歌
「ねえ、ヒロシ! 今から暇?」
今日の授業も終わり、クラスメイトが帰る準備や部活にいく準備をしているところ、帰宅部の私は、同じように帰宅部のヒロシに声をかけた。
「うん? 今日の放課後はちょっと用事が」
「そっか、暇なんだあ。よかったあ」
ヒロシの発言は無視して、とりあえず話を進める私。
きっとヒロシの用事なんてたいしたことない用事なんだから、無視して進めてかまわないし。
「や、だから用事がだな……メダカの餌とか水草とか土とかを買いにホームセンターに、その後すぐにバイトが」
「そっかそっか、すごく暇そうだね、と言うか暇なんだよね、いや、ヒロシは暇でなければならないんだよ!」
ヒロシの発言を完全に無視して、ヒロシを暇に仕向ける私。
というか、ホームセンターに行くなんて用事だなんていわせない。そんな事ぐらいだったらいつでもできるんだから。
「なんでだよ……まあいいけど、あかりは何か用事あるんか」
「あるある! それでは今からカラオケいこっ!」
「カラオケ?」
ヒロシがカラオケって何だ? ってくらいふしぎそうな声で聞き返してきた。あれ? カラオケ行こうと言えば、私の友達はノリノリでついてくるのに。
「何? ヒロシ、カラオケ行ったことないの?」
「んと、ないな。今まで何回か誘われたけど、全部断ってるし」
ないという言葉を聴いた瞬間、つい私は声をあげてしまった。
「ええっ!? 何で何で!? すごくもったいないよ。カラオケと言えば日本の文化であり、発明であり、ストレス発散の場であり、それでいてダイエットにも最適な、まさに高校生の聖域なのに!」
「知らんよ……ダイエットとか興味ないし。俺、どれだけ食べても太らない体質だからな」
「な、なにおう! 今、ヒロシは今、日本中の女を敵に回したよ! 私なんて、朝も昼も食べる量押さえてるのに」
「……鞄の中にチョコやら飴やら入ってるのは、俺の気のせいだろうか」
確かに食べている。だって、おなかすくんだもん。
「お菓子は別腹という言葉を知らないの? 別腹で食べたお菓子は太らないんだよ」
「太るから。普通に太るから。お菓子は高カロリーだから、そんなんばっか食べてたらどれだけ普段の食事抑えててもやせないから。むしろ栄養バランスが悪くて体調崩すぞ」
そ、そうなんだ……知らなかった。これからはちょっとお菓子食べる量、減らさないと。
「……ま、まあそれはいいからさ。そんなことよりカラオケ行こうよ。絶対に楽しいよ!」
「いや……俺、あんまり歌自体が好きじゃないからさ」
「な、なんでえ!? 歌が好きじゃないなんて人間じゃないよ!?」
「そ、そこまでいうか?」
だって、歌ははるか昔のときから歌われてて、先祖代々引き継がれてきた歌とかだってあるんだよ。世界各国どんなとこでも歌は歌ってるんだよ。
「でもなあ……やっぱりあんまり好きじゃないんだよなあ……」
「いいから、きっと行けば気持ちが変わるよ。だから行こうよ!」
とにかく渋っていて、なかなか自分の席から立ち上がろうとしないヒロシを無理やり立たせようと、思いっきり手を引っぱった。
「あん♪」
引っ張った瞬間、とつぜん『あん♪』と甘えるような、喜ぶような声を上げた。
「……は? ヒロシってばいきなり変な気持ち悪い声だしてんの? このバカ」
ちょっと気持ち悪くなったので、手を引っ張るのをやめて手を離し、バシッと頭をチョップした。
「あん♪」
「だからやめなさいって! 気持ち悪いから!」
やめろと言う意味もこめて、再度、今度はもっと力を入れてヒロシの頭をたたく。
「あん♪」
……また言う。ヒロシってこんな人だったっけ?
「ひ、ひろし? も、もしかしてヒロシってそういう気があると言うか、どMだとか、殴られたりいじめられたりするのが好きとか、そういう訳じゃないよね?」
まさかヒロシがそんな人だと思ってなくて、ちょっと怖くなってきてしまったので、質問を投げかけてみた。
どうか、好きだとか言わないでよね。
「とっても大好き!」
ヒロシがそういった瞬間、クラスのざわざわという声が一瞬シン、と静まった。まだ教室に残っているクラスメイトがそろってこっちを見ている。
「……ほ、ほんとに? う、嘘だよね? 嘘だよね?」
まさか片思いしている相手がそんな性癖を持っているなんて思いたくもない。
必死に否定してもらおうと、がくがくと肩を揺さぶり、返事を待つ。
けれど、なかなかヒロシからは返事が返ってこない。
ま、まさかひろしがどMだったなんて……。ううう……なんだかとてもがっかりと言うか……でもちょっと支配してみたいと言うか……。
博の肩をつかんだまま、うつむいて考え事をしていたら、ヒロシがようやく声をかけた。
「……と、このようにだな。歌の歌詞と言うのはとても気恥ずかしくてな」
「は?」
何かよくわからない言葉がヒロシの口から出てきた。
「今のはドラえもんの歌詞の一部なのだが、恥ずかしくてたまらないだろ?」
「……はあ!?」
何ヒロシはバカなことを言ってるんだ?
「と言うか、とてもじゃないが聞いてられないような歌詞が多すぎてな。よくもまああそこまで愛してる愛してる、大好き大好きと言えると思って、聞いてられないのだ。だからちょっと苦手なんだよ」
「………………………………」
クラスメイトたちは、ヒロシのそのセリフを聞くと、何事もなかったかのようにまた帰り支度や雑談を始めた。
「おい、あかり? どうした? 何で突然黙り込むんだ?」
ちょっとこのあたりに鈍器がないかな? ヒロシの頭を矯正させるためには衝撃を与えるしかないよね。
「お、おい……ちょ、ちょっと待て、何でかばんを持ち上げるんだ? 危ないから! 危ないから!」
ふん、いきなりそんなボケをされて、私の心は深く傷ついたんだ。ちょっと暗いかばんで殴られたってお天道様は許してくれるよ。
「だから、やめろって! お願いだからやめてくれ! 死ぬ! 死ぬ!」
これぐらいで人間はしにはしないよ、ヒロシ。人間って案外丈夫に出来てるものなんだから。
「危ない危ない! ふざけた自分が悪かったから! とにかく、そのかばんを下ろしてくれ!」
ヒロシに大げさにたしなめられ、ようやく思いとどまる私。
「ったく、ああ、びびった。何でそんなに俺とカラオケ行きたいんだよ?」
……何で気づいてくれないのかな、ヒロシは。そんなの決まってるじゃん。
「だって……きなんだもん」
「へ? 何?」
「だって、好きなんだもん! お願いだから付き合ってよ!」
私が叫んだ瞬間、再度教室がシン、と静まり返った。全員がヒロシの一挙手一投足に注目している状態だ。
「…………えーと」
ヒロシが、一言何か言うたびに、ザワッと声がする。
しばらくの時間がたってから、ヒロシがようやく次の声をあげた。
「うん、いいよ。つきあおっか」
おおおっ! っとざわめきが歓声に変わる。けど、私にとってはそんなことはどうでもいい。
「ありがとっ! それじゃ、すぐにいこっ!」
「好きとか付き合えってそういう意味かよ……」
「ふんだ、変な期待したヒロシが悪いんだよ。私はただカラオケが好きだから付き合ってっていっただけだもん」
「ったく……まあ、いいけど……あんまりよくないけど……」
に、煮え切らないなあ。そう思ってる私も全然素直じゃないんだけどさ。
ほんとは付き合っての意味は、そのままの意味で、告白のつもりで付き合ってって言いたかったのに、なんだか気恥ずかしくなって、ついついカラオケに行く途中の道で、嘘ついてごまかしてしまった……はぁ……こんなことじゃいつまでたっても付き合えないよね。
「ほら、ちゃんと聞いててよ! どんな歌にだって、メッセージがこめられてるんだからね! FUNKY MONKEY BABYSで『告白』!」
「はいはい……」
こんな感じで、今の自分の思いにあった歌をヒロシに聞かせることでしか、伝えられない自分ってほんと臆病だなと思う。
いつか、こんな不器用な思いがヒロシに伝わりますように。
書いていてとても気恥ずかしくなりました。
FUNKY MONKEY BABYSの『告白』はこんな歌。
http://music.goo.ne.jp/lyric/LYRUTND66650/index.html
それでは。