悪役令嬢は死亡フラグを折ろうとして⋯⋯
「サラ・シュワルツ! お前との婚約を破棄し、この聖女リンダを新たな婚約者として迎える!」
大錬成陣が描かれた大講堂に、第一王子エドワードの朗々とした声が響き渡った。
周囲の貴族たちがざわめく。
彼の隣には、儚げに涙を浮かべた平民出身のヒロイン、リンダ。
そして正面には、絢爛豪華なドレスに身を包んだ悪役令嬢、サラが立っていた。
本来ならば、ここでサラは絶望し、罪をなすりつけられ、泣き寝入りするか国外追放されるはずだった。
そう、前世の記憶を取り戻した五歳のあの日までは。
(……懐かしいわね。この日のために、私は血の滲むような努力をしてきたのよ)
サラは静かに目を閉じ、過去を振り返る。
五歳の時、自分が乙女ゲームの「悪役令嬢」であり、どんなルートを選んでも最終的に「刺殺」「毒殺」「国外追放(野犬の餌)」のいずれかで死ぬことを思い出した。
幼いサラは決意したのだ。
「死にたくない。……そうだ、殺されない体にすればいいんだわ!」
それからの日々は凄惨を極めた。
毒殺を回避するため、毎日少しずつ猛毒を摂取して完全耐性を獲得した。毒蜘蛛をフライドチキン感覚で貪る令嬢の姿に、専属メイドは発狂して辞めた。
刺殺を回避するため、全身の皮膚を鍛え上げた。滝行はもちろんのこと、毎日打撃を受けて肉体を硬化させ、最終的には暗殺者の放った矢が額に刺さった際、「カツン」と音を立てて弾き返した。
国外追放(野外生存)に備え、長期休みのたびに魔の森へ単身で殴り込みをかけた。素手で魔導クマを締め落とし、肉を喰らい、皮を剥いで暮らした。
そうして十七歳になった現在。
サラのドレスの下は、人間を超越した何かへと進化を遂げていた。
「おい、聞いているのかサラ! お前がリンダに盛ったあの毒! 幸いにも命に別条はなかったが、お前の邪悪な本性が露呈したのだ!」
エドワード王子が勝ち誇った顔で指をさす。
サラはふっと小さく溜息をついた。
「……王子。あの毒薬(トリカブト特製ブレンド)は、私が毎日おやつ代わりに紅茶へ混ぜて嗜んでいるものですわ。リンダ様が誤って私のカップを盗み飲みしただけではありませんか?」
「なっ……!? 毒を……日常的に嗜むだと……!?」
「ええ。ちなみに私にとっては、少しピリッと辛い良質なスパイスですわね」
大講堂が静まり返る。
リンダが震える声で割り込んだ。
「う、嘘よ! あなたは私を殺そうとしたのよ! 現に昨日の放課後、私の目の前にナイフを持った黒づくめの刺客が現れたじゃない!」
「ああ、あの刺客の方ですか」
サラは思い出して手をポンと打った。
「あの刺客の投げナイフ、鋭い良い軌道でしたわね。……ですがリンダ様、勘違いなさらないで。あの刺客が狙っていたのはあなたではなく、私ですわ」
「え……?」
「刺客の方はリンダ様を通り越し、背後にいた私の喉元へ一直線にナイフを投げてこられたのです。ですが……」
サラは首筋をポリポリと指さした。
「喉元に直撃した瞬間、かゆくてポリポリ掻いていたら、ナイフの方が『キンッ』と音を立てて粉々に砕け散ってしまいましたの。後始末が大変でしたわ」
「「「……は?」」」
大講堂にいる全員の頭の上に、巨大な疑問符が浮かんだ。
「ひ、皮膚で……ナイフを粉砕した……!?」
「バ、バカな! そんな人間がいるわけ……!」
「信じられませんか?」
サラはフッと口元を緩めると、すっと背筋を伸ばした。
ドレスの背中部分から、「ミシッ……ミシミシッ!!」と布地が悲鳴を上げる音が響く。
「な、なんだ!? 何が起きている!?」
「王子。言葉で理解できないのでしたら、私の『努力の結晶』をお見せしましょう」
サラが両腕に力を込めた瞬間——
バリィィィィィィンッ!!!!
高級シルクで仕立てられた特注のドレスが、弾け飛んだ。
中に着込んでいたのは、重圧に耐えるための特注鋼鉄ギプス。さらにそれを筋肉の隆起だけで内側から粉砕!……そして、激しい筋肉の隆起にも決して破れない特注の魔導超伸縮スポーツブラ!
あらわになったのは、ドレスの残骸を腰に纏った、ギリシャ彫刻も裸足で逃げ出す美しくも圧倒的な未来から送り込まれた暗殺者であった。デデンデンデデン。
「「「ひえっ……!?」」」
大蛇のような上腕二頭筋。
甲冑のごとき大胸筋。
鬼の顔が浮かび上がる背筋。
「これが……私が断罪を回避するために鍛え上げた、完全無欠の肉体ですわ!!」
サラが力強くサイドポーズ(胸の威嚇)をとると、その空気圧だけで第一列の貴族たちが吹き飛ばされた。
「ひぃあぁぁぁあ!!」
「化け物! 化け物だー!!」
「く、狂っている……! 護衛! 護衛出せ! この化け物を捕らえろ!」
エドワード王子の悲鳴に反応し、重装騎士十名が槍を構えてサラに躍りかかった。
「お命頂戴!」
「甘いですわ!!」
サラは回避行動すら取らない。
そのまま立ち尽くすと、鍛え上げられた腹筋で十本の槍の骨組みを受け止めた。
ガギンッ!! ガガガガンッ!!
鋼鉄の槍先がサラのシックスパックに衝突した瞬間、全て飴細工のようにぐにゃりと曲がった。
「な……槍が通らない⋯だと……!?」
「私の腹筋は、魔導大砲の直撃にも耐えられますのよ? 次はこちらの番ですわね」
サラは足踏み(ラットプルダウン)を一回。
それだけで床の石畳が爆破されたかのように砕け散る。
そのまま最寄りの騎士の胸甲を軽く指でちょんと突いた。
ドゴォォォン!!
突かれた騎士は音速で吹き飛び、大講堂の分厚い壁に人型の穴を開けて埋まった。
「……え?」
残りの騎士たちが、ガタガタと膝を震わせる。
「さあ、次の方どうぞ? 私は一撃で殺すような不作法はいたしません。じっくりと『対話』を楽しみましょう?」
サラがニッコリと微笑みながら、極太の丸太のような腕でダブルバイセップス(両腕の威嚇)を決めると、空気弾が弾けて講堂のステンドグラスが全割れした。
「無理無理無理!!」
「勝てるかこんなもん!!」
「溶鉱炉を!」
騎士たちは武器を投げ捨て、一目散に逃げ出した。
残されたのは、腰を抜かしてガタガタと震えるエドワード王子と、泡を吹きかけているリンダの二人だけだった。
サラは重厚な足音を響かせながら、ゆっくりと王子へと歩み寄る。
ズシャッ。ズシャッ。ズシャッ。
一歩歩くたびに、床が揺れる。
「ひっ……来ないでくれ! 来ないでくれえぇぇ!」
エドワード王子は涙と鼻水で顔をグシャグシャにしながら、後ずさりした。
サラは王子の目の前でしゃがみ込むと、太い丸太のような指で王子の顎をクイと持ち上げた。
「エドワード王子。婚約破棄の件、謹んでお受けいたしますわ」
「え……?」
「ただし。この国の王となる者が、このような脆弱な肉体では民が不安に思いますわね? 毒への耐性もなし、刺されて即死の軟弱な皮膚、魔導大砲すら耐えられない骨密度……」
サラは愛おしそうに王子の頬を撫でた。
その手加減を一歩間違えれば、王子の首は360度回転する。
「安心してください。私があなたとリンダ様を『一人前の肉体』に鍛え上げて差し上げますわ」
「い、いやだ……助けて……父上……!」
「まずは地獄のスクワット1万回と、毒蛇の丸呑みから始めましょうね」
サラは破顔した。
太陽のような、あまりにも圧の強い笑顔であった。
こうして、悪役令嬢サラの「国外追放」は取りやめとなった。
というか、誰も彼女を追放する筋力を持ち合わせていなかった。
その後、彼女は学園の頂点(番長)として君臨し、王子と聖女を毎朝5時からの地獄の筋肉合宿へと拉致し続けたという。
国の一番の脅威(隣国)も、サラが素手で城壁を破壊したという噂を聞きつけ、即座に無条件降伏の条約を結んだのだった。
(めでたしめでたし)
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