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09. 次の日、俺はミシンを買った


 一か月ほど、ありとあらゆるファッション雑誌に目を通したクドクは、一つの疑問に辿り着いた。

「お義母さん……ズルくないか?」


 スイウの着る服は毎日、スイウの母が選んでいる。

 おそらくではあるが、その服もほとんどはスイウの母の実家が持つブランドであろう。


 ということは、現状クドクは、スイウの母が着飾った以外のスイウの姿を見ることができないのだ。

 容姿やファッションなんてものは、清潔か不潔であるかのラインを超えると、後は好みと時流の問題でしかないとクドクは考えている。

 クドクの好みとスイウの母の好みが完全に一致しているわけなんてあるまいし、そうなるとクドクはずっと自分好みにスイウを着飾る権利を失っているともいえる。


 もしクドクが「こんな格好をしたスイウが見たい」と言えば、素直なスイウは喜んで着てくれるはず。

 もしかすると、ちょっと恥ずかし気にもじもじと「どうかな、クドクの好みになれたかな?」と上目遣いで聞いてくるかもしれない。

 いいやもしかして……。


 そんな妄想をするも、その機会はずっと来ない。

 なぜならばスイウの服はスイウの母の管轄内だから。


 いっそスイウと一緒に買いに行けばいいんじゃないだろうか。

 今までデートであちこち行ったけれど、そういえばショッピング中に服を選ぶなんてことはしなかった。


 流行りの服を見たり、まだ仕立てる前の生地を身体にあてながら、ああでもないこうでもないとデザインについて話し合うなんて良い。

 そのうち「ねえ、クドクはこっちとそっち、どっちの色がいいと思う?」なんてスイウが尋ねてくるかもしれない。

 そうしたらクドクはこう答えるつもりだ。

 「どっちの色でも、スイウはとびきり可愛いよ」と。

 するとスイウは頬を真っ赤にして「もう! ちゃんと考えてよー!」と……。


 だが今のままではそんな未来は来ない。

 スイウの母の目が光っているかぎり、おそらくスイウの身につけられる服のブランドは限られているだろう。

 いくら妄想しようと超えられない壁が立ちはだかっていることに、クドクは気づいてしまった。


 その頃から、西岸の国から新しいファッションが流れ始めていた。

 この国古来からある服よりも、タイトで個人個人に融通のきかない、身体の線を強調としたシルエットの服だ。


 一昔前にもそういったブームは来ていたが、度重なる健康被害が報告されてあっという間に消えていた。

 それがクドクとスイウの婚約が成された頃になって、改良されてじわじわと人気を博しつつあった。

 どうやら従来の物よりも縫製を見直し、身体を締めつけ過ぎず、かつメリハリのあるラインを描けるようになったらしい。


 だがスイウの母の実家は、伝統衣装を重視している。

 絶対に西岸式を前面に出した服を、スイウに着せたりしないだろう。

 ということは、いくら西岸式の服が改良を重ねても、クドクはその服を着たスイウを見ることはかなわないのだ!


「お義母さん、めちゃくちゃズルすぎないか?」

 改めてクドクは思った。

 俺だってスイウを着飾って可愛がりたい!――クドクの心はメラメラと燃えあがった。




▼▼▼




「次の日、俺はミシンを買った」

「う、うん……」

 長い長いクドクの説明を聞きながら、スイウは何度目かの相槌をうった。


 ――だけど育乳しようと思うの! 今はこんなだけど、だからクドク、わたしに惚れなおさせてみせるから、見捨てないで!

 ――……いく、にゅう…………?


 そんなやりとりをした後、クドクは端末でどこかに連絡をとり、スイウを連れて広いキャンパスを歩きだした。

 その間「絶対に何か誤解があるから」と強く言われ、スイウは育乳までに至った経緯を話した。

 それを聞いたクドクが返したのが、この長い長い思い出話だ。


 ここまで聞いて、なんとなく浮気なんて心配はひとつも無いのだとスイウは察した。

 察したはいいけれど、この話がいったいどこへ行きつくのか見当もつかない。

 スイウが困惑する間も、クドクは話を続けながらどこかへと向かっている。


 やがて最近になって意識するようになった、鮮やかな色合いの独特な棟の前に辿り着く。

 服飾棟。

 そこはクドクが目で追いかけていた女性たちが出てくる場所でもあったし、スイウにわざわざ『忠告』をしてきたエリシェやフェノル、セイジョウたちの通う学棟でもある。


 慣れた様子でクドクは階段を上り、腕輪の形をした学院生証を入口前の機械にかざした。

 学院生証が入校・入棟許可証の代わりになるのだ。

「勝手に入っちゃって大丈夫?」

 原則的には、許可証さえ持っていれば誰でも学院棟の中に入ることができる。

 しかし自分と関係の無い棟には入らないというのが、学院においての暗黙の了解でもあった。

 そうでなくても、特殊な理由か強い好奇心でもなければ、用の無い棟――アウェイな場所に踏み入れようとは思わないだろう。

 ひとつも授業をとっていない棟は、どことなく排他的に見えるものだ。


 不安げに見上げるスイウを、振り返ったクドクが安心させるように微笑む。

「大丈夫。俺は何度か来ているし、顔見知りの教授もいるから。咎められることもないよ」

 何度も来ている、その一言に少し引っかかりながらもスイウは頷いた。



 初めて入る服飾棟は、やはりスイウにはどこかよそよそしい。

 反対にクドクは迷いなくすいすいと進んでいく。

 どこに向かっているの?

 そう聞く前に、クドクは中断した話の続きをし始めた。


「ミシンを買ったってところまで話したよね」

「うん」

 聞いてすぐは意外だなと思ったけれど、思い返せばクドクは手作りのアクセサリーをプレゼントしてくれたこともある。

 手先が器用だし、手芸に興味があるのも納得がいった。


「お義母さんには悪いけど、スイウの服をお義母さんばかり選ぶのって、ズルいよなとずっと思ってたんだ。スイウが選ぶんならまだ分かる。でもそうじゃないなら、俺だって着てほしい服がある」

「うーん……うん」

 分かったようなそうでもないような気もしながら、しかしまだ口をはさむ場所じゃないんだろうとスイウは頷く。


「確かにお義母さんのセンスはすごいと思う。スイウはいつも可愛いよ。でもここ数年の雑誌を見る限り、西岸式を取り入れたファッションが多くなってるよね」

「服飾科も西岸式を専門にしている人、いるんだよね?」

「みたいだね」

 階段の手前でクドクは振り返り、スイウに手をさしだす。スイウも自然に手を重ねた。


「俺は伝統も好きだよ。スイウによく似合ってると思う。第一、俺だって着慣れてるしね。でもどれだけ西岸式が流行ろうが、お義母さんがスイウの服を選ぶかぎり、スイウが西岸式の服を着た姿は見られないんだなと思うと、すごくもったいないと思ったんだ」

「もったいない?」

「うん。とても、人生損してるってかんじ」

「スケールが大きすぎる」

 クドクは「そうかな?」と首をかしげる。小ボケではなかったことに、スイウは閉口した。


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