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 ツカサは娘の手を握りしめたまま歩いた。ぼんやりと灯る街灯を頼りに、やはり何故か口端を上げながら、娘に歩幅を合わせるようにゆっくり歩いた。ツカサは何も語らず、娘も黙ったままツカサの手をぎゅっと握りしめていた。互いの顔色をうかがうこともなく、街の最果てから郊外の街並みへと向かって、二人は水浸しの砂の上をビタビタと歩いていた。弱くなった雨は、二人に生温かく降り注ぎ、静かに砂に吸い込まれている。


 二人はしばらく歩き続け、細い路地に入ると、一つの小さなビルの前で立ち止まった。ツカサが娘と繋いでいた手を離し、セキュリティを解除して扉を開ける。その瞬間、ふわりと室内と外の湿った空気が混じり合う。


「やはりケントは真面目だね」


 ツカサが呟いたので、娘はツカサの顔を見上げた。それに気が付いたツカサは、娘を見下ろして微笑む。


「服を着替えよう。濡れたままでは気持ち悪いだろう」


 娘は返事をせず、ツカサの顔をじっと見つめた。


「大丈夫、ここにはもう誰もいない」


 ツカサは娘の視線に応えてそう呟くと、娘を室内に入れてセキュリティをセットした。それから汚れた服や靴など気にせずに、白い廊下をジャリジャリと歩き出した。娘は、廊下に小さな水たまりと砂がベタベタと残るのを見つめてから、ツカサのあとを追いかけた。廊下の両側には幾つもの扉があり、その扉には数字の書かれているプレートが付いている。ツカサはその一つの部屋の扉を開けると、扉を開けたまま娘が来るのを待った。


「この部屋でシャワーを浴びて、着替えをするといい。部屋のものは自由に使ってくれて構わないから。しばらくしたらまた来るよ」


 娘は無表情のまま、扉に書かれた"3"という数字をチラリと見てからツカサの顔を見て、こくんと頷いた。ツカサはそれを見て、目を細めて微笑む。


「僕はね、3という数字が好きなんだ。バランスが良い数だと思わないかい」


 ツカサの突然の問いかけに、娘はツカサの顔を見たまま固まってしまった。ツカサは娘の返答を待たずに、娘に微笑みかけながら部屋に入るよう手で合図をした。娘はすぐには動かず、髪とスカートの裾からポタポタと水を滴らせながら、じっとツカサの顔を見つめた。


「わたしは4が好き」


 娘の言葉に、ツカサは口を小さく窄ませて娘を見つめた。色白で痩けた頬がさらに骨ばる。娘はそんなツカサの表情など気にも止めず、両手の人差し指と親指を胸の前で立てて、片方の手を少し傾けながら、それを見て表情を緩めた。


「4つの点があれば立体を作れる、3つじゃダメなの」


 ツカサは娘が何を言っているのかわからず、その細い指先を見つめて、その言葉の意味を考えた。娘が指先を一定の距離を保ったままくねくねと動かすのを見ていて、ようやく娘が何を言っているのかを理解した。


「なるほど。指先を点として、4本の指で三角錐の形を作っているんだね」


 娘はツカサの言葉に、ぴたりと手を動かすのをやめて顔を上げた。


「うん」


 娘は手を下ろすと、すたすたと歩きだして部屋へ入った。


「シャワー、着替え」


 娘は独り言のように呟くと、くるりと振り返ってツカサの顔を見つめた。娘の言動を目で追っていたツカサと目が合うと、途端に笑顔になった。


「ここで待ってる」


 娘がはっきりと話すのを聞いて、ツカサは少し引き攣った微笑みを浮かべてから、ゆっくりと扉をしめた。すぐに表情を消し去ると、扉の横にある小さなボックスに手をかざす。青色に点灯していたランプが赤色に変わるのを確認すると、その手をゆっくりと動かしてトップハットの鍔を摘んだ。ツカサの動きにあわせて、スーツからポタポタと大きな雫が滴る。そのまま少しの間、ツカサは赤いランプを見つめていたが、手を下ろすと再び廊下をジャリジャリと音を立てて歩き出した。


 それからしばらくすると、ツカサは3番の部屋に戻ってきた。着替えをして、白いワイシャツに白い布地の手袋をしている。先程と同じように扉の横のボックスに手をかざすと、赤く光っていたランプが次は緑色に点灯した。


 扉を軽くコンコンとノックして、ツカサは扉を静かに開けた。それに反応して、ツカサのすぐ近くで小さな間接照明が灯る。仄暗い明かりが、がらんとした部屋の中を照らすと、ツカサは目を細めて、窓際に置かれたベッドを見つめた。


 娘はツカサが入ってきたことにも気が付かず、ベッドに横になって眠っていた。ツカサは雨の中を歩いていたときのように笑ってはおらず、真っ直ぐに娘を見ていた。濡れたままの黒い前髪の間から、獲物を狩るハンターのように目を細めて鋭い視線を向けていた。娘が呼吸する度に僅かに体が浮き沈みするのを確認すると、フッと目を閉じて、静かに扉を閉めると部屋を後にした。


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