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雨は一層の激しさを増したかと思うと、不意に弱まって静かになる。遙か上空で風がゴウゴウとうねり、地上には突風が吹く。するとまた、飛雨が勢いよく斜めに降り始める。
ツカサは、そんな嵐の中を、傘も刺さずに歩いている。もうすでに十分に濡れた黒いジャケットは街灯の光を反射して、ぼたぼたと雫を垂らしている。てらてらとした黒い革靴は雨と砂で汚れているが、そんなことなど気にしていない。薄い唇を目一杯に横に伸ばし、トップハットを深々と被り、細い目をさらに細めて、薄ら笑みを浮かべながら闊歩している。風が吹くと、大きなトップハットの鍔を、黒い革手袋に包まれた指で摘んだ。
何処を目指しているわけでもなかったが、街の最果てのあたりを彷徨っていた。街の中心から離れた地面は舗装されておらず、砂と水で靴とスーツは汚れていた。それでもツカサは、そんなことは気にも止めていない。何かに導かれるように、それでも迷いながら、砂の上を歩いていた。
そしてついに、暗闇の中にぼんやりと佇む白い影を見つけた。それと同時に、微笑むのを止める。
風が和らぎ、小雨になる。
砂を叩く雨の音が静かになると、若い女の声が聞こえてきた。その声は、機械の音声のように平坦で、まるで抑揚がない。文章にもなっていないそれが歌だと気が付くまでに、少しの時間を要した。
白い影は、ツカサの気配に気が付くと、歌うのをやめてゆっくりと振り返った。膝よりも長いスカートは雨と砂に汚れてべったりと身体に貼りつき、その体の線を露わにしていた。かなり痩せていて、スカートの下から見える脚も細く、幾らか顔も窶れて見える。雨に濡れた黒髪は肩よりも長く、首にべったりと貼り付いている。暗闇に浮かびあがる顔は驚いた表情をするでもなく、はっきりと大きな目を見開き、無表情のままツカサを見つめていた。
ツカサは、黒い革手袋の指先を、いつものようにトップハットの鍔に当てた。何かを考えるときに、そうする癖があった。
ほんの数秒間だけツカサはじっと娘を見つめた。それからフッと紳士のような微笑みを浮かべると、手を降ろしながら娘に手を差し出した。
「僕は君を探していたんだ」
娘はぼんやりとツカサを見つめてから、その手を取った。ツカサの言葉はつまらないものであったが、娘はにっこりと笑った。