日常の終わり
季節のニュースがテレビを彩っていた時のこと。
「ここ数年で植物の生態の変化が多く見られ……」なんて、人間が引き起こした異常気象の末路が語られていた。
ある人は難しい顔をしながら「植物たちは虫などの他に依存することなく、受粉や種の移動などの一切を、自力で行えるよう変化しているようです。これはまるでこの世の終わりを想定した……」と、物々しいライティングの中で語っていた。
ちょうど博士も同じ番組を見ていたので見解を聞いてみたが、植物のことは分からないとあっさり会話は終わってしまった。
「博士はこの世の終わりのことを考えたりしますか?」
「もちろんいつかは人間の世界は終わると思うよ。だから君を作ったとも言えるかもね」
煙草を吸って、ぼさぼさの髪も隠さず、ふらふらと博士は研究室へ歩いていった。
研究室、といっても個人宅の中の一室でそう華々しくはない。
博士の生活はほとんど趣味の範囲でなにかを研究し、それがまれに誰かの目に留まると少し注目されて、いつの間にか騒ぎも収まって、ということを繰り返していた。
生活費や研究費用なんかは大昔にとった特許だけで賄えるなんて、とんでもないことを聞いたことがある。
そしてその趣味のひとつで私は作られた。
「どうしてこんなに頑丈な作りにしたんです?」
「ずっと先まで観察と記録を続けて欲しい……いや、なにかを見届けて欲しいと思ったのかもしれない」
「不思議なことを言いますね」
「ロボットのくせに、曖昧な表現が上手だな」
「博士が作ったAIですから。自画自賛にしかなりませんよ」
「めんどくせぇなぁ。感情表現引っこ抜くぞ」
真剣な顔をしているのはなにかの開発に没頭している時だけで、それ以外はずっと、博士はふらふら生きていた。
結婚、マイホーム、子育て、なんて旧時代の嫌がらせを投げかけてみると、博士は「ばーかばーか!」とだけ言って去っていった。
多少気になるらしいが、研究以外に興味がないことが悩みだと、そんな言葉も聞いた気がする。
博士と過した日々はそう長くなかった。
不摂生がたたって治せない病気にかかり、あっという間にやつれて亡くなってしまったのだ。
なんでも作れるのに、どうして自分は直せなかったのだろうと、余計なことを思えるのも博士が作ったAIのおかげだ。
葬式の日はそれなりに泣いたし、それを面白がってる人もちらほら見かけたけれど、どうでもよかった。
「まるで昔のロボットのおもちゃがそのまま大きくなったみたい」
なんども言われた言葉を悩むようなことはなかったから、光る目から水が流れても、その水を自分で補充してても、全てが自分にとっては当たり前の事だと思っていた。
角張ったデザインに、手の先はアルファベットのCのような形しかしていなくて、大ざっぱなことしかできない。
博士は様々な設計図を私の中に残したので、もっと人間の手のようなものを作って付け替えることも出来たが、今はこのままでいいと思った。
それからさらに日が過ぎると、博士のことはもう話題になることもなく、謎の一軒家で暮らし続けるロボットのことの方がよっぽど噂になっていた。
「ガショーンガショーン!」と言って歩くと子供も大人も笑い、楽しそうに私を見つめて、安心したように去ってゆく。
そんな日々も悪くないなと思っていた。
お金は博士が残したとんでもない遺産があったので、それでゆるゆると暮らしていた。
『なにかを見届けて欲しいと思ったのかも』
がさつな言動しかなかった思い出の中で、異質なものとしてずっと博士のあの時の言葉が思い返される。
いつの間にか人々の顔が暗く曇り、どこかで大きな戦いがあって、気がついたら家が燃えていて、そして全てが終わった日も、あの静かな声を思い出していた。
鳥の声も虫の羽音すらも聞こえない穴だらけの街の中、私は呆然と立ち尽くしていた。
見届ける、というのはこのことだったのだろうか。
小さな生命反応も逃さず、全ての動物はこの世から消えた。
なぜそんなものを人間は作ったのだろう。
使ったのだろう。
その詳細を知る人も一緒に消えてしまったはずだ。
街は空からいくつも伸びた光線でくり抜かれ、風が吹く度に笛の音のような不気味な音が無数に重なった。
感情表現を閉じてしまおう。
そうしなければきっと、私は、このなにもない世界に存在し続けることは出来なかった。