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――大地のリクリア――  作者: たけまこと
動く台地
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大地の民

1ー003


――大地グランダルの民――


 そこは太い木が立ち枯れて、崩れ落ちてる場所だった。


 かろうじて所々に残った木がそびえ立ってはいるものの、ほとんどは途中で折れて根元だけが残るかつての大森林の跡である。

 そこいら中に枯れた木の幹が倒れており、かつて隆盛を誇ったであろう大きな森も今は見る影も無くその残骸をさらしている。

 倒れた大木は既に乾燥しているがそこには多くのツタが絡みついている。高い木の無くなった森においてはそれまで日陰に有った植物が主役に躍り出ている。

 

 地面は固くなって植物が成長するのを阻んでいる。

 しかし水を吸い上げる事の出来ない固まった土の代わりに自らの身体に水を貯える苔と、その水を狙うツタの植物がせめぎ合っている。

 そのツタもまた地面から吸い上げる水の少なさに大きく育つことは出来ずにいる。

 

 若木も有るには有るが細く、既に枯れてしまった木々の間に弱々しく生えていた。これらの木々は成長することなく枯れてしまうのだろう。

 森の木々は立ち枯れてはいるが、リクリアの身長の何倍もの高さの所で折れている物も多く、倒れた幹が至る所に横倒しになって行く手を塞いでいる。

 もっとも体の小さなリクリアに取っては倒木を避けながら移動することにさほどの障害にはならなかった。

 

 草も生えてはいるが根を張れないせいかあまり育っておらず意外と視界が妨げられることは無い。

 本当は死んだ土地で有るにも関わらず、これまでの草木が一本も生えてはいなかった土地に比べればはるかに豊かな場所に見える。

 リクリアはのどの渇きと空腹に、近くにあった雑草をむしって食べる。若芽ばかりだった均された大地の草よりも美味しくはない。

 無論大地の若芽も既に緑濃く固くなってきていて、長く居ても助けを求められる場所ではない。

 

 生きる為に無理やりにでも食べるが、やはり普段の食事の様にはいかない。

 クローバーの若芽が有ればいいのに……そうも思ったが無いものは仕方が無いのである。

 かつて芳醇だった大地グランダルは時と共に土地の固化が進み、大きく育っていた木々もにやがてその栄養を吸い上げられなくなって枯れてしまう。

 残るのは背の低い雑草と苔の様な植物しか育たない痩せた土地になり、やがては草木の繁殖すら拒むようになる。

 

『…こんな土地で人は生きていけるのかしら?』

 そうも思うがここも昔は台地ダリルが通過した土地なのだろう、時間と共に固くなった土地は生き物の存在を拒んでいる様に思える。

 

 台地ダリルでは常に豊かな実りを住人に与えてくれていた。それに比べて大地グランダルの様子は信じられない程に痩せた状態であった。

 しかしこの様に枯れた大地グランダルも以前は台地ダリルの通過によって芳醇な土地へと変わった時期が有ったのだ。

 枯れた木の下には頽れた木の残骸が有り、そこには何やらうごめいている蟲が多く見える。

 よく見ると枯れた木の幹にも小さな虫が無数に歩き回っている。どうやら枯れた木を食べる虫のようだ。頭の周囲には小さな羽虫が飛び回り、上空には鳥が飛んでいる。

 死んだように思えるこの枯れ果てた森でも生きている命はたくさんいるのだということに気がつく。

 

『のどが渇いた…』

 近くに水気の有りそうな小さな実が生っている草が見えたのでそれを食べる。

 ぜんぜん美味しくは無いが、多少はのどの渇きが収まって再び動き始める為の力が湧いてくる。

 

 …なんだろう、何もないのに何となく生きていけるようなこの感覚は?

 

 最初は既に死んでしまった朽ちた森の様に見えた。しかし実際に入ってみると意外な程に生命があふれている。このわずかな苔や雑草でも単に命を繋ぐ事は出来るのかもしれない。

 このまま大地グランダルの住民に出会うまで生き続ける事もさほどに難しい事では無いように思えてくる。

 じっとしていても仕方が無いので歩き始めるが、前方に何かの気配を感じて身を伏せる。虫や鳥よりも大きな生き物の気配である。

 

 4つ足で毛の長い動物が細長い鼻先で盛り上がった土の塔をなめている。大きな獣では無いが、もし攻撃されればリクリアの大きさでは脅威になる。そっと物陰から眺めていた。

 あの塔は何だろうと思って周りを見ると、同じ様な土の塔の様な物があちこちに出来ていた。

 近づいてみてみると枯れた木の破片を使って盛り上がった塔で、周囲に小さな虫が無数にうごめいている。

 虫や鳥が生きていける土地である、その虫を食べる獣がいてもおかしくはない事に今更ながらに気が付いた。

 

 危険は無いと思う物のリクリアよりも大きい獣である、頭を下げて四つん這いになるとそっと逃げだす。

 藪の中を這うように移動していくといきなり目の前に小さな獣が苔を食べているのに出くわした。

 リクリアは悲鳴を上げてバタバタと逃げようとした。それは相手も同様な様で一気に走り去ると木の洞のような所に駆け込んだ。びっくりはしたものの危険な獣では無いように思える。

 しばらくショックで動けなかったがやがてノロノロと動き始める。


 森が枯れはててもその残骸を食う昆虫は多く生きているらしい、その昆虫を食べる獣もいる。

 おそらく魔獣であれば立ち枯れた樹木を食ってでも生き延びられるのかも知れない。

 それはかすかな希望であった。台地ダリルから落ちてきたリクリアは、そこでは死ななかったし今もまだ生きている。

 しかしリクリア同様に生き残る為でなければ食べたくはないのかもしれない。そんな事を漠然と考えながら歩いていた。歩き疲れると枯れた木の根元で丸くなる。

 空を見ていると星がきれいに瞬いていた。もうあの台地ダリルには戻れないのだ、そんな事を考えながらいつの間にか眠ってしまう。

 

 最初のうちは獣との突然の出会いに悲鳴を上げていた、しかし落ち着いてくるとだんだん周囲の音を聞き分ける事が出来るようになって来た。

 何度か魔獣に出会うがリクリアの耳はその音を遠くから聞き分けて事前に身を隠すようになって来ていた。

 しかし小型の動物が生きていける世界は同時にそれを捕食する生き物も同時に存在する事をまだリクリアは知らなかった。


 彼女の背後に気配を殺して忍び寄る者もいる。音も立てずに近づいてきた獣は全速力でリクリアに襲い掛かってきた。

 それに気が付いて悲鳴を上げながらも必死で動き、最初の一撃をなんとか躱す事が出来た。

 獣は振り返ってリクリアを見るが、その目は明らかにリクリアを殺そうと狙っている。

 リクリアは本能に従ってジャンプをし、5メートル近くを一気に飛び跳ねると相手も全力で追ってくる。

 ジグザグにジャンプを繰り返すがさすがに子供の体力ではかなわない、徐々に獣との距離が縮んでくる。

 

「お母さん助けて!」

 そう叫んだものの遂に追い詰められてしまった。


 獣はリクリアを逃がさない様に牙を剥き出して油断なく距離を詰めてくる。どちらに逃げようと素早く飛び掛かり一撃で喉笛を切り裂くつもりなのだ。

 リクリアより少し大きめな猫の様な獣でめくれ上がった唇から大きな牙が覗く。

 リクリアは蛇に睨まれたカエルの様に、身動きできずに獣を凝視することしかできなかった。


「フンッ!」

 その時掛け声と共にリクリアと獣の間に大きな大きな槍が撃ち込まれた。続いて何者かが走り寄る足音が聞こえる。

 

 小さな影が躍り出て、不意を突かれた獣に向かって槍を突き立てる。

 胸を槍に貫かれた獣はジタバタと暴れるが、その時もう一つの影が現れ獣の喉元に槍を突きたてると獣は動きを止めた。

 獣に負けない速度で走り寄ってきたそれは、リクリアより少し大きいくらいの人間のようにも見えた。

 それがふたりで槍を持って、リクリアを襲って来た獣をあっさりと殺してしまったのだ。

 助かったのだろうか?それとも次に殺されるのは自分だろうか?リクリアは恐怖の為に動くことも出来なかった。

 返り血を浴びたふたりがリクリアに向きなおると、ニコッと笑いかける。

 

【・・・・・・・・・】

 リクリアの背後から野太い声が聞こえ、大きな影がリクリアの後ろに立ちはだかるのを感じる。振り返るとそこには3メートル近い大男が立っていた。

 だがそれはリクリアが見知った人間ではなかった。人間の身体の上に凶悪な狼の顔が乗っていたのだ。

 その大男が口を広げてニカッと笑うと狼の口の中に大きな牙が見えた。

 

「イヤアア~~ッ!」

 その恐ろしい姿に悲鳴を上げると我を忘れて後ろも振り返らずに飛び出した。

 

 恐怖の為に涙を流しながら必死でジャンプを繰り返していくがその横に小さな影が迫って来る。

【右に逃げるぞ回り込め】

 素早く行く手を遮りリクリアを囲う様に逃げ道を塞いでいく。

【よしっ!回り込んだ、追い詰めたぞ】

 朽ち果てた倒木が折り重なる場所に追い詰められ逃げ道を塞がれる。その前にふたりの人影が槍を持って構えた。

 それは普通の人間の子供に見えた。リクリアよりもう少し年上の男の子の様だ。

 

【逃げなくても大丈夫だよ、僕たちは何もしないから。】

 ふたりのうちの小さな方の子供が言った。

【この森でも君を襲う獣はいるからね、君は台地ダリルから落ちたのか?】

 大きい方の子供もそう言って笑顔を作って槍を下げると両手の手の平を見せて攻撃の意志が無い事を示す。

 何を言っているのかはわからなかった。しかし自分を襲って来た獣を難なく殺したふたりには全く歯が立たないと思った。

 おそらく自分を助けてくれたのだろう。

 

 獣だと思った巨大な怪物は追って来てはいないようだ。少なくともこれで命は助かったようだ。

 父さんは大地人に助けを求めろと言っていた。もしかしたらこれが大地グランダルの民なのだろうか?

 助かったと思った途端に体中の力が抜けて気が遠くなった。



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