第四話 遅れてきた新入生の実力
「本気か。 理解した」
ユリウスは静かに呟く。
ギードが二度目に投げたボールは先程よりはマシだったが、それでもまだ足りないものだった。
きっと彼なら、もっと伸びる。
もっともっと、強くなれるはずだ。
ただ、まだ足りないだけ。
一応師匠からは『アンタは本気でやらないように』と言われているが、それはあくまでも魔法の話であって、運動能力に関しては特に制限をかけられていない。
よって、今此処で全力を出したところで、師匠からのお咎めは無いだろう。
もちろん、魔法は使わない。
それはとても面白くないことだ。 ルールに反していて、つまらない。
友達として、ギードの将来への期待をこめて、ユリウスは全力を出そうと決めた。
それが彼への礼儀というものだろう。
ギードは、おそらく体の使いかたを知らないだけだ。
だったら『手本』を見せないといけない。
師匠だって、ユリウスがやったことをやり返して、その上で手本を見せてくるのだ。
彼を伸ばすためにも、ユリウスは同じことをするべきだ。
ユリウスはギードと全く同じように構えて、同じように動いて。
間違いなく全力で、ボールを投げた。
(む)
そして、ちょっと指先が滑った。
~・~・~・~・~・~
ぎゅん、という人間の腕によって放たれるとはとても思えない音がした。
ユリウスの腕から放たれたボールは、魔法を使っても出せないような速度で、空気を切り裂く音と突風を立てて、真っ直ぐにギードの方へと飛んで行った。
どんなボールだろうと避けようと思っていたギードだが、おそらく投げられたことにも気付いていなかっただろう。
ボールは、ギードの顔の真横を通り抜けた。
奇跡的にも、ぶつかることはなかった。
ただボールを投げただけのくせに凄い風を巻き起こし、ボールは、ギードの後方にある芝生が生い茂る坂道に派手な音を立ててぶつかった。
ぶつかっただけのくせにボールは地面を深くえぐり、そして肝心のボール自身は姿が無く、その残骸だけが残されていた。
「へ?」
全てが終わってから、遅れてギードから間抜けな声が出る。
残りの生徒からは何も出ない。
ジョージも教師も、反応出来ない。
皆で、ボールだったものを見る。
遠く離れたところに、まるで空から重い岩でも降ってきたかのような穴を開けて、おそらく破裂したボールの残骸らしきものだけが焦げた臭いと共に残っている。
(……何があったの?)
よく分からなかった。
なんかこう、凄いことが起きた。
とんでもないことだった。
全員で恐る恐る、あんなボールを投げた本人を見る。
ユリウスは自分のボールを投げた手と、ボールを交互に淡々と見ていた。
特に驚いているようではなかった。
「……手が滑った」
そればかりか、静かにギードを見る。
「次は当てる」
それは、処刑宣告に他ならなかった。
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
ユリウス以外の全員が黙る。
ギードも黙る。
もしボールが当たっていれば。
いいや、かすっていれば。
死ぬ。
間違いなく死ぬ。 絶対に死ぬ。 ボキッと死ぬ。
いいやもう、いっそのこと死ねてしまえた方がマシなことになる。
とりあえず当たった部分は無くなる。 冗談抜きで。 マジで。
『こいつ、やばい』。
その場の、ユリウス以外の人間の心は一つになっていた。
そんな皆の気持ちをまるで理解しないユリウスは、冷ややかな目で教師を見る。
「新しいボールの支給を求める。 もっと硬いのが望ましい」
「お、おう……」
一番最初に我に返った教師は、引き笑いをしながら新しい処刑道具を用意し、軽く投げて渡した。
残酷なことに彼は職務に忠実だった。
「お前は……魔法、使ったのか……? 使ったらダメだって、俺言ったよな……?」
せめてそうであってくれ、という願望が多分に含まれた教師の質問。
しかし、ユリウスは冷酷に答える。
「あの程度、魔法を使う必要も無い。 ただ手が滑っただけだ」
「いや『手が滑った程度』ではあんな風には……」
「手が滑った」
断固としてユリウスは認めなかった。
何が気に入らないのかは、この場の全員にとっては不明である。
「俺は全力で投げるように言われた。 その通りにしてやった。 だが、手が滑った。 だから、今のは全力ではない」
その視線は、ギードに向けられる。
「次は確実に、当てる」
「…………!!!!!」
ただの殺害予告だ。
ギードですら顔を青くしていた。
彼の場合は今のを間近で感じたからこそ、誰よりも『もしも直撃していたら』の可能性が認識出来たのだろう。
なによりも、ユリウスの今の発言がどれほど『本気』なのか、誰もが理解した。
今のは『お前を殺す』という宣言以外、ありえない。
他にどんな意図が有り得るというのか。
「まっ、待てよっ、このバカが! 今のはどう考えても魔法を使ってただろうがッ!! あれは反則だろうよぉ!」
「使っていないと言っている」
ギードは必死に言うが、ユリウスはとても淡々としている。
どうやら早く殺したくてたまらないらしい。
「重ねて聞くが、本当に、魔法は使っていないんだろうな?」
「あの程度、魔法で強化するまでもない」
いや強化してもあんなの出来ないから、というその場全員の心の声はユリウスには届かない。
ユリウスはその場の全員を睥睨する。
「この場は、俺が魔法を使う必要性がまるで感じられない」
それはつまり『お前らごときには魔法を使うまでもない』という意味だろうか。
ユリウスのあの言い方ではそうとしか聞こえず、全員が沈黙する。
「……あー、まあ、その、なんだ……。 ユリウス・ヴォイドは、もっと手加減しような? お前が投げるたびにボールを新しくするなんて、いくらこの学院でも無駄遣いだ。 それに当たったら明らかに危ないだろうから……お前が強いのは、全員ようく分かったからな。 な?」
仲裁するような教師の言葉に何人かが、主に相手チームの人間が何度も頷く。
あんなものをうっかり直撃させられたら授業どころではないのだから、当然だろう。
ユリウスは少し沈黙する。
「……自分の強さを自覚せず、ボールを破壊したことについては、謝罪する」
そう、全く心のこもらない声で淡々と言った。
『申し訳ない』と本気で思っているようには態度にも顔にも出ていない。
口だけで適当に言っているようにすら見える。
それから全員の方を見る。
「俺と対峙するにはお前達はまるで力不足だ、その認識が足りていなかった。 もっと手加減をしなければならない」
「んなッ……」
その場の生徒が、それぞれの反応をした。
概ねが『何言ってるんだこいつ』。 でなくとも『ふざけるなこいつ』だ。
たとえ普通科だろうと名門のヴィオーザ学院に入ることが出来るのだから、皆がそれぞれの地元では能力を認められてきた人間だ。
ジョージ程度で天才だ地元の誇りだなどと言われてきたのだから、他の皆なんてもっとそう言われてきただろう。
なのに突然現れた、遅れてきた新入生にはっきりと『弱い』とバカにされては、誰だって怒る。
このクラスの男子では一番成績の良い、短気なギードは、特にそうだ。
「は? なんっだよ、その偉そうな上から目線はよぉ……!」
「俺がお前より強いのは事実だ」
不快そうにギードは声をあげた。
ユリウスはそんなギードを、まるで道端に転がる牛の糞でも見下すような目で見る。
「それに弱いものを苛めるほど、俺は暇ではない」
「ああ!? オレが、弱いだってェ!?」
まるで自分のことを責められたように、ギードは青筋を立てていた。
明らかに、今後嫌なことが起きる前兆のように。
~・~・~・~・~
夕方となり、その日の授業を全て終えると、生徒達はそれぞれの用事のために教室を足早に去る。
寮に戻る人間が居れば、図書館などに向かうなど様々だ。
そんな中、教室に残っている人間が数人居た。
ギード達と、ジョージだ。
ジョージだってこの場に居たくなかったが、『お前も来い』と捕まり、逃げるに逃げられなかった。
「ッンだよあの野郎!!」
苛々を隠せなくなったギードは、すぐそばにあった机を片足で思い切り蹴りつけた。
何度も何度も机を蹴り、それでもまだ怒りを抑えられないのか、落ち着かない態度で次の獲物を探す。
ジョージは出来るだけ巻き込まれないように、視線を合わせないよう震えていた。
「まったくだ! あの野郎、ずっと調子に乗りやがって!」
「ギードの言う通りだよ!」
「スカシた面してるのも腹立つ!」
ギードの友人たちは、ギードの怒りを正しいものと肯定し叫ぶ。
体育どころか、今日の授業の間、ずっとユリウスはユリウスだった。
たとえば入学したての生徒のための基礎中の基礎、蠟燭に火をつける魔法。
これには『火よ、灯れ』という詠唱と杖が必要だ。
が、蝋燭を渡されて教師に『では火をつけましょう』と言われた瞬間、詠唱を使わずにユリウスは魔法を成功させてみせた。
杖こそ持って振るっていたものの、まるで必要そうには見えなかった。
『仕方がないから持っている』という程度に、ジョージには思えた。
その後で教師から『皆で一緒につけるのですよ』と言われて、特に慌てることもなく、詠唱も無く火を消して、それから皆と同時に、皆と同じように魔法を行った。
これらの行動で、一年生で教わるような内容など、ユリウスにはわざわざ教わる必要が無いほどの能力があるのだと、十分に皆が理解した。
たかが蝋燭に小さい火をつける程度の魔法で詠唱など、彼のような才能に溢れた人間にとっては窮屈に違いない。
魔法や運動などの実践的な能力を必要としない授業では、非常におとなしかった。
ただ座って話を聞くだけなのだから、奇行のしようが無いのだから当然だ。
しかし魔法薬学で初歩的な薬を作る際には、ユリウスはとても慣れた手つきで薬を混ぜて作っていた。
先生からの評価も『とても素晴らしい』だった。
魔法薬学というのは呪文を唱えるなどに比べて地味な上に、臭いも独特で、初心者にはあまり嬉しくない。
よって普段からどれほど辞書を眺めていても、魔法薬学を得意とする生徒というのは少数派で、それどころか『服や肌に臭いがつく』などと言われ、どの学年からも嫌われている授業の一つらしい。
実際ジョージだって、実をすりつぶすだけならともかく、それから異様な臭いがしたのは嫌だった。
あの日の授業はなかなか酷いものだ。
貴族科の生徒はどうだったのか気になるところである。
そんな中で薬の素材の扱いに全く手間取らず、臭いに顔をしかめることもなく淡々と作業を行うユリウスというのは、教師にとっては嬉しい生徒だったに違いない。
魔法薬学の教師は、とにかくユリウスに注目し褒めまくっていた。
そんな教師に対するユリウスの返事。
「なーーにが『この程度は賞賛に値しない』だッ!! クソがッ!!!」
ギードは大声をあげながらまた机を蹴る。
教師の手前、何も出来なかったのだが、ユリウスが何かをするたびにギードは今にもキレそうな顔をしていた。
「俺はギード・ストレリウスだぞ! ストレリウス家の長男で! 将来は、花形の第一魔法騎士団に所属する! 未来の貴族候補の! だっていうのに見下しやがって!」
いつもだったら教師に誉められるのはギードの役。
そこを後から現れたユリウスが、それも『誉める価値も無い』と言わんばかりの顔で受け取っていくのだから、ギードにとっては許せない事態だったのだ。
「あーーー! ムカつく、ムカつくんだよ、あの野郎ッ! あのッ、スカした面がッ! 大体なんで入学に一か月も遅れて来るんだよ! どうせ全部バカにしてるから、入学式のことだって、忘れてたんだろうがッ!!」
ギードは叫ぶ。
授業中はずっと黙らないといけなかった鬱憤が相当溜まっているらしい。
そのたびにジョージは体を震わせた。
ただでさえギードは、ジョージのように細くて小さな人間からすれば怖い外見をしているのだ。
そんな人間に大声で机を蹴ったりされると、身が竦むような気持ちだった。
出来るだけ視界に入らないよう、身を小さくする。
(いくらなんでも、入学式のことを忘れてたなんて、有り得ないんじゃ……)
ヴィオーザ学院に入学出来るのに、うっかり入学式の日付を忘れて一ヶ月過ぎてました、なんて間抜けな人間が居るだろうか。
この学院は、それほどの名門だ。
『入れるだけで天才』などと言われる学院の入学式をすっぽかすだなんて、この学院そのものへの興味が無いと出来ないだろう。
憧れる人は多く、なのに入れなくて涙する人は沢山居るのに。
しかし、ではユリウスが一ヶ月も遅れて現れた理由は、ジョージにはさっぱり分からない。
怒り狂っているギードを前に、ジョージは可能な限り存在を消していた。
「でもギード、あいつ絶対に普通じゃないぞ。 見ただろ、あのボール投げ。 あんなの普通の奴に出来るかよ」
「投げるのも受け止めるのもどっちも出来るなんて普通じゃない」
「あんなの、魔法でこっそり強化してたに決まってるだろうが!!」
叫んでから、ゼエゼエとギードは呼吸を荒くする。
「此処には魔視なんて一人も居ないんだからよぉ! 隠しておけば、魔法で強化だろうとやりたい放題だ! そうだよ、魔法薬で違法強化してたってバレない! 『魔視』じゃなかったら、誰にも見えてねぇんだからな!」
「ええっ、やっぱりそうなのかよ」
「最低だなユリウスの野郎!」
この国は魔法大国と呼ばれるほど魔法技術の発展した国だが、同時に魔法による犯罪も絶えない。
どれほど技術があったところで、肝心の魔法を見ることが誰にも出来ないからだ。
炎や水を作りだすなどの結果なら、効果が可視化されているから、たとえ魔法の才能が無い人間にでも分かる。
しかしそういう魔法だって、魔法が消えた後に『魔法が使われていた』という痕跡を見ることは出来ない。
魔力というのは、人間の目で見えないものだ。
よって、魔法による犯罪の取り締まりは極めて難しいという。
魔法を使ったとしか思えない犯罪だって、肝心の『誰が魔法を使ったのか』を特定しようがない。
そこを解消出来るのが『魔視』という貴重な才能を持った人間なのだが――残念ながら、少なくともこのクラスには一人も居ない。
全ての学年に二人ずつ居れば多いというほどの貴重も貴重な才能だから、仕方ないだろう。
いくらこの学院には各地で天才だと言われた人間が集まっているとはいえ、その上で稀少な才能なのが『魔視』だ。
それを知っているから、どんなずるい手を使ったところで誰にもバレないとユリウスは思ったに違いない――と、そうギードは言っていた。
「まあ、とにかく、ちょーっと運動と勉強が出来る程度だろ! 此処はヴィオーザ学院だ! お勉強より、やっぱり魔法が使えてこそだ!」
ギードの友達の一人が言う。
そこに、うんうんと他の面々も続いた。
「そうそう、何処からそんな良い魔法薬を手に入れたのか知らないけどさ! 一番の目玉は魔法だ!」
「あんな奴が魔法まで凄いですって……そんなわけないって!」
「そんな出来過ぎなこと起きるわけないよな!」
「しかもあの杖見たかよ、あの変な、目立ちたがりのガキみたいな杖!」
一般的によく見る杖は、まるで木の枝先のような細さと腕ほども無い長さをしている。
太すぎたり長すぎたり、やたらと装飾が多かったりすれば、持ち運びに不便だからだ。
そういったものは物語に出て来るような古の魔法使いか、非常に古い魔法使いの一族が先祖代々受け継ぐ家宝である。
それに、細い杖を振っている方が見た目がスマートであるために、杖というのは新調されればされるほど細く短く、装飾の少ないものとなっている。
歴史を誇るような貴族ですら、子が生まれるたびに新しい杖を作るため、学院の中では流行デザインの杖の方がよく見かける。
『最新の魔法使いは武骨な杖を使わない』『細くしなやかな杖が格好良い』というのが、近頃のトレンドだ。
ギード達の杖だって流行のデザインのもので、ジョージの杖も、やや古いが似たようなものだ。
もちろん、外見が似ていたとしても素材の値段などは全く比べ物にならないが。
だが、ユリウスの杖はそうではなかった。
木のなかでも太い部分の枝を用いたような、握りしめても手からはみ出すほどの太さだ。
妙に太く、そのくせにやや短い。 装飾は無しで、非常に無骨だ。
これがもっと長ければ歩行の補助として使いやすいだろうし、もっと細ければ一般的な流行と同じデザインの杖となる。
ユリウスの杖は、子供が遊びで振り回す分には良いだろうが、魔法使いにとって杖というのは配偶者よりも一生の相棒なのだから『使いやすさ』と『格好良さ』と『品質』で選ぶ。
その上で考えると、ユリウスの杖は珍しい傾向にあるデザインだった。
「ふんっ、あんなの、魔法騎士ごっこしたいだけのお子様杖に決まってるだろうが!」
ギードは鼻を鳴らして言う。
彼の言う通り、ユリウスの杖デザインは珍しいものだが、同時に魔法騎士にとっては珍しいものではなかった。
『魔法剣』という、魔法騎士をしている人間ならば誰もが習得する変わった魔法を使うのに、あの杖のデザインは非常に適しているのである。
魔法騎士というのは、憧れの花形職業だ。
他国発祥の魔法騎士は、この国においては第一から第三まで存在し、いずれも人気がある。
『そこに所属する』という目標のためなら、このヴィオーザ学院に入るのは正しい選択のうち一つだろう。
そんな職に就く人々と同じデザインの杖――と言うと、まるで流行の最先端であるかのようだが、魔法剣はさして実用的で強い魔法ではない。
魔法剣は、杖の先端に光の魔法を生み出し、刃として形作り振るうもの。
そんな輝く剣を持った魔法騎士たちが並ぶ姿は壮観で神々しい。 子供でなくとも憧れて当然だ。
ジョージも遠目に見たことがあるが、とても美しく、絵のような光景だったことを覚えている。
しかし魔法剣は、『接近戦しか出来ない』『魔法を長く維持し続けないといけない』『他の魔法を使えなくなる』『本人の能力が直で出る』という四重苦だ。
全く実用的ではない。
それでも魔法剣が使われるのは『騎士っぽくて見栄えが良いだけ』で、その魔法騎士だって儀礼などでしか使わない。
よって、小さい子供が一時期憧れて近い木の枝を持ってみたはいいものの、剣から鍔と刃を無くしただけの形はすぐ使いにくいと理解し、飽きてすぐ辞めるというものである。
そんな杖をこの年齢になってもまだ使うというのは、珍しいパターンだった。
この学院でもユリウスの他に三人も居れば多いだろう。
「はっ! この学院の卒業生の中でも最も短い期間で、第一魔法騎士団のエースになるのはオレだっていうのになぁ! あんな野郎、魔法剣を維持するどころか、ナイフぐらいにも出せないんじゃないか?」
「違いない!」
「きっとママに新しい杖を買ってもらえなかった貧乏人なんだろうさ!」
ははは、と皆が笑う。
この国では、他と比べても魔法に関する道具の値段は安い。
それでも魔法の杖というのは、安いものでも一月分の給料が吹き飛ぶような値段がするものだ。
ジョージだって、先生がくれなければもっと杖を持つことに苦労しただろう。
「あの野郎には、このクラスのトップが誰なのか、分からせてやらねぇとなぁ……?」
「そうだそうだ! あんな生意気な野郎、ボコボコにしてやろうぜ!」
「きっと泣いてママのところに帰るに違いないぜー!」
ギードはニヤリと笑い、その友人達は手を叩いて同意する。
そして、ジョージの方をぎろりと睨んだ。
「つーワケだからよぉ、あの野郎を夜中に寮外へ連れ出せよ」
「え、ええっ?」
ようやくジョージは声を開く。
だが、言われた内容は意味の分からないものだ。
「へへっ、アイツをボコボコにして、泣いてる姿拝んでやるぜ!」
「不意打ちする? 不意打ちする?」
「まず頭でも殴ってやれば大人しくなるんじゃね」
ギードとその友人達は楽しそうに何やら喋っている。
だが、それは学院の規則には反した行為だ。
この学院は、貴族科普通科を問わず寮生活だと決まっている。
となるともちろん、夜間に関する規則もある。
たとえば『教師による許可が無い限りは、夜間に生徒が寮の外へと出ることを禁じる』などだ。
ギードの発言はこれから完全に反している。 無断外出がバレたら、怒られるに違いない。
ましてや、彼らは夜間に現れたユリウスを不意打ちしようと言っている。
これは『教師や権利を持つ人間による決闘許可が無い場合は、決闘を禁じる』というものから反している。
どう転んだって『バレたら怒られる』しかありえない。
ギードはこれでも優等生で通しているし、ジョージだって変な騒動を起こしてそれが両親に伝わるなんて嫌だ。
「よ、夜に襲うって、そんなのしたらダメなんじゃ……」
「あ? そんなの、ボコボコになったアイツだけ残してさっさと逃げちまえばいいだろ」
「そんなのもわかんねーのか?」
「優等生なオレらと、あんな奴の言ってること、教師がどっち信じるかなんて、考えるまでもねぇんだよなぁ」
確かに、そうかもしれない。
ユリウスは成績が良いかもしれないが、それ以上に悪目立ちしている。
反対にギードは、生徒しか居ない場所以外ではとても大人しいし優等生だ。
どっちを信じるべきなのか、何も知らないなら、ギード達かもしれない。
『ずっと一緒に部屋で勉強していた』なんて、第三者を脅して証人にしてしまえば、それで十分に不在証明になる。
「それにつ、連れ出すって、どうやって……?」
「ンなの自分で考えろバカ!」
「ほんっと、ジョージくんってば勉強しか取り柄がないんだよなぁ、ははは」
笑っているが、ユリウスがジョージの提案に乗るわけがない。
ユリウスは別にジョージの友達ではないし、しかも会っていきなり規則破りを誘うなんて、どう考えても怪しすぎる。
どんな間抜けなら、夜間に寮の外に出るというのだろう。
(無理だよぉ……)
そう思うが、ユリウスをどう不意打ちするかの作戦会議で盛り上がっているギード達には何も言う事が出来ない。
何も反論する理由が思いつかない。
自分が今からやらされようとしているのは、ろくでもない事だ。
まともな思考があるなら、やるべきではない。
でも、もしギード達に逆らえば、今後どうなるのか分からない。
ジョージがしたいのは『問題の無い学院生活』と『安全な卒業』、つまり期待してくれている両親に無意味な心配をかけないことだ。
きっと今みたいに友達が居ないとかギードの言う通りにしているとか、しかも同級生の一人を罠に嵌めようとしてるなんてことを両親が聞いたら心配するかもしれないが、ここで今ギードに逆らう方が怖い。
ギードは、ストレリウス家という有名な魔法使い一族の子だ。
そんな家の生まれでかつ優等生なギードと、勉強がちょっと出来る程度で魔法実技は大したことがないジョージ。
『ギードに脅されました』とか言ったところで、どっちの発言を偉い人が信じるかなんて、考えるまでもないだろう。
それにそんなに有名な家の子供に目をつけられたら、卒業後だって仕事に影響が出るかもしれない。
そうなってら両親に心配をかけてしまう。
そんなこと、絶対に出来ない。
たとえ落ちこぼれであっても、両親の前ではせめて『期待の子供』で居たい。
他人を傷つける計画を楽しそうに語り合うギード達とは反対に、ジョージはひどく暗い気持ちだった。