14話 ジェラルドの挑発
地下通路を使い、帝都の門前に近い路地に出る。
物陰から門前を窺うと、衛兵が立っていた。松明の明かりに照らされた彼らは心なしか、顔を強張らせている。
「地下を通って帝都を出るべきでは?」
地下通路は、皇帝やその一族が王宮から逃げるための道である。ならば帝都の外へ通じているはずだ。
しかし、ベアトリクスは表情を曇らせ、
「外へ通じる道はあるけれど、壁が崩れて、今は塞がっているわ」
地下通路の存在は、皇帝とベアトリクスしか知らないという。手入れをするには通路の存在を明るみにしなければならない。
隠しているがゆえに使い物にならないとは、何とも皮肉なものである。
城門を突破するしかないが、警戒心が高まっている門番を相手にするのは骨が折れる。
壁を登るか。ガントレットの爪を利用すれば可能だが、ベアトリクスを背負いながらだと、スピードが出せない。
弓矢の的になるのは避けたいものだ。
大通りから、金属が擦れ合う音とともに、大勢の声が聞こえた。
「いたか?」
「こっちの路地には居ない」
「端から順に追い詰めていけ!」
騎士たちが周囲に目を光らせながら通り過ぎる。
ぐずぐずしている暇はない。
「……押し通るわよ」
ベアトリクスがレイピアの柄に手を掛ける。
俺は拳を握りしめた。
その時。
『親愛なるステルラの民よ。余はジェラルド・ステルラ。ステルラ帝国第一王子である。陛下は余を次代の皇帝と認められた。これより余はステルラ帝国皇帝となる。余の姿を目にしたくば、王宮広場に集うがよい』
夜空にジェラルドの宣言が何度も何度も降り注ぐ。
ベアトリクスが王宮にむけて走り出そうと踵を返した。俺は彼女の前に立ち塞がる。
「罠かもしれません」
「――っ、私に逆らう気?」
「俺は殿下をお守りしたいだけです」
ベアトリクスは帝都の中心を睨みつける。
「……あの男を皇帝にしてはいけないのよ」
「殿下、これを」
俺はマントを脱ぎ、ベアトリクスに差し出した。
ベアトリクスは眉間にシワを寄せる。
「俺が殿下を背負い走ります。それで御身をお隠しください」
ベアトリクスは不満げな顔をする。
「わざわざ地上を行く必要はないわ」
「もしジェラルド様が地下通路の存在に気づかれていたらどうされるのですか。地上に出た途端、捕まりますよ」
路地の奥から俺たちを探す者たちの声がする。
言い争っている暇はない。
「殿下」
「――っ、もう」
ベアトリクスはマントを頭に被り、俺の背に、しがみついた。
路地を挟んで騎士と目が合いそうになるも、間一髪、物陰に隠れ難を逃れる。
狭い路地をなるべく音を立てず駆け抜ける。腹に抱えた布袋のなかで、仮面を収めた箱が、俺の動きに合わせてカタカタと鳴った。
石造りの建物が段々と廃材で組み立てた建物に変わっていく。
「王宮から離れてるわよ」
「貧民街から王宮のある貴族街に回り込みます」
「お前、孤児院の出だと知られているのよ。貧民街に騎士たちが待ち伏せしてる可能性を考えていないわけ?」
「……俺を心配してくださっているのですか?」
王宮から逃げ出した直後、ベアトリクスは俺の怪我を気にかけていた。
使い物にならないように心がけているつもりであるが、念押ししておこう。
「足手まといになるつもりはありません。だから――」
「私はそんなに心の狭い人間じゃないわよ」
声に苛立ちが滲んでいる。
急になんだ。俺は「……失礼しました」と訳がわからないまま謝った。
「……言葉には気をつけなさい」
ベアトリクスは重々しく告げる。
俺は口を噤み、先を急ぐことに集中した。
王宮に近付くにつれ、騎士の数が減っている。
薄気味悪さを覚えながらも、王宮前に辿り着いた。
王宮前広場は解放され、大勢の人族が押しかけている。
皆、不安げに王宮正面のバルコニーを見上げていた。
数多の視線の先にいるのは、ジェラルドのようだ。
表情は遠くて判別できない。
ジェラルドとおぼしき影は両腕を広げた。
「これより余がステルラを導く。皆の者、安心して余の後に続くがよい」
頭上を何羽もの鳥が旋回し、ジェラルドの声が鳴り響いた。
「急に言われてもなあ」
「王様は死んだのか」
「ジェラルドって側室の子だろ。正当な後継者はベアトリクス様じゃねえのか?」
「顔もよく知らねえ野郎より、ちょくちょく街を見回ってるお姫様のほうが、皇帝にふさわしいだろ」
新皇帝歓迎という雰囲気はなく、皆、戸惑いを隠せていなかった。
ベアトリクスと言えば、俺のマントを目深に被り、沈黙している。
「先代はご健在だ。しかし身近に反逆の徒が現れ、心身を病まれたゆえ、余に皇帝位を譲位された。であるからこそ、あぶり出さねばならぬ」
ベアトリクスの手が震えていた。俺は彼女の手首を掴んだ。振り払われそうになるも、いっそう強い力で押さえ込む。
「皇帝家に反旗を翻すは余の腹違いの妹、ベアトリクス・フォン・ステルラ。皇帝家の宝を盗みし下劣者である。善良なる民たちよ、神器がなければ帝都は戦禍に見舞われる。よって反逆者の捕縛を命じる。……ベアトリクスを捕らえた者には褒美を取らそう」
王宮のバルコニー付近から次第にざわめきが静まっていく。ベアトリクスを誉めていた雄どもも、ぴたりと口を閉ざした。
広場から駆け出す者、輪になって話し合いをしだす者。どいつもこいつも異様な目の色をしていた。
多くの冒険者どもは前世の俺、暴食公に、命を顧みず挑んだ。
俺の首に掛けられた多額の金貨欲しさに、である。
結果、冒険者どもは肉塊となったわけだが、今の俺に大勢の人族を相手にする力はない。
撤退あるのみである。
俺はベアトリクスを路地の奥に連れて行こうとしたが、
「ふざけるな!」
凜とした声が広場に響いた。
ベアトリクスは見たこともないほど冷たい目で俺を見据え、「離せ」と言い放った。
ガントレットの爪が手首に食い込むのも厭わない彼女に圧倒さえ、俺はベアトリクスから手を離してしまう。
古びたマントをはためかせ、ベアトリクスは堂々と広場を大股で横切る。帝都の民たちは皇女の迫力に負け、後退りし道を開けた。
我に返った俺は、すぐさま主人の後を追いかける。
王宮のバルコニー前、ベアトリクスはジェラルドを見上げた。
王冠を被ったジェラルドは片頬をあげて微笑む。
松明を受け、王冠は鈍い金色に輝いている。
「これはこれは妹殿。隠れん坊に飽きたのか?」
「私は兄上を皇帝などとは認めないわ。ここで息の根を止めてやる」
ベアトリクスはレイピアを抜き、切っ先を兄に突きつける。
「……せいぜい無様に抗うがよい」
ジェラルドが腕を振ると、騎士たちがベアトリクスを囲んだ。包囲網が完成しきる前に、俺は人垣をかき分けベアトリクスの背に背をあわせた。
「……私が捕まったら、神器を持って逃げなさい」
「お断りします」
「下僕の分際で、私に刃向かうんじゃないわよ」
なんと言われようが、俺はベアトリクスのそばにいる。
なぜなら、俺は――。
「もう二度と、シアを失いたくないんだ」
「何……? お前、その名をどこで」
戸惑ったベアトリクスの声に被さって、周囲がどよめいた。
皆、闇夜にむけて首をそらしている
「ありゃなんだ」
「鳥……。じゃねえ、魔獣だ!」
突風が広場に襲いかかる。広場に群れる雄や雌ばかりでなく、騎士どもも蜘蛛の子を散らしたように逃げまどった。
頭上に影が差したかと思いきや、俺の腹に巨大な爪が食い込み、身体が宙に浮いた。
横をむけばベアトリクスも同様に身体を浮かせている。己を連れ去る魔獣には目もくれず、ジッとバルコニーを見据えていた。
ひんやりとした冷気が首筋をなでる。
見上げると、銀色の鱗が視界いっぱいに広がっていた。
「ラヴィーネ様、どうして」
「妾の友が助けを求めていた。それだけだ」
白銀竜ラヴィーネは、一度の羽ばたきで帝都の夜空に舞い上がった。




