08. 「あんなダサい男なんかやめちゃいな!」
閑散としていたからか、体験客はクドク一人で、店員が一対一で対応してくれた。
本来なら体験のプランの中には無い生地で作りたいと言った時、最初、店員は顔をしかめた。
しかしそれが、ベタ惚れしている婚約者への初めての誕生日プレゼントなのだと聞くと、先程までの怪訝な態度はどこへやら、あれよあれよと親身になってくれた。よほど暇だったのだろう。
幸か不幸か、クドクは生まれつき器用だ。要領もよく、一つ聞けば十を悟るタイプだ。
そんなクドクにかかれば、当初店員が勧めていたレベルのつまみ細工は難なくこなしてしまう。
それならと「ああすれば」「もっとこうすると」など、店員ももっと凝った物を勧めだし、クドクもクドクでそれを採用してしまった。
店の機具であっという間に糊を乾かし、髪飾りは完成した。
出来上がったつまみ細工は、初めての素人が作ったとは思えないほどの出来栄え。いつ店に出してもいいレベルだと、店員からの太鼓判もついた。
この店で働いてみないかという誘いも断り、通常の体験料にいくらか金を足して、クドクはあっさりと店をあとにする。
手のひらに乗った髪飾りを見ながら、クドクはにやにやと笑みが止まらない。
今までも手作りのプレゼントは互いにし合っていたけれど、手作りのアクセサリーは初めてだ。
惚れた女の子にアクセサリーをプレゼントなんて気障なこと、両想いじゃないとできないだろう。
「スイウ、喜んでくれるかな」
受け取ったスイウは髪飾りを見てなんて言うだろう。
スイウはクドクからのプレゼントを、これまで嫌がったことがない。
どれも全て大げさなくらい喜んで、ぎゅーっと抱きついてきたほど。
その時のクドクの顔は、どう見ても『理知的でクールなかっこいいクドクくん』から遠く離れていた。
だが、世界で一番かっこよく見えていてほしい相手であるスイウは、その時クドクの肩に顔をうずめていたので無問題なのだった。
もしかしたら、今回は喜びのあまり抱きつくを通り越して頬にキスだってくれるかもしれない。
いいや、スイウはおっちょこちょいなところがある。
頬にキスしようとして、うっかりずれて唇にしてしまうかもしれない。
そんな嬉しい大誤算おきないだろうか。
通りを歩きながらニヤニヤと妄想に浸っていた次の瞬間、ふっと脳裏にスイウの母の顔がちらついた。
つい忘れがちだが、スイウの母は伝統衣装の老舗デザイナーだったな、と思い出す。
以前、スイウの家で会った時、クドクの帯を見てにっこりと微笑みながら「帯がねじれているのは、オシャレ?」と言ったスイウの母。
その時はさらっと流してしまったが、よく思い返してみれば、あれは本当に笑顔だっただろうか。
スイウの両親のなれそめは、婚約前にスイウから聞いたことがある。
ダサくてダサくてしょうがないスイウの父を放っておけず、それからよく話すようになったのだと。
スイウは服装に頓着がない。
着る物もだいたい全て、母が毎日コーディネートしているらしい。
クドクは決してスイウにセンスが無いとは思っていないが、そう考えると、スイウはどちらかといえば父よりの感性ともいえる。オシャレにそれほど興味が無いという点で。
身内のダサい感性はあばたもえくぼみたいなものかもしれない。
少なくとも、スイウの父に対するスイウの母はそうだろう。
だが、それが義息子だとどうだ。
まだ婚姻関係ではないが、絶対に婚約を解消する気のないクドクは、もう心の中でスイウの両親を「お義父さん」「お義母さん」と呼んでいる。
スイウの父に睨まれるので、絶対に口にはしないが。
一応敬っているが、それはスイウの両親だからだ。
スイウの両親だってそうだろう。
クドクを尊重してくれてはいるが、それは自分がスイウの婚約者だから。
完全な身内になったわけではない。
そんな義息子がダサかったなら、スイウの母はどう思うだろう。
今や国内を代表するデザイナーの一人として君臨するスイウの母から見て、クドクの美的感性はいかほどだろう。
もしかして、「あんなダサい男なんかやめちゃいな!」なんてスイウに吹き込んじゃいないだろうな。
そうでなくともスイウは、父の言うことは右から左だが、母の言うことには大人しく従いがちな気がしている。
滅多なことを言われちゃ困る。
あらぬ疑惑でクドクの顔は険しくなっていく。
ふと手の中のスイウへのプレゼントを見下ろした。
「ダサくないよな……?」
スイウの誕生日当日。
思ったとおり、スイウは大げさくらい跳びあがって喜んでくれた。
妄想したようなほっぺチューは無かったが、ぎゅーっと抱きついた後、さっそく身につけてニコニコしているスイウが大変可愛らしかったのでクドクは有頂天だった。
スイウにかかれば、すかしたクドクもただの浮かれポンチになるのである。
ただ、気になるのはやはり、スイウの母。
スイウを家まで送り届けた際、ばったり出くわしたスイウの母は、スイウの髪に飾りつけられたクドクからのプレゼントをしっかりと見た。
そうしてニコッと文字が浮き出てくるように、無言で微笑んだ。
あれは何だったんだろう。
合格か? それとも不合格か?
自分ではスイウにぴったりな自信作なのだが、プロの目は分からない。
そもそも服飾というのはセンスはもちろん、好みだってある。
スイウの母の真意は分からない。
だが、クドクはその日、人生で初めてファッション雑誌を買った。
全てはスイウとの順風満帆な結婚生活のために。