大地のシャーマン
1ー009
――大地の占師――
翌朝明るくなる前に、朝食を済ますとセギュムとデジャクは家畜を追うと言って出ていってしまった。
何でも家にいる家畜に草を食わせる為に外に連れ出すらしい。近所の家畜をまとめて連れて行くらしく、交代で子どもたちが家畜を追っていくそうだ。
「野生の魔獣がいるのでしょう?危険ではないのですか?」
「たまに肉食の魔獣が家畜の群れを襲うが、その時は村に逃げ戻って大人に知らせる事になっている。家畜を襲った魔獣は追い詰めて必ず仕留めるのだ。そうすれば村に近づく魔獣はいなくなる」
なんとも恐ろしい話だがあのふたりの動きを見ている限り、魔獣からは十分に逃げられそうだとも思った。
日が昇ってしばらくするとカルパスは、村の中心にある大きな広場にリクリアを連れ出した。
そこには大きめな建物が建っていた、何でも村の集会所だそうだ。その横には窓のない建物があり、村の食料庫だそうだ。
50戸程の民家がこの広場を中心に建てられており、その民家の外には畑が作られているそうだ。魔獣の危険が有るのであまり民家を分散させるのはまずいらしい。
なんでもこの村は4つの家族で作られており、食事は集団で調理を行うらしい。昨日ガーネットが食事を持ってきたのはそのためだったようだ。
この広場は全員の共用の場所であり、占師の住む家が集会場であり、子供の学校であると言っていた。
「占師とは何でしょうか?」
「台地で言えば巫女に当たるのであろうか?この村の行末を占う仕事をしている」
まじない師のようなものであろうか?巫女はまじない師ではないのだがとリクリアは思った。
「ティグラ殿、カルパスだ。入るぞ」
中に入ると草を分厚く編んだ敷物の上に毛皮が敷き詰められていた。そこに、草で編んだ座布団に座った女性の周囲に5,6人の子どもたちが座っていた。
流石に肉食を主体とする種族であるようで、毛皮は豊富に有るようだ。
「少し早かったかな?」
「構わないよ。どのみちその子も、この子達と一緒に学ぶことになるんだからね」
周囲に座っていた5人程の子どもたちが一斉にリクリアの方を見る。小さい子共は4歳位だろうか?大きい子は8歳くらいの子供もいる。
「お前たちは集中力が足りんよ。そのまま瞑想を続けるんだよ」
ティグラが怒鳴ると「「「は〜い!」」と元気のよい返事が返ってくる。
「返事だけは良いけどね〜」
ティグラと呼ばれたシャーマンは渋い顔をしている。小さな子供に瞑想をさせるのはどこでも大変なようだ。
瞑想とは心を開放し、天の神と繋がる訓練を行うことである。これは台地の神殿でも行われている事であるが、狼人族の村でそれが行われているとは思っても見なかった。
無論リクリアも巫女となる為に幼少期から巫女学校で訓練を積んできた。だから
神殿から追放される事になるとは思ってもみない事だった。
女性は立ち上がるとリクリアの前に来る。兎人族であるが大きな女性である。身長は180センチ以上あるだろうか?それでもカルパスに比べればとても小さい。
それにしてもここにいる子どもたちの顔はみんなリクリアのようなつるりとした顔をしている。
この子どもたちが成長すると、カルパスのような大きさになるのだろう。恐ろしい種族だと思う。
「成程、この娘かねえ?」
リクリアを見下ろす様に見ている。良く見ると結構な美人だし胸もおおきい。
「そんなに不安そうな顔をしなさんな、この村でおまえさんをいじめる者はおらんよ。カルパスのカミさんも優しかっただろう?」
「は、はい」
集会場にある個室に案内し床に座らせる。カルパスと並ぶと本当に大きくて、リクリアは彼の片手に収まりそうな気すらする。そしてやがて村長たちも訪れた。
「私は村長のタルタス、こちらは酋長のキグナスじゃ」
村長と呼ばれた男は狼人族なので身長は高いが、老人なのであまり体は張っておらず細めである、顔に生えている毛はだいぶ白くなっていた。
一方で酋長と呼ばれた男は若く逞しく鍛えられた体をしていた。
「狼人族の村では指導者がふたりおってな、それは仕事が農業と狩猟と言うふたつに大きく分かれておるからじゃよ。村長と言うのは村人の不満の調整役の様な物じゃからな、各家族から選出され交代で行うことになっているんじゃ」
そう言って村長はカッカッと笑う。
「酋長と言うのは狩人の元締めの様な物でな、狩人が安全に仕事が出来るように采配するのが仕事じゃ。それと他の村とのもめ事が有った時にそれを解決するためにも存在しておる」
要するに知恵の村長、力の酋長という事なのだろうか?
「聞くところによるとリクリアは台地から放逐され、兎人族に命を狙われたとか?これがどの様な事かわかるか?」
酋長であるキグナスがリクリアを覗き込む。怖い顔だと思ったがその目はすごく優しかった。
「私もかつては台地から突き落とされた。この村に拾われなければ野垂れ死んでいた所だ」
「だが、お陰で村としては強力なシャーマンを手に入れる事が出来ましたからな」
村長が柔和そうな話し方で続ける。この人は力ではなくこの物腰で村をまとめているのだろう。
「まだ幼い子供にその様な要求をするものではない。もっとも僧兵に襲われたくらいだからな、相当に高い才が認められたんだろう」
リクリアにはティグラの言っている事が良くわからなかった。
「おまえさんは台地から放逐され、仲間に命まで狙われた。もう故郷に帰るのも難しいと思う、それはわかるな?」
「はい…わかります」
「おまえはとりあえずこの村の世話にならなければならない。さもなければ野垂れ死にするしかない、それもわかるな」
「…はい」
それは、カルパスにも言われた事である。リクリアには最初から選択肢は無かった。
「幼き兎人族の娘リクリアよ、お主が狼人族とこの村の掟を守り、自らの役割を果たすのであれば我らの村の一員として迎えよう」
酋長が言った。
「私の役割とは?」
「とりあえず、食べて、寝て、学校で学び、他の子供達と仲良くする事だ。そして自分の役割を見つけ出す事だ。出来るか?」
まるで普通の子供と同じことをやれと言われている。全く特別なものとは言えなかったが、そんなもので良いのだろうか?
「…出来ると…思います」
「よろしい、ではそこにあおむけになりなさい」
なにかすごいことをされるのだろうか?戸惑ってカルパスを見るが、軽くうなずいて従うように促す。
「心配しなくていいよ。これは五体投地と言って村の掟に従うと言う証さ」
「わかり…ました」
リクリアが言われたようにすると酋長がそっとその腹に片手を置く。
「リクリアよ、この村にいる限りこの村の掟に従うと誓えるか?」
「は、はい」
「よろしい、これでおまえはわが村の一員だ」
何事かと思ったがあっさりと話が通ってしまった。
「村長も宜しいですね」
「はい、結構です。後で家長には伝えて置きます」
「狩人達にも明日の朝に伝えて置きましょう」
こうしてリクリアはこの村の住人として認められることになる。
「それでじゃが、この娘はカルパスの所で引き取りたいのか?」
「子供たちはなついておりますが、兔人族であるが故に習慣など不都合も多々有るのではないかと感じる次第ではあります」
兎人族と狼人族では習慣以前に食生活が違う。兎人族は肉を食べる事は無く、それは家族の大きな負担となって現れる。
「この娘からは非常に強い感能者としての才を感じるよ。ワシが鍛えればそれなりの巫女となるやもしれん」
「おお、それは楽しみなことですな。強力な巫女はまだまだ不足しております、皆の能力が上がれば村としても非常に有用なことですからな」
村長はとても嬉しそうな顔をしていた。リクリアはここでも巫女として生きていけるのだろうか?と訝しく思った?
「どうじゃ、兔人族の娘リクリアよ。我もとにて巫女の修行をして見る気は有るか?巫女というのはなにも台地の運行のためだけに有るのではない。狼人族の村にもシャーマンは多数存在している。無論村で過ごすにはそれ以外の仕事もせねばならぬ。ワシは今は子供達に文字や数の数え方を教えておる」
兎人族のティグラはこの村でも村人として認められている。おそらくリクリアにも生きていく道が有るのだろう。早くそうなれば良いと思った。
「とりあえずお前はこの集会所のティグラと共に暮らすと良い。村での仕事はカルパスよ、お主の子供たちの年齢が近いからちょうど良い、色々と教えてやってもらえぬか?」
「村長よ、わかりました。子供たちも喜ぶことで御座いましょう。明日からでも迎えによこします」
みんなが帰るとティグラは集会室で瞑想を行っていた子供たちのところに連れて行った。
瞑想を行っていた子供たちは小さな子供たちばかりだった。
「巫女の訓練はなるべく早いうちから行うのが好ましいのでな、小さい子供は村から出せんから家の仕事が終わったらここに来て修行を行うことにしておる」
「村から出せないのですか?」
「魔鳥がおるでな、近くに大人がいないと危ないのじゃよ。子供たちには身を護る為に小さなナイフを持っておるよ」
見ると子供たちの背中には大きすぎる位のナイフを差していた。狼人族にとっては小さいのかもしれないが、この世界はそのくらい危険な場所だということなのだろうか。
「このナイフは後で酋長が渡してくれるじゃろう。自分の命を守るものじゃからな、大切に手入れを行うんじゃぞ」
ティグラはそこにいた子供たちにリクリアを紹介すると、もう一度みんなで瞑想を行う。
子供たちはみんなリクリアより小さい子供たちだった。狼人族の子供たちはリクリアと同じ様な顔をしているが、その頭にある耳の形は狼のそれであった。そしてお尻りからはふさふさした尻尾が生えており、それが子供たちの感情によってゆらゆらと動くのだ。
瞑想に入って感じたのは、この子供たちの感能力はさして強いものではないということだ。
台地においては幼少期から多くの子供達が巫女教育を受け、その中から更に選抜されていくのである。
層の厚みという意味ではやはり仕方のないことなのかもしれない。
「今日ここに来ている子供たちはこの村の子供たちじゃ。シャーマンのいない村からは通いで来ている子供も多い。その中から洗礼を受けられる子供を選んで神殿で洗礼を行うことになっている」
「この子達も洗礼を行うのですか?しかし神殿にはどうやって連れて行くのでしょう?」
「歩いて行くのさ、狼人族の大人が付き添って神殿まで行くのだ」
台地においては洗礼の旅は瘤翼竜に乗って行くのだ。出発式は巫女候補にとっては晴れがましい人生の転機だったのだ。
「だから洗礼を受けられるのはおおむね10才を超えてからじゃ、自分の身は自分で守れる程度には強くならなくては旅に耐えられんからな」
そう言われてリクリアはデジャクとセギュムの事を思いだす。あの年齢で巨大な僧兵に対して一歩も引くことなく勇敢に立ち向かった二人のことはおそらく一生忘れないだろう。
狼人族とはその様な強力な種族なのだと改めて思い知らされるリクリアであった。