第七話「だが、断る」
世間は三連休の最終日。
世の中はまだ休日ムードなのに、俺はなぜか昼すぎにバーに来ている。
棚卸し、月末締めの書類確認、発注データの整理。
AIがどれだけ進化しても、最後のチェックだけは人間がやらなきゃいけない。
カウンターの端でノートパソコンを開き、数字を打ち込む。
レジ端末の光が、白いカウンターに小さな影を落としていた。
そんな静かな空気の中――
「今日こそ、サーロイン食べたい。」
ぐぴっとビールをあおる音。
顔を上げると、いつの間にか天女ことミャウリがカウンター席に陣取っていた。
彼女の足元には、いつものように小さな金色の鈴が転がっている。
「今日? やだよ。鉄板あたためるのにも時間かかるし。
今日は事務作業で来ただけなんだってば。」
「しゃあないのぉ? じゃあ……空いてるスパークリングと、ウォッシュチーズね。」
「勝手にして。自分でやって。俺の仕事、邪魔しないで。」
「はいはい。」
ミャウリはふわりと浮いてカウンターをまたぎ、冷蔵棚の前に立つ。
白い手がスパークリングを取り出し、栓を抜く音が響いた。
酵母の香りとチーズの匂いが混ざって、休日の午後の空気を満たす。
カシュッ。トン。シュパッ。
泡の音と彼女の尾の揺れが、リズムのように聞こえてくる。
「なぁ。」
ミャウリは一口飲み僕に話しかける
「……ん?」
「お前、顔こわばってるぞ。飲むか?」
グラスを僕に向ける。
「飲まんわ。こわばる? そりゃそうだろ。締めも請求もある。いろいろ大変なの。」
「大変か。天界も、けっこう締め日は厳しいにゃよ。」
「……マジで? 大変なのに飲んでていいの?」
「大変だからこそ、飲むのだ。」
「……なんだそれ。」
ミャウリは笑いながら、チーズを口に放り込む。
その横顔を見ながら、僕はふとキーボードの手を止め
「……ねえ。」
「ん?」
「なんで大変なのに休日のバーに来るの?」
「うん。逃……いや、こっちのほうが静かだから。
天界のほうは今うるさい。こっちのほうが、落ち着く。」
「……なるほどな。サボりだな。」
彼女の言葉に、少しだけ空気が柔らかくなる。
銀座の片隅で、神と人間が同じ時間をやり過ごしている。
ただそれだけのことが、妙に心地いい。
時計の針が午後2時を指す頃、
ミャウリは空になったグラスを見つめながら小さく呟いた。
「サーロイン、やっぱり今日食べたかったにゃ。」
「…そういう時だけ“にゃ”使うのね。まぁ、サーロインはマジでオススメ。だが断る。」
「断る?」
「今日は断るだ。」
パソコンの電源を落とすと、黒い画面に映る自分の顔は思ったより穏やかだった。
ひとり飲みしているミャウリに勝てる気もせず、
コーヒーを淹れようと立ち上がる。
「あ?」
ミャウリが店内をキョロキョロと見回した。
空調の音が、一瞬だけ止まった気がした――




