8 『爆弾(ダイナマイト)』……中編
天界にいる神々が騒つき始めた。
「おいおい、まさかダンジョン神、オグリの奴……わかっていて仕込んでいたのか……」
黒銀の目の友こと、トランザニヤがゴクトーたちの入っているダンジョン内を隈なく”神の目”で見透かす。
「ははは、黒銀の……あやつは変わり者だからの……だが、先見の目は確かだな」
シロは笑うが顔はどこか堅い。
「あなた、そんな笑い事ではありませんよ……あれって……」
シロの妻、女神東雲も”神の目”を閃かせながら驚いた表情で口を挟む。
その顔を見ながらシロが腕を組んで答える。
「そうだ。 ありゃエイジ湯だな。 ”ねじれ”の関係で、この世界の時空の流れが変わってしまったから……それにちょうど良い頃合いかもしれん。魔王の呪術……奴が呪いのように……七星の武器から遠ざけるような”言霊”を発しておるしな……」
話すシロの顔には不安の表情が浮かんでいた。
「特に姉のアカリは自分にだけ聞こえる声に戸惑っていたはず……不思議に思っていたはずなんだが……あの子は気丈にもそれを出さん」
シロが感心しながら言葉にする。
下界を覗き込んでいたトランザニヤは振り返り、
「いや、ゴクトーは多分……気づいてないぞ……下界の時間の流れが変わっていることなんて……」
少し、渋い顔でシロに答えた。
「ワシらは見てることしかできないからの……今のところはな……」
シロがため息をつく。
そんなシロの横に身体を寄せ、「宿命を背負ったあの子たちを見守りましょ」と、シロの肩をそっと抱きしめる女神東雲。
一方で声を大にして──「お惚気は帰ってからやってくれッ!」と、トランザニヤは顔を赤くして再び下界を覗き込む。
「ははは……黒銀の……ルシーヌを思い出すな」
「わたくしの親友……ルシーヌ・トランザニヤ……」
シロがそう言うと女神東雲は一瞬、遠くを見つめた。
「ほれ、シノや、遥か昔の感傷に浸ってる場合ではないぞ。あやつらから今は目が離せん」
「そうですわね……」
シロと女神東雲もトランザニヤとともに下界を覗き込んだ。
──その頃、ダンジョン内のゴクトーたちは……
◇(主人公のゴクトーが語り部をつとめます)◇
「行くわよん」
ニヤニヤしながら階段を降りるパメラの後を追って、俺たちは45階層に降り立った。
そこは洞窟のような岩がゴツゴツとした細い通路が続く。
奥から生暖かい風──それと卵の腐ったような匂いと灰色の煙が立ち込めていた。
パメラの後を俺とアリー、そしてジュリ最後尾に着物が破け、目のやりどころに困るアカリが頬を朱に染めながら歩く。
少し進むと、何かの気配がした。
俺の横に居るアリーが一歩前に出る。
「にゃにかある!」
彼女が魔導銃に魔力を注ぎ込む。
(*アリーが魔導銃に魔力を注ぐイラスト)
次の瞬間──アリーの垂れ耳がピクっと動いた。
クンクン
鼻を鳴らすアリーの表情がその瞬間、変わる。
彼女は魔導銃をさっと背負い突然、四つ足で一目散に駆け出した。
「おい!アリー!先に行くな!」
焦った俺は声を張る。だが聞く耳を持たず彼女が走る。
さすが獣人、尋常では無い速さで彼女は灰色の煙の中に消えていった──。
後ろを振り返れないのが今の現状。
前を向いたまま──
「パメラ、ジュリ、アカリを頼む!」
俺は指示を出し、アリーの後を追った──。
「はぁはぁ……くっそ、見失った」
俺は息が切れ、追い付かず独り言ちる。
その場で立ち尽くす。すぐに後ろの方で駆け足の音が聞こえた。
「はぁはぁ……早すぎるわん……ゴクちゃん、アリーちゃんは?」
背中越しにパメラの声が聞こえる。
「アリーならきっと大丈夫よ!」
続けてジュリの声。
息切れもせず発する彼女の普段通りの声に驚く。
「ダー様、アリーならきっと……先に『セーフティーゾーン』に……」
アカリもジュリ同様に息切れ一つさせてない。
やはり……この姉妹、さすが『桃色姉妹』と二つ名で呼ばれるだけあるな……と、思いながら感心して歩いていた矢先。
「おーい、みんにゃー!『セーフティーゾーン』は、ここにゃ!!」
アリーの声が通路の先で聞こえた。
俺たちは歩む速度を早めた。
すると、『セーフティーゾーン』の入り口で、垂れ耳をはためかせるアリーの姿が目に入る。
俺たちの姿を見るなり、アリーが嬉しそうに指差す。
「ここにゃよ、この中、癒しの温泉小屋がいくつか、あるにゃ」
彼女が嬉しそうにモフモフの尻尾を揺らす。
「おい、心配したぞ、アリー!」
俺はそう言いながら彼女の頭を少し雑に撫でた。
「ごめんにゃしゃい」
彼女の尻尾が地に擦りつく。
興奮してるのか、と思うぐらい彼女の尻尾は激しく揺れていた。
そんな中、真紅のレザージャケットを脱ぎながらパメラが口を開く。
「ダンジョン内に温泉なんてラッキーね。行きましょ、ゴクちゃん。アカリちゃんも着替えられるしねん」
彼女がスキップしながら中に入っていく。
その後にアリーが続く。
俺は後ろも振り返れず……一度咳払いして、中に入った。
当然、俺の後ろにはジュリとアカリが続く。
腐った卵の匂いと灰色の煙。
硫黄と吹き出す源泉が混じり合った結果のものだった。
入った瞬間、不思議に思う。
ここはまるで外のような青空と小さな太陽があった。
さらに、どこか山間のような景色に目を奪われる。
そんな俺を他所に、横に並んだジュリが声を出す。
「へぇ──やっぱりダンジョンて、不思議なところよね」
そう言う彼女の目はキラキラとしていた。
出ました。彼女の口癖「へぇ──」、なんて俺が思ったのも束の間。
セーフティーゾーンの温泉小屋に俺たちは入った。
木造の湯屋の中は、ほんのりとした光が包む。
温泉の水面は外から差し込む、 少し西に傾きかけた太陽の柔らかな影が揺れていた。
疲れた身体を癒すため、「それぞれの時間を過ごそう」と、俺が言うと皆が黙って頷く。
アカリは少し恥ずかしそうに、しかしどこか照れ隠しの笑みを浮かべながら、ゆっくりと巫代流の戦装束を脱ぎ始めた。
彼女の動きには気品があり、制服や戦装束が丁寧に畳まれて置いてある。
彼女は小さく息をつき、薄い温泉用の衣装に身を包む。
透け感のあるその衣装は、戦士としての矜持を感じさせる桜模様の下着とともに、彼女の静かな決意と優雅さを映し出していた。
(*アカリのイラスト)
「……べ、別に見られても恥ずかしくないけど……あまりじろじろ見ないでくださいまし」
アカリは少し頬を染めながらも、目を閉じて声を低く抑えて言った。
「いや、見てねえし……ちょっとだけチラッと……いや、今のは事故だって!」と、俺は慌てて弁解する。
だが、顔には熱が籠りつつ、視線をはぐらかす。
一方で隣のジュリは温泉の波紋を見つめながら、「……こんな所で癒されるなんて……『ヤマト』を出て以来、久しぶりよ」と、ため息混じりにつぶやく。
(*ジュリのイラスト)
彼女の表情はいつになく神妙な面持ち。
それは何か彼女が考えごとをしているようにも見えた。
(『ヤマト』かぁ……離れてもう3年以上経つけど……今、映ってるわたしの身体ってわたしなの?)
ジュリの思いが俺にはわかった。
俺はある時から人の思考が読めるようになっていた。
そう、死にかけたあのリンクスとの戦闘の後から。
(*ゴクトーのイラスト)
リンクスの砲弾を喰らった傷跡が水面に映る。
このタトゥーのようなもの……魔族の呪詛ってやつなんだろうな。
結構派手に残っちまったな。
温泉に浸かりながら胸中そんな思いとは別に、俺は複雑な思考が巡る。
顔だけでなく、声や身長、”その他”もだ……。
温泉に浸かった瞬間、アカリやジュリが急に大人になったように感じたられたからだ。
言わせるな。察してくれ。
そんな中、着替えたアリーは、『爆弾』のような冗談を投げ込む。
「アカリねぇのおぱんちゅ、桃色にゃあ〜!(回避不能)」と、目を丸くしながら指差した。
次の瞬間──”ジャポン”と濁り湯の方に彼女が浸かる。
(*アリーのイラスト)
アリーも間違いなく、ちょっと顔つきや身体つきが変わったと感じた。
一方、少し離れた所から──
「ゴクちゃん、ここは本当に癒されるわね。湯加減も丁度良いし……」
パメラの声が俺に届く。
振り返ると、確かに……彼女はさらに若々しく、美しくなり見違えるようだった。
(*パメラのイラスト)
だがしかし、不思議なことにそのことについて俺とジュリ以外、他のみんなは気にしていない様子。
気づいてるのは……俺とジュリだけなのか……。
そんな思いを巡らせていた時だった。
「アリーったら、派手じゃない”あれ”を言わなくても……でもいいわ。アリーには散々助けてもらったもの。私も温泉は久しぶり……ゆっくり疲れを癒さないと……」
アカリの小言は聞こえなかった。
彼女は少し恥ずかしさを隠すように俺をじっと見ていた。
ギャップと緊張の緩和、そして何よりも仲間たちとの温かい絆を感じながら、俺は静かに湯に身を沈めた。
この瞬間こそ、戦いの前後に必要なひとときの癒しだと、俺は思っていた──。
***
⚫️小さなエピソード:『満腹ドーナッツ』とアリー⚫️
夜の静寂が支配すりゅ『セーフティーゾーン』の中、僕たちは疲れ果てて休んでいたにゃ。
周囲の木造の壁や暖炉のほのかな火の光が、なんだかほっとさせてくれりゅ。
そんな中、こっそりと『アイテムボックス』に手を伸ばした。
誰にも見つからにゃいように、こっそりとにゃね……。
「にゃふふ……このにおい……まちがいにゃい……♪」と、僕は小さくつぶやきながら、『アイテムボックス』から取り出したのは、ダンジョン前で見つけたあの『魔力回復ならこれ!『甘々満腹ドーナツ』をあなたの疲れた身体に』だった。
透明な包装にデカデカとロゴが書いてありゅ。
きっとパメラしゃんの回復魔法の副産物に違いにゃい。
きっとそうだ、そうに決まってりゅ。
僕はそっと手に取り、一口かじりついた。
もっちりとした生地の感触と、ぷにゅっと弾むような食感。
甘い香りが鼻をくしゅぐりゅ。
むしゃむしゃと、気持ちを落ち着かせながら、食べ続けた。
しかし、次の朝になって気づいた。
ジュリねぇが眉をひそめてつぶやいたにゃ。
「おかしいわね。ドーナツの香り……誰か食べた?」
パメラしゃんも、少し困ったような表情で言ったにゃ。
「誰か……食べたのかしらん?」
僕は慌てて顔を上げ、手で顔を覆った。
顔に粉砂糖がついているのは、きっとばれにゃいはず。
でも、心臓がドキドキと高鳴りゅ。
「し、知らないにゃ!!」と、僕はキリッとした表情を作りながら、声を震わせずに答えたつもりだったにゃ。
その時の僕は、まるで子供のようだったと思う。
秘密のアイテムをこっそりと盗み食いした罪悪感と、少しだけ得意げな気持ちが入り混じった、奇妙な夜の出来事だったにゃ──と。
***
仲間たちは心身ともにリフレッシュされていた。
俺もそうだ。
みんな、顔の表情が明るくなったな。
そう思いながら俺は支度を整える。
翌朝、俺たちは『温泉セーフティーゾーン』を出て、ダンジョン攻略を再開した。
気を張りながら気配を殺し、ダンジョンを進んでいく。
だが、洞窟を抜けた瞬間、目の前には再びジャングルが広がった。
次の瞬間──翼が大気を切り裂く音が響く──。
「なにぃっ!」
「あれは……まずいですわね」
俺の声の後、アカリが汗を滲ませ天を仰ぐ。
「グルギェ───!」
上空を複数が旋回し鋭い眼を向ける。
鋭い爪と嘴、猛禽のような姿の魔物。
「『グリフィン』か、厄介だな」
俺は上空を眺めながら声に出した。
だが、さらに───次の瞬間。
「ガァンゴゴゥ───ンッ!」
大地を震わせるような雄叫びが響いた。
垂れ耳を押さえるアリー。
崖の上に現れたのは獅子の顔、鷹の翼、蛇の尾、獣の融合体のような姿の魔物。
「『キマイラ』だな」
つぶやくとキマイラと目が合う。
咆哮を上げるキマイラ────『AAランク指定の魔物』が、次々と襲いかかってくる。
次の瞬間────「巫代流居合、【蕾太刀】!!!」
右手で【黄金桜一文字】を抜刀一閃、カチンと鞘に収めた。
ポトポトポトポトポトポト
雷の斬撃刃が複数のグリフィンを襲い、爆音とともに赤い魔石が地面に落ちる。
「ええええっ!?───そんな簡単にぃ?予想外、なんですけどもっ!?」
思わず声が漏れた。
冷や汗を掻き息をつく。
「いや、まだだ」
二刀流に持ち替え俺は周囲を見やる。
その時────
「ナイス、ゴクちゃん!」
パメラが声を上げ、勢いよく杖を振った。
"ブルンブルン”
大地を揺るがすような『爆弾』が、竜巻を起こす。
「「「「ギェェェェェェェェェェェェェ!!!!」」」」
「ふ、吹き飛んだにゃ……」
突風に煽られながらもアリーが動揺し、つぶやく。
キラン✧
残りのグリフィンが────彼方へ消えていった。
グリフィンを見ていたパメラが振り返り、口を開く。
「クスッ……たわいもないわねん」
その瞬間、バチッとした音とともに───パメラの紅いコルセットブラが切れた。彼女は胸を押さえ苦笑いを浮かべる。
おいおい、ドキッとしますけども……。
俺は”死線”がいかないよう目を逸らした。
そんな中、パメラが俺の後ろに回り込む。
「ゴクちゃん、ちょっと、背中借りるわねん」
パメラが急いで装備を整える。
魔物たちが襲いかかってくる中、ジュリとアリー、アカリが必死に応戦。
次の瞬間───俺の目に飛び込んだ光景は凄まじかった。
「負けてはいられませんわ!」
ブワッ
アカリが踊るように崖上のキマイラに切り込む。
「巫代流舞刀術、三の型───【舞風斬】!!」
シュン
鋭い風の刃が敵を一刀両断した。
ほっと息をつく俺たちはジャングルを離れ、どこか遺跡めいた建物の中に入っていく。
進むにつれ、次々に魔物たちが姿を現す。
ジュリが炎と風の魔法で後を追うように、魔物を仕留めていく。
「ジュリちゃん、左に注意して!」
パメラの指示が飛ぶ。
俺を一瞥し、ジュリが魔法を放つ。
「【ストリーム・ファング】!」
「【メガ・ファイヤー・ボム】!」
魔法が炸裂し、複数の敵が消えていく。
『ウォルトロス』、『メカ・ルシトロス』もジュリの的確な魔法によって次々と倒されていく。
『ワーガット』や『ウルフボルトキング』も同様に、アカリの【舞刀術】によって一掃されていった。
45階層の敵をあらかた倒し、俺たちは滲む汗を拭い歩みを進めた。
「ここだ」
ただならぬ、空気が漂うな……。
俺はボス部屋の扉を見つけて思った。
仲間たちを見て扉を開こうとしたその瞬間───
「……っと……いけないわ」
ブルルン
「すうーはぁ」
「……ふー」
「……っ」
「……にゃ!」
アリーの垂れ耳がはためいた。
『爆弾』が起こす新鮮な風を受け、俺たちは息を整える。
そして──階層ボスが待つ扉の前に俺たちは立った────。
「後編に続くにゃ!」
今回はイラスト多めでお送りしました。
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