途切れた道
「ロボットさぁーん。大丈夫?」
元気な女性の声に呼ばれ、ハッと目を開けると、ロボットなのに柔らかい布団の上に寝かされていた。
そして目の前の機体は、さっき出会った元人間よりも分かりやすくロボットだった。
瞳の奥で光が揺れて、なにか神秘的な色を作り出している。
髪そっくりな素材は少し上に跳ねるように形状を整えられたようで、活発な性格を表しているのだと思った。
「運んで寝かせて頂いたようですね。ありがとうございました」
「ちょっと!まだ寝てたら?」
「私はただの金属の塊です。あなた方のような繊細さは持ち合わせていませんよ」
「わぁ、凄い皮肉。これなら大丈夫そうね」
「どういう意味です?」
「あなたを運んできたエンジニアが、あなたの壊れた所を直したの。なんとなく分かるでしょ?」
「余計なことを……」
「ほらその失礼極まりない言動。私は心があった方がいいと思うよ、ロボットさん」
崩壊した世界の果てで、人間のように笑うロボットに翻弄されて、私はしばらくぶりに苛立ちを覚えた。
……いや、本当はずっとこんな気持ちがあったのかもしれない。
何も言わずに消えていった人間たちに、思うことは複雑に絡み合って言葉にできず、全て不具合となって現れていたようだ。
確かに壊したはずの心が動いていたとでも言うのだろうか。
私は深く俯き、目の前の面倒なロボットから目を逸らした。
「どうしてそんなに元気でいられるんですか。私はずっと世界を歩いてきたけれど、人間も動物も本当になにもかもいなかった。
どこまでも植物が覆い尽くして、もう何も残ってなんて居ないのに」
「人間との思い出が残ってるから、それにすがりついてるのかもね」
彼女、と呼んで差支えがないほどに、目の前の彼女は感情をころころと変えた。
今も急に真面目な目になって、悲しみを含んだ声で、記憶を辿るように視線を動かしている。
全く不釣り合いだ。
丸みも柔らかさもない機体がいるような場所ではない。
心もなにもかも、この体に似合うはずがない。
博士が亡くなった日にさえ私は、私を笑う人に怒りを覚えなかったのだから。
「帰ります。本当にありがとうございました」
「怒ってるの?」
「ここにいる理由がないだけです。私はもう、歩きつかれました。自分の街に帰ります」
「また遊びに来てよ。あなたの思い出もいつか聞かせて」
まるで同じ生き物を見るような、自然な目をして彼女は笑った。
あの時の彼もそうだった。
私はとっくの昔にロボットごっこに慣れてしまったのに、今さら。
「さようなら。同居人の彼にも、ありがとうと伝えて下さい」
なにかの用事で彼は出かけているらしく、結局顔を合わせないまま、この街を出ることになった。
街、だろうか。
その一角だけが時を止めているだけで、きっとここも植物に飲まれる日が来る。
最後の瞬間に、彼女は私に言った。
「彼は本当に家族を待ち続けている」のだと。
そして「私も彼の家族に会えるのを楽しみにしている」と。