10話 五百年前(3)
ふたたび前世の夢をみた。
腹が火にあぶられたように熱い。
俺は、暗闇の中、木のウロで巨体を丸め、痛みをやり過ごそうとしている。
人族を甘くみていた己を悔やんでも悔やみきれない。
獲物を探し森の中を歩いていると、アルティミシアが俺の前に現れた。
背後には人族が何人かいて、どいつもこいつも、俺を射殺さんばかりに睨みつけている。
俺が言葉を発した直後、アルティミシアは俺に声をかけ続けた。うるさくて無視をしていると、いつの間にか姿を消していた。
ずいぶん見かけていなかったが、どうやら仲間を集めていたらしい。
有象無象が束になっても同じだ。腹が減っていたこともあり、俺はすぐさま獲物のもとへ走り出した。
まずは盾を構える人族から。
怯える雄に掴みかかろうとしたら、アルティミシアが叫んだ。
「暴食公、やめろ!」
途端、俺の動きが止まる。
爪の先では、盾を構えた人族の雄が、恐怖に顔を引き攣らせていた。
……? なんだ俺はどうして動きをとめた?
すばやく地面を蹴り、後退する。
アルティミシアが魔術を発動させた? いや、そんな気配はない。ではあれば俺はなぜ狩りをやめたんだ?
「ほら、私が言ったとおりだろう。暴食公は人語を解するんだ。むやみに攻撃する必要はないんだよ」
アルティミシアは周囲にいる人族どもに嬉々として語りかけている。
言葉がわかるから何だというのだ。
俺は盾を構える人族の雄を睨みおろした。盾がカタカタと小刻みに震えている。
「ヘンリー、落ち着け。……暴食公、私たちは貴殿と話をしにきたんだ。こちらに敵意はない」
確かにアルティミシアから殺気は感じられない。
だが、他の人族どもはといえば……。
「妻の仇め、死ねえええええ!」
ヘンリーと呼ばれた盾持ちは、俺に体当たりした。盾が俺に触れた瞬間、目の前が白く発光する。
盾が弾け、俺の腹に砕けた金属片が刺さる。
アルティミシアが何か喚いているが、何も聞こえない。
俺は人族どもに背を向け、木々をなぎ倒し、森の奥へと駆け込んだ。
棲家である巨木のウロに戻り、腹に食い込んだ盾の欠片を引き抜く。手にした金属片に、俺のではない血がこびりついていた。
盾持ちは己の身を犠牲にしても俺を殺したかったようだ。
食うためでもないのに、命をかける。
人族の考えは理解できない。
体力を回復するため、暗闇に身を横たえていると、まぶた越しに光を感じた。
薄く目を開けると同時に、小さな袋がウロに投げ込まれる。
「魔力が回復する。飲んでくれ」
アルティミシアはウロから少し離れた草地に膝を抱えて座り込んだ。
かたわらのランプが彼女の顔を半分照らし出す。
顔をうつむけ、地面を見つめている。
俺は岩のように動かなくなったアルティミシアから、袋に視線を移した。
袋の中には小さな黒い粒が入っている。
毒かと疑い、臭いを嗅ぐ。
顔を上げると、青い瞳と目が合った。
俺が袋の中身を出さずにいると、
「これで信じてくれないかな?」
アルティミシアは剣をかたわらに置き、両手をあげた。
俺は袋を傾ける。
ボリボリと黒い粒をかみ砕く。飲み込んですぐに、身体の内側が熱くなった。
手のひらに小さな炎を召喚し、ウロの外へ投げる。アルティミシアと俺との間の草地が燃えた。炎はその場で一定の火力を保ち、周囲に燃え広がることなく揺らめいている。
俺はウロの中であぐらをかいた。
腹の傷も塞がっている。
アルティミシアは強張った表情を崩し、炎ににじり寄った。
「この火、幻影魔術か……スゴイな。本当に熱くないんだな」
アルティミシアは膝を抱えて炎を突いている。不思議そうに首をかしげる様からは、俺への警戒心が感じられない。
こいつは俺を殺すつもりがないのに、なぜ俺の前に現れた?
「すまなかった」
言葉は聞き取れても意味がわからなかった。
アルティミシアは炎から目を上げる。
「貴殿は私の制止に応えてくれた。それなのに、こちらが手を出してしまった。非礼を詫びる」
アルティミシアは頭を下げた。金色の髪が炎に照らされて夕陽のように赤く輝いている。
俺が首を傾げ続けていると、「とにかくもう君を倒そうとする人族はいないから」とアルティミシアは前のめりになった。
そんな宣言をされなくとも、俺に牙をむけば向かい打つだけだ。
「……この間、どうして魔獣を庇ったんだ?」
幻影の火にアルティミシアの顔が照らし出される。
青色の瞳は夜明け前の空のように暗い。
「……覚えがない」
「ほんの数日前だぞ。五代王家連合軍と竜種の戦だ。本当に覚えていないのか?」
ああ、あのときかと俺は思い出す。
狩りに出た際、人族と竜種がぶつかっていた。
すでに両陣営の亡骸が転がっている。
死体を漁ろうと、戦場の片隅に降り立った。竜族の仔が人族の騎士に首を掻ききられそうになっている。
俺は人族の騎士の胴を切り裂いた。
ただの気まぐれである。
「私が知る限り、魔獣は基本、一族であろうが、親子であろうが、自身以外に関心がない。そういう生き物だ。それなのに、貴殿は竜種の子供を助けていた」
「……」
「貴殿の後ろを竜種の仔がついてきてたぞ。貴殿の姿が見えなくなって鳴いていた」
「知らん」
アルティミシアは乾いた笑みをこぼした。
喉を鳴らし威嚇する。
アルティミシアは「貴殿を馬鹿にしたわけではない。すまなかった」と焦った様子で両手を顔の前にかざした。
「その前にも同じことがあったな。狼魔の大群の先頭に貴殿がいて、まるで彼らの先陣を切っているみたいだった」
人族のほうが美味そうだった。
結果的に魔獣に肩を持つことになっただけである。
それなのに、魔獣どもは逃げることなく、俺をジッと見つめた。
相変わらず奴らと言葉を通わせることはできない。
不思議だった。これまで俺が姿を見せただけで逃げ出していたモノたちが、俺の前から消えないのだ。
どの種族に対しても通じるわけではない。
比較的、知恵のまわるモノだけが、俺を恐れなくなった。
「貴殿は仲間を助けている。そんな魔獣を私は見たことがない。だからこそ、貴殿に希望を見出した」
俺は視線で疑問を投げかけた。
アルティミシアは、しめたとばかりに唇を曲げ笑う。
「貴殿は人族と共存できるはずだ。私たちの友人としてね」
「友人とはなんだ……?」
「あらためて聞かれると……なんだろ」
アルティミシアは腕を組んだ。うーん、うーんと唸ることしばし。
表情を明るくして、
「こうやってお喋りする間柄、だと思う」
と言った。
「人族の考えることはよくわからない」
「……そうか」
アルティミシアは短い毛先を指に巻き付ける。
「貴殿は強い。なればこそ、自分以外の存在に優しくなれる。とっても立派な魔獣だよ」
優しい。立派。
アルティミシアは満面の笑みを浮かべる。
悪くない気分だ。




