お嬢様、タイマン勝負はおやめください!ー転生したヤンキー令嬢はステゴロタイマンをやりたがるので、王国騎士は頭が痛いー
ヤンキー×乙女ゲームの悪役令嬢モノが書きたくて好き勝手に書いてみました!
乙女ゲームの悪役令嬢ってヤツに生まれ変わったらしい。
何で分かったかって言うと学校でつるんでたダチがハマってたゲームの名前を覚えていたからだ。
『可憐な時空に花吹雪』。略して「カレン」。ヒロインがカレンって安直なネーミングだったから覚えてる。
でもって、目の前でメソメソ男に縋って泣いてる女の名前がカレンだから、それで思い出した。
ヒロインこんな顔してた。ピンク頭で可愛い系。服が全体的にピンク。染めないであのピンク出せるのスゲェな。
「エリザベート、もう我慢ならない! この時をもって君との婚約を解消する!」
ハロウィンの衣装か、はたまた夢の国の王子様みたいな格好した男が偉そうに叫んでる名前を聞いて、それがアタシの名前なんだって分かった。
知ってる、エリザベート。
『カレン』に出てくる悪役令嬢だ。
そんなわけで、今のアタシが悪役令嬢ってヤツになってるってことが分かった。
「なぁ、これ夢だろ」
笑って目の前の王子様に聞いたけど、王子様は「何言ってんだ」みたいな顔をしやがった。
「いや、あり得ないでしょ。ゲームの世界にいるとか。夢オチってやつ?」
「エリザベート……そうか。そこまで婚約破棄が辛かったんだな。いくら僕をそれほどまでに好きだとしても、僕にはカレンがいるんだ!」
いや、いやいやいやいやいや。
何盛りあがっちゃってんの? うわっ……自分の夢だったら引く。なんつー夢を見ちゃってんの。願望とかないよ? 白馬の王子様とか。
「君がカレンに対して悪質な振る舞いをしてきたことはカレンから聞いている。もはや学園追放は免れないだろう」
「え? アタシ学校行ってたんだ」
生憎タイトルとキャラクターの名前程度は覚えていたけれど、設定まで覚えていない。
「ウケる。現実でも夢でも学校退学しそうとか」
思わず笑ってしまった。
現実のアタシは確かにロクに学校に行かなかった。けど、別に退学するような非行をしたつもりはない。アタシの仲間が隣区のライバル校と全面抗争するなんて言い出したから助っ人に出たら、翌日バレて学校を停学になっただけ。次やったら退学って言い渡されてるからぶっちゃけ時間の問題だろうな〜とは思ってた。
『エリといると問題ばかりで頭が痛いよ』
ため息混じりにボヤいていた親友の顔を思い出す。男で話もあって、しょっちゅうアタシの喧嘩を止めに来てくれた親友のハル。
退学を言い渡されそうになってたアタシに代わって先生に異議申し立ててくれたのもハルだった。
アイツは頭がいいから、先生達もハルの顔に免じてアタシの処遇を退学から停学に変えたぐらい影響力があった。
バカばっかの学校で頭が良かったハルと、何で親友だったんだろって思う。すっげーいい奴。
「話を聞け! エリザベート!」
「あ?」
ハルの事を思い出している間に王子様は何か喋ってたらしい。
「ごめん、聞いてなかった」
「き……貴様……!」
あ、王子様が悪い顔してる。
この王子様もダチが見せてくれた乙女ゲームのキャラクターの一人だったよね? こんな顔してたか?
それに、カレンって女もさ。もっと可愛かったと思うんだよ。顔じゃなくて、性格ね?
「……アタシさ、世間から爪弾きにされてっから人の視線には敏感なわけ。ねえ、アンタさ」
顎を上げてカレンって女に声をかけた。
「本当にアタシに虐められてたの?」
一瞬息を呑んだ姿をアタシは見逃さなかった。
ああ、アレね。なるほどね?
夢にしちゃあリアルな設定じゃん。
「アタシさぁ、喧嘩はしょっちゅうするけど真っ向勝負でやるわけよ。タイマンはって、ステゴロ勝負」
「タイマ……? ステゴロ……?」
聞いたことなさそうに王子様とカレンが首を捻る。
「虐めとかダセェじゃん? 陰で物隠すとか集団で何かしたり人に罪被せたり金強請ったり?」
「そ……そんな事をしていたのか、君は!」
「は? 人の話聞けよ」
ドス効かせて睨んでやったら王子様が黙り込んだ。弱っ。
「んでぇ? エリザベート……アタシがそーいうダセェことしてたっつーんなら、アタシはエリザベートを許さねえけど、なぁんかアンタの顔見てっとそれが真実じゃなさそうなよねぇ」
一歩。一歩ずつカレンに近づいた。
カレンは顔を青ざめさせながら後ろに下がってく。
ここは広いホールで、人も結構いるけどみんな黙り込んでこちらを眺めてる。見せモンみたいで気に入らないけど、今はコッチが優先。
壁にまで辿り着き、これ以上後ろに逃げきれなくなったカレンを壁ドンした。
乙女ゲームなんだから、こういうの好きなんだろ?
「吐けよ。嘘吐いてんじゃねえぞ」
「ヒッ…………」
「アタシがやったって言うんだったら……証拠見せてみろよ。まさか泣き落としで終わりじゃねえよなぁ!」
「ヒィ…………!」
カレンちゃんはブルブル震えてその場に崩れ落ちた。
弱すぎっ!
これがヒロインってやつなの? か弱い女ってわかんねー!
「や、やめるんだエリザベート……!」
お。王子様。って足震えてんじゃねえか。
若干アタシと距離とってるけど、でも恋人を助けに来たのはイイじゃん。
「カレンを脅迫するなど君はおかしい! 騎士よ! 即刻エリザベートを捕えろっ!!」
「は?」
「早くっ! 早くどうにかしろっ!」
「おい! 卑怯だぞ! 喧嘩にサツ呼ぶとか!」
正確には警察じゃないけど!
周囲からどよめきが走ると、遠目に見ていた騎士らしい奴らが近づいてきた。マジかよ。
「フィグリス王国第一王子の権をもって命じる! この女を牢に入れろっ!」
「はぁ〜!?」
信じられない。
権力を振り翳して真実も確かめないで牢に入れるって……駄目王子かっ!
騎士らしい男共に囲まれる。ここで反抗するほどアタシは馬鹿じゃない。
「アルフレッド様ぁ」
「カレン……怖かっただろう……」
アタシの腕をすり抜けて逃げ出したカレンを王子様が抱き寄せる。
何を見せられてるんだ。親の権力使って集団でアタシを拘束しておいて被害者ヅラか?
「ダセェな、王子様」
「なんだと……?」
「権力が無いと好きな女も助けられない奴をダサいって言ってんの。それに、アンタの様子だとカレンの言い分だけ聞いて決めつけてない? アンタさぁ、さっき言ってたよね。『カレンに対する悪質な振る舞いをしてきたことはカレンから聞いている』って。まさか聞いただけ? 証人とか証拠とか確かめた?」
「…………っ!」
カマかけてみたけど、どうやらビンゴ。
「一人の人間の決めつけた意見だけ聞いて確かめないなんて……アンタそれでも王子様? 頭悪いの? アタシも頭は悪いけど、そのぐらいは分かるわよ」
「ぐっ…………! うるさい! 僕が間違ってるわけないんだ! カレンも嘘を吐くはずがない!」
「…………あっそ」
話すのも嫌になってきて溜め息吐いた。もしこの世界が真実ならこの国の将来が心配すぎる。
「エリザベート! 君には国外追放を言い渡す……! もう、二度と僕らの前に顔を出すなっ!」
「アタシだって二度とアンタ達に会いたくないわ」
「身分も剥奪してやる……っ伯爵家から外すよう父上に言いつけてやる!」
うわっ本当にボンボンの息子だった。親に言いつけてやるって台詞を本当に言う奴いるんだ。
「それと……っそうだ。侮辱罪で牢獄にぶち込んでやる! 僕に逆らったことを後悔させてやるぞ……ハハッ!」
「……………………」
スーッと大きく息を吸って。
ハーッと深く息を吐いた。
アタシを囲い込んでいた騎士達に「ちょっとごめんよ」と一言添えてゆっくりと王子の前に歩き出す。
騎士達はどうしようかといった感じで急いで止めるような姿はない。
「アルフレッド王子」
「な…………なんだ」
ビクッと身体を反応させた王子様は我に帰ったように慌ててアタシの方を見た。既に勝利を確定したみたいな顔をして、人を見下す眼差しは隠してくれていない。
「アンタの言うことが本当になるなら、アタシは牢獄行き。そうなる前にケジメ付けさせてもらうわ」
「ケジメ……?」
手につけていた手袋を外して床に落とす。ついでに首周りに付けていたブレスレット、アンクレット、念のためイヤリングも。
どうせこれは夢の中。
だったら、思いっきりやりたいようにやってやる。
足元まで隠すドレスを巻き上げ束にして結ぶと周囲から動揺が走る。
「エリザベート嬢の気が触れた」「はしたない」と囁く声が聞こえてくるけれど、好き勝手言わせておけばいい。
アルフレッド王子を前に拳を握り構える。
「タイマンでケジメをつけてやるよ!」
アタシの中でゴングが響いた。
「タ……タイマン?」
何のことかと分からない顔した軟弱王子様に舌打ちした。
「アンタにはアンタの通したい主張があるのは分かったけど、親の七光りで思い通りに事を進めるやり方が気に入らないんだよ。アンタがそうやって好き勝手やるなら、アタシはアタシでやりたいことを通させてもらうわ。ほら、構えろよ」
「え、いや……構えろって言われても」
イケメンも台無しな間抜けヅラしてやがる。
こいつ、喧嘩もしたことないのかよ!?
「はっ。何? か弱い王子様は女のアタシにも勝てないみたい」
鼻で笑ってやったら案の定挑発に引っ掛かってくれた。こめかみに血管浮かせながら睨んできた。
「……僕は女性に手を出さない」
「自分で手を下さないで人にやらせるんだもんなぁ? アンタがやらずともアタシはこのままだとブタ箱行きなんでしょう? そうさせてるのアンタだって自覚……ある?」
「…………」
「それで今更女性に手を出さない? バッカみたい。偽善者もここまでくると清々しいわ」
「……せっかく君の綺麗な顔を傷つけないために遠慮してあげたのに……どうやらエリザベートはおかしくなってしまったようだ」
王子は見事引っ掛かり、カレンを引き剥がしてアタシの前に立った。その顔は少なくとも女性に向ける顔じゃない。射殺したい敵を見る顔だ。
ワクワクしてきた。
「へぇ……そりゃあどうも。でも、これはタイマンだ。卑怯な手を出すんじゃないよ。勝てば相手の言うことを素直に聞く……それでいいだろ?」
「勿論。君には何が正しいかを、痛みをもって教えてあげよう」
周囲がざわめくが、アタシと王子の周辺にはまるで境界があるように人が一定距離を保って離れている。
「女性を傷つけるのは僕としてもしのびないが、これもエリザベートのためなんだ!」
わざとらしく正当性を高らかに掲げる王子様。へぇ、そういう小賢しい思考はちゃんと持ってるんだ。
私は髪に飾られていたリボンを外し、鬱陶しい巻き髪をリボンを使って一つに束ねた。多少動きにくいドレスだけれど、それを理由に負けたくない。
王子がアタシを捕えようと手を伸ばす。
その手をギリギリまで見据え、首に届く直前で身を翻す。
王子に懐に近づき腹に一発拳をお見舞いした。
「グフッ……!」
唾液を迸らせながら王子が前屈しながら一歩引く。周囲に悲鳴が走る。
「まさか、これでおしまいじゃないよなぁ」
手のひらをブラブラさせて王子を見れば、顔が真っ赤になっていた。
「この……!」
遠慮のなくなった王子の拳が飛んでくるけど、それを左手で受け流して足を蹴る。ヒールのお陰で痛さは三割り増しだろう。
「…………!」
やっぱりめちゃくちゃ痛いらしい。
悶絶した声にならない声が聞こえてきた。
「どうしたの。それがアンタの本気?」
「クソ…………ッ」
恨めしい声が漏れる。
アタシが想像した通りで、どうやら王子様は喧嘩やタイマンに慣れていないらしい。
動きが悪い。形式っぽい動きしかしない。相手が人間って動きしてない。
次にどう動くかがテンプレみたいになってる。
こんなんで命張れると思ってんの?
「アンタ、マジで甘やかされて生きてるのな」
「な…………」
「王子様って国を背負うんだろ? この世界なら戦とかあるんだろ。そん時、後ろで守られてるだけの飾りになるつもり?」
「そんなことはない! 僕だって先陣で……っ」
「だったら女だろうと何だろうと、死ぬ気でかかってこいよ!」
拳に力を込め、思いきり頬に打ちつけた。まるで時が止まったみたいに王子様の頬に拳が命中し、それからハイスピードで倒れ込んだ。
王子が地面に倒れたところで、勝敗はついた。
アタシの手の甲がジンジンと痛むけれど、気分は晴れやかだった。
「アタシの勝ちだな」
束ねてたドレスを元に戻し、結っていたリボンを外す。
「権力とか使わねえで堂々と掛かってきな。相手してやっからよ」
アルフレッド王子は涙目になりながらアタシを見上げていた。
その顔は痛かったのか真っ赤だった。頬も腫れている。鼻血が出ていないから、やっぱこの身体だと力が弱いな。
いつもだったら歯ぐらい抜けてもいいのに。
「そこまでだ!」
広間に凛とした低音が響く。瞬間、空気が張り詰めたような緊張感が走る。
アタシにも緊張が伝わってくる。コレは、強い奴の気配。
声の主に視線を向けたら、そこには長身の騎士が立っていた。眼鏡を掛けて正装らしい格好だけど、剣を腰に付けていたから騎士だと分かった。
何よりその顔に覚えがある。
友達が言ってた攻略キャラの一人。
(確か……王国騎士隊長のハルシオンだっけ?)
見せてもらったキャラの中で一番顔と設定が好きだと思ったのがこのハルシオンだったからよく覚えている。
騎士の中でも参謀的ポジションで作戦を練っては尽く敵を壊滅させるエリート眼鏡(ってダチが呼んでいた)。いわゆる腹黒キャラ。
(絵と全然違うなぁ……)
体格は良いし腕っぷしも強いのが見ていてわかる。迫力が王子様とは群を抜いて違う。
鋭利な視線と目が合えば委縮しそうになったけど、それ以上に惹きこまれそうな眼差しに気持ちがざわついた。
「アルフレッド王子。このように騒ぎを広げるような振る舞い……王子らしからぬ行動であると自覚なさい」
「そ、それは……」
どうやら雰囲気に呑まれたのはアタシだけじゃなかった。王子様はあっという間に意気消沈している。上下関係が一目瞭然だった。
尻もちをついたままだった王子様が慌てた様子で立ち上がる。戦々恐々として顔は俯いたままだった。
はぁ、とこれみよがしに溜め息吐く姿すら絵になる騎士様がこちらを見た。
こんな状況で不謹慎にもドキッとした。
目力があるというか……惹き込まれる眼をしている。
「エリザベート・マクウェル令嬢」
「…………はい」
アタシのフルネーム、そんな名前なんだ。
叱られるのかなぁと、何でかちょっと身を引いてしまう。何でだ。先生だろうと警察だろうと堂々としているアタシだったのに。
(なんか覚えある……ハルみたいだ。コイツ)
どれだけ強くあろうと、拳でタイマンはれようと、アタシの頭が上がらない相手がハルだった。
ハルは決して強くない。どっちかと言うと弱い。でも、言いくるめられてしまう、いつも。
ハルの目でジッと見つめられると全部見透かされているみたいで何も言えなくなる。
そんな感じを、このハルシオンって男からも感じる。
「…………ご無事ですか」
「え?」
手を取られる。怪我がないかを恭しく調べられるものだから、慌てて手を引っ込めた。
「平気だよ! 怪我もしてない」
「そうですか……」
心底ホッとした顔を見せるハルシオンを見て、なんとなくだけど。
(いい奴だな)
本気で心配してくれているのが分かる。ここで目が覚めてから初めて、エリザベートを心配してくれる人だと思った。
「……それで、満足いきましたか? マクウェル嬢」
「ん?」
ハルシオンが見ている先は顔を青ざめたままのアルフレッド王子。
「アイツとの勝負は済んだ。アタシは満足だよ」
勝負した。
勝った。
それで決着はついた。
清々しいぐらい笑ってみせたら「そうですか」って騎士様も少しだけ笑った。
クールに見えて笑顔までカッコいいのか。ズルいな。
なんとなく至近距離で見ていられなくて視線を外したんだけど。
「……やはりどこか怪我でも?」
なんて言って顔を近づけてきた! 近い! 近いから!
「大丈夫! 大丈夫だって! ってゆーかさぁ、もう帰っていいかな!?」
「…………はぁ」
眼鏡の底から心配そうな眼差しを送ってきたハルシオンは気の抜けるような声を発したのち、アルフレッド王子の方に視線を向けた。
「アルフレッド王子。ここでの処遇は後ほどお父君に報告申し上げます。リュードゥ、お客様がたをおもてなししろ」
「かしこまりました」
リュードゥってのはハルシオンの部下みたいだ。随分と紳士らしい様子から騎士というより執事って感じ。
リュードゥが周りに声をかけるとクラシックが流れ出した。パーティが再開したみたいだ。
「マクウェル嬢」
ふと、手を差し出された。
顔を上げて手の先を見てみれば、さっきみたいに少しだけ微笑んでるハルシオンの姿。
エスコートってやつ?
「お手をどうぞ」
「ど…………どうも?」
エスコートってどうやるんだ?
え? 知らないんだけど!?
差し出された手をどうすればいいか分からないから、取りあえず握ってみた。
ん? これじゃあ握手だな。
おずおずとハルシオンの顔を見てみれば、キョトンって顔をした後思いっきり破顔して笑った。
「ははっ…………!」
「ちょ、笑うんじゃねえよ!」
恥ずかしくて手を外そうとしたけど、思ったより握り返してくる手の力が強くて離せなかった。
大きい手。それでいて節々もしっかりしてる。強い人の手。
「…………なあ、もういいから手、離して」
「遠慮いたします」
何だよ!
傍若無人な騎士様だな!
その後のことだけど。
夢はまだ覚めない。がっつり睡眠とってみたけど、生憎熟睡してスッキリしただけだった。
父親らしい男からめちゃくちゃ怒られた。が、言ってる内容にムカついてこぶし見せて言い返してみたら大人しくなった。
けど、暫くは謹慎だと。
「家で謹慎ってなんだよ。学校じゃねえんだから」
学校という言葉に、エリザベートとして目覚める前のことを思い出す。
いつもみたいに学校に遅刻しながら行って、メンバーと喋ってたら仲間がまた喧嘩に巻き込まれたっていうから加勢して、解決して、その後帰りにダチとハルとコンビニ寄って……
「アタシ……やっぱ死んだのかな」
覚えている光景がある。
親友だったハルと乙女ゲームが好きなダチと帰って、途中でアイス食べようなんて言ってコンビニに行って市販のアイスを一緒に食べてた。
このキャラがカッコイイだの、相変わらず好きなこと言ってるダチと会話をしたりして、なんてことないいつもの日常。
ダチと交差点で別れる時に手を振って、そして分かった。
赤信号を無視して突っ込んでくるトラックに。
無我夢中で走って、ダチを手で思いっきり飛ばして。
目の前にトラックが差し迫ってきて。
「エリ!」
ハルの声が聞こえた気がした。
「やっぱ轢かれたのかな~くっそ~~~」
思い当たる最後の記憶がそれだから、正直死んでてもおかしくない。最後に話してた内容がこの乙女ゲームだったから、てっきり夢でも見てるのかと思ったけど。
「腹は減るし眠くなるし、怪我すりゃ痛いしよぉ」
王子様をぶん殴った手は、あの後風呂に入って気付いたけど少し皮が剥けてヒリヒリしてた。その痛みは夢でもなく本物だ。
「エリザベートお嬢様」
ノックと共に遠慮気味なメイドさんの声。返事をすると、遠慮気味に入ってきた。
「あの……お約束ではないのですがハルシオン・イツァル隊長様がいらっしゃってます」
「は?」
ハルシオンといえば、あの時の眼鏡の騎士様。
何で?
「いかがなさいますか?」
「来てるんでしょ? 会うよ」
慌ててベッドから立ち上がり、その場でワンピースみたいな寝巻を脱ぎ始めたらメイドさんが悲鳴を上げた。慌てて「お支度は私が致します!」って手を止められた。
人に着替えを手伝わせるって、赤ちゃんかよ~
なんて、愚痴ってたけれど……実際赤ちゃんだったかも。
だってドレスの着方全然分からない。
コルセットだっけ? そんな防具みたいなのつけたりとかさ……腹がキツイ。脱ぎたい。
けど、仕事をきっちりしてくれるメイドさんに文句言えるわけもないし、とりあえずお人形さんさながら黙って着させられてた。
鏡に写ってるアタシは黙ってみてりゃ本当に美人だった。吊り目っぽい感じがアタシとそっくり。
愛想よく笑ってりゃもっと人に好かれるのに、なんてダチが言ってたけど……愛想笑いとか無理。
「できました」
「ありがと」
当たり前みたいに礼を言うたび、なんか変な顔で見つめられる。なんでだ。
とりあえず支度も出来たことだし急ぎ足でハルシオンのいるところに向かった。
部屋を出て玄関先に(これもやっと道順に慣れたから覚えたけど、結構最初は迷った)行ってみたら、ハルシオンが立ってた。
遠目から見ても絵になる騎士様だよなぁ。
ハルシオンはアタシに気づいて顔をあげた。
「突然訪問などして申し訳ございません。お変わりないようで何よりです」
「そう? 周りの奴らは変わったって大騒ぎしてるけど」
この口調でしゃべるだけで周りが大騒ぎだよ。両親らしい奴らなんて泡吹いて倒れるし、変な病気だなんて言われるし。
うんざりした顔で言ってたら、あれ。
ハルシオン、ちょっと笑った?
ぽかんとした顔で見てたら、腕を差し出された。
「ここに手を置いてくださいますか?」
「あ」
エスコートだ。
「もう覚えたよ!」
慌てて手を添えた。先日エスコートされた時に大笑いされたの、忘れてないからな!
手を置いた様子を見てたハルシオンは声には出さないけど笑ってる。はあ、顔が熱い。
外に連れ出されて、そのまま庭先にまで歩き出す。今日は良い天気みたいで外の風が気持ち良い。
「そういや、あの王子様はどうなったの?」
「アルフレッド王子ですか」
ハルシオンの声のトーンが一つ落ちた。
「お父君から相当にお叱りを受けていらっしゃいましたよ」
「へ~」
「気になりますか?」
「いや、そこまで」
叱られたっつっても自業自得だし、アタシが気にすることでもない。
「そうですか」
どこか、ふっと微笑むハルシオンの様子に、なんか……何だろうな。
ムズムズする。
「で? 用事は何?」
「…………エリザベート嬢は何というか……せっかちでいらっしゃいますね」
「だって用事があったから来たんだろ?」
「お会いしたかったから来た……では、いけませんか?」
な、なに?
なんだよ、なんだよ?
なんか、さっきから顔が熱い。
思わず顔を背けた。
「いけなくないけど……なんだっけ、王国騎士隊長なんだろ? 忙しい仕事なんじゃない?」
「そのような仕事で、個人の貴重な時間を奪われるようなことはしませんよ」
あ、デキる人間の言い方だ。
ハルも頭良かった時に言ってたな。勉強に自分の大事な時間を奪われるようなことしないって。頭いいのに何でアタシらとつるんでたかもよく分からなかった。
「なんか、アンタ見てるとアタシの親友を思い出す」
「…………親友?」
「そう。口は悪いけど頭が良くてさ。でもすっげーイイ奴」
ハルのことを思い出すだけで嬉しくて。でも、もしかしたら会えないのかもしれないと思うと、寂しくなってきた。ロクな家族なんていなかったアタシだけど、友達運だけはあったと思う。
「会いたいな…………」
独り言みたいに呟いたら、エスコートしてもらってた手に大きな手が重なってきた。
思わず顔をあげたら、至近距離にハルシオンの顔があった。
眼鏡の奥から見える深緑の目が、アタシをじっと見つめてた。
「会えますよ」
そんな風に、はっきりと言ってきた。
「そこまでお慕いしているご友人なら、恐らく相手も貴女にお会いしたいと思っていらっしゃるはずです」
「そう……だけどさぁ。遠く離れると会えないだろ?」
「そんなの、会いに行けばいいでしょう。死に別れたわけでもないですし」
うーん、死んだかもしれないとは言えない。
ハルシオンがギュッとアタシの手を握りしめてくるから身体が固まった。
い、イケメンに免疫力がないんだよ。いくら手袋越しとはいえ緊張する。
これが乙女ゲームってやつの破壊力……
「必ず会えますよ。信じてあげましょう」
深緑の目が穏やかに見つめてくるから、その瞳の魔力につられたみたいに小さく頷いた。
「あー…………で、用事って?」
そういえば話の途中だったことを思い出して、改めて見上げて尋ねてみた。
「ああ、そうでしたね」
するとハルシオンは、ちょうどよいとばかりに薔薇が咲き誇る庭園の中心でアタシの正面に立つと。
膝を折った。
え?
手に取ったアタシの手の甲にキスをして。
「結婚を申し込みに参りました」
なんて、言ってきた。
アタシの頭でドでかい爆発音が聞こえた、気がした。
『ハル! 何してんだよ。まーた本読んでる。楽しいのか?』
『別に……』
あの頃の自分は、素直にもなれず彼女に話しかけられるのを待っているような情けない男だった。
彼女よりも腕は弱いし、力もなく、走るのだって追いつけない。せいぜい勝てるものといったら、幼い頃から叩き込まれていた勉強ぐらいだった。
親への反抗心から行った不良の多い学校で、エリと出会った。
不良だと周囲に白い眼を向けられようと、教師から蔑まれようと、彼女は何も変わらなかった。
出会ってすぐに惹かれたのは必然だった。
けれど自分に勇気がないから、臆病だから。
友達のまま傍に居られたらそれだけで幸せだった。
彼女の友達が見せるゲームのキャラクターの中にいた「ハルシオン」って男を、エリが気に入ってる様子を見るだけで嫉妬で狂いそうなほど狭量な癖に、そんな素振りを一ミリたりとも見せられなかった。
「まさかそのハルシオンになるなんて思いもしなかったけれど……」
あの時。
エリがトラックに撥ねられそうになった時、思わず自分もトラックの前に立って彼女を守ろうとした。
けれどダメだった。守れなかった。
一緒になって轢かれるなんて情けない結果になってしまったが、自分にとって何一つ悔いはなかった。
今もエリは傍にいる。
姿形が変わっても、彼女の心は何一つ変わっていなかった。
ハルシオンは苦笑する。
「タイマン勝負はもうやめてくれよ……? これ以上、お前の信者が増えるのは困るんだよ」
彼女は純真で強いから、いつだって自分は悩まされて頭が痛い。けれど。
今度はもう、臆病になんてならないから。
王国騎士団長ハルシオンによる、エリザベートへの求婚の話題が王城でもちきりになる日は、そう短くなかった。
続き読みたいと思って頂ける方が多かったら続けようかと思います……!自分のモチベーションだけだと短編で満足なので……
ちょこちょこ色々なシチュエーションで短編も増やしていきたいと思います♪