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第5話:フィンレー 第6章

 それから数日が経った、ある日の午後。

 ルカは、祖母のベリンダに連れられ、公式に領主館(りょうしゅやかた)を訪れた。魔王討伐隊の保留に伴い、一度領地に戻ってきたヘクター・ボールドウィン卿への、挨拶を兼ねたご機嫌伺いのようなものである。

 礼儀として門前へ転移したのち、敷地内を案内されながら、ルカは花の香りを胸いっぱいに吸い込んだ。男所帯の領主館に季節の花々が絶えないのは、フィンレーの母親のためなのだと、いつか祖母に聞いたことがある。亡き妻を想い、庭園の彩りを絶やさずにいるとは、ヘクター卿もなかなかにロマンティストなところがあるのかもしれない。

「――ルカ!」

 弾んだ声に名を呼ばれて、ルカは顔を上げた。館の方から、軍服風の衣装に身を包んだフィンレーが駆けて来る。先触れを受けて、わざわざ迎えに出て来てくれたようだ。

 手を挙げて応えようとしたルカだったが、羽織ったケープごと、そのままフィンレーに抱き締められ、思わず瞳を瞬かせる。

「! ちょ、ナニナニ、どうした!?」

 赤くなったり青くなったりしながらどもりまくるルカに、普段こういったスキンシップとは縁のないフィンレーは、照れた様子で身体を離しながら「悪い」とはにかんだ。イケメンは不用意に人と接触するべきではないのだ、まったく心臓に悪い。

 驚愕に高鳴った心臓を押さえるルカに向かって、フィンレーは満面の笑みを浮かべて見せる。

斥候隊(せっこうたい)のこと、父上に許可して貰えたんだ」

「――そっか。良かった」

 親友が、まるで子供のようにはしゃいでいる理由がわかって、ルカもまたホッとしたように微笑んだ。

 このところのフィンレーを苦しめていたのは、父に討伐隊への参加を許されないのは、己の力不足が原因ではないかという懸念だ。それが、斥候隊加入の承認を得たことで、実力を認められていない訳ではなかったことが、間接的にも証明された。喜ぶなというのが無理な話だろう。彼を知る者からすれば、杞憂(きゆう)であることは一目瞭然でも、疑心暗鬼は難敵だ。

 不安や疑念を払拭したフィンレーは、(かしこ)まった様子でベリンダに向き直る。

「ベリンダ先生、改めて宜しくお願いします。お役に立てるよう努めます」

「嬉しいわ。頑張りましょうね」

 礼儀正しく頭を下げられ、ベリンダはルカとフィンレーの二人に向かって、優しく微笑んだ。

 呑気な声が掛けられたのは、話がうまくまとまり、メイドを下がらせたフィンレーが、改めて自らルカ達を邸内へ案内しようとしたところだった。

「――あれ、坊ちゃん。また婚約の話から逃げてるんですか?」

 花壇の脇から気安い口調で話し掛けてきたのは、庭師の棟梁(とうりょう)の息子で、見習いとして働いている男性だ。気さくなフィンレーとは仲も良く、ルカも何度か話をしたことがある。優しくて気の良いお兄さん、といった人物だが、マイペースなところが玉に(きず)だろうか。

 年頃で家柄も見栄えも良いフィンレーには、縁談が引きも切らないとは聞いていたが、本人が逃げ回っていたとは初耳だ。

 驚くルカに視線を移した庭師見習いは、「あー」と何かを理解した様子で頷く。

「そういえば、坊ちゃんの初恋はルカちゃんでしたもんね~、面食いだと色々と難しいよな~」

「なっ、オイ! 何言ってんだ!」

 ギョッと目を剥き、頬を染めたフィンレーが、貴公子らしからぬ制止を挙げる。しかし、この庭師見習いもまた幼い頃のフィンレーをよく知る人物らしく、「またまた~」と意味深に肩を揺らした。

「『花の妖精かと思った』とか、ロマンチックなこと言ってたじゃないですか~」

「ばらすなよ!」

 盛大に狼狽えるフィンレーの横で、ルカは「そうだったのか」と冷や汗をかいていた。最初は女の子だと思っていた、と言われたことはあるが(そして悲しいことに、それはフィンレーに限った話ではないのだが)、妖精さんはさすがに言い過ぎだろう。しかし、口では否定を繰り返す親友の動揺ぶりこそが、庭師見習いの話が真実であることを如実に訴えてしまっている。

 助けを求めるようにチラリと仰ぎ見たベリンダはというと、楽しそうにウフフと笑っていた。聡明な大魔法使いには、幼い公子の淡い想いなどお見通しだったのだろう。「そうなの、うちのルカは本当に可愛いから」とでも考えていそうなのは、それこそルカにもお見通しだ。

「違うって! だってお前、女の子みたいに可愛かったからさ! じゃなくて……!」

 爆弾発言を繰り返す庭師見習いをむりやり仕事に戻らせ、フィンレーは必死な様子で弁解しながら、ルカとベリンダを邸内に招き入れた。グイグイと扉の中に押し込められるまで、実は抱き締められた時から今までずっと、フィンレーに手を取られたままだったことに気付いたルカは、「こういうところだよなぁ」と小さく天を仰ぐ。可哀想に、きっとフィンレーはこれをネタに、また揶揄われることになる。

「わかった、わかったから――」

 常にない動揺を見せる、普段はめちゃくちゃカッコイイ親友が憐れに思えて来て、ルカは必死で宥めに掛かった。自然に手を離せたのは、お互いにとって良いことだったかもしれない。

 そこへ更に、豪快な声が割って入る。

「――ベリンダ、戻ったぞ!」

 正面の大階段を、エントランスに向かって降りてきた大柄な人物こそが、フィンレーの父、ヘクター・ボールドウィン卿だ。濃いブラウンの髪を無造作に伸ばし、浅黒い肌に口髭を蓄えた、ルカ的には『イカしたオジサン』――全体的に母親似のフィンレーとの共通点は、紫色の瞳くらいのものだろうか。

 優雅な礼を取るベリンダの後ろで、ルカもまたぺこりと頭を下げる。小柄なルカの存在に今気付いたと言わんばかりに、ヘクター卿は笑みを深めた。

「オイオイオイ、ルカ! お前また可愛くなってんじゃねーか! 俺の養子になるか?」

 「救国の大剣士」と讃えられる貴族でありながら、軽口の挨拶は変わらない。ぐしゃぐしゃと頭を撫でられながら、ルカは思わず「やめてくださいよー」と声を立てて笑った。彼のこういった身分を問わない大らかな気質が、息子のフィンレーに引き継がれていることが、とても嬉しい。

 しかし、ほんわかと胸を温めていたのは、ルカだけだったようだ。

「バッ、何言ってんですか父上!」

 初めて聞いた訳でもないはずの父親の冗談に、フィンレーが過剰な反応を見せたのは、「ルカが初恋の相手である」という黒歴史をばらされた影響だろうか。

「あらぁ聞き捨てなりませんわねぇ」

 ベリンダが美しい笑顔を引き攣らせたのは、縁起でもないことを言うなとの、純粋な怒りのために違いない。

 ――ヤバい。収拾がつかない。

「ちょっと、みんな落ち着いてよ……」

 自分よりも上手(うわて)な人物達が、よくわからないことで盛り上がるのを止めることも出来ず、ルカは声を上擦らせた。辺りを見回しても、執事もメイド達も困ったように微笑むだけだ。

 ――なんでこんなことになった!?

 オロオロと視線を彷徨(さまよ)わせたルカは、左手側の廊下の扉から、誰かが顔を覗かせているのに気付いた。フィンレーの祖父であるクリストファー卿が、ルカを手招きしている。

 天の助けとばかりに、ルカはその場を離れた。エキサイトしている3人は、気付く様子もない。

 招き入れられたのは、応接室の一つだった。テーブルにはお茶とお菓子が、しっかりとセットされている。

「あの子らの気が済むまで、ここでお菓子でも食べていなさい」

 すまないね、と困ったように詫びるクリストファー卿の表情に、ルカはハッとした。ダンディな笑顔は、家族への愛情に満ち溢れている。

 確かに、フィンレーは父の名代(みょうだい)としての重圧や、斥候隊加入への懸念から解放されたばかり。ヘクター卿に至っては、数か月ぶりの故郷(ふるさと)だ。多少なりとも、羽目を外したくなることもあるだろう。

 ――おばあちゃんが二人に付き合ってあげてるのも、そのせいかな。

 さすがに違うか、と思い直して、ルカは「はい」と大きく頷いた。

 クリストファー卿と向かい合って座り、室内に控えていたメイドが香り高い紅茶を注いでくれるのを見守る。

 あれこれと世話を焼いてくれるクリストファー卿と、束の間の二人きりのお茶会を楽しみながら、ルカは親友の暖かな家庭を思い、自分まで幸せな気持ちになっていくような気がして、ふわりと微笑んだ。



第5話 END

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