村の家族
1ー008
――村の家族――
食事が終わるとカルパスはリクリアの前に向かって座る。ものすごい大男なので座っても大きい。
「可憐な娘リクリアよ、年はいくつだ?」
「8つ…です」
「そうか、我が息子たちデジャクは11歳セギュムは9歳である。お前の兄たちと言う事になる」
「兄…?」
「お前が既に元の村に帰れ無いことはわかるな」
「…………………」
「この世界ではお前ひとりで生きて行くことは出来ぬ。いつか別の台地に巡り合える事も有るかもしれぬが、それまでワシの村で村の子供として過ごすが良い。それで良いな」
「…………………」
リクリアに選択肢は無く、黙って頷くしか無かった。
「太陽が中点を超えたら出発する、今日の夕食くらいの草は摘んでおけ」
ここを離れるとしばらくは苔や雑草しか食べられないということらしい。
「この枯れた森の中を進まなくてはならんからな。村に着けば野菜や芋も有る、しばらくの辛抱だ」
3日位かかると言っていた。それならなるべくたくさん集めておこうと思って必死で草を摘んだ。
こうしてリクリアは狼人族の住むベギムの村に引き取られる事になった。わかってはいてもつらいものが有る。
燻し終わった肉を取り出して袋に入れ、荷物を片付けて出発することにした。
少し離れた所にこんもりと盛り上がった場所が見える。獲物の臓物と頭が埋められているのだろう。ネズミがやってきて土を掘り返している。
周囲を見回すと小型の動物が用心深く徘徊している。わたし達が立ち去るのを待っているのだろう。
そのままローグの所に行に連れていかれ、以前と同じように座らされる。
ローグの背はリクリアの身長よりもずっと高かった、台地ではこんな大きなローグはみたことがない
街にいる時はローグに乗る事は無かった、街の中の移動や運搬だけであればローグは必要が無かったのだ。これまで非常に狭い範囲での生活をしてきたと言う事を思い知らされる。
リクリアはローグの背に乗せられていたが、男の子達は一緒に歩いていた。すごく丈夫な足を持った種族のようである。
もっとも兎耳族も決して弱いだけではなくて、ジャンプ力だけは非常に強力だ。危険察知と逃げ足だけは長けている種族だと言われている。
みんなは干し肉を食べていたがリクリアは摘んで来た若葉を食べた。今回は柔らかい葉っぱだけというぜいたくは出来ないから茎までみんな食べている。
歩きながら周囲を見ると、途中から折れた木の幹が地面からにょきにょきと生えていて、その周囲に雑草が茂っている。他には苔やキノコも生えている。しかしそれらを食う獣はあまり大きな体をしていない。
朽ちた木に巣くう虫やまばらに生える雑草や苔ではあまり大きくは育たないみたいだ。
ここでは肉食の魔獣も大きくなることが出来ずにいる様だ。台地は固く、馬が歩く度にコツコツと音を立てる。
ここは痩せた大地だ、リクリアの育った台地の土は柔らかく滋養に富んでいて歩くとふわふわしていた。
ローグに乗って枯れた木の生えた森を丸1日歩き続けると日が暮れた。
結局新芽は2日目には食べ終わってしまって、後は少し臭みの有る苔や固い雑草を食べさせられた。
カルパスたちは煙でいぶした肉を食べていたけど、肉だけで過ごせるのはすごいと思った。
持って来た毛皮にリクリアを寝かせると、父親と子供達は交代で槍を抱えてうずくまる。少ないとはいえ肉食獣はいるそうで、リクリア自身が格好の餌なのだそうである。
次の日も歩き続けるとやがて背の高い草の生えている場所に出る。周囲には木や藪になっているところも多く見える。
草むらの中には多くの魔獣が草を食んでいて穏やかな印象を受ける。大地を歩むローグの足音はこれまでよりも大地が柔らかい事を示していた。
少し遠くを見ると草原の向こうに高い木の密生する森が見える。緑の葉が生い茂った森の中に入るとここが既に枯れた森の中ではないと実感する。
草の生い茂っていた地面も、やがて踏み固められた道のようになって人の活動が盛んな場所であることがわかる。
既に立派な道となった場所を歩いていくとやがて雑多な作物が植え付けられている場所に出た。畑なのであろう、リクリアの村にも畑は有ったがこんないい加減なつくりはしていない、もっと密生した作りになっている。
『台地』という限られた土地を耕しているのである。こんな広い土地に適当に作物を植える程の余裕は無いのだ。
その畑の間を抜けていくと畑の中に大きな集落が見えてくる。石の壁で出来た家を植物で拭いた屋根の建物である。その横にはテントのような物が立っていた。
彼らは台地が通過した後の土地に移り住む種族だと言っていた。おそらく数十年単位で移動を繰り返しているのだろう。きっとその時に使用するテントなのだ。
周囲にはだんだん人の姿が見えてくる。畑を耕す人や獣を追って歩く槍を持った子供達である。
大人の人は皮を鞣した服を着ている者が多いが、子供はデジャク達と同じ様に、カラフルな模様を染めた衣服を着ている。
やがてその中の一つの建物に向かうとローグから荷を下ろした。
【帰ったぞ】
カルパスの声に中から女性が現れるが、これもまた背が高く狼の顔をしている。しかし体つきは間違いなく女性であった。
【あ~ら、兎人族の子供じゃないの、どこかで拾ってきたの?】
リクリアをローグから降ろすのをみた女性が寄って来る。驚くというよりは可愛いペットを見る目つきだ。
【かーちゃん、ペットじゃないし~、その子は故郷を離れて寂しい思いをして来たんだから~】
セギュムが呆れたように言った。この種族は子供を見るとデレる性質でも有るのだろうか?
【ああ、その娘は台地台地から追放されて来た様だ。リクリアと名乗っている。8歳だそうだが、とりあえず面倒を見てくれ。ワシは村長に報告をしてその後占師と話をしてくる】
【そうだったの~?こんな小さいのにねえ可哀そうにね〜。でも安心しなさい、この村にいれば安心だから。どの台地かわかるかしら?】
【それも占師に聞けばわかるだろう、とにかくその娘を泣かすなよ】
【だいじょうぶよ~、これでも子供を育てた経験が有るんだから~】
女はリクリアを抱き上げる。カスパルと違って女性の匂いはリクリアを安心させる。
【ああ、ただし兎人族だから肉は食わさんようにな】
【わかっているわ、私の事はガーネットと呼びなさい。さ、こっちに来て着替えをするわよ、服がどろだらけじゃない】
そう言われてリクリアは旅の間使っていた毛皮も埃だらけになってしまったことに気が付いた。
【とーちゃん、その子は家で引き取るの?】
【それは村長や占師と相談してからだ、少なくとも今夜は家に泊めるから夕食は一緒に食えるぞ】
【そっか、そうだよね~】
子供達は残念そうな顔をしている。妹が出来るかと期待をしていたのだろう。
家は大きくはないがそれなりにしっかりしたつくりで、レンガの様な物を積んで作ってあった。寝室がふたつあり大きめの食堂が有った。
かまどは家の外にあり木を組んだ骨組みに草の屋根が付いていた。
母親は魔法の炎を作ってかまどに火をつけるとお湯を沸かし始めた。かまども家の外壁と同じ石で出来ていたが少し崩れていた。
柔らかい石で出来ているのかと思ったら土を固めたレンガで出来ている。家の外壁も同じように少し擦れているのがわかる。
台地の上の建物は木を組んで作られており、屋根には粘土を焼いた瓦を乗せている。
家具は使い込まれた物が置かれていて、長い間使われてきたことをうかがわせる。造りは良く、槍と同じように専門の職人がいる事がうかがえる。
女性はリクリアの服を脱がせてお湯で体をふいてくれる。新しい服を持ってきたがそれは男の子の物だった。
【うちは男の子しかいなくてね、これはその子たちの古い服なのよ】
この時になってようやくリクリアはこの村で自分は生きて行かなくてはならないことをはっきりと理解した。
もう2度と村には帰れないのだろうという事が実感としてわいてきたのだ。それは父にも母にも、もう会えない事を意味していた。
母の事はわからない、父はリクリアを逃がす時に怪我をしていた。
僧兵がわざわざ台地を降りてまでリクリアを殺そうとしたのだ。両親の生死はわからないが、もう台地に帰る事は出来ない事だけははっきりしていた。
(何故私は僧兵に命を狙われたのだろう?)
ただ父も母もリクリアが命を狙われることを予想していたような感じはあった。幼いうちからずっと魔法の訓練を続けてきたのだ。
だから僧兵の放った炎弾の魔法から逃れる術を知っていたのだ。
他にも逃げ方、身の隠し方などをひそかに練習をしていた。獣のいない台地の上では全く必要の無い訓練だった。
夕食を食べると言って母親は鍋を持って出かけて行った。子供達はテーブルの上に食器を並べてパンを出している。
何処で調理をしているのだろうと考えていたがやがて母親は鍋一杯の煮物に肉をもって帰ってきた。
鍋の中を皿に盛り、肉を大きな皿に置くとパンを切り始めた。
煮物は豆と野菜と肉をソースで煮た物の様で、母親はリクリアによそった皿の中から丁寧に肉を除いて行った。
そこにカルパスが戻ってきた。既に全員が食卓に着いていた。
カルパスの椅子をリクリアが使っていたのでガーネットは物入れの箱を椅子代わりに置いていたが、特に気にする様子もなく5人で食事を始めた。
子供達は父親が何を言うのかじっと機体の目で見守っていた。
「リクリアの事は村長と占師に話をした。明日ふたりに会う事になっている。その後おまえをどうするか?3人で話し合いをする。今日は疲れただろうからゆっくりと休むがいい」
カルパスがリクリアにそう説明をしてくれた。どの様な事になろうともリクリアに選択肢はない。言われたようにするしかないので黙ってうなずく。
カルパスは同じ事を狼人族の言葉で家族に説明したようだ。子供達が残念そうな顔をしていたのが印象的だった。
それにしても何故カルパスは兎人族の言葉を話せたのだろう?村に入ってから兎人族を見たことはない。この人たちはどうやって兎人族の言葉を学んだのだろうか?