2話 転生して五年後、オルグ、騎士を目指す
「良い天気だなぁ……」
晴天の下、俺は孤児院の前庭の隅で、洗いたてのシーツを広げ、洗濯紐にひっかける。
「これで最後だよ」
足元では、雌の仔が俺にシーツを差し出した。最後の一枚を干し終え、俺は伸びをする。
雌の仔も小さな身体で大きく伸びをした。
「オルグ、次は何するの?」
俺は庭に咲く白い花を見ながら、
「院長先生の墓参りかな……」
「院長せんせい、いるよ」
「前のだよ」
孤児院の院長であった老婆は、俺が『オルグ』として生きはじめた一年後に死んだ。
彼女の後に孤児院の長となったのは、二十年かそこらしか生きていない人族の若い雌である。
名前はアリス。彼女はいつもおどおどしていて、何か困りごとがあれば、いつも俺に相談を持ちかけた。
代わりに俺は彼女から、ステルラ帝国の歴史を教わった。
俺が死んでから五百年は経っていること。
ベアトリクスはアルティミシアの仔ではなく、遠い子孫であること。
ベアトリクスは定期的に孤児院へ通ってきているが、終始、彼女の背後には護衛の騎士がいて、面と向かって話をすることができない。
さらに近付くには近衛騎士となり、彼女に仕えるしかない。十五になった俺は帝都の騎士団に入団する決意をしたのだが……。
「え! オルグくん、孤児院出て行くの!?」
仔らが寝静まった頃合いを見計らい、俺はアリスに騎士団に入ろうと思うと打ち明けた。
書き物をしていた彼女は手にした羽ペンを落とし固まった。
孤児院はいつも食料が不足している。俺がいなくなれば一人分の食い扶持は増えるだろうに、アリスはこの世の終わりとばかりに悲壮な表情で俺を見つめた。
そもそも成人すれば出ていかなければならないのだ。
「私ひとりじゃ、孤児院の運営、やっていけないよぉ」
確かにこの雌では仔らを守れないかもしれない。
俺が人族として違和感なく振る舞えるようになれたのは、孤児院での生活のおかげである。
世話になった恩は返すべきだ。
アルティミシアならきっとそうするだろう。
「……俺を必要としてくれるのなら、残ります」
騎士団入りしても、しばらくは訓練に勤しまなければならない。騎士専用宿舎に寝泊まりするか、帝都に棲家がある者は棲家から訓練場に通うことができる。
孤児院に居続けても問題はない。
「ほんと! ありがとう~」
アリスは俺の手を握り、上下に大きく振った。
そうして俺はいまだに孤児院で寝起きをしている。
いつのまにか俺より年上は、アリスだけになっていた。自然に俺は、仔らの面倒をみることになり、ますます孤児院から離れることができなくなっている。
「そこ、甘い! もっと脇を絞れ!」
前庭の中央では、軍服をまとったベアトリクスが仔らに檄を飛ばしていた。
教えを受けているのは、おもに十歳前後の雄の仔らだ。
ベアトリクスが孤児院で剣術指南を始めてから、五年の月日が経過していた。
お姫様の気まぐれで、数日もすれば辞めるだろう。
貧民街の住人たちは当初、ベアトリクスを冷ややかな態度で迎え入れた。
けれど、五年経った現在、彼女は公務の合間を縫って、帝都各地の孤児院をまわり、剣術を教えている。
空になった洗濯物かごを抱えた直後、ベアトリクスが稽古の手をとめ、俺に大股で近付いてくる。
「……高みの見物なんて、いいご身分ね」
「いえそんな」
「雑務が片付いたのなら、私と勝負なさい」
ベアトリクスは木剣の先を俺に突きつけた。
二十歳になった彼女は少し背が伸びたものの、血気盛んな質は変わっていない。
彼女の背後では、仔らが目を輝かせている。
「……俺よりそいつらのほうが才能あります」
ベアトリクスとは何度も手合わせをした。勝負はいつも彼女の勝ちだ。
最初に地面を割ってから、俺は力を封印している。ベアトリクスはその度、不機嫌そうに眉を吊り上げ、
「本気を出せ!」
と、俺を叱った。
ベアトリクスの信頼を得たい俺は、彼女を負かすことに意味を見出せなかった。
「オルグ、姫様と戦ってよ!」
「俺たち二人が闘ってるとこ、見たいんだからさ」
「諦めて子どもたちの期待に応えなさい」
ベアトリクスは自信に満ちあふれた笑みを浮かべる。
俺より少し背が高い彼女に失礼のないよう、俺は控えめに顔を上向け、
「俺は殿下と闘いたくはありません」
「帝国騎士を志しながら、正々堂々と闘わずして逃げるつもり?」
「殿下を傷つけたくないです」
「私がお前ごときに遅れをとると言いたいの?」
勝ち気な性格はアルティミシアそっくりだ。俺に挑んでくる姿に懐かしさを覚える。
興奮に目を輝かせる仔らが、俺とベアトリクスの試合を、今か今かと待ちわびている。
観念し、洗濯物かごを地面に下ろした瞬間、視界の端を小さな影がよぎった。
俺は反射的にベアトリクスの顔の前に手をかざす。
「!」
手のひらに衝撃が走った。矢が手のひらに刺さり、痛みとともに煙が立ち上る。
「外してんじゃねえか、クソがよ!」
「うるせー、じゃあ、てめえがやれよ」
崩れかけた門扉に、みすぼらしいボロをまとった人族の若い雄がいる。その手には弓矢が握られていた。
孤児院周辺の貧民街の住人だろうか。金で雇われベアトリクスを襲撃したに違いない。
「痴れ者が!」
ベアトリクスが門扉に走り寄るも、襲撃犯たちは一足先に走り去っていった。
唇を噛みしめる彼女に俺は声を掛ける。
「殿下。お怪我は――」
「殿下! ご無事ですか!」
黒い重厚な鎧を身につけた騎士二人が俺を突き飛ばした。尻もちをついた俺に騎士どもは舌打ちする。
「薄汚い貧民め。殿下に触るな」
二、三年前から、ベアトリクスの護衛は軍服どもから黒鎧どもに変わった。
前者は俺たち孤児を見下すことはなかったが、黒鎧どもは何かと俺たちを目の敵にしてくる。
尻もちをつく俺のまわりに仔らが集まり、すがりついた。
「オルグ、大丈夫?」
「そうだよ。手からケムリ出てるよ〜」
「うわ、血まみれだぁ」
「……問題ない」
俺は手のひらから矢を抜き、不安そうな仔らに手をかざした。
傷口の血はとまりつつある。
仔らはホッとした表情をした。
視線を感じて振り返ると、軍服の胸元を握り締めたベアトリクスと目が合う。
「今日の稽古は終わりよ」
ベアトリクスは孤児院の建物にむかって歩き出した。
その後を追う黒鎧のひとりが「あいかわらず気味の悪いガキだぜ」と、俺にむかって吐き捨てた。
矢は手の甲まで貫通している。
鳴き声のひとつでもあげておけばよかったかと、俺は反省した。
食堂でなるべく綺麗な布きれを探しだし、手のひらに巻きつけていると、入り口にベアトリクスが現れた。
「お前たちは外で待っていなさい」
ベアトリクスは黒鎧たちを追い払い、食堂の扉を閉め、迷いのない足取りで、椅子に座る俺の前に仁王立ちすると、
「魔獣め、やっと尻尾を出したわね」
素早くレイピアの切っ先を俺の顎に突きつけた。




