第八話「僕でないと、見逃しちゃうね」
店内の空気が、ふっと揺れた。
空調のせいじゃない。
光が、カウンターの上で小さく跳ねる。
「……なにこれ?」
ミャウリがグラスを持ったまま、首をかしげた。
次の瞬間、眩い光がカウンターから床へと広がっていく。
まるで水面に月を落としたみたいに、淡く、静かに――
「おいおいおい、これ……なんか出るやつじゃない?」
俺が一歩下がると、
床いっぱいに魔法陣のようなものが展開していった。
幾何学的な光の線、見たこともない文字の羅列。
「え、なにこれ、召喚? イベント? またお前、天界でなんかやらかした?」
「ちがうにゃ! 今日はちゃんと有給とってるもん!」
「天界に有給あるのかよ!」
「あるのにゃ。働き方改革中にゃ。」
俺の突っ込みが終わる前に、
魔法陣の中心から、さらに強い光が立ち上がった。
店内の棚がキラキラ反射し、ボトルたちがステンドグラスみたいに光る。
すみずみに広がり方も美しい
「……きれいだな。僕でないと見逃しちゃうね」
思わず呟いた。
ミャウリも、目を細めて光を見つめていた。
だが次の瞬間――
ビリッ。
ノイズのような音がして、光が一気にブレる。
空間が一瞬だけ歪んで――そして。
すべて、消えた。
静寂。
BGMが普通に流れてる。
照明も変わらず。
そこには、ただのバー。
「……え? 終わり?」
「……終わりっぽいにゃ。」
「登場しないんかーい。ツケどうなるんかーい。」
ミャウリは肩をすくめて、再びグラスを手に取る。
俺は呆れながらも、つい笑ってしまった。
「なんだったんだ、今の……」
「んー……前回のバグよりひどいね、転移ミスかね。」
「前回より綺麗だったけどな。」
「ニャルほど。」
ミャウリはそう言って、
ぐぴっとビールを飲み干した。
「やれやれ……」
俺は苦笑しながら、カウンターの向こうに立ち直る。
コーヒー豆をミルに入れ、スイッチを押す。
ゴリゴリという音が、さっきの光景を少しずつ現実に戻していく。
「サーロイン、やっぱり食べたかったにゃ。」
「だが、断る。」
「またそれにゃ!」
「ふふふ。」
笑い声と香ばしいコーヒーの香り。
銀座の午後に、再び日常が戻ってきた。




