2 戦う姫の猛攻
「おい。シロ、お前の末裔、積極的すぎだろ」
「あちゃ、ありゃワシのかみさんの血が多く流れとるな」
「東雲さんか、肉食女神だよな。笑える」
「噂をすれば何とかだ」
「お久しぶりでございます。トランザニヤ様」
「ああ、うん」
「シノ、どうした?」
「貴方様が何日も戻らないから……」
(*女神東雲のイラスト)
「すまん。せっかく来たんだ。お前も覗いてみろ」
「はしたないですが……お言葉に甘えて」
三人は下界を見下ろした。
◇(主人公のゴクトーが語り部をつとめます)◇
「『セーフティーゾーン』で食事を取りませんか?」
アカリが振り返り提案する。
リーダーは、アカリで良かったんじゃない?……と、仲間たちと『セーフティーゾーン』へと向かった。
ようやく、って感じだ。
ダンジョン内に存在する”安全地帯”へ入る。
魔物は一切出現しないと聞いた。
そんな俺を見てパメラが口を開く。
「冒険者が……疲れを癒やす、『楽園』とも、呼ばれる場所なのよん」
彼女は口角を上げて手を広げる。
その言葉に、仲間たちの緊張感も薄れたように感じた。
思いながらも周囲を見渡す。
確かに、まるで無の空間。 四方は無色の壁。
しかし、太陽もないのにその空間は明るい。
だが、外の景色が見えるわけでもない。
何と言うか……透明な箱に入っているような不思議な感覚。
さらに、ほぼ中央ぐらいに神々しい光りを放つ噴水。
噴水の中心には女神の美しい彫刻。
その女神像が翳す美しい手から水が湧き出ていた。
どこから水が湧き出てるのか、と不思議に思うくらいの量が溢れていた。
その水音は確かに癒される。
『楽園』と呼ばれるのには納得だ。
胸を撫で下ろし、仲間たちに俺は声をかける。
「飯にしよう」
口にすると仲間がほっと息をつく。
見ながら俺も大きく息をついた。
ジュリとアリーが並んで椅子に座る。
ジュリが『万能巾着』から干し肉を取り出して、アリーに食べさせる。
二人は親密そうに楽しげに話していた。
アリー、食べる仕草……可愛いなッ!
思いながらジッと眺めていた。 その光景に微笑ましさも感じる。
俺の視線に気づいたジュリがスカートをギュッと閉じる。
彼女が鋭い目で睨み返す。
……見てませんけども。
目をはぐらかした。
パメラとノビの────名付けた『師弟コンビ』に目を向ける。
このコンビ、ノビがパメラのご機嫌をうかがいながら、食事の準備を進めている。
ノビの顔は真剣そのもので手際よく料理を作る。
へぇ意外だな。
パメラは何もしないのな。
どかっと座るパメラはどうやら料理を作るのは苦手らしい。
「ししししし!」
二人のやり取りがあまりにも滑稽で、思わず笑い声を漏らした。
だがその瞬間、仲間たちの視線を集めてしまう。
顔に熱が籠る。
居た堪れなくなったさ。
「腹へった」
肩をすくめ、つぶやく。
食事を準備しなければ。
まるで自分に言い聞かせるように───折り畳みの『レンジャーシート』を取り出して、腰を下ろした。
女将さんからもらったパンと、肉屋の優しいおばちゃんにまけてもらった"肉たち”を取り出す。
その瞬間──生暖かい風が頬を撫でた。
その風とともに、洗い立ての洗濯の香りが鼻腔をかすめる。
──目の前に現れたのはアカリ。
彼女は瞳の奥に名付けた、『猛虎キラン✧』を宿してジッと見つめる。
そして彼女はこう言った。
「ダー様……ご一緒しても、よろしいですか?」
「ん?ああ……でも、その呼び方……」
”ドキッ”
一瞬、心臓が跳ね上がる。
「鼓動、出るな」
胸を押さえ心の中で命じた。
アカリは小さな折り畳み椅子を取り出して、組み立てる。
それを俺の真正面に置く。
そして──彼女は優雅に美脚を組みながら座わった。
『セーフティーゾーン』、落ち着いた空間に緊張感が漂う。
「攻略開始ですわ……」
「っえ?」
アカリの声は小さすぎて聞こえなかった。
彼女は目が合うとニヤリと笑う。
瞳に一瞬、閃く───『猛虎キラン✧』。
ゴクリ
固唾を呑む。
直感的に異様な【覇気】を感じ、めまいがする。
意識は遠のき、目の前がゆらゆらと歪んでいった。
自分の”癖”の世界へゆっくりと沈んでいった。
【妄想スイッチ:オン】
──ここから妄想です──
奥から現れたのは───
『青銅のトライアングル』。
(*ゴクトーの妄想上の魔物)
チーン… チーン…
透き通る高い金属音が鳴り響く。
まるで地獄の黙示録のように耳を切り裂く。
完全にその音に支配されていく。
「ククククク」
『青銅のトライアングル』が笑う。
さらに、脚を広げる。
「やめろっ!シタギ……頼む」
「あっしにお任せを。【妄想護身結界】──!」
(*シタギ・赤絹。ゴクトーの妄想キャラクター)
敵の視線を逸らし、注目を一点に集める防御魔法をシタギが駆使。
「そんな魔法が……」
青銅のトライアングルは消えていった。
「お、お役に立てたでござんす……」
シタギはそう言うと魔力を使い果たして消えた。
【妄想スイッチ:オフ】
──現実に戻りました──
俺は我に帰り、意識を取り戻した。
「”はっ”……シタギ……」
焦りと動悸。
額には冷や汗が滲む。
一方、アカリは真剣な表情。
「第一段階は、まずまずね」
「何か言ったか?」
アカリの小声の言葉は俺には聞こえなかった。
トライアングルの音色が今でも耳にこびりついていたからだ。
アカリが悪戯っぽい目に変わる。
どうしてこうなる?
ってか、ここでリタイヤか? 俺っ!
慌てて『アイテムボックス』をあさり、なんとか凌ぐ。
そんな中、アカリが椅子から立ち上がる。
「第ニ段、行きますわよ」
その声はまたしても俺の耳には届かなかった。
彼女がスッと近づき目の前でしゃがみ込む。
そして───アカリがそっと囁く。
「……ずっと前から見ていたの、気付いていましたわ。やっぱり、殿方ってこういうの……お好きですものね」
その声は驚くほど艶かしかった。
「ふぅ───」
彼女はついでのように耳に息を吹きかける。
ああ、もうダメだ……!
その時、場の空気が変わった。
アカリの石鹸のような香りが漂い、理性を破壊していく。
追い詰められた。
ここは休む所、『セーフティーゾーン』のはずだが……。
今は、話題を変えるしかない。
”死線”、控え目にしろ。
そう思いながらパンと乾燥腸詰を取り出す。
「これ、食べないか?」
目をあちこちに彷徨せアカリに言った。
瞬間。
"スパスパッ!”
腸詰を掌に乗せ、【桜刀・黄金桜一文字】で切り分けた。
俺は目を伏せ、さりげない態度で話した。
「パンに挟んで食べると、美味いらしい……」
乾燥腸詰をアカリに───手渡す。
だが──動揺して手が震える。
アカリは頬を朱に染め、艶やかな唇を動かした。
「叔母からうかがいましたの。挟んで差し上げると、殿方はお喜びになる、と……」
甘い声で囁き、パンに腸詰を挟んで差し出す。
その瞬間、名付けるなら────『カルデラの湖』。
それが目の前に姿を見せる。
”死線”を奪われた瞬間、
感覚は鈍くなり、
視界には『それ』以外が映らなかった。
頭は完全に真っ白になっていく。
めまいがしてぐわんと目の前が暗くなる。
『妄想の王』、そう自身で名付ける力が発揮される。
【妄想スイッチ:オン】
──ここから妄想です──
『ドキドキドキ!どいてくんな!旦那、リミッターが外れますぜ』
(*ゴクトーの妄想キャラクター)
胸の『江戸っ子鼓動』が速さを増し駆け抜ける。
【妄想スイッチ:オフ】
──現実に戻りました──
我に返り、意識を取り戻した。
「鼓動まで……」
妄想と現実の狭間で揺れ動く自分。
意識を集中して現実に戻ろうと頭を振った。
鼻から"ツ ──ッ”と流れる感触。
それは十分な破壊力だったし、身動きも取れなかった。
ふと、鋭い視線を感じる。
ジュリがこちらに向かって口を開く。
「ちょっと 、へんダ ──? それ鼻血? 魔物の攻撃でも受けたの?」
彼女が異変に気付き、首をかしげながら続ける。
「ネー、しょうがないから【ヒール】掛けてあげなよ!」
その言葉にアカリはクスッと笑い、肩をすくめた。
おい、ジュリさんや……
【ヒール】 じゃねぇって、今、【デス】 ッ!
かけられたんデスけども……。
内心思う俺を他所にジュリは、呆れたように見つめる。
彼女は肩をすくめ、頬を膨らませた。
隣のアリーが何事かと俺を真剣な眼差しで見て一言。
「はにゃ血が……」
そう言うと垂れ耳をピクピクさせて尻尾を立てる。
「大丈夫だ」
鼻血を拭いながらアリーに答えた。
だが、ピタリと止まっていた風がアリーのモフモフの尻尾を揺らす。
これがっ!
“戦う姫君”かッ!、勝負のっ!
目を見開き固まる。
アカリはしれっとした顔でパンを差し出す。
「ダー様。お召し上がりください。少し焦げましたけれど」
「言い方な……あ、あぁ……ありがとう」
現実を目の当たりし、動揺しながらもパンを受け取る。
その瞬間、手がアカリの指先に触れた。
一瞬、彼女の視線が『虎』から“猫”へと変わる。
「ふふ……私、パンは人に食べさせるより、食べさせてもらうほうが、好きなんですわ」
そう言って、少し唇を尖らせながら見つめる。
こ、これは……ど、どうすりゃいいッ!?
思いながらも背後から、呪詛めいた声が聞こえた。
「『青のセット』とは……なかなかやるじゃない。アカリちゃん」
パメラはスッと前に立つと、腕組みをしながらため息をつく。
その声にはどこか悔しさが滲んでいるように感じた。
心境はますます複雑になっていく。
混沌とした空気が漂う。
この時、ジュリが赤面していた。
彼女はアリーの顔をクッションにして、視線をそらす。
しかも、空気を読まない男がしれっと口を開く。
「しだっけ、先生……たまご焼き、焦げるケロ……」
ノビだけが、なぜかパンを焼きながら小さくつぶやく。
だがそれどころではない。
衝撃と目の前の“姫の猛攻”にどう対応するか、頭の中はフル回転していた。
ここがっ!……俺の戦場かッ!
──そして。
アカリが再び動いた。
さらに彼女は両肘で胸を押し上げる。
挑発的な仕草を見せ口を開いた。
「挟んで、パッカーンですわ♡……クスッ」
【トドメデス】、死の魔法ですかッ!?
それっ!
その瞬間───意識は完全に飛びかけた。
「もう! 本当に【ヒール】掛けるよ! これ以上ネーに遊ばれないで!」
ジュリの声がどこか遠くから、聞きこえる。
アカリさんや、 "パカックスッ”、
やめて、欲しいんですけどもっ!
内心思いながらギリギリ意識を保つ。
静寂の中、誰もがそれぞれの“戦い”に挑もうとしていた。
この“昼食”は、単なる休憩では終わらなかった。
まるでダンジョンよりも手ごわい、バトルロイヤルが今、幕を開けたのか────。
空腹と羞恥で混乱した俺は、薄れゆく意識の中で、ジュリの治癒魔法【ヒール】に救われるのだった────。
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