20話 オルグ、暴走する
「魔獣だ! ここから先に通すな……くっ!」
わめく人族の喉を掴み、鎧ごと噛み砕く。
……これも、まずい。
血を吐く獲物を、俺は放り投げた。
直後、色とりどりの閃光が、王宮の廊下にひらめいた。
俺は天井付近まで飛び上がり、両手をハンマーのように床に叩きつけた。床がひび割れ、人族が悲鳴を上げる。
「ジェラルド殿下をお守りしろ!」
「虹色の御方に忠誠を捧げろ!」
蹴散らしても蹴散らしても、人族は俺に群がり、目の前で同族が倒れても、同じように襲ってくる。
どいつもこいつも、熱に浮かされた目をしていた。
どこかで見たような光景だ。
「これで、俺も、聖騎士に召し上げられる……」
俺に腹を踏み潰された死にかけが、うっとりとした顔で呟いた。
死ぬことを喜んでいる。
これもあのクソ鳥の仕業なのか。
……今さらどうでもいいことだ。
人族は五百年経っても、その習性は変えてはいない。やつらが多く群れている先に、群れの頭がいるはずだ。
予想通り、俺の背丈の何倍もある扉の先から、複数の人族の気配がした。
「ばけ、もの」
扉を守る最後の一人が、俺の左腕に剣を振り下ろした。その衝撃で、ガントレットが砕け散る。俺はそいつの顔を掴み、壁に叩きつけた。
肉がひしゃげる音が、心地よい。
見れば左腕も黒く染まりつつある。
俺は何のために、この扉を開けるのか。
足元に散乱する肉よりも、うまいごちそうが扉の先にいるからだ。
いや、そうじゃない。
俺はベアトリクスを助けにきたんだ。
……ベアトリクスって誰だ?
俺は頭を振って、喉を唸らせる。
扉の先、だだっ広い空間の奥、一段高くなった玉座に、オーガがいた。
……同族が、人族の王?
いや、あれは仮面だ。暴食公をかたどった仮面をつけた人族。
七色に光る鎧をまとうそいつは、気だるげに頬杖をつく。動くたびに、鎧がカチャカチャと鳴った。
玉座の背後から、人族二人が姿を現した。フードをまとっているのと、金色髪の雌だ。
「来るな!」
雌は俺に向かって叫び、前へ飛び出そうとするも、後ろ手に縄で縛られていて、フードに引き戻される。
「この……っ、私を皇女とわかっての仕打ちか」
「我が妹よ。余に牙をむいた時点で貴様は反逆者。父上の血を分かち合うものとして、情けはかけるが、皇女としての振る舞いは許さん」
仮面は人族の雌を床に這いつくばらせ、顔を踏みつけた。
「兄上。どうして、私を毛嫌いされるのです……」
「余の邪魔をするからだ」
「ジェラルド兄様……」
人族の雌は絶望したように顔を歪ませた。
「……余の後をコソコソと嗅ぎ回りよって。余は英雄アルティミシアの血族なるぞ。暴食公ごとき、ねじ伏せてくれるわ」
アルティミシア。
俺の友。アルティミシア、どこにいるんだ。
目の前の人族を殺せば、会えるだろうか。
牙が疼いた。
俺は床に四肢をついて、狩りの姿勢を取る。
「……ふむ。虹色の御方の託宣通り、下賤なる者なれば、魔獣との親和性が高いのだな。僥倖。僥倖」
仮面――ジェラルドは嬉々として大剣を構えた。
かすかに七色に輝く刀身である。忌々しい見た目に脳が焼き切れた。
俺はジェラルドめがけて、黒い爪を突き立てる――。
「!」
指一本分の距離で弾かれた。
とっさに踵で踏ん張るも、床を削りながら入り口付近まで吹き飛ばされる。
触れていないのに、弾かれた?
俺は頭を振った。
「余を殺せるとでも。笑止。名工に鍛えられし防具を身にまとっておるのだぞ。五百年前と同じだと思うな、魔獣めが!」
ジェラルドは大剣を両手で掲げ、ガシャンガシャンと耳障りな金属音を軋ませながら、俺にむかって突っ込んでくる。
鎧に弾かれたのなら、触れなければいい。それだけのことだ。
「自我を失った魔獣め、余の英雄譚の糧となれ」
脳天に大剣がたたき落とされる前に、ジェラルドの頭を掴んだ。そのまま引き寄せ、顔面を床にたたきつける。パキリッと軽い音がした。
「馬、鹿な……」
ジェラルドは身体をゆらゆらさせながら立ち上がった。
仮面が半分に割れ、ジェラルドの左顔面が露わになる。左目を不愉快そうに歪ませていた。
意外と丈夫だな。食いごたえがありそうだ。
「余は、余は、皇帝なるぞぉぉ!」
ジェラルドは口の端から泡を吹きながら、懲りずに俺にむかって、剣を振りまわした。
俺は刀身を牙で受け止める。
瞬間、目眩に襲われるも、倒れる前にと、顎に思い切り、力をこめる。すると、虹色の刀身はあっけなく砕けた。
「神に、下賜された剣がぁぁぁぁ」
神、あの虹色を神と崇めるのか。
アルティミシアを、死に追いやったあのクソ鳥を――。
こいつだけは喰ってやる。
俺はジェラルドを床に叩きつけた。その衝撃でジェラルドが白目をむいた。獲物が気絶した隙に、その首に噛みつこうとした。
その時。
「待ちなさい!」
右腕が重くなる。
金色髪の雌が俺に抱きついてきた。




