

 ムーヴって奴に教えられたんだ。お前は瞬間移動が向いてるって。というはずだったが、ムーヴの魔法が発動した。


「ミレストにも言われたけどさ、俺ってリアルで足が速かったんだよ。だからもしかしてこっちでも足の速さ関係の魔法が使えるのかなって思ってさ。それで少し調べたら、瞬間移動が適正みたいだったからやってみたんだよ」

 モレストロは我ながら素晴らしい受け答えだと思った。ムーヴのおかげなのだが。


「なるほど、納得ですね。では部屋に戻って、夕食をとってください。いやいや素晴らしい。これは短期間で肉体的瞬間移動を習得しそうだ。さすがは選ばれた王候補」


 モレストロは不快感を示しながらも、それを口に出すことは許されないことを思い出し、表情を変えた。


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