第4話:ネイト 第5章
夕刻。
通いのお手伝いさんを送り出したネイトは、正門の施錠をしようとしたところで、憲兵に取り囲まれた。
「ナサニエル・ベイリー! お前を邪教の信徒として告発する!」
なぜか憲兵達の先頭に立ったフランツ・ロッシュが、居丈高に宣言する。今日もどこをほっつき歩いて悪巧みを巡らしていたのか、このまま閉め出してやろうかと考えていただけに、その姿は滑稽ですらある。
教団本部へ虚偽の報告を上げるのだろうとは思っていたが、まさかいきなり憲兵を連れてくるとは――ネイトの口許は皮肉げに歪められた。ネイトの師、ハイドフェルト神父の時は、密告者が一般人であったため、憲兵に踏み込まれるのも道理ではある。しかし、教団職員のロッシュが国家権力に協力を仰ぐのは、見せしめ以外の何ものでもない。
――これがエドゥアルトの信徒の姿か。
エインデルを邪悪と貶める聖職者の腐敗を、ネイトは嗤わずにはいられないのだ。
「何を根拠に?」
ルカに気付かれて以降、ネイトは誰の前でも隙を見せてはいない。それに関しては絶対の自信があるだけに、ロッシュがどんな工作を演じたのか興味もある。
落ち着いたネイトの態度に、ロッシュはほんの少し狼狽を見せた。しかし、気を取り直した様子で憲兵に向かい、「彼の部屋を捜索してください!」と言い放つ。
「良いでしょう」
薄ら笑いを浮かべたまま、ネイトは一行を先導する。住居棟の玄関から子供達が走り出てきて、一斉にネイトに抱き付いた。ロッシュの不審な行動の報告と、それに対する黄金のベリンダからの忠告を持ち帰って来たところだけに、全員が不安そうな顔をしている。
怯える子供達に「大丈夫ですよ」と微笑みかけ、部屋に下がらせてから、ネイトは改めて自室へ向かった。
鍵を開け、中に入ると、着いてきたのは憲兵が3人とロッシュの計4人。残り2人は廊下で、ドアの左右に控えている。
ネイトは誰にも気付かれぬよう、視界の端でベッドの横の壁に掛けられた絵画を確認した。当然ながら隠し扉がこじ開けられたような形跡はない。しかし、ロッシュの自信満々の様子から、何か証拠になるような物を、不在時に部屋の中に入れられた可能性は高い。
教会内の施設の合鍵は住居棟のものも含め、今は使われていない孤児院の院長室に保管されている。聞かれていないので当然ロッシュに明かしてもいなかったが、コイツの性根なら泥棒の真似事をしていても不思議ではないだろう。
隊長格の男が指示を出し、家宅捜索が始まった。机やベッド、サイドボードなど、引き出しや扉が開け放たれ、中身が辺りに散乱する。司祭の持ち物はさほど多くないとはいえ、やはり気分の良いものではない。
作り付けの戸棚の前に憲兵が立った時、ロッシュがあからさまな喜色を浮かべた。その反応に、そこが捏造品の隠し場所かと身構えたネイトだったが、憲兵は特に声を上げることもなく、ネイトの私服を引っ掻き回している。
やがて、何も見付けられなかったらしい憲兵が離れていくと、その後を焦った様子でロッシュが自ら漁り始めた。どうやら彼にも不測の事態が起こり始めているらしい。
「――!」
黙って成り行きを見守っていたネイトの前で、ついに憲兵が絵画の前に立った。額縁に手が掛けられ、ネイトが思わず肩を強張らせた、その時。
「――お探しの物はこちらですか?」
「!」
妙に芝居がかった口調で割って入ったのは、よりによって、ネイトがこの世で一番大嫌いな人物だった。
女性受けの良さそうな、嫌味なくらいに整った面立ちに、優雅な仕草。「幼馴染み」或いは「ベリンダの弟子」という立場を笠に、ルカにべったりと引っ付いた汚らわしい存在――ユージーンが、子供達を従えるようにして、扉の向こうに立っている。
ドア横に控えた憲兵達はというと、彼の提げ持つ物に萎縮し、立ち竦んでいるようだ。
驚きの視線の集中砲火の中、ユージーンが掲げたのは、エインデルの全身像だった。骨董品のような鈍い輝きを放つ30センチ前後のブロンズ像は、ネイトには見覚えのないものだ。
混乱するネイトをよそに、ユージーンは憲兵達に向かって、腹が立つほど完璧な礼を取った。己を黄金のベリンダの弟子、魔術師見倣いであることを明かしてから、背後の子供達を少しだけ振り返る。
「僕は、この子達に相談されたんです。ロッシュさんがベイリー神父の私室に出入りするところを見たって」
「!」
今度はロッシュが注目を集める番だった。
ユージーンの発言は必ずしも正確ではなく、実際には部屋の前をウロつくところを目撃されただけなのだが、そうとは知らないロッシュは探るように子供達を睨み付ける。怯えたティムが背中に縋り付くのを、空いた方の手で抱き寄せてやりながら、ユージーンは続けた。
「心配になって部屋を訪ねたら、神父様のものでない異質な気配を感じたので、失礼かとは思いましたが、透視魔法で探らせてもらいました。すると、これが」
「勝手に持ち出すなんて何を考えてる!? それがベイリーの邪教信仰の証だろう!」
ロッシュの激昂は、勝手に部屋を探られたネイトよりも、また刑法の執行者である憲兵よりも強かった。事態に怯えていた子供達までが、恐怖を通り越して唖然としている。
「それはおかしくないですか?」
透視魔法と転移魔法を用いて勝手に証拠品を持ち出したことを自白したユージーンは、涼しい顔でピシャリと言い放った。
「ベイリー神父がこれを崇拝しているにしては、あまりにも古びていると思いますが」
「!」
ロッシュの顔が目に見えて強張った。
言われてみれば確かに、ネイトも一目見た瞬間に骨董品のようだと感じたのだ。禁教の証とはいえ、日常的に崇拝されている物としては、あまりに古美術然としている――そう、まるで、教団本部の押収物保管庫に収蔵されていたような。
ロッシュを黙らせたユージーンは、そのまま憲兵隊長に向き直った。
「これは恐らく、作られてから200年近く経っている物ですよ。その時代の邪宗の遺物は、当時徹底的に破壊され、わずかに残った物だけが、教団本部に保管されているはず」
憲兵達は、ユージーンの堂々とした語り口に納得した様子で、互いに頷き合っている。黄金のベリンダの弟子という肩書きに対する信頼感も、この場合無関係ではあるまい。
「――僕は、追跡魔法が使えます」
畳み掛けるように、ユージーンが意味深に微笑んだ。左手に持ち変えたエインデル像に、右手を翳す。その掌から、キラキラとした蒼い光が揺らめき立った。魔法を発動させようとしているらしい。
「生憎、これがどこにあった物かまでは辿れません。ですが、少なくとも誰がこの部屋に持ち込んだかくらいなら、僕にでもわかりますよ」
整った顔を歪めるようにして、ユージーンはジワジワとロッシュを追い詰める。旗色の悪さを悟ったロッシュが、ギリリと歯噛みした。ああ、奴が美しいだけに、より一層腹立たしいのだろう。
――どうしてコイツが、私を庇うような真似を?
ネイトが改めて、はっきりと驚愕を露にした次の瞬間、ドアの向こうで金色の光が湧き上がった。
光はやがて、2人の寄り添う人物の姿を浮かび上がらせる。
降臨したのは、ネイトの天使だ。
「――ネイト!」
一目散に自分に向かって掛けてくるルカを、ネイトはしっかりと抱き留めた。




