気がつくとそこは異世界だった
プロローグ
「あなた、本当に別の世界から来たの?」
エルフの少女は異世界転生者を自称する青年を、まるで値踏みでもするかのように大きく切れ長な瞳でまじまじと見つめた。
「あ……うん。ほら、これ」
青年は脇に挟んでいたクリアファイルからB4サイズの羊皮紙を取り出すと少女に見せた。
それは彼がこの世界で目覚めた時に神に与えられた契約書のようなもので、望みの能力を三つ記入したあと署名捺印して郵送すれば、最短五営業日くらいで一つだけ能力が付与されるという代物であり、異世界転生者しか持ち得ないとされる代物だった。
「あ! ホントだ! すっごい! 異世界転生者って私、初めて見た!」
少女は翠玉色の瞳をひときわ輝かせると、腰まである銀髪を波打たせながらピョンピョンと音を立てて飛び跳ねた。
すると、その拍子にポケットから数枚の銅貨がジャラジャラと飛び出し、四方八方へと散らばりながら地面に落ちてしまった。
「あっ」
腰を屈めて拾おうとした少女を手で制した転生者の青年は、土にまみれたそれを手早く拾い集めると軽く埃を拭ってからそっと手渡した。
「ど、どうもありが……とう」
「どういたしまして」
エルフ生来の白い肌がみるみるうちに紅潮する。
少女はそれを悟られまいとしたのか、黄緑色の短いスカートの裾をもみじのように小さな両手のひらでギュっと掴むと下を向いてしまった。
そして、ゴブリンの寝言よりも小さな声でひと言「……異世界人って優しいんだね」と呟いたのだが、どうやら青年の耳にまでは届かなかったようだった。
「……あ! ねね? ところであなた、能力はどうするの? やっぱり無双系?」
「うーん。それが定番だっていうのは聞いたことがあるんだけど、いま俺が興味があるのは……」
彼はポケットからボールペン――これもこちらへ来た時に神に与えられた神器で、神は三色ボールペンを謳っていたのだが、よくよく見ると黒・黒・赤で二色しかない――で羊皮紙に必要事項を記入し、封筒に入れると近くにあった郵便ポストに投函した。
「で、何にしたの?」
「んと。『自分の出来る範囲内で頑張ればもしかしたら目の前にいるエルフの少女に振り向いてもらえるかもしれない』っていう能力」
「それって、能力っていうよりただ単にあなたの頑張り次第ってことじゃ――って……え? 目の前にいるエルフって」
「うん。君のことなんだけど」
「だ……だったら別に能力なんて使わなくたって……」
「え?」
「ううんなんでもない! それよりもさ? 郵送後でも事務局の窓口で変更が出来るみたいだから、もっと別のにしてみたら?」
「別のっていうと、例えば?」
「うーん……あ、じゃあ、カボチャを飛ばすのってどう?」
「南瓜?」
「うん、カボチャ。たまにさ『もしかしてこれオリハルコンか何かで出来てるんじゃないの?』ってレベルの、ハッチャメッチャにかったいカボチャってあるでしょ?」
「ああ、あるある。俺も以前ムリヤリ包丁を入れたら進退窮まって、最終的に包丁が選ばれし者にしか抜けない聖剣みたいになっちゃったことがあるよ」
「そうなんだ。ちなみにだけど、それってそのあとどうしたの?」
「上半身だけ裸になってから南瓜に片足を乗せて思いっきり引っ張ってみた」
「えっ? なんで服脱いだの? ……まあいいけど。それで?」
「気がついたらこの世界にいた」
「……そうなんだ」
「なんか本当は先にレンチンするといいらしいね」
「結果論ではあるけれども先にそっちを試せばよかったね……」
「ん。でも、そうしてたら君に逢えていなかったんだから結果オーライかなって」
「(……バカ)」
「ん? なんか言った?」
「ううん! なんにも言ってない!」
「で、ごめん。なんの話だっけ?」
「あ、そうそう! あれを飛ばして手元に戻ってくるのってどう? 絶対に最強くない?」
「確かに想像しただけで恐ろしいね」
「でしょ!? スキル名は――南瓜の煮付け!」
「……うん」
「あっ! てゆかまだお名前きいてなかったよね? 教えてもらってもいい?」
「そう言えば名乗ってなかったね。俺は由利都」
「ふふっ」
「え、なに?」
「あ、ごめんなさい! ユリトってね、こっちの言葉で『食用の球根』って意味だったから、つい。でもいい名前ね。私は好きだよ」
「好き――」
「あっ! ちがくて! そういうんじゃなくって!」
「で、君の名前も聞いていいかな?」
「私? 私の名前はエシャロット。『大地の精に祝福された子』っていう意味なんだって」
「美味しそ――いい名前だね」
こうしてここにメッチャお似合いの異種族パーティーが爆誕したのだった。
のちに『冬至の悪夢』という敵からも味方からも恐れられる能力を操る彼の活躍よって、この世界で千年も続いていた魔王の支配に終止符が打たれることになるのであったが、それはまた別の機会に語らせていただくことにする。
次回、エピローグ!