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――大地のリクリア――  作者: たけまこと
動く台地
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狼人族の食事

1ー007


――狼人族の食事――


 僧兵達に襲われた後、しばらく歩いていくと森が途切れて一面に芽吹いたばかりの草の絨毯が見える場所に出た。

 魔獣の回復力はかなり早いようで、怪我を負ったローグは手当をすると程なく元気になって普通に歩いている。

 

「うわああ~っ!」

 つい声が出て生唾が出て来る。瑞々しい新芽がこんなに生えているなんて。 

「台地が通過した後糞の中に含まれていた種が発芽した物だ、我々には食えないがお前には大切な食い物だ」

 カルパスが私をローグから降ろそうとやってくる。

 

「村までまだ3日ほどかかる、それまでは夕べの様な食い物しかない。今日は心行くまでここで新芽を食うと良い」

 カルパスが降ろしてくれるのが待ちきれずウマの背中から飛び降りると新芽の海の中に身を投じた。

「やれやれ」

 カルパスは苦笑をしている様であった。

 リクリアは伸びたばかりの新芽の先だけを食べて行く、ここが一番おいしいのだ。

 

【お前たちはあの娘を見張っていろ、ワシは獲物を獲って来る。ついでにむろの準備もして置け】

 カルパスはふたりを残して狩りに出て行った。そんな事も気が付かずにリクリアは草の新芽をこれでもかと頬張っていた。

 ふと気が付くとローグもやってきていて草を食べていて、下げた頭が私の頭にぶつかった。

 

「ふぎゃああ~っ!」

 悲鳴を上げたがローグは知らん顔をしてあっちへ行ってしまった。

 ふたりの兄弟はこちらを見て笑っている。恥ずかしい所を見られたような気がしたが、よく考えてみれば周囲を警戒しながらリクリアの事をじっと見張っていたようだ。

 

 デジャクは小枝や木の棒を拾ってきて集めているし、セギュムは周囲を警戒するようにふたりを交互に見ている。

 新芽を思う存分食べたリクリアはすっかり満足して二人の所に戻って来ると、二人は笑顔で彼女を迎える。

 大量の小枝と丈の長い草がそこにうずたかく積もっていた。彼らは食事をとらないのだろうか?不思議そうにふたりを見ていると何かを言っている。

 

【父さんが獲物を捕まえに行っているよ、少し大きな物を捕まえないと帰りに狩りをしなくてはならないからね】

 周りを見ると何頭かの草食動物も草を食べている。新芽を美味しいと思うのは私だけでは無いのだ。

 台地ダリルが通過した後にこれ程簡単に草が成長するとは思ってもいなかった。確かに雑草の芽が多く出ていたのは確かだが、これ程までに成長が早いとは知らなかった。

 

台地ダリルは、枯れた植物ごと地面を食べて糞を撒き散らしているけど、殆どの植物の種は消化されずにそのまま出て来るんだ。だから夜露に当たった種はすぐに発芽を始めて、こんな風に緑に覆われた大地になるんだ。その新しい草を求めて森の中から獣がやってくるからね、今父さんはそれを待ち伏せしているんだ】

 どうやらカルパスはこの新芽を目当てにやってくる獲物を狩るつもりらしい。つまりお父さんが帰るまでごふたりはご飯が食べられないらしい。

 植物しか食べられないリクリアは多少まずくてもその辺の草をむしって食べれば何とか生きてはいける。

 

【ははは、お腹が空いたらその辺の虫を食べるさ】

 デジャクは足元に積もっている木や草の堆積物に手を突っ込むとごそごそと動かしていた。

【お、いた!】

 ぐっと手を持ち上げると長さ20センチ近い大ミミズを掴んでいた。

「ひえっ!」

 そのおぞましい動きに悲鳴を上げた。

 ミミズはピチピチと跳ねていたがデジャクはそれを無造作に口に放り込む。

 

「そ、そんな物を食べるの?」

【小腹が空いた時のおやつ替わりさ。この位に朽ちた森には蟲が多いからね】

 くちゃくちゃと口を動かしながら答える。いや、リクリアではとても食べられないと思う。

【君は苔の方をおいしいと感じるだろうけど、僕たちはミミズの方がおいしいと感じるんだよ】

 セギュムは枯れた木の幹を削って大きな芋虫を引きずり出した所だった。

 

【お、センギョウ虫の幼虫か、いい物を見つけたな】

【ミミズよりこっちの方がおいしいからね】

 躊躇なく幼虫を口の中に突っ込んだ。それを見たリクリアは口を押えて吐き気に耐える。

 考えて見ればこの朽ちた森の中にも食べられる物はある。兎人族は植物が食べられるのと同じように狼人族は蟲を食べるのだろう。

 まずくとも食べられる物を食わなければ生きてはいけない、そういう世界での行動なのだ。それを見ていたセギュムは何かを言っている。

 

【もちろん村では畑も作っているし、君が食べる様な芋や野菜もたくさん作っているよ。でも猟に出た時は下手をすると何日も獲物を追う事が有るからね、手持ちの食料が尽きたらこういった物も食べるんだ】

 ふたりは私が食事を終えたのを見て茎の長い枯れ草を使ってロープを作り始めた。

 

むろを作っているんだよ】

 細長い木の枝の上部を結んで小さな小屋の様な物を作ると、その周囲に枯草を撒き始める。

 突然「ピーッ!」と言う鳴き声が聞こえる。

 慌ててそちらの方を向くと、開けた大地に出てきて草を食べていた獣に槍が刺さっていた。ローグよりも二回りほど小さな草食獣の様だ。

 木陰からお父さんがものすごい勢いで飛び出してきて刀を首筋に突き立てた。

 どうやら草食獣が草を食べに出てくるところを物陰に隠れて待ち伏せをしていたようだ。


【お、やった!カガシカじゃないか】

【丁度いい位の大きさだね、さすが父さんだ】

 生きていた獣がいきなり命を絶たれる瞬間を見たリクリアは恐怖のあまり足元が震えた。大きな獣があんなに簡単に死んでしまうとは思いもよらなかった。

 お父さんは獣を背負うと、こちらに向かって歩いてくる。


【お帰り父さん】

【ああ、帰りに食うのに丁度いい大きさの獲物が採れた】

 セギュムはローグの所に行ってロープと革袋を持ってくる。

【お前はこの娘と一緒にあっちに行っていなさい、兎耳族には少し刺激が強すぎるだろう】

 お父さんはぐったりした獲物の足を半分朽ちた木の枝から吊り下げる。これから何が起きるのか私にも想像がつく。

 

【リクリア、あっちに行こう】

「う、うん」

 セギュムに促され、ローグを連れてその場を離れる。これから起きる事は私が見ないほうが良い事のようだ。

 

【あの獣が可哀そうだとも思うがかもしれないけど、ボクらも食べなくちゃならないからね】

 お父さんたちがいる方向に背を向けてセギュムとふたりで草むらに座る。

 何でだろう?自分が生きる為に他の生き物を殺すことを躊躇しないこの大地グランダルの民が、何故こうもリクリアに優しくしてくれるのだろう?

 私は何となく足元の草を引き抜くと先っぽの柔らかい葉っぱを食べる。

 

「セギュムは蟲を取らないの?」

【ここの地面にはまだ蟲はいないよ、耕されたばかりの土地だからね。もう少し経てば『糞』に残っている蟲の卵も生まれるだろうけどね】

 私はセギュムの言っている言葉は分からなかった、しかしこの地面に蟲はいないらしい事は理解できた。

 

 そんな事をしていると煙の臭いがしてきた。振り返ると内臓を抜かれて皮を剥かれた獣がぶら下がっていた。

 焚火の周りでは臓物の一部と思われる物が串に刺されて炎にあぶられている。

 不思議なもので頭を落とされ皮を剥かれた肉の塊は獣と言う感じが無く、リクリアが見ても何も感じる事は無かった。

 

【セギュム、頭と残った内臓は埋めてしまってくれ、獣が集まってくるとうっとうしい】

【わかった】

 セギュムはローグから木でできた小さなシャベルを取り出すと周囲の朽ちた土を削って臓物の上にかけ始めた。地面は固くて掘ることが出来ないのだろう。

 

【そら、お前の分の魔獣器官だ】

 生焼けの臓物を渡されたセギュムはそれをすぐに食った。

 ふたりとも私よりも少し年上に見える程度だ。それなのに自分たちで食料を調達して生きていける事に驚きを覚える。

 

 もっとも兎耳族は草食なので狩りをすることも無く、敵に出会ったら全力で逃げるだけだ。

 僧兵であれば獣とでも戦えるだろうが、普通の兎耳族はみんな臆病なので戦う事など出来る物ではない。

 カルパスは切り分けられた肉に塩を擦り込んでむろの中に吊るしていく。

 

「私も手伝うよ」

 最初の衝撃が過ぎると意外と屍に対して慣れる物だと我ながら驚いてしまう。

 デジャクの指示で骨組みの上に次々と草を重ねて行く。

 あらかたの肉が吊るされると焚火の中から炭を取り出してむろの中に入れると、その上に削った木くずを置く。

 もうもうとした煙が出てむろの中が煙で満たされる。

 

「これはなにをしているの?」

【こうやって塩を付けた肉を煙でいぶすと腐りにくくなるんだ、これから3日間かけて食べるんだからね】

【父さん内臓の方はもう焼けたよ】

 消化器以外の内臓は串に刺されてあぶり焼きになっている。

 

【よし、とっとと食ってしまおう】

 それぞれ刺してあった串を掴んでそのまま食べる。

「美味しいの?」

【そうだね、肉より内臓の方がおいしいよ、それに内臓はすぐに痛むからね】

 言葉はわからなくとも、何となく言っている事はわかる、美味しいのだろう。

 デジャクはあばら骨を一本づつに切り分け、塩を擦り込んで焚火の周りに並べる。

 

【内臓の次に美味しいのがこのあばらの部分さ、油が良くついているからね】

 手足を切り取られ、体の肉を削ぎ落されあばらを解体された獲物の残骸はもう見る影も無かった。

 3人が食事をしている間も時々むろを開け、木っ端を追加して煙を出し続ける。

 

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