4 斑の解放
「おい、黒銀の、あやつピンチだぞ……ありゃ魔族の下僕だ」
「……兄の系譜か……ちょっと、力を貸してやるか」
「お二人とも、そんな呑気に」
「シノ、まぁ……ワシらは手出しできんからな……」
シロと東雲、トランザニヤは下界を眺めながら息をついた。
◇(主人公のゴクトーが語り部をつとめます)◇
リンクスが詠唱を始めジュリの拘束が解かれる。
ジュリの上着を無造作に引き裂き、緑のブラトップをあらわにした。
「ん───っ!!」
口を塞がれたままジュリは、必死に抵抗しながら悔し涙を流す。
その目は俺に助けを求めていた。
くっそ……!
動け……動け、俺っ……!!
怒りが煮えたぎり、歯がギリギと音を立てる。
師匠に止められていた禁じ手─── 神代魔法《具現想霊》『奥伝』を使う覚悟を決めた。
心の中で噛み締めるように唱え始める。
「……天啓を与えし神代の大神よ───」
「───我は、力無き大地を歩む儚き存在……」
「……その比類なき根源を、我が魂に宿し給え───!」
初伝単の詠唱を終えると、周囲の空気が一変する。
ダンジョン内に巨大な炎が広がり足元に赤い魔法陣が現れる。
同時に、全身に炎の痣が浮かび上がっていく。
身体の痛みに耐えながら心の中で詠唱を続ける。
「……悠久より巡る創造の息吹よ──」
「──今ここに顕現し、我が祈りに応え給え───!!」
中伝双の詠唱を終えるとさらに、青い魔法陣が渦を巻きながら赤い魔法陣を囲み、身体には水の痣が浮かび始めた。
身体が引き裂かれるような痛み。
だが───俺は続けた。
「───天啓を与えし神代の大神よ───」
「……力無きこの身に、永劫なる力を宿し給え───!!!」
奥伝斑の詠唱を終えたと同時に緑の魔法陣が竜巻とともに現れ、頬に十字の緑葉の痣が刻まれる。
三つの魔法陣がゆっくりと重なり合い、白い輝きに変わる。
その光が俺を包み込んだ瞬間、髪は銀色、瞳は赤と銀の異形の色に染まった。
───光が、記憶を裂いた。
炎に焼かれる大地。
空を横切る金色の環。
そこから降り注ぐ、神々の矢。
これは──俺の記憶ではない。
けれど。確かに“知っている”。
光が、世界を割った。
「これは……誰の記憶……? いや、これは……わたし?」
“記されし言の葉”が脳裏を駆け巡る。
声ではない。理解でもない。
ただ、“知っている”。
その瞬間──
ジュリの唇が自然と動いた────「【神代魔法】!」
その時、ふと師匠の言葉が頭に浮かんだ。
『それは太古の神々が万物を統べていた時代、創世の力そのものが刻まれた至高の魔術』
『この魔法は大いなる神々が選ばれし者に、一時的に貸し与えた”仮初の神力”とされ、その秘奥はただの人間には、到底制御できない』
『伝承によれば──神代魔法は四巻の秘書に分かれて記されており、それぞれが異なる階位の力を秘めている』
『初伝・単……基礎にして神秘の扉を開く鍵。
中伝・双 ……力の二重螺旋が秘められた戦術の核。
奥伝・斑……大地を砕き、天を裂く破壊の権化。
秘伝・亖 ……思念は形を取り、魂を得る禁断の極み』
『その力を手にする者は自らの魔力だけでなく、生命そのものを糧とする宿命を背負う』
『術者が抱える魔力と魂の容量に比例し、魔法の力が発揮されるが、それに伴う”反動”は、術者一人一人によって異なるとされる』
『奥伝の一つ【斑】は、古より禁忌とされてきた───【破壊魔法】。
神々の戦場で使われた伝説の技───』
師匠がいつに無く真剣に話してくれた言葉が頭をよぎる。
「……見える。炎に焼かれた大地、天より降る矢の雨、そして“言葉”を紡ぐ神々の影──始祖様が力を貸し与えると……」
瞼を閉じたジュリの唇からは、かすかに漏れ聞こえる声。
"斑の力”は、術者の存在そのものをも焼き尽くす。
覚悟なしには発動できない。
師匠直伝の秘儀として、その力を解放する───瞬間。
神々が遺した力の断片が目覚め、ただの人間である術者に宿る。
その代償は命、そのもの───。
「神代魔法・奥伝──斑─────!」
低い声とともにジュリが言霊に魂を込めた瞬間、世界の時間は一瞬止まる。
次いで解き放たれた膨大なエネルギーが、天と地を切り裂く刃となって周囲を飲み込む。
神々の遺した記憶───そのものを具現化したかのような光景。
これが……神代魔法……奥伝、斑か。
拘束を力任せに引き千切り、立ち上がる。
ジュリの呪文が終わった刹那───。
静寂の中、腰に手を伸ばす。
二振りの【桜刀】が、蝶のように舞い上がった。
身体中から溢れるエネルギーとともに、光の軌跡を残しながらリンクスたちに向かって走り出した────。
妖艶な弧を描く刀身が、薄暗いセーフティーゾーンの中で一瞬、銀色の光を放つ。
「【十文字鎌鼬】斬り────!!」
鋭い喝声とともに、二刀は風を切り裂き、鋭い"シュン”、"シュン”という音を立てて交差する。
その軌跡は、まるで緑葉の嵐が渦巻くようであり、視界を一瞬、緑色に染め上げた。
”ザシュッ!” ”バサッ!”
二つの斬撃が、まるで裁ち鋏のように、エルフの身体を切り裂いた。
鮮やかな朱色の血液が、白いフードを染め上げ、深紅のバラが咲いたかのような──── 一瞬の美しさを生み出す。
その瞬間────巨人の足元に滑り込んだ。
「【金剛一文字】斬り────!!」
怒涛の咆哮とともに、二本の【桜刀】に雷光が宿る。
まるで生きた龍が刀身を這い上がるかの如く、
稲妻が煌めき、
鳴動が大気を揺るがす。
右から左へ、一閃───
"ᜰᜰᜰᜰᜰᜰᜰᜰᜰᜰᜰᜰᜰᜰᜰᜰᜰᜰ"
"バリバリバリバリバリバリィ───ッ!”
凄まじい雷光がダンジョン内を切り裂き、セーフティーゾーンを照らし出す。
轟く雷鳴が巨人の咆哮を打ち消す。
そして───鋭い"ズパッ”、"ズパッ”という音が響き渡る。
ジュリは息を呑む。
静寂の中、巨人の両膝がまるで豆腐を切るように"スパッ”と切断される。
噴き出す鮮血は舞い上がり、血の雨を降らせた。
巨体は轟音を立てて倒れ込み、地面を激しく打ち震わせる。
「いでー…… おでのあじが…… 」
巨人の嗄れた声が、血生臭い空気を漂わせる。
その言葉に怒りが頂点に達した。
「喚くな!!」
渾身の力で【桜刀】を振り下ろし巨人の首を両断する。
鈍く重い感触。
腕を震わせ温かい血が顔面に飛び散る。
鼻腔を満たすのは生臭さと焼けた肉の匂い。
鉄の味が口の中に広がると─── その瞬間。
心臓が一度「ドクン」と飛び跳ね波打ち、ある妄想が脳裏をよぎる───。
「我が想、血肉となれ。虚ろの中の幻、今ここに宿れ…《具現想霊・真紅の蝶、ブラ・アカノ》!」
自然と口から詠唱が漏れた。
ブラ・アカノが赤い翅を翻し唱える。
「【魅誘分身】!」
「この野郎──!」
「くっ!化物───!!」
彼らの狂気じみた叫び声が響く。
アカノに襲い掛かるドワーフと盗賊に冷静に集中し対応できた。
「【金剛真紅ノ翅】斬り────!!」
アカノの分身が【桜刀】に纏う。
"≷≷≷≷≷≷≷”
"≷≷≷≷≷≷≷”
刀身が空気を切り裂き鋭い"ヒュ───ン”という音を立てる。
“ズバッ” “ズバッ”
血肉を裂く音とともに、二つの『斬撃刃』が敵を切り裂く。
まるで蝶のように血飛沫が舞い───煉獄の赤い翅を咲かせた。
一瞬の出来事───。
「あなたは一体……」
ジュリの口からこぼれた言葉。
「こんな姿、見たことない。
どうして……どうして、こうなったの……?」
「こんな怖い顔。初めて見た。
わたし、どうすればいいの?」
「あなたは───人間なの……?」
あまりの事にジュリは、それ以上声が出なかった。
俺は全身が黒く変色し血管が浮き出ていた。
鋭い爪は黒く光り、瞳孔は完全に赤く染まっている。
まるで、深淵から這い出てきた怪物のような姿。
変貌した姿に───ジュリは息を呑むしかなかったのだろう。
身体中に浮かぶ痣から、赤黒い血がじわじわと滲み出していく。
痛みが鋭く、熱さが肌を焼くようだ。
全身を駆け巡る緊張感、呼吸が荒くなる。
喉が焼けるように痛い。
それでも──ジュリに届いてくれと願いながら声を振り絞った。
「はぁ… はぁ… ジュリ……今…助けてやるから…な…」
視界の先にいるジュリ。
「なんで、なんでそんな姿になってまで……
もう無理だよ……あなたが死んじゃう……」
彼女の目は涙で潤む。
ジュリの目には絶望と焦りが混ざり合い、その表情は締め付けられるような痛みを感じているようだった。
立ち尽くし、まるで何もできない自分に……歯噛みでもするかのように。
しかし───俺が見せた一瞬の微笑み、震える拳に彼女は小さく頷くしかなかった。
その一方、リンクスが叫ぶように喚き散らしている。
「な… 何だそりゃ!? お前何者なんだ……! 一瞬で四人も! 奴らは俺と同じく『S級冒険者』なんだぞ……!」
リンクスの言葉は怒りと恐怖で震えていた。
それも当然だろう。
彼がこれまで知らなかった、『死の予感』というものを今、初めて感じ取っているのだから。
狼狽したリンクスがジュリを掴かむ。
そして、人質にする形で身構えた。
次の瞬間───
ゴゴゴゴゴ……
彼の身体が禍々しい形に変貌を遂げた。
長く伸びた髪が風に舞い、真紅に染まる瞳がギラリと輝く。
下顎からは鋭い牙が覗き、全身の筋肉が膨れ上がった。
その力に服は裂け、背中から蝙蝠のような翼が広がる。
闇に包まれたその姿は、もはや人とは呼べない。
(*変貌したリンクス)
「愚かで哀れな者よ! 我が主、魔族四天王、ドルサード様の力を思い知るがいい! 我が授かった力を見せてくれるわ」
「これでも喰らえ──っ!【 暗黒波動弾 】──── !!」
リンクスは鋭い眼光を向けると、両手を掲げて闇のエネルギーを凝縮させる。
弾け飛ぶように放たれる────闇の散弾。
「!!!」────
“ドンドンッ”
“ドンドンッ”
無数の弾丸が身体を貫く。
人より数段上の反射神経をもってしても、
その全てを避けきることは───できなかった。
“ブシュ”
“ブシュッ”
焼けるような痛みと身体中に無数の穴が穿かれる。
次々と噴き出す血。
『セーフティーゾーン』の地を赤く染めた。
「もう嫌だ…… あなたがこれ以上傷つくなんて
……でも、どうすれば……」
ジュリは祈るように両手を握りしめ、ただ見つめるしかできなかった。
リンクスは勝利を確信したように嘲笑を浮かべる。
「ははははは!! ザマァみろ……! どうだ、終わりだろうが!」
ガクンと膝をついた俺を見下ろした。
「お願い、立ち上がって! あなたならまだ……」
ジュリが漏らす願いを聞き、意識が遠のく中でその言葉に奮い立つ。
最後の一撃に全てを賭ける覚悟を決める。
リンクスが詠唱を開始する。
「これでトドメだっ!」
両腕に膨れ上がる闇のエネルギーが渦巻き、
黒く重い塊を形成していく。
「信じてる… あなたなら、きっとやれる……」
その恐ろしさにジュリは震え、しかし、俺の視線を捉とらえるとその意図を理解した。
身体の色さえ変わっていくリンクスが叫ぶ。
「死ねええええええ!!【 冥王降魔砲弾 】──── !!」」
膨大なエネルギーが放たれる刹那、ジュリが身を屈める。
その瞬間を見逃さず、最後の力を振り絞った。
右手の【黄金桜一文字】に浄化の力を纏わせ、
左手の【兼松桜金剛】には聖光の力を注ぎ込む。
「【聖眼鳳凰】!!!」
「【焔金剛】斬り!!!」
順手と逆手に構えた二振りの刀を一閃。
聖なる光と灼熱の炎が交わり、二つの斬撃刃がリンクスに向かって放たれる。
「くっ…この俺様が、貴様ごどきに…!ドルサード様に…栄光あ…れ」
“スパッ”
“スパッ”
"ゴォォォォォォォ────ッ༄༅༄༅༄༄༅༄༅༄”
三つに分断されたリンクスの身体───
“ボッバァァァアァ────ンッ!!”
───空中で爆ぜる。
轟音と爆炎の中、リンクスの姿は跡形もなく消え去った。
だが、その直後───
“バァァァンッ!”
「…っ…!」
リンクスが放った魔の弾が身体を直撃する。
“ビシュッ!”
“ビシュッ!”
左頬に浮かんでいた十字の印が裂け、鮮血が勢いよく噴き出す。
他の傷からも血が滴り、身体は縮むようにして元の姿へと戻っていく。
身体の感覚が徐々になくなっていく。
薄れゆく意識の中、ジュリの叫び声が耳に届いた。
「いやぁぁあああああああ────っ!!」
駆け寄り、泣きじゃくる姿が霞む視界に映る。
「あなたがいなくなったら、わたし……
わたしは、どうしたらいいの!?」
ジュリの涙は止まらない。
だが───彼女は俺が託した使命を理解していた。
そして───彼女を信じゆっくりと俺は瞼を閉じた───。
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