6話 オルグ、ベアトリクスに下僕になれと命じられる
煙が晴れる頃には当然、イアンの姿はなくなっていた。魔力の気配を辿れば後を追えないこともない。
しかし追いかけた先に、仲間がいれば俺ひとりでは分が悪い。
孤児院からは騒々しい声が聞こえてくる。
大部屋に戻ると、屋内は凄まじい惨状に成り果てていた。泣きじゃくる仔を、年嵩の仔があやしているが、本人も涙目だ。
「うわあああああん! 怖かったよぉ」
「おれ、みんなを守ったぞ」
「敵? 殺したの?」
四方八方からもみくちゃにされた。甲高い声に襲われ、耳がイカレてしまいそうである。
「オルグくん~。無事でよかったよぉ~」
仔らに混じってアリスが俺に抱きつく。
群れの長であるのだから、もっとしっかりしてほしいものだ。
俺はアリスを引っぺがし、仔らの顔を見回した。
「全員、無事みたいだな」
皆、涙や鼻水で顔をぐちゃぐちゃにさせているが、怪我はないようだ。
肩から力を抜いた途端、身体が重くなる。
その場に座り込むと、仔らは心配げに顔を曇らせた。
俺を中心に仔らが床で身体を丸めて眠っている。
ベッドで休めと何度言っても聞かず、仕方なく床にシーツを敷いて寝かせた結果である。
俺の膝に頭を乗せた仔が、しゃくり上げながら寝息を立てている。背中をゆっくり撫でてやると、呼吸音が小さくなった。
俺も眠気に勝てず、首がこく、こくと上下に揺れる。
朝日が顔を出した頃合いに視線を感じ、ふと顔をあげた。
雄の仔が寝転びながらジッと俺の腕に視線を注いでいる。
俺の両腕には黒いガントレットが装着されたままだ。
爪が鋭く尖っていて、仔らを寝かしつけるには不便だから外そうとしたのだが、どれだけ引っ張っても腕から離れなかった。
「オルグ、呪われたのか?」
雄の仔は眉尻を下げ言った。
「呪われてない。心配するな」
「オルグ、大丈夫じゃなくても、大丈夫って言うからなあ」
信用できないんだよなあと、雄の仔は俺の顔をのぞき込む。
「もう少し寝ろ」
俺が苦笑いで雄の仔を誤魔化していると、
「オルグくん、お客様よ」
アリスがおずおずと扉から顔を出した。
こんな朝っぱらから訪ねてくる客など碌なものではない。
そもそも孤児院の仔ら以外に知り合いはいないのだが……。
アリスの顔色は青白く、こわばっていた。
ちらちらと廊下の先に視線を走らせている。客はそうとう気の短い者のようだ。
まさかな、と思いつつ俺は膝に乗せた仔の頭をそっと床に降ろす。
「どこに行けばいいですか」
「院長室よ。私も一緒に――」
「院長はここにいてください」
目を覚ました仔らが不安がりはじめている。
真顔で示すと、アリスは何か言いたげに口元をもごもごさせるも、最終的には頷いた。
院長室の扉をノックすると、「入りなさい」と声がした。
部屋の中には、予想通り、ベアトリクスがいた。
我が物顔でソファに座っている。
扉付近で立ち竦む俺に、
「座りなさい」
と、ソファの正面を指した。
まるで部屋の主のようなふるまいである。
俺は命令に従い、彼女の正面に腰をおろした。
「……孤児院が賊に襲われたんですって?」
「……はい」
「お前が身を挺して子どもたちを守ったそうじゃない。ご苦労だったわね」
俺はぺこりと頭を下げる。
ベアトリクスが俺に労いの言葉を送るためだけに孤児院を訪れたとは思えない。
他に用事があるはずだ。
疑問をそのまま問いただすわけにもいかず、俺は彼女が口を開くまで待つしかなかった。
ベアトリクスは俺の腕から視線をそらさずに、
「そのガントレットは皇帝家所有の品なの。早急に返しなさい」
「……お渡ししたいのは山々なのですが、このとおり、腕から外せないのです」
俺はガントレットの肘の辺りを引っ張ってみせた。
金具をすべて外しても、ガントレットは腕から持ち上がらない。
まるで金属が肌にぴったりと張り付いてしまったかのようである。
「そんな嘘が通用するとでも思っているの?」
ベアトリクスは眉をひそめる。
疑われるのは当然だ。
「試されますか?」
「……結構よ」
ベアトリクスはガントレットを睨んだまま腕組みをし、
「ついてらっしゃい」
と、立ち上がった。
ベアトリクスが足を向けたのは、孤児院の裏手にある物置小屋だった。保存食や壊れた家具などが詰め込まれた小屋の隅で、俺とベアトリクスは向き合う。
俺がその場で膝をつこうとすると、ベアトリクスは「礼儀は不要よ」と押しとどめた。
「お前、私の下僕になりなさい」
ベアトリクスは腕を組んで尊大に言い切る。
「……俺、帝国騎士団の入団試験を受けるつもりなのですが」
「どうせ孤児院出身者なんて出世できないんだから、諦めなさい」
俺は、力さえあれば護衛騎士になれると思い込んでいた。騎士団内にも身分は存在しているのには、うなだれるしかない。
人族の身分とやらは厄介だ。
騎士になったところで王女付き護衛騎士になれないのであれば、騎士団に入る必要はなくなる。
「……どうして俺を下僕に?」
ベアトリクスはちらりと外を見遣った。
視線の先には黒い鎧をまとった騎士たちがいる。
ベアトリクスは颯爽とスカートの裾を翻し、黒鎧の騎士たちの元へ向かった。
ベアトリクスは孤児院の敷地外を指さす。黒鎧の騎士たちは、渋々といった様子で小屋の前から立ち去った。
ベアトリクスは並の騎士よりも腕が立つ。しかし騎士ではない。一国の皇女だ。
ひとりで城外に出ることを許されない身分である。
俺が物問いたげな表情をしていたら、彼女は苦笑しながら、「あの者たちは、兄上子飼いの騎士なの。私を監視するためにいたのよ。居ない方が清々するわ」と肩をすくめた。
ベアトリクスには兄がいる。
名はジェラルド。ステルラ帝国の第一皇子だ。
噂によると、兄妹を挟んで権力争いが起きているらしい。
「私から離れるのを渋っていたけれど、ここに神器持ちがいるからと言えば簡単に引き下がったわ」
ベアトリクスは片頬を歪める。
神器。昨日、侵入者――かつて孤児院で暮らしていたイアンが、ガントレットをそう呼んでいた。
俺は両手を閉じたり開いたりする。
指を動かす度に、ガントレットは俺の魔力を吸い上げ、黒々とした光を放つ。
装着者の魔力を対価に攻撃力をあげる仕様だ。
魔力を食らえば食らうほど、頑丈になる。
喰わせる魔力量を調整しても、連続使用は一日が限界だろう。
限界を超えて使えば、命を取られかねない。
かつて暴食公と呼ばれた俺が言えたものではないが、ガントレットは大食漢だ。
神の名を冠するには強欲である。
なんにしても人族の身で扱うには危険だ。
下手をすれば命を刈り取られる武具をありがたがる人族たちの気が知れない。
ベアトリクスは小屋の奥でしゃがみ込んだ。
片手で床を手探りしている。
俺は物置小屋にあったランプに火を灯し、ベアトリクスの手元を照らした。
床に小さな窪みがある。ベアトリクスの細い指では、びくともしない。
ベアトリクスが俺をジッと見上げてくる。
「……失礼します」
ガントレットの指先を引っかけると、簡単に持ち上がった。
大量の埃とともに地下への階段が現れた。




