15話 五百年前(4)
途切れ途切れに前世の記憶がよみがえる。
俺は崖の上から滝の流れを見ていた。
とめどなく水が流れ、はるか下の川に水が打ちつける。轟音で周囲の音は遠ざかっている。
背後の空気が揺れた。
振り向かずとも誰がいるのか手に取るようにわかる。
「……何の用だ?」
「ありゃ、気づかれちゃった」
いつの間にか、アルティミシアは勝手気ままに俺の前に現れるようになった。
警戒心の欠片もない口調とは裏腹に、その動きに隙はない。
どっこらしょと、謎のかけ声をあげ、俺の隣に腰を下ろす。
「滝の近くだと鼻も耳も利かないんでしょ。なんでわかるの」
「魔力がダダ漏れだ」
「あ――、だから最近、森に入っても魔獣に遭遇しないのか」
「油断していると、喰われるぞ」
「抑えるの、苦手なんだよねえ」
アルティミシアは俺との間に人族一匹分の距離を空け、赤い液体が満たされた瓶を置いた。
「これ、お土産ね」
「……行くのか」
「人間を殺すためだけに魔獣を作り出してる魔獣がいる証拠があるのに、誰も信じてくれないんだよね」
アルティミシアの手には一本の羽がある。角度を変えると羽が七色に変化した。
「この羽の持ち主に心当たりないかな?」
「知らん」
「と言いつつ実は」
「クソ鳥」
「もう一声」
俺は鼻を鳴らした。
アルティミシアは「ケチ」と唇を尖らせる。
彼女との会話は嫌いではない。しかし人族は嫌いだ。
ゆえに俺は口を閉ざした。
「私が死んだらさ。人間を守ってくれないかな」
「断る」
アルティミシアは滝壺を見下ろしながら、
「この間、私、人族は君に手を出さないって約束したよね。その延長だと思って、ね?」
「数日前だったか、冒険者とかいうゴミどもが俺の首を狙ってきたぞ」
「は……? 何それ知らないんだけど」
「貴様は約束を破った。ゆえに俺に制約を設けるのは解せん」
呆然とするアルティミシアを見る限り、人族も一枚岩ではないのだろう。
人族の事情など俺には関係ない。
「英雄アルティミシアの宣言を無視したのは、どこの馬鹿パーティだ。ああ?」
仰向けになったアルティミシアは青空にむかって吠える。
「人族が皆、貴様のようなら、話は簡単なのにな」
「そーだね。……あのさ、そろそろ名前、教えてよ」
脈絡がないのはいつものことだが、さすがに不自然すぎる。
「暴食公だと言ってるだろ」
「だからそれは人間がつけた名前でしょうが。君、本来の名前を聞いてるんだけど」
「その名でも俺を縛ることは可能だぞ」
アルティミシアは頭の後ろで腕を組んだまま、寝そべり続けている。
そうやって何気なさを装いながらも、俺に探りを入れている気配は隠せていない。
「貴様は嘘が下手だな」
「何のことかしら」
「正直になれば、貴様の願いを叶えてやるぞ」
「すいませんでした」
起き上がった勢いのまま、アルティミシアは両手を前に出し、地面に額をつける。
「魔獣使いだったか。名を知られたところで魔力量の差があれば、支配はされん」
「へーそうなんだ」
「白々しいことだ。俺を使役したければせいぜい頑張るんだな」
「君には敵わないよ」
アルティミシアの髪が風に吹かれている。
目に眩しい金色から、俺は水の流れに視線を戻した。
「貴様は約束を守った。だから俺も約束を守ろう」
「え、最初からそういうつもりだったの?」
アルティミシアが俺の顔を覗き込む。
見慣れた青い瞳に俺が映り込んでいた。
俺は立ちあがり、森の奥へむかう。
「仲のいい人は私をシアって呼ぶの。君にもそう、呼んでほしいな」
アルティミシアはあぐらを掻き、無邪気に笑う。
「頼りにしてるよ、親友」
暗い森の中にいると、よりいっそう、崖の上にいるアルティミシアが輝いて見えた。




