6 ”心読”……そしてパメラの女性心理基礎講座
「東雲さん、ありがとう」
黒銀の目の友こと、トランザニヤがほっと胸を撫で下ろす。
「お安いごうようですわ……ですが……偶然ですが……わたくしの”心読”のスキルが彼に移ってしまったようで……」
女神、東雲が口元に手を添え、恥ずかしそうに答えた。
「ははは、それはまた……随分なおまけだな」
シロが笑っていた。
「そ、そんな……東雲さんの特殊スキルを……申しわけないです」
黒銀の目の友こと、トランザニヤは深く頭を下げた。
神々は楽しそうに下界を覗き込んだ。
───その頃、地上にいるゴクトーは奇妙な夢にうなされていた。
◇(主人公のゴクトーが語り部をつとめます)◇
───あくる朝。
これは何の夢なのか……記憶だろうか。
まだ、10歳にも満たない俺がそこにいた。
「オブ───、マグ───、チビナス───」
凍てつくような寒さの中、叫びながら雪山を彷徨っていた。
ゴゴゴゴゴ……
突然、山が揺れだす。
その瞬間、雪山が静寂を突き破る。
突然の轟音とともに雪崩が起きた───瞬間。
白銀の世界が一瞬にして巨大な波となり、山肌を滑り落ちる。
粉雪と氷の塊が空中に舞い上がり、まるで巨大な白い竜が暴れ狂うかのように俺に襲いかかった。
耳を劈く轟音、視界は一気に遮られ、冷たい雪の塊が身体を包み込む。
呼吸ができず、絶望と恐怖が一瞬にして全身を襲う。
この時───何かの力が俺の身体を包んだ。
闇の中での孤独と無力さを感じた瞬間。
闇が晴れ、見たこともないような……世界に俺は横たわっていた。
───そこで俺は意識が戻った。
「はぁはぁ……なんだったんだ……今の……俺の記憶か……」
我に帰り、頭をはっきりとさせながらも声が漏れた。
目が覚めると頭に柔らかい感触が伝わる。
ゆっくりと瞼を開けると───視界にはジュリの顔が映る。
彼女は血に染まった布を手に握りしめていた。
その顔にはどこか緊張が漂っているようだった。
ジュリ……自分を責めているのか?
何だろう……。
ジュリの気持ちが”読める”。
目覚めてからの俺は少し変わった。
なぜだか……あの戦闘後から相手の気持ちが何となくわかってしまう。
ジュリと目が合った瞬間、自然と声に出た言葉。
「すまない……」
俺は心から思う。
そして、あの悪魔付きとの戦闘を思い出す。
あのリンクスとの戦闘で、【神代魔法】の封印を解いたのは俺だ。
それが必要な状況だったことは間違いない。
詠唱もままならず、身動きも取れない状況だったから。
そう思いながらジュリを見つめた。
「もう……安心してくれ……」
そう言って目を閉じて、戦いの記憶をたどる。
───【神代の魔法】。
古代から伝わるその力は、扱う者の生命力を代償にする危険な術だ。
師匠から教えられていたのは、まだ【初伝・単】や【中伝・双】程度の術だった。
だが──今回は初めて“生命を削る奥義”、【神代魔法:奥伝・斑】を解放した───。
生命力の反動がここまで大きいとは思わなかった。
怒りと悔しさに駆られて、冷静さを失った───でも、途中なんだか気分が落ち着いた瞬間があった。
いや、師匠が『激情を抑えろ』と、繰り返し言っていた意味が、ようやくわかった気がする。
『ゴクトー、神代魔法は古の『始祖』が編み出した魔法だ。
その魔法は、血の滴りを求める。
だが、表裏一変して、錆びた血の味は嫌う魔法だ』
師匠の言の葉が頭に浮かぶ。
俺は目頭が熱くなり、頬を涙が伝った。
ふとした瞬間、ジュリの声が聞こえる。
「へんダー……泣いてるの……?」
瞼を開き、彼女を見た。
彼女は俺の頬を撫で、流れる涙を拭ってくれる。
「ふぁ───……よく寝たよ」
恥ずかしさを隠すように、わざと大きな欠伸をした。
(あなたは……わたしを救ってくれた)
ジュリの思いが俺に伝わる。
顔を赤くする彼女が優しい言葉をかける。
「今は……ゆっくり休んで……」
彼女は涙を浮かべ俺の涙を拭う。
その顔を見て脳裏をよぎる昔の記憶──
俺はふと思い出した。
祈りを捧げるシスターと俺。
その時、手を組む司祭は瞼を閉じてこう告げた。
「この子は至極、当然のような顔をしてますね……特別な魔力を宿しているのに……彼は、わかっていないようですね……シスター・カノン」
「司祭様……この子は、自分の名すら、知らないのです……」
「では、シスター・カノン……この子の事は………そうですね………至極当然……極当と、仮名で呼ぶことにしましょう」
「わかりました。司祭様………」
そして、シスターは膝をおり俺に微笑みながら祈りを捧げた。
「どうか……この子に幸福が訪れますように……」
シスターの言葉とともに、低音を響かせるパイプオルガンの”和音”が流れた。
俺はこの時の曲が今でも耳から離れない。
なぜかって?
その曲がシスターの名と同じ『カノン』だったからだ。
師匠がよく口笛で吹いてたのを思い出す。
その時は知らなかったが、神が祝福を与えるのをイメージした曲らしいと後に知った。
孤児院での記憶が甦り、うつむく俺の頬には、再び涙が流れた。
ジュリの声と潤んだ瞳が、シスターの面影と重なった。
(今は、何も考えず……何よりあなたの身体が心配なのよ)
まただ……ジュリの気持ちが痛いほど胸に響く。
こんなにも心配させて、すまない……。
心に込み上げた熱い想いを飲み込む。
「へんダー……泣かないで……」
彼女の声は震え、その瞳には───涙があふれていた。
***
それから三日が経ち──日常は戻りつつあった。
傷口は徐々に塞がっていった。
だが──深い傷痕だけは、消えずに残ってしまった。
……みんな、本当にありがとう……。
全員の献身的な看病と魔法、薬の力で体調は回復した。
再び攻略の準備を進め始め、手足を伸ばし身体をほぐす。
そんな中、ジュリとアリーが目の前に立った。
「へんダー……本当に大丈夫?」
ジュリは肩をすぼめ見上げる。
(少しは元気になったみたい……よかった)
ジュリの思いが伝わる。
その赤碧色の瞳に浮かぶ『小鳥遊』にドキッとした。
動揺して早口になる。
「大丈夫。みんなのおかげだ。早く攻略を終わらせて、温泉で、のんびりしよう」
そう告げた瞬間だった。
”パシッ!”
鋭い音。俺の右頬に鈍痛。
「こっの、へんダ──!……もう、心配して損した」
ジュリは顔を真っ赤にしながら震える。
「いたたっ…… 傷を癒しに行こうと思って……」
「どうせ、温泉に行くのは、何かするつもり……なんでしょ!?」
つっけんどんに答えるジュリの声が一段高くなった。
怒りなのか……羞恥なのか……。
どっちなんだ?
いや、ってか、覗きの疑いっ!?
俺は訳が分からず、困惑しながら答えた。
「ち、違う!」
手のひらをかざし左右に振った。
さらに、ジュリの顔色を見ながら続けた。
「誤解だ! そんなつもりじゃ……」
口ごもり額に汗が滲む。
その瞬間───
"パシッ!”
再び俺の右頬に走る熱い感覚。
怒りを顕にするジュリが低い声を出す。
「どうせ、わたしじゃなくて、ネーやパメラさんの事でも、考えてたんでしょ!?」
彼女が手のひらをギュッと握る。
(もう、なんでなのよ……)
ジュリの心の声が聞こえた。
二度目のビンタは割と痛みはなかった。
「……」
言い返すことはもうしないと思った。
大きく息をつき右頬を押さえた。
見ていたアリーが俺の顔を覗き込む。
彼女は肩をすくめながら口を開く。
「自業自得にゃね」
彼女はポツリとつぶやき、まるで呆れたように垂れ耳を動かす。
ジュリがアリーの頭を撫でながらまるで言葉を探すように───
その唇が微かに動いた。
「バカ……」
彼女は背を向け、アリーを引き連れこの場を去った。
「何だよ……」
彼女たちの背中を見ながら声を漏らす。
冷静な判断がつかない。少し頭を整理する。
何故だっ!何故こうなった!?
ただ、温泉に行こうって、言っただけなのに……。
どうしてあんなに怒る?
何か、悪いことでも言ったのか……。
「わからん」
独り言ち肩をすくめた。
その時、一陣の風が流れた。
ブルン
さらに風が震える。
「わかってないわね」
咄嗟に声がする方に目を向けた。
少し離れた場所でパメラが<最新式テント>を片付けていた。
見られてたんだ……恥ずかしい。
口を真横に結びパメラの前に俺は立った。
パメラがからかうような笑みをこぼす。
「あらあら、怒られたの?かわいいわねん」
まるで妖艶が滲みでているかのような声だ。
肩をすぼめながら口を開く。
「……怒られた。けど理由がわからん。ただ、『温泉に行こう』って言っただけなんだぞ……?」
「あら、それじゃダメよん。『みんなで』って付けなきゃ、完全に誘い文句じゃない」
「……『みんなで』?」
パメラが瞼を閉じ、ため息をつく。
「わかったわ、ゴクちゃん。少しだけこっちに座って。今から"女性心理基礎講座”を始めるわよ」
腰に手をやりつつ、彼女が息をつき背筋を伸ばした。
「……」
俺は言われた通りその場に腰を下ろす。
(*パメラが説くイラスト)
パメラは人差し指を立てながら、口を開く。
「まず、女性っていうのはね、言葉だけでなく、状況やその裏に隠された意味を敏感に読み取るものなのよん」
「ふーん。そうなのか」
「『温泉に行こう』って言われて、そのまま受け取る子もいるけど、ジュリちゃんみたいに、恥ずかしがり屋で、”感情が先走るタイプ”の場合、そう簡単にはいかないってわけ」
彼女は俺を見つめ淡々と話す。
その口調は上品で洗練された印象。
「……簡単にはいかない?」
俺はポツリと答えた。
その瞬間───パメラの表情が変わる。
「そう。『温泉に行こう』って、ゴクちゃんの言葉を彼女はこう捉えたのよ」
彼女は眉を下げ紡ぐ。
「『二人きりで』『裸を見られるかもしれない』ってね。
要するに、あの子にとっては『覗かれるかも』って、警戒心が先に来たわけ」
ジュリの方を指で示しながらパメラはどこか自慢げに話す。
「な、なるほど……そんなふうに考えてたのか」
「だから、『みんなで行こう』ってちゃんと伝えなきゃダメなのよ。集団の中なら恥ずかしさや警戒も薄れるし、『覗くつもりなんてない』って、自然に誤解を解けるでしょ?」
そう言うとパメラは何か思うように背を向けた。
「……そっか。俺、そういうの全然考えてなかった」
「その結果、あの子は怒った。
ほら、これが『女性心理基礎』よ。簡単でしょ?」
パメラが振り返った、その瞬間───
ブルルルルン
空気が震え竜巻が起こった。
「マジかああああああああああ!」
「吹き飛んだにゃ」
「ほっときましょ」
「ダ、ダー様は……なんで飛んで行ったのかしら?」
身体をフィッティング中のアカリがつぶやく。
”ガンッ!”
無色の壁に───俺は叩きつけられた。
「……ってて」
この時、彼女が『爆弾講師』として活躍している理由を───知った。
カツ…カツ…
パメラは俺に歩みより、悪戯っぽい目でこう言った。
「ゴクちゃんは女の扱いに慣れてないわねん。その年齢でこれってことは……
まさか、まだ”経験”がないわけじゃないわよね?」
「経験……? いや、彼女はいたことあるぞ!」
鼻息荒く俺は胸を張る。
「ほぉ。それで、どこまで行ったのん?」
パメラがニヤリ。
「どこまでって……チュウくらいはした!」
「それっていつ?」
「……十二歳の時だ!」
俺は自信満々にそう言った。
パメラは一瞬固まり、肩をすくめながら大きく息をひとつつく。
「……ゴクちゃん、それは……その……"経験”とは呼ばないわねん」
彼女は俺の肩に手を置きながら続ける。
「仕方ないわねん。ダンジョンを出たら、あたいがゴクちゃんに“女”ってものをしっかり教えてあげるわん」
「女? 知ってるぞ! 下着が派手だ……」
「それは『物理』的な女よ。あたいが教えるのは……『カ・ラ・ダ』と『心』よ」
「『カ・ラ・ダ』…………と『心』……?」
パメラにジッと見つめられ、照れながらもつぶやく。
な、なんだッ!
その、『カ・ラ・ダ』ってっ!?
瞬間、顔が熱くなるのがわかった。
(奥手のゴクちゃんには、ゆっくりとあたいが教えてあげないと……)
パメラの心の中が手に取るようにわかった。
ちょっと気まずくなりながら声を出す。
「先生……なんだな」
「さて、準備はいいわねん。さぁ、出発しましょ!」
パメラはそう言って軽やかに立ち上がる。
なんとも言えない気不味さが残るのだが……。
不安を抱えつつ、俺は彼女の後を追った───。
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