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――大地のリクリア――  作者: たけまこと
動く台地
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台地からの追放

1-001    3800   動く台地


――台地からの追放――


「ハッ、ハッ」大きく育った木々の間の暗闇を、リクリアは父親に手を引かれて走っていた。


「もう少しだ、頑張ってくれ」

 背後から何かが追ってくる気配がある。しかし声は聞こえず、周囲にはふたりが藪をかき分ける音しか聞こえない。

 おそらく追跡者は二人の発する音を頼りに暗闇の中を走っているに違いない。 

 やがて正面に開けた場所が見える。森の木々が途切れたそこは大きく開けた崖っぷちであった。

 背後からの気配はますます近づいてくる。父親はリクリアを抱きしめると小さく呟いた。

 

「すまない、これしか方法は無いのだ。どうか無事に生き延びてくれ」

 その時少し離れた場所に立っていた木が大きな音を立て、根元から崩れ落ちて行った。

 

「いたぞっ!」「構うな、親子共に殺せ!」

 小さな声が聞こえる。しかし兎人族であるリクリア達には、はっきりとそれが聞こえた。

 

「大地人にたよれ!大地人は必ずお前を助けてくれる」

 父親の声が聞こえたと思ったら、その時リクリアは空中を舞っていた。

 落ちながら見えた父親の腹には大きな血の色が見て取れた。

 

『体をまるめろ!衝撃に備えるんだ』

 その言葉に従って、リクリアは体を小さく丸めて目をつぶる。

 地面は50メートル下に有りそのまま落ちれば命は無いと思われた。

 

『台地』の下から雪の様に降ってくる『糞』と一緒に地面に向かって落ちて行く。

「母さん」

 次に来る衝撃に体を固くした少女の目に母の顔が浮かんでくる。

 妹を亡くし悲しみに暮れる母の顔であった。今また自分を失った母は悲しみの中で生きていけるのだろうか?


「ごめんなさいお母さん」心の中でそう母に詫びた。


 ポフンと体が何かに埋まる。

 体の下には柔らかいものが敷き詰められていた、それが『台地』の吐き出す『糞』であることはすぐにわかった。

 彼女の体が軽かったのが幸いした。彼女の下には『台地』が吐き出した大量の糞がうず高く積もっており、それによって彼女の墜落の衝撃を和らげ死を免れたのだ。

 

 それでも50メートルの落下は9歳の少女には大きな衝撃であった。

 息が詰まり体中から発する痛みにリクリアは動くことが出来ずに天を見上げる。その上から風に飛ばされた『糞』が彼女の上に降り注いできた。

 顔の上の『糞』を何とか払いのけるが体中が痛んで動くことが出来なかった。

 見上げた台地ダリルは50メートル上空にあり、父親の姿は既に見えなかった。

 その代わり何者かの影がそこには有り、下を見て何かを話している様であった。

 

 そしてリクリアは初めて台地ダリルの姿を見る事になる。10メートルの地盤があり、その下からは無数の『足』が大地グランダルに向かって伸びている。

 足はゆっくりと動きながら大地グランダルを食らいながら台地ダリルを移動させていくのだ。

 台地ダリルは概ね幅が80キロ、前後に30キロの大きさが有り1日に1キロ程度の速度で移動を行っている。

 進行方向に向かって成長をしていき、30年かけて最後尾に到達すると崩れ落ちて再び大地グランダルに還る。

 

 兎人族はその台地ダリルの上で生活を営んでいる。

 そこには脅威となる物は存在せず龍神教の庇護のもと、皆が安全で安定した生活が出来る場所だと教えられてきた。

 しかしそれが作られた虚構に過ぎないことをあらためて知らされる事になった。

『逃げなくては』そう思って痛む体を何とか動かす。

 先ほど崩れ落ちていった台地の残骸が見える。降り続く『糞』の中、ゆっくりと這いずって行った。

 

 台地の残骸は地面と、それに続く大木の様な『足』の部分がくっついて倒れている。

 ようやく残骸にたどり着いたリクリアの背後で、別の台地の残骸が崩れ落ちてきて大量の『糞』を巻き上げる。

 慌てて『足』の影に身を寄せるが、舞い上がった『糞』がリクリアの上に降り積もり、リクリアの痕跡を隠してくれた。

 さらさらと降って来る糞は地面に埋まったリクリアの身体をゆっくりと覆っていく。

 糞は舞って口に入る程軽くは無いが積もればやはり重く口を塞ごうとする。

 降り積もる『糞』が顔にかかるのを払いながらなんとか呼吸を確保した。


 じっと動くことなく浅い呼吸を繰り返していると、やがて『台地』は去ってゆき糞の落下は止まる。

 糞はリクリアの身体をすっかり覆っていたがなんとか顔の周りには空間を作る事が出来ていた。

 体に積もった糞は少し重かったが動けない程では無い、しかし体の痛みは引く事が無く、とても体を動かせる状態ではなかった。

 仕方なく浅い呼吸を繰り返し痛みが引くのを待つことにした。幸いな事に土くれの隙間から空気は入って来るので呼吸を塞がれる事は無い。

 

 台地の進む音が少しづつ遠ざかって行くのが判る。リクリアは自分と台地の繋がりが切れて行くのを感じていた。

 その『台地』から何本ものロープが投げ降ろされ、それを伝って何者かが降りて来た。

 姿が見える訳では無かったが研ぎ澄まされたリクリアの耳にはその状況を感じ取る事が出来たのだ。

 

『神殿の僧兵たち!』

 そう感じた時にリクリアの背中に冷たい物を感じる。

 

『見つかれば必ず殺される!』

 僧兵はリクリアの太刀打ちできる相手では無いのだ。

 50メートルの高さをロープを伝って軽々と降りて来る彼らは精強な神殿の守り神だ。

 耳の部分を除いて身長が2、5メートルにもなる神殿の僧を兼ねる戦闘部隊である。

 兎の顔をし、兎の耳を持った彼らは落下したリクリアを探して耳をそばだてている。

 肉体能力は非常に高く狼人族にも匹敵する戦闘力が有ると言われており、また魔力も体躯に比例して大きく様々な魔法攻撃が出来ると聞く。

 

『1、2、3…3人の兎人族が降りて来た…』

 彼らはリクリアを助けに来たのではない、見つけて殺すために来たのだ。

 わずかな気配を全身で感じ取る。今夜は満月に近いので動けば必ず見つかるだろう。

 息をひそめるようにじっとしていると少しづつ気配が近づいて来た。

 自分の状態が見える訳では無い、体を覆う糞はうまくリクリアを隠してくれているだろうか?

 そんな気持ちが沸き起こるが体を動かす事は出来ない、糞が全身を覆っていてくれることを祈るだけであった。

 

 積もったばかりの糞に足をめり込ませながら歩く彼らの背後では次々と落下して来る『台地』の破片の音が聞こえる。

『台地』はその破片をまき散らしながらゆっくりと歩みを進めて行く。

 兎人族の耳は鋭い。リクリアは高鳴る心臓の音を押さえ自らの肉体活動を押さえる。

 力を抜き痛みを訴える肉体を無視して生命活動そのものを落とすと呼吸数が減り体温すら下がっていく。

 

「まずいな、台地の落下音が激しくて音が聞こえない」

「『糞』が巻きあがって落下地点もわからないぞ」

 彼らの話す声が聞こえる。

 僧兵達は落下したリクリアを探して周囲を歩き回っているのがわかる。

 降り積もったばかりの地面は柔らかく歩くごとに足をうずめる。大きな肉体は大きな体重を生み、歩くたびに大きく足を取られ膝まで埋まりながら歩き続けているのだろう。

 ボスッ、ボスッと何かを突き刺す振動を感じる。おそらく持ってきた槍を地面に突き刺して中を探っているのだろう。

 

 1人がリクリアの方に向かって来るのを感じる。見つかったのであろうか?地面を突き刺す槍の音が近づいて来た。

 恐ろしいほどの恐怖に息すらするのを忘れる。

 地面を突き刺す槍と足音がリクリアのすぐ近くに迫り、槍の穂先が体のすぐ近くをかすめる。

 息をひそめ心拍数すら下げて気配を隠すリクリアの傍を神兵は気付くことなく通り過ぎていく。

 台地の発する音が無ければリクリアの呼吸音すら捉える事が出来たであろう。

 

 僧兵達はその後も周囲の地面を探し続けていたようだ。その間も『台地』は移動してリクリアから遠ざかっていく。

 数時間が経って遠ざかる『台地』との距離が出来て来ると足音が一斉に遠ざかっていくのを感じた、神兵達は索敵をあきらめ撤退を決めた様だ。

 しかし私は兎人族の耳も鋭さを知っている。この瞬間も彼らは耳を澄ましておりリクリアが動き出すのを待っているのだ。

 リクリアの体を覆い隠している『台地』の糞は徐々に口を塞いで来ており呼吸を妨げている。

 

 このまま死ぬかもしれないと思う、しかし体に与えられたダメージはその体を動かす事を阻んでいた。結果としてリクリアは動くことも出来なかった。

 神兵達は次々と『台地』から降ろされていたロープを伝って上に登っていく。リクリアは死んだと判断されたのかも知れない。

 そのまま夜が明けて次の朝が来るまでリクリアは動けずにいた。

 幸い柔らかく積もった糞は彼女の体温をあまり奪うことなく夜を過ごす事が出来た。

 

 朝日が昇ると日の光は体を温め、昼近くなってようやく体を動かす事が出来るようになった。

 何とか体の上に降り積もった糞を払いのけて顔を上げる。周囲には一面なだらかに広がった地面が見える。

 所々に『台地』から落ちて来た『破片』の上に降り積もった糞が盛り上がりを見せているが、それ以外は広大な平野に均されてしまっていた。

 

 リクリアのすぐ近くを人が歩いた跡があった、神兵の足跡だろう。これ程近くを通ったにも関わらず発見されなかったのはリクリアの体が小さくて降り積もる糞に隠されてしまったためだ。


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