5 蘇生、介抱、そして妄想。
「ははは、天晴れじゃ」
桃色の髪、赤い目の男が笑った。
「あの”悪魔付き”をよく倒したな。死なせるわけにもいかん……」
銀髪、黒銀の目の男、目立つ八重歯を見せ焦る。
「シノよ、頼めるか?」
シロの顔はいつになく真剣な表情になった。
「この子は、宿命を背負っているのですね。わたくしは以前にも……一度この子を……」
女神東雲は、この顔を見るのは2回目だった。
***
左頬が焼け付くように熱い。
何か柔らかいものが、触れている感覚がある。
ぼんやりとした中、啜り泣く声。
「ゴクちゃん……」
かすれた声に続いて、誰かが強く唱える呪文の声。
「「【【エクストラ・ヒール】】!!」」
同時に二人の声が耳に重なる。
【治癒魔法】が唱えられたな、と思った。
その瞬間、ふわっとした感覚に包まれた。
身体の痛みが引いていく感覚だけはある───。
だが次の瞬間───ジュリの声だ。 だが震えている。
「消えない……傷がふさがらない……お願い、効いてよ……!!」
彼女は詠唱を続ける。
「もう無理だにゃ……! 痣は消えても血が止まらないにゃ!!」
随分と焦ってるな?……アリーだな。
その時───アカリの声が聞こえた。
「アリー、これを!回復薬を全身にかけて! パメラさんは魔力回復のサポートを!」
まるで指示出しのようだ。
”ドボドボドボ”
指示に従ったのか、と俺は思った。
回復薬が身体全体に注がれた。
「【エクストラ・ヒール】……!」
ジュリの唱える声が聞こえる。
彼女の声は段々かすれていった───。
傷口に誰かが止血薬を塗ってくれている。
アリーかな? モフモフの感触。
彼女は一度息をつき、震える手で包帯を巻いていく。
啜り泣く声とともにパメラの震える声。
「【マジック・ヒーリー】」
その瞬間───
目の前に真紅の魔法陣が浮かび上がり、柔らかい紅い光に包まれた。
「ゴクちゃん……絶対に助けるから……この魔力回復で……」
彼女は震えるような声で詠唱を続ける。
次の瞬間───胸の『江戸っ子鼓動』の動きが止まる。
「へんダ───!!!!」
ジュリの叫ぶ声だけが───かすかに聞こえた。
***
「シノよ、もう一度……どうにかできんか?」
天界の神、シロの顔には憂慮な表情が浮かんでいた。
「わかりました……この東雲にお任せを」
金のティアラが輝く、桜色がかった銀髪の美女が答えた。
琥珀色の瞳を閉じ、印を結ぶ彼女が紡ぐ。
「【Revive】!!」
テンガロンハットを被る男が───荘厳で黎明な光に包まれた。
***
これは何の記憶だろうか。
意識が混濁とする中、夢を見ていた。
見たこともないような衣を纏う二人の男が上から覗く───背の高い銀髪の男性と筋肉質で小柄な桃髪の男性。
「この子は、宿命を背をっているのですね。
わかりました……この東雲にお任せを……行って参ります」
そして───まるで女神か天女のような女性が俺に近づいてくる。
彼女は琥珀色の瞳を閉じ、印を結び紡ぐ。
「【Revive】!!」
その瞬間、俺の身体が優しい何かに包まれた。
俺の顔を覗き込んでいる。
この女の人どこかで……。
……いや待てよ……俺は前にも一度、ここに来たことがある……。
この綺麗な人、ちょっとアカリとジュリに似てるな……。
頭の中で二人の顔が思い浮かんだ。
どこか雲の上のような景色。
目の前には異質な建物が立ち並び、その壁面は七色の異様な光沢を放っている。
「お前には、まだ、やらなきゃいけないことがあるだろ……ははは」
桃髪の小柄な男性が上から覗いて笑っていた。
───夢はそこまでだった。
夢か……と、意識を取り戻す。
ゆっくりと目を開ける。
「ん……?」
皆が俺の顔をジッと見る。
はっきり意識を取り戻したが、視界はぼやけ身体も重い。
「んん?」
口を覆われ身動きが取れない。
何かで全身をぐるぐる巻きにされている。
これって、あの戦闘の時のデジャブ……?
そんな事を思っていた矢先───ジュリがポロポロと涙を流す。
「へんダ────っ!」
声を張り、顔を覗き込んでくる。
「……うぅぅぅぅ…」
ポタリ…
あふれた涙が俺の顔に落ちる。
「これでもか」ってなぐらいに彼女の顔は崩れていた。
まだ、目をそらす余力がない。
チクリとした胸の痛み。
ジュリの顔をまともには見れず瞼を閉じた。
次の瞬間、髪が俺の鼻先に触れた。
目を開けるとパメラが俺の頬をそっと触る。
「ゴクちゃん……!」
彼女の高い声が耳に響く。
彼女は普段、かなりの美人なのだが。
どこか妖艶だし……でも、顔はグシャグシャだ。
この時、不思議だが爽やかに感じる風が吹いた。
その風に揺れるモフモフの尻尾がくにゃっと曲がる。
アリーと目が合う。
「にゃぉおおおおおぉぉぉん!」
涙顔のまま彼女が指を絡め、天に吼えた。
そして───俺を見つめるアカリ。
彼女は包帯を握りしめ、その肩は震える。
冷静な彼女ですら……感情を押し殺せてはいないな、と思った。
そんな中、ふと、儚げな笑顔とともに、パメラが慌てて俺の口元の包帯をとく。
どこか張りつめた雰囲気が漂うのを感じていた。
まるで、身体に深く刻まれた傷が物語ってるように思えたから。
ようやく俺は言の葉を絞り出す。
「良かった……み……んな……無事で……」
さっきまでの焦燥感が消え、彼女たちの顔は柔らかくなった。
俺はジュリと目が合う。
まるで、わたしを信じすぎよって……言わんばかりの顔だな、と思った。
ジュリがほっと息をつきながら小声で話す。
「あー良かった。 へんダ──、生きててくれて……」
その顔は笑っているように見えたのだが───頬は真っ赤で口はへの字に曲がっていた。
ジュリが震える手で俺の手を掴む。
「この……バカぁ……!」
彼女がペタンと座り込む。
アカリは声を出さず、ただ静かに見つめる。
包帯を握るその手には、まるで安堵が込められているようだった。
ありがとう……みんな……。
口には出せず……心の中で感謝していた。
俺は再び急激な眠気に襲われた。
静かに目を閉じ、そのまま深い眠りに落ちていった───。
◇
───翌朝。
アカリが俺の顔を覗き込む。
「大丈夫ですか……?」
彼女の顔はひどく疲れたような顔をしていた。
瞼も腫れ、やつれてる。
……寝ずに看病してくれたんだな。
「……アカリ、すまない」
俺が言葉を投げた瞬間───赤碧色の瞳に涙をこぼす。
涙を見せなかった彼女が急に顔を歪めた。
余程、不安だったに違いない。
改めて、「心配をかけてすまない」と心の中で思った。
ふと、目の端に紫髪が靡く。
俺はパメラと目が合う。
すると彼女は疲れも見せずに口を開く。
「いつまで膝枕してるのよん?……代わってくれないかしらん?」
彼女の目には、どこか悪戯っぽさが漂っていた。
だが、彼女のその表情は少し不満げに感じた。
ふっと息をつき、俺は肩をすくめる。
「足、痺れただろ?……起きる…よ…」
起き上がろうとするがアカリに頭を抑えられる。
「まだ、出血が止まっていないんですからね……」
彼女の声はどこか温かで安心する。
この時、ガッシャーンと何かひっくり返したような音が響く。
「いいんです。ずっと、私の膝枕で……」
「っえ?」
アカリの声が小さくよく聞こえなかった。
いいんです……ずっと、ってか、勘違いか?
恥ずいんですけども……。
即、目をはなした。 視線を右に左に彷徨わせる。
目が合うパメラが艶やかな唇を動かす。
「少しは……話せるようになったのね」
ほっと息をつき、彼女がひっくり返した鍋を元に戻した。
その言葉にジュリが片眉を動かし、ため息をつく。
桃色の髪を耳にかけ、彼女が口を開いた。
「ネー……足が痺れたでしょ?……へんダーの膝枕、わたしが代わるよ」
彼女は頬を朱く染める。
ジュリの奴、わたし、ふともも……足なら自信あるんだから。
ふふふって、感じだ。
……って、おいっ!俺っ!
自身にツッコム。 ま、知っての通りの得意技だ。
こんな状況でも……俺の頭はこんなことばかりを考える。
だがな。
心には何か温かいものを感じていたんだ。
それはまるでふんわりと包み込んでくれるような感覚。
そんな思いを巡らせていた。
アリーは少し離れた場所で、「……顔がニヤけてりゅ……」と、垂れ耳を立て口元を綻ばせる。
彼女のその言葉が───この場をさらに温かくした───。
◇ ◇
あれ以来夢を見ることもなかった。
彼女たちの献身的な看病は───毎日続いた。
ジュリは【エクストラ・ヒール】を唱え、俺の傷に癒しを施す。
「絶対治すもん……」
彼女の瞳には小鳥のいない空が、まるでそこに羽ばたいているかのように映っていた。
『小鳥遊(鷹なし)』
その名が秘めた、矛盾する自由と静寂。
その両方が、あの瞳の奥に宿っていたと。
俺はこの時、心の中でそう思いながら感じた。
その瞬間ジュリと目が合う。
「パメラさーん、わたしにまた、魔力回復魔法をお願───い!」
彼女が照れたように、アリーとパメラが座る場所まで駆け出した───。
「ジュリちゃん、無理しちゃだめよん」
パメラがジュリに全身を弾かせるように【マジック・ヒーリー】をかけた。
ブルルン
「きゃっ!」
「っえ?」
瞬間、俺の視界にジュリの『緑の桃風呂敷さん』が翻る。
同時にアリーのモフモフの尻尾も持ち上がった。
そして───強風でアカリの桃髪が靡く。
この時だった。
彼女の桜のような甘い香りが一瞬、眠りに誘った。
「チャンスですわね……」
アカリが俺をジッと見てつぶやく。
潤んだ瞳の奥から鋭い光を放つかのように……
まるで獲物を狙う『猛虎キラン✧』か、と思ったさ。
彼女は膝枕をしながらそっと身体を拭いてくれていた。
「ふふふ……いい身体ですわね」
頬を朱に染め、顔を近づける。
意識は薄れ眠気に誘われる。
その瞬間、自分の”癖”の世界に入っていった。
【妄想スイッチ:オン】
──ここから妄想です──
「ドキドキドキドキ!」
「旦那、どちらまで?」
胸の『江戸っ子鼓動』が籠をかつぐ。
「落ち着くところまで」
「ガッテン!」
「エッサ」 「ホイサ」
「……そこのもう一人は誰なんだ?」
「あっしの相方で………ごしんぞうさんでさぁ……!」
「旦那!見といとくれよぉ!」
「あ……ああ」
「エッサ」 「ホイサ」
籠に揺られる俺だった───。
峡谷に差し掛かった。
(*ゴクトーの妄想キャラクター、江戸っ子鼓動とごしんぞうさん)
『カルデラの湖』に”死線”が吸い込まれる。
「”死線”───! ……っく!」
【妄想スイッチ:オフ】
──現実に戻りました──
我に返り意識を戻した。
「…っは!………これは、なんだ?」
アカリの目に射抜かれた俺は、全身の毛穴から汗が滲む。
「ふふふ……微睡んでましたわ」
だが、次の瞬間───頬を朱く染める、アカリの顔がさらに近づく。
「私が、必ず治しますから……」
chu♡
彼女は───頬の傷にキスをした。
顔に血が昇り目はかすみ、意識が遠のく。
再び俺は混沌とした闇に引き込まれていく。
そして、再び自分の世界へ入っていった。
【妄想スイッチ:オン】
──ここから妄想です──
「エッサッサ」 「ホイサッサ」
「エッサッサ」 「ホイサッサ」
沈黙の中、『江戸っ子鼓動』と『ごしんぞうさん』の掛け声だけが響く。
「はぁはぁ……旦那!これ以上は、あっしらには無理ですぜ!」
「鼓動……はぁはぁ……おまえさん、情けないったら、ありゃしないね」
「えっ?……しんぞうって……女性なのか……?」
「あれ……? 旦那、あっしは……確かに……相方のごしんぞうさんと……」
「そうだったな……」
「おまえさん、わたしのこと、”ごしんぞうさん”(奥さん)って、紹介するのはやめておくれよ……照れっちまうだろ」
「ははは。おあとが……よろしいようで」
チャッチャラ スカチャラ ンチャチャ─── パフ♪
幕は降り、お囃子まで流れた───。
【妄想スイッチ:オフ】
──現実に戻りました──
寝ぼけながらも我に返り、目をこすり、ポソ。
「はっ! 夢かっ? 」
「何じゃこりゃああああ───!」
思わず声が出た。
この時、テンガロンハットがわずかに動いたように感じた。
「ククククク」
噛み殺したような笑い声が頭上から聞こえる。
動揺と焦燥。
……一体、何が起きてる?
思いながら冷静になろうと息をつく。
その時、アリーが静かに俺に近づく。
「それだけ声が出れば、安心にゃ!」
彼女は柔らかなモフモフの尻尾で、俺の頭を撫でる。
ため息をつき、肩をすぼめ───
俺は自分の癖を呪った───。
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