見届けたもの
位置情報だけは確かに記憶されていて、かなり時間はかかったが、かつて家があった場所に戻ることが出来た。
あの日に真っ先に焼け落ちて、何も残っていないこの場所に、私はどうして戻ってきたのだろう。
なにもないはずなのに、ずっとなにかがあるのはなぜなのだろう。
「博士は私になにを望んでいたのですか」
膝が自然と地面に落ちてゆき、顔をおさえて、おもちゃのロボットは目から水を流した。
「そんな機能もあるんだな」なんて小声が聞こえたことを覚えている。
私は、私の感情を疑うべきではなかった。
私はずっと、世界が滅んだことよりも、博士の言葉の意味の方がずっと大切だった。
植物に覆われた街はもう街ではなくて、ディスクを置いたあの地下室も植物の根で貫かれているだろう。
ディスクが無事だろうと、私はずっと無事ではなかった。
人間が消えたことよりも、この家が燃えてしまったことがなによりも悲しかった。
「どうして私を、いつまでも壊れないロボットにしたのですか」
植物をかき分けてやってきたなにもない地面に問いかける。
答えはなかったが、問いを見つけることは叶った。
あとはもうなにも探すものはない。
世界の果てまで探し歩いたのに、一番近くに欲しいものがあったのだと理解してしまった。
もうここで、記録もなにもかも終わりにしてしまおう。
そう自分に手を伸ばしたその時、急に世界の色が変わった。
たった一瞬、まばたきをした瞬間に、覆う葉の隙間からいくつもつぼみが飛び出して、ふわりと花びらを広げて私を囲んでいた。
淡い桃色の世界は夢の中に飛び込んだように美しく、ほんの少しだけ、全てを忘れて優しい花の香りに包まれていた。
まるで自分を元気づけているようで、まさかと思いながらこの場所で聞いた博士の静かな声を思い出す。
「なにかを見届けて欲しい……」
自分の口から落ちた言葉は、きっと間違っていないと確信できた。
この場所はただの燃え跡ではなくなっていた。
あと少し、あと少しだけ私は、この世界を見ていたい。
「もし私も研究を始めたら、いつかあなたと話せるようになるだろうか」
花のひとつにそっと触れて、私はこの地で暮らし続ける理由を見つけ、気がつくと笑っていた。
ロボットが花に恋をしたなんて、誰が信じるだろうか。
誰も理解できないだろう。
この世界にはもう、誰もいないのだから。
「この場所で一緒に暮らしてもいいかな」
うなずくように花は揺れた。
突然吹いた風のせいかもしれなかった。
この街を出た時に聞いた、不気味な笛の音のような風鳴りはもう聞こえない。
いつの日か博士に出会えたら、今日のことを話してあげよう。
きっと「ばーかばーか!」と言って走り去るだろう。
悲しい日々だけではなかった。
たしかに楽しい日々もあったのだと、今なら思い出すことが出来た。
終わり