8話 盗賊団のアジトでの出会い
ベアトリクスが得た情報によると、盗賊団は隣国の闇市から神器を奪い逃走、帝都へ運びこんだのだという。
「貧民街に教会があるでしょう。案内しなさい」
「そこが盗賊団の根城なのですか」
「そうよ」
ベアトリクスの命令に俺は眉をひそめた。
教会とおぼしき建物は、貧民街の住人でも足を踏み入れるのをためらう地区にある。
動こうとしない俺を前に、ベアトリクスは腕を組んだ。
「危険は承知の上よ。お前が案内しないのであれば、私ひとりで向かうわ。神器を頼りに歩き回ればたどり着けるでしょう」
放っておけば本当に単身で乗り込んでしまう。
俺はしかたなくベアトリクスを連れ、貧民街の奥地を目指すことにした。
俺が先頭になり、ベアトリクスとともに狭い路地をすり抜けていく。路地の左右に座り込む老若男女が、鋭い視線を俺たちに投げかけてきた。
「残りの神器は仮面よ」
俺は黙ってベアトリクスの一人語りに耳を傾ける。
「戦の道具では、暴食公の力を最大限に引き出せなかったらしいわ」
暴食公、俺がそう呼ばれていた理由は単純明快。
生きとし生けるモノはなんでも喰っていた事に由来する。喰う対象は肉体だけに限らない。魔力や生気、なんでも食らった。
俺を素材とした武器や武具は装着者の魔力と引き換えに力を与える。
アイテムに多くの魔力を注げば注ぐほど、威力は強くなり、比例してアイテムが要求する魔力量は増していく。
魔力が枯渇すれば、装着者は狂い、みずからの肉体を喰らって死んだという。
「人魔大戦後期になると、暴食公を使った武器や武具作りは廃れたわ。代わりに祭事用の品が作られるだけになったの。暴食公製の仮面をつけて闘うと魔力を最大限に引き出せるらしいわよ。……魔力のない私が被ったらどうなるのかしら」
背後から喜々とした声がして、俺は思わず振り向いた。
「殿下、絶対仮面を身に着けようとなさらないでくださいね」
ベアトリクスの眉尻がぴくりと動いた。
「……申し訳ありません」
俺は正面に顔を戻す。
「心配性なのね」
「殿下おひとりの身体ではございませんので」
アルティミシアが生きた証であるベアトリクスを、俺は友人として守らねばならない。アルティミシアは俺に己の血族を託した。他者に頼ることのなかった友の願いだ。
命に代えても聞き届けたい。
過去に思いを馳せていたら、突如、肩を引かれた。
ベアトリクスが険しい表情で俺の肩を掴んでいる。
「……この身体は私のものよ。誰のものでもないわ。二度とふざけたことは言わないで」
ベアトリクスは俺を突き飛ばし、前に出た。
彼女の歩みにあわせて長い金髪が揺れる。
ひとつに結った髪が、宙を泳ぐ竜のようにみえた。
気まずい沈黙とともに数分進むと、路地の出口にたどり着いた。その先は空き地である。
空き地は、縦に長く建て増しされた建物に囲まれていて、薄暗い。中心に、廃墟になった教会が鎮座している。
かろうじて屋根のある建物には、生き物の気配が感じられなかった。
路地の角から息をひそめること、しばし。
先にしびれを切らしたのはベアトリクスだった。
ベアトリクスは大股で歩を進め、教会の扉を押し開いた。蝶番の軋む音が教会の天井に反響する。
こじんまりとした空間にあるのは、長椅子が数列と祭壇だけだ。
長椅子の表面をなぞると、湿った埃が指の腹に張り付いた。
床にはどす黒いシミが乾いてこびりついている。血に見えなくもない。
貧民街において、雨露がしのげる場所には必ず人族が居る。けれどここには人族どころか、ネズミ一匹見当たらない。
ベアトリクスは足音を殺し、ゆっくりと教会内を歩き回っていたが、しばらくすると、祭壇奥の壁の前で動きをとめた。
「下僕、この壁を壊しなさい」
ベアトリクスの胸元が目に眩しいほど赤く輝いていた。
壁を殴ると、火花が飛び散り、砂埃が舞う。壁が崩れた先、霞んだ視界に空洞が現れた。中は真っ暗だ。
教会の裏は空き地である。裏側に洞窟が続いているのは明らかにおかしい。
ガントレットに包まれた皮膚が粟立つ。
賊だけならまだしも、得体の知れない空間に二人で侵入するのは危険だ。
ここは一度引いて、援軍を募るべきである。
俺が戸惑っているのをよそに、ベアトリクスは躊躇することなく、暗闇に足を踏み出した。
「殿下、お待ちを」
俺が止めても、ベアトリクスは胸の明かりを頼りに、暗闇へと消えていった。
しかたなく俺はその後に続いた。
通路幅は地下道に負けず劣らずが狭い。
ただ天井は高く、はるか上空から砂がパラパラと落ちてくる。
不思議な空間だ。
俺が忙しなく天井を見上げていると、
「別の空間を作り出す上位魔術よ。術者の技量次第では、無限に空間を広げることができるらしいわ」
「……魔術袋みたいだ」
俺は、アルティミシアが腰に下げた小袋から食い物を次から次へと取り出していたのを思い出す。
なるほど、応用すれば生物を取り込むことができるのかと、俺はあらためて周囲を見まわす。
ふと、スカートの裾が視界に入った。
顔をあげると、ベアトリクスが肩越しに俺を睨んでいる。
「お前、どうして魔術袋を知っているの?」
「え?」
「魔術袋は上位魔術師……宮廷魔術師クラスが習得する秘術よ。貴族ならまだしも、貧民街の孤児であるお前が、なぜ存在を知っているのかしら」
人族の魔術について、俺はアルティミシアを通じての知識しか持ち合わせていない。
人族に生まれ変わってからは魔術に触れる機会はなかった。
偏った知識が災いした。適当な言い訳を思いつけず、俺は口ごもる。
「……まあいいわ。神器を回収してから、吐いてもらうから」
どこまでも続くかと思われた通路の先に明かりが見えた。
曲がり角の陰で耳をそばだてると、男たちの声が聞こえる。
「こんなシケた場所で見張りなんざ、かったりぃぜ」
「せっかく帝都に繋がってんのによぉ、化け物のお守りとかやってらんねえよな。……おい、うっせえぞ!」
男の濁声に金属と金属がぶつかる音が被さり、ついで、きゅうぅぅと生き物の鳴き声のような高い音が続いた。
声からして見張りは二人だろう。
ベアトリクスが飛び出しそうになる前に、俺は曲がり角から躍り出た。
「うお! なんだこいつ!」
「俺が見張り番のときに侵入してくんなよなぁ」
薄汚れた人族の雄どもは俺の姿を目にするなり、短剣を構える。
「クソガキが……ぐえっ!」
威勢は良いが、動きは鈍い。
俺は順番に雄どもの腹に拳をめり込ませる。
雄どもは白目をむいて地面に倒れた。
息を整えていると、背中に固い感触がした。背筋を伸ばし振り向くと、ベアトリクスが俺の背中をレイピアの柄で小突いている。
「勝手なことをしないでちょうだい」
「……申し訳ございません」
謝るも、俺はベアトリクスが飛び出しそうになれば、真っ先に前へ出るつもりだ。
ベアトリクスは疑わしげに俺の顔を見つめ、「……さっさと行くわよ」と俺の首根っこを掴んだ。
――小僧、なにゆえわらわの友の匂いをさせている。
ベアトリクスの声ではない。
俺は足を踏ん張り、周囲を見回す。
「ちょっと立ち止まらないでよ。時間がないのだから、さっさと動きなさ……気づいたことがあるなら言いなさい」
「声が聞こえました」
「……何も聞こえないわよ」
「こっちです」
男たちが倒れている場所から数メートル離れた通路の壁に鉄格子が嵌められている。壁をくり抜いた牢屋の奥で白いものが動いた。耳を澄ませてみると、きゅうきゅうと何かの鳴き声が聞こえる。
俺は壁の窪みに置かれたランプを拝借し、牢屋内を照らした。
俺の肩越しに牢屋を覗き込んだベアトリクスが息を呑む。
「……竜だわ」
仔犬ほどの大きさの小竜がいた。
宝石のように赤い瞳を瞬かせ、俺たちを見つめている。




