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守護王

 シスト王国には天気予報がない。恐るべき兵力を誇ることができるような科学力を持ちつつも、天気予報をする技術がない。

 ただ、新技術というのは、人々の需要によって必然的に生まれるもので、実際シスト王国には兵力の需要があったため、重機が充実しているのだ。

 

 要するに、シスト王国には天気予報の需要がない。人々は、たとえ嵐でも、雷でも、外で作業を行う。そんな人々にとって、天気予報は足枷にしかならないのだ。まるで作業をするな、と言われているかのように気温が上がるのでご注意を、というリアルの天気予報を見た時、シスト王国の人々はどういう反応をするのだろうか。


 彼らにとって仕事ができることは喜びであり、生きがいでもある。それを予報などというもので妨害される――これを鬱陶しく感じるエネルギーを、シスト王国の人々は持っている。リアルの人々ならば、自分のすべきことをしなくてよくなれば、大抵は大喜びなのだが。こういったことから、シスト王国の人々とリアルの人々が、根本的に違うことがわかる。

 そんなシスト王国は、今日も快晴である。

「朝です」

 シュダインがそっけない口調で寝ている二人を起こす。ミレストはゆっくり伸びをしたが、モレストロは怒っていた。

「俺たち十五歳だぜ?あんた親じゃないんだから、起こさなくたって……」

「もう正午ですよ」

 シュダインは腕時計を見せる。

「へえ、時間の概念は一緒なんだ!」

「そうです。ちなみに正午は昼食の時間ですね。既にスシラメンのソテーを準備しています。スシラメンは変幻自在、いろいろな食物に変化します。どれも美味ですよ」

「本当に! やった」

 モレストロは安堵の表情を見せた。昨晩、夕飯が無かったため、食生活を心配していたらしい。

 気絶していた時間が長かったからか、モレストロは今一こちらの世界に来ていてどれほど自分の今までを捨てなければいけないか、理解していなかった。そしてミレストと、夫婦となる運命とされたことも。ミレストはそれを重知していたため、逆に動揺し、モレストロとどう接していいのか分からなくなっていた。

 しかもモレストロが普通に接してくるものだから、それが腹立たしかったのである。

「ミレスト、おはよう」

「おはよう」

 ミレストはため息をつき、シュダインの方を向いた。

「シュダイン、次はどこへ行くの?」

「滝に寄ろうと思っています。なんでも魔力を開花させることができるという伝説があるので。いつ敵襲になるかわからない。あなた方にも、魔法の実力はつけてもらわなければならないのです」

 ミレストはなるほどとうなずく。が、モレストロはシュダインの話など聞いておらず、再びミレストを腹立たせた。

「モレストロ! アンタ話聞いてた? 私たちは生死と隣り合わせなのよ? 少しは自覚持ちなさいよ!」

 ミレストがあまり憤慨するので、モレストロは驚いた。

「姫君、落ち着いて」

 シュダインが仲裁し、ようやくミレストはそっぽを向いた。

「――では、出発しましょう。とにかく、モレストロ殿には早めに魔力を示していただきたいですからね」

 ミレストは頷いた。そして既に出発の準備はできている。今の会話の間に、男二人の面前にもかかわらず素早く着替えを済ませている。

 しかしモレストロは、未だにパジャマで、出発の準備すらできていない。その様が、さらにミレストの怒りを誘発した。

「何でそんなに準備遅いのよ。私はあなたたち二人がいる前ですぐに着替えたのよ? 旅の準備も昨日のうちにやった。それなのにあなたはどうして何の準備もせずに……今自分が置かれている状況とか理解してるの? あなたはこの国の王となるのよ! いい加減にしなさいよ!」

 ミレストは炎を作り出し、モレストロに向けて放った。



「頭冷やせ!」

「いや……燃えるって」

 炎は真っすぐモレストロに向かった。そして、

――蝶を貫いた。

 シュダインが魔法で蝶の盾を築いていた。

「姫君、あなたはまだまだ魔法の使い手としては未熟な身。敵ならまだしも、身内に放つなど言語道断、昨日分かったと思いますけど、魔法は心臓を貫けば相手を死に至らしめる力があります。魔法を使うときはそのことを重知して使って下さい」

「そうそう」

 モレストロが調子に乗ってシュダインに賛同する。その笑顔にミレストはさらに憤慨した。

「――いいかげんにしろ!」

 再び炎を放とうとするミレシア。が炎は出ない。

 そしてシュダインが蝶でミレシアを縛った。ミレシアは喘ぎ、倒れた。

「いいかげんにしなさい姫君。私の話を――」

「だまりなさいシュダイン、これは命令よ! 次期女王の命令よ!」

「地位を鼻にかけるでない」

 シュダインが敬語ではなくなったのに気付き、ミレストは不満をあらわにした。

「なによ! あなた自分の立場を――」

 ミレシアは思わず引いた。あまりに圧倒的なシュダインの威圧感に。

「私は王家からあなたたち二人を叱ってもいいというお許しの元ここにきている。あなたたちを一人前の王夫婦にする、それが私の使命。だから多少厳しいことも言いますけれど、ご承知を」

「……ええ」

 ミレストは頷いた。すると彼女を縛っていた蝶が離れて行った。

「さあ、モレストロ殿、早く着替えて」

「あ、うん」


 モレストロは『旅』というものに疎い。守家自体が、あまり旅行をしない家庭で、最後に旅行に出かけたのが十歳時に京都で寺巡りをしたくらいだという。それも日帰りで。だからモレストロは旅に出る前の準備が非常に遅い。


 逆にミレストは『旅』というものに慣れていた。というのも、川崎家の両親は所謂富裕層で、ミレストはよく旅行に出ていたという。モレストロとは対照的で、最近はカナダのトロントへの観光旅行へ出かけたという。だからミレストは旅に出る前の準備が早い。


 経済的な問題で、モレストロとミレストの間に差が出るのは仕方ないことなのだが、それにしても遅いモレストロの準備にミレストは腹が立った。

「私……怒ってばっかりなんじゃ……」

 二人に聞こえないように呟く。


「さ、モレストロ殿の準備もできたようですし、それでは出発しましょうか」

 シュダインが地図を取り出す。シュダインの鞄の中は物でごった返しているのだが、その地図だけはしわがない状態で保存されていた。

「今、私たちはここにいます」

 シュダインは『cave shist』と書かれた場所を指差した。

「この洞窟は、シスト王国の中でも大きな洞窟の一つです。今日は、この洞窟から移動します」

「ちょっと待って、どうして俺らがその文字を読めるの?英語なんてないでしょ?この国」

 モレストロが『cave shist』を指差して訊く。

「魔法がかかっています。あなたたちにはリアルの文字に見え、私たちにはシストの文字に見える。言葉も一緒です。今私が話しているのはシストの言語ですが、あなたたちにはリアルの言語として聞こえる。逆にあなたたちがリアルの言葉で話すと、私にはシストの言葉として聞こえます。便利でしょう?」


「そうね。非常に便利ね。けど、私たちは一生シストの言語を知ることはないのね」

 シュダインは痛いところを突かれ、困惑した。ミレストの口調はいつもより厳しい。

「しかし、あなたたちもリアルのことを忘れたくないでしょう」

「忘れたいわ。だって……だって……」

「やめろ。ミレスト」

 ミレストはモレストロを無視した。

「誰も私たちのことなんか覚えていない。私たちがリアルにいた痕跡は何も残っていない。私たちが覚えていても、リアルは覚えていない。それならいっそ、忘れたい」

「やめろって!」



 モレストロは激昂した。モレストロもわかっていたことで、この事実を思い出すのは拒絶し続けていた。

「姫君、あなたの気持ちはよくわかります。しかし、あなたたちにはリアルの記憶を忘れてもらっては困るのです」

「なんでよ!嫌よ!」

「王の命令です。私にもわかりません」

「くっ……」

 王の命令と聞き、ミレストは小さくなる。

「では今日の旅の話に戻りましょうか。洞窟を進んでいくと、滝があります。そこは、魔力を目覚めさせるという伝説があります。そこに寄りたいと思います。この洞窟は非常に長い。しばらく外の光を見ることはできないと思ってもらえれば結構。

また、シスト王国の動物は王家に忠誠心を払っているので私たちを襲うことはありませんが、最近ではアウス帝国の侵略により、アウス帝国の動物が紛れ込んでいることがあります。奴らは私たちを襲うので、私が全て対処します。姫君は魔法を使わないこと」

「え、どうして?」

「洞窟はせまい。まだ姫君の魔法は不安定だから、下手に誤爆されるとここを生きて出られないからです。まあ、姫君の魔法が草とかだったら許容するんですけど、炎ですからね。炎魔法は使用者へのリスクも多大なんですよ。特に使い始めはね。動物程度なら私の蝶魔法で対処できますので心配なく」

 二人は頷き、鞄を背負った。

「では、とりあえず直進しましょうか。滝まで二時間ほどでしょう」


 洞窟は暗かったが、シュダインが魔法で照らしていた。シュダインの魔法の種類は蝶。しかし熟練した魔法の使い手となると、他の種類の魔法も軽くなら使えるようになるらしい。

 ――尤も、それはモレストロ、ミレストにはとても真似できないことなのだが。

「うひっ」

 ミレストの肩に水滴が落ちた。シュダイン曰く、シストではこれが天然水らしい。

「いや、加工されてないって意味じゃ天然水だけどさ、さすがに汚くないか?」

 モレストロが自分の方にも落ちた水滴を舐めながら訊く。

「汚い? 何がです」

「――あ、もういいよ」

 ――価値観の違い。


「シュダイン、あれは何?」

 ミレストはアーチ状の岩を指差して言う。色は緑で、彼女にとっては非常に奇妙。

「あれは魔法岩です。あれに触れると魔力を回復できるのですよ。ただシストの魔法岩はほとんど破壊されてしまいまして……」


 アウス帝国の仕業だと察しがついたミレストは、それを言うことはしない。

「魔法岩は珍しいですね。せっかくですし、私と、それと――魔力を見せた姫君も回復しましょうか」

「俺は? 俺も魔法の使い手なんだろう?」

 孤独は嫌だというモレストロの叫びにも聞こえた。

「ええ。しかし、魔力を示さなければ魔法の使い手ではありません。モレストロ殿、あなたはあくまで素質があるというだけで、回復する魔力がありません。だから触っても無意味です」

「――じゃあ、あれを触ったら魔力が目覚めるとかは?」

「ありません」

 モレストロの顔から血の気が引くのをミレストは見た。が無視した。

「シュダイン、早くしましょう。左手をかざせばいいのね?」

「ええ。では」

 二人は手を魔法岩にかざした。

 しかし手は磁石のように吸いつけられ、魔法岩にぴったりくっついて離れなくなった。

 


 突如現れた暗闇と同化する黒の光線を、シュダインは右手ではねのけようとした。が、左手から魔力を吸い取られ、本来現れるはずの蝶の盾が現れず、素手で魔法による攻撃を受けてしまう。

「きゃあああ!」

 断末魔の叫びは、ミレストによる。

「黒……黒い……」

「落ち着けミレスト!」

「きゃあああ!」

 モレストロの呼びかけも、ミレストには届かなかった。

 ミレストの目はぐったりとしたシュダインの左手に釘付けになっている。

 ――黒い。

「姫君大丈夫です。後で魔力さえ回復すれば治りますから。とにかく敵の居場所を確認したかったのですが、右手にかすかに残っていた魔力まで消し去られてしまった……光で照らすことができない……」

 再び黒の光線。シュダインは体から蝶を繰り出し、できる限りの防御を施すが、魔力が弱いためすぐに突破されてしまう。そしてその先にあるのは気絶であり、それはすなわち三人の敗北を意味することである。

「モレストロ! あなたが魔法を使えばいいのよ! 自分の得意なことを思い浮かべて!」

 ミレストは自分たちが勝利するための唯一の方法を提案し、モレストロもそれを承諾した。

 が、モレストロは承諾した途端、震えた。

 何が?

 体が。

「モレストロどうしたの! 早くしないと敵が――うっ」

 ミレストまでもを残酷に貫く敵の攻撃。未だに居場所は見えない。

 ミレストも気絶し、残るはモレストロだけ。

「――俺だけ」

 過ごしたこともない、全く別な世界で、自分にとっては謎の力を操る相手と鉢合わせしているのに、相手は何人いるかもわからないにも関わらず、魔法も使えない自分だけしかいない。

 ――ひとりぼっち。

 モレストロに、自分が得意だったことを想像する余裕などなかった。

 暗闇に潜む相手はあっという間にモレストロの位置を特定し、黒い光線を放つ。

 防御も施されず、魔法も使えないモレストロにその光線をどうにかする術などない。


 一発目は右肩を貫いた。右肩は黒く染められた。

 二発目は脳天を貫いた。頭が黒く染められる。

 三発目は、渦を巻くようにモレストロを縛り、地面にたたきつける。

 この時に頭を打ち、モレストロは完全に気絶してしまう。


 気絶した三人に近づくのは五人のアウス兵。彼らはシストの魔法の使い手を襲っては、魔力を吸い取りもはや戦闘不可能にすることを目的とした部署に所属する兵。


 要するに、三人は捕食されようとしている、ということである。



 やはりこのアウス兵も言葉を発することはなく、テレパシーで会話していた。

 そして一人がシュダインに近寄り、手をかざす。するとシュダインの体から透明な何かが吸い取られ始めた。これが魔力の正体なのであろう。これが完全に吸い取られた時、その人間はただの人となり、魔法の使い手としての存在を保てなくなる。シュダインはそうなることにどんどん近付いていった。


 刹那、その場に鉄砲水が襲いかかった。

 小部屋状になっていたその部屋だが、水がたまることはなかった。

 しかもその水は、三人を上手くかわし、アウス兵にあたるように制御されている。一度流れ切った水が、波を作るように再び現れ、アウス兵を襲った。


 アウス兵の中で素早い者が波を横っ跳びでかわし、水の発射主を探した。自然のものでないのは不可解な動きで既に理解している。

 その兵が光線を放つと、その方向で潤いたっぷりの盾が現れ、光線をはじき返す。アウス兵は自分の放ったはずの光線を受け、倒れた。

 そして盾の主が姿を現した。長身で髪の色は青色。未だ盾をまとっている。

「ったく……不用意に魔法岩に触れるなって忠告くらいしたらどうなんだ王家は……」

 彼はクロノス・オースプリア。水魔法の使い手である。

 

 残ったアウス兵がクロノスに襲いかかる。

 クロノスは水を自らの左腕に集約し、水の衝撃波を放った。アウス兵は四方八方に光線を飛ばす。もはやダメ元であるが。一発だけクロノス目がけて飛んでいったが、クロノスはそれを捻じ曲げた。

「早く立ち去れ……汚らわしい」

 アウス兵は空間移動の魔法を使って消えた。空間移動の魔法は、アウス帝国に代々伝わる術である。


「――さて。シュダインか……ほらよ」

 クロノスは三つの球体を創り上げ、一つずつ三人の胸に押し込んだ。

 最初に息を吹き返したのはシュダイン。彼を含む三人の体にある黒い部分はすぐに治り、肌色に戻った。目を覚ましてすぐに、クロノスの存在に気がつき頭を下げた。

 無論、敬意を示すためである。


「クロノス様、お久しぶりにございます! このたびは大変お手数をおかけしまして――」

 クロノスが遮る。

「待て。お前、王家から魔法岩に迂闊に触るなと忠告されたか?」

「いえ。むしろ便利だからどんどん使えと――」



 ため息が会話をストップさせた。無論、そのため息の主はクロノスであるが。

 もう一度口を開くクロノスの表情は曇っていた。

「王家は間抜けだな。いいか、もう迂闊に魔法岩には触るな。あれはもう使えないに等しい。アウス帝国の奴らが、魔法吸収のために罠として仕掛けている。ここにもとうとう植えつけられたか。『Shist Cave』もとうとう脅かされたってことだな。


 ――シュダイン、俺はこのガキを運ぶから、お前はそっちの女の子を運べ。とりあえず俺の家まで連れて行こう」

「はい。――ですがクロノス様、この二人は次期王夫婦候補です。ガキ呼ばわりはどうかと……」

「そうか、お前そのためにいるんだよなこんなところに。俺は王家を憎んでるから、ガキどもに敬意を示す必要もあるまい」

 クロノスはシュダインが付け入る隙を与えず、さっさと洞窟を進んでいった。

 モレストロはクロノスによって、またミレシアは魔力が回復したシュダインによって魔法で浮かんだ状態で運ばれた。



 滝壺がクロノスの家だ。クロノスは魔法で流れ落ちる水の間を真っ二つにし、道を作った。

「入れ。茶はない」

「ありがたき幸せ」

 二人は中に入り、モレストロとミレシアをベッドに寝かせた。

「しかし、クロノス様はこの滝壺にいらっしゃったのですね」

 クロノスはなぜかタンスに収納されているスシラメンジュースを取り出し、コップに注いだ。

「守るべきものはここにある」

「『守るべきもの』って何?」 

 モレストロの声だった。もう目が覚めたようだ。

 ――二秒後、彼は縛られていた。

「口を慎め」

 魔法の主はクロノス。水でベッドに縛り付けられていた。

「な……」

「モレストロ殿、紹介する」

「いらん。俺が名乗る」

 クロノスがシュダインを制止する。

「俺はクロノス・オースプリア。『守護王』の一人だ」


 ――あなたは王になるかもしれない。

 あなたは迫りくる悪から守る役割を担うかもしれない。

 そんな人物を私は、守護王と定義する。

 今の生活が平凡だ、そう思っているあなたはなってみないか?守護王に。


 モレストロはふと、あの国語の授業を思い出した。

「おい、守護王ってなんですかくらいないのかよ」

 クロノスが子どものような催促をする。

「すいません。ちょっと思い出したことがあって」

 モレストロの口調は丁寧語になっていた。

「まあいいわ。説明する。意外と機密事項だけど、お前らは次期王夫婦なんだろ?後ろの嬢ちゃんも含めて俺の話は聞いたほうがいいと思うぜ」

 モレストロが振り返ると、ミレシアはもう起きていた。


「ありがとうございます。クロノス様」

 ミレシアは当然丁寧語を使っている。寧ろ初対面の相手に対して崩れた言葉を使うモレストロがおかしいのだということをシュダインは理解した。

「シスト王国には、『守るべきもの』が五つある。それを守る者たちは、『守護王』と呼ばれているんだ。


 守護王は、それ相応の魔力を持った魔法の使い手しかなれない。それも、『守るべきもの』に選ばれた魔法の使い手しかな。俺は選ばれた。水魔法の使い手、クロノス・オースプリア。おそらく王城にいけば俺の名前はしっかり石碑に刻まれているはずだ」


「では、『守るべきもの』はどうして『守るべき』なんですか?」

「これを一つ失うだけで、その守るべきものがあった場所一帯の魔力が失われてしまう。


 今、はっきり言ってアウス帝国側に対してシスト王国が不利な状態にあるのはお前らも分かっているだろう。そこで王家は、王家所縁の五つの品に膨大な魔力をこめ、国内五つの場所に隠した。それの一つを、俺が守っている」


「つまり、その『守るべきもの』があれば、その地域は安全だと」


「違う。現にさっきもアウスの勢力が入り込んでいたしな。さっきも言ったな。場所一帯の魔力が失われると。はっきり言ってここ一帯を安全にする魔法なんて体現できたら俺たちはもうアウス帝国に勝ってる。けどな、それが不可能だから負けてるんだ。

 『守るべきもの』の効果は、『守るべきもの』がある限り、その地域には魔法の使い手が生まれるということだ」

「え、それって……」

「そう。たとえ平凡な人間の親が産んだ子どもでも、魔法の使い手になる。その土地から魔法の使い手が消え去ることはないんだ。


 シスト王国の一番の痛手は、魔法の使い手の少なさだ。魔法の使い手を根絶やしになんかされてみろ、終わるぞ。この国。実際されかけたからな。そこで王家は考えた。何か魔法の使い手を保存できるような魔法はないかと。


 そんな時ある男が名乗りを上げた。――もう十年も前の話だが――タルタロス・ルカ。最初の守護王だ。


 元から圧倒的な魔力の持ち主で、アウス帝国の精鋭軍隊に一人で対して圧勝したほどの力を持っていた。だが彼は気付いていた。いくら自分が頑張ったところで、魔法の使い手を根絶やしにされては意味がないと。それなら自分が犠牲になろう、なぜか彼はそう考えてしまったんだ。


 王家は五つの品をタルタロスの前に並べた。一つ目は古い書物。王家に古来から伝わる歴史書だ。これは、タルタロスもあっさり魔力を封印した。二つ目はボタン。初代シスト国王の服のものだ。一つ目同様、これも簡単に魔力を封印した。三つ目は初代シスト女王のブーツだ。この時だった。タルタロスの表情が歪み始めたのは。四つ目は、キマイラの卵だ」



「キマイラ?」

 モレストロは、リアルではゲームでしか聞いたことがない『キマイラ』という単語に反応した。シュダインが答える。


「鳥です。子孫が生まれない卵を産むのです」


「そう。そしてその卵は、王家ができた頃から飼われていたキマイラの卵。この時点でやめさせればよかった。そうすればタルタロスの命は助かったのに。


 最後は、王家が最初に採取したスシラメン。これに魔力を封印し、タルタロスは倒れた。魔力どころか、命までもを使い果たしたんだ。


 タルタロスは分かっていた。死んでしまうことは分かっていた。むしろ死を歓迎していたんだ。けれどそれを許してはいけなかった。何としても止めなくてはいけなかったんだ。


 しかし王家は止めなかった。気がつかなかったんだ。ここまでの魔力を使い果たすことだとは知らず、大事な戦力を失ってしまった。


 でも何としても守らなければいけない。そこで、五人の守護王に『守るべきもの』を守らせることになった。その一人が俺ってわけだ。俺たちはこの場所を一時間以上出ることを許されない。一時間以上この場所を出た時点で命を失う魔法がかけられた。


俺は王家に疑問を抱いた。俺たち五人は、戦いでも中心で闘っていた主力だ。最強の戦士と、五人の主戦力を自ら手放したようなもんだ。俺にはな、王家が国の延命を図っているようにしか思えないんだ。もう負けるつもりなのではないか、そんな風に思ってしまう」


 クロノスはスシラメンジュースを飲み干し、机をたたいた。

「さあ、聞くことは聞いただろ。出て行け」

「ちょっと待って下さい。この滝には魔力を目覚めさせる力があるっていう噂があったのですが……」

「あれは『守るべきもの』の空間だからこそ生まれたデマだ。一般人はこの秘密を知らんからな。シュダインも、俺がここにいるということは知らなかったくらいだし。普通の魔法の使い手にとって、ここは異常な魔力を感じる場所なんだよ。俺はここでアウス帝国の魔の手から『守るべきもの』を守らなければいけない。あまりお前たちをここに置いておくわけにもいかないんだ。一応この家の存在を隠す呪文はかけてあるが、血の気があるとばれるかもしれない。さ、とっとと出て行け」

 三人は言われるがままに滝壺を出た。

「いいか。このことは、王家と同じ守護王以外に誰にも言うんじゃないぞ。機密事項なんだから」

「ありがとうございました。あの、その」

「――ああ頑張れ。こんな暗い洞窟の中だけど、応援してるさ。じゃ」

 クロノスは滝の中へと戻って行った。


 三人は、またShist Caveを進む道へと戻った。



「――守護王」

 モレストロは何か、使命が自分に降りかかっているような気がした。


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