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07. これが恋か!


 一度つよく誰かに負けを認めると、ぱっと視界が開けたような気がした。

 次の日からも進んでスイウを探し、クドクは積極的に話しかけた。


 スイウの周りにはあっという間に友だちができて、短い間にもしっかりとした絆が出来上がってしまっている。初日に自分がスイウと築いた距離感を、他の人間があっという間に詰めてきているような気がする。

 クドクはせっつかれるようにスイウを構いに行き倒し、そうして自分が焦っていることに気づいた。


 焦っている。

 何に? スイウが他の人間と仲良くなることに。

 何故? スイウを奪われたくないから?

 自問自答が脳を埋め尽くす。そうしてやっと、自分の心に今まで湧いたことのない感情が溢れていることにも気づかされる。


 ――これが恋か!

 そう行きついた瞬間、クドクの心は薔薇色に染まった。

 どうりでスイウを見かける度に、灯りに纏わりつく羽虫のように吸い寄せられ、スイウが他の人間と喋るだけで胸の奥がどろどろふつふつとマグマのように煮えたぎるわけだ。


 恋を自覚したクドクの行動は早かった。

 スイウに惹かれている少年はクドクの見立て通り多い。

 しかし周りの十代前半という年齢は、少年にとってどうしてだか意中の女の子と上手く交流できなくさせるらしい。

 その隙をクドクは逃さなかった。

 そこだけは、クドクの早熟な精神が幸いした。


 スイウに恋をして、クドクは『惚れたもん負け』という言葉を、心の底から理解するようになった。

 負けるなんて、クドクの一番嫌いなことだ。

 だけど相手がスイウなのだから仕方がない。


 スイウが少しクドクを見上げるだけで、顔じゅうの筋肉がほわほわとしてしまうし、きっととてもだらしのない顔になっている。

 「困ったな」とスイウが少しでも言おうものなら、何がなんでも力になりたくなってくる。報酬も見返りも何にも無しに。

 いいや、スイウの「ありがと~!」の軽いたった一言で、天にも昇るような気持ちになれる。


 クドクはスイウに恋をして、馬鹿になった自覚がある。

 だから『負け』なのだ。

 『負け』て人が成長するのなら、クドクはスイウを尊敬することで一度負け、恋をして負け、負け通しでかなり成長しているはずだ。


 負けず嫌いでプライドの高い少年は、負けを認めて恋に狂うと、アプローチに遠慮が無くなるらしい。クドクがそうだ。恥をかくだけでスイウに気に入られるなら、どれだけ恥をかいたっていい。

 推定スイウに恋するライバルが、いくらクドクを「みっともない」だとか「恥ずかしくないのか」なんて揶揄って牽制してこようが、負け犬の遠吠えにしか聞こえなくなった。

 思春期丸出しでスイウに意地悪なことしか言えない意気地なしなど、クドクの敵にもならない。

 なにしろ、クドクはスイウ以外に負けてやる気など、さらさら無いのだから。


 そんな男たちのいざこざなんて露知らず、青春を清らかに真っ当に謳歌するスイウは、当たり前のように一番近くにいたクドクに恋をした。


 両想いを確信したクドクの行動も早かった。

 すぐにスイウを説き伏せ掻き立て、想いが通じて数週もしないうちに、互いの両親に婚約を申し出るまでにもっていった。

 きっと、クドクとスイウの両親たちは、「婚約したい」と言い出した時点で、二人が恋人になってまだほんの数週しか経っていなかっただなんて、信じられないことだろう。

 クドクは賢明だったので、婚約に反対されそうな要素は、あえて説明しなかったのだった。



 振り返ってみると、クドクの人生はおおむね順風満帆だった。

 ただ、スイウと婚約することで、クドクには唯一と言っていいほど恐れるものができた。

 それは、スイウの母だ。

 婚約時には一番の砦はスイウの父かと思われた。

 だがスイウの父は、ただ子離れできていないだけの心配性の父親だっただけだ。クドクにとって本当に恐ろしい関門は、スイウの母だった。


 婚約して間もなく、クドクがスイウの家に遊びに来た日のこと。

 その日のクドクはタイトな長袖の黒のインナーの上に、肩までの作務衣のような上着を、その上に腰より高い位置までの短い羽織を纏っていた。

 その頃は男女ともに短い羽織が若者の間で流行っていて、流行にそこまで関心の無いクドクだが母親が見繕っていたおかげでブームに乗っかっていたのだ。


 奥からスイウがやって来る間、ふと視線を感じて顔を上げると、スイウの母と目が合った。

 スイウの母はにっこり笑って言った。

「帯がねじれているのは、オシャレ?」

 見下ろすと、確かに帯が途中で捻じれて裏地が見えている。それも、真正面からよく見える位置で。

 クドクはすぐさま断りを入れて直した。下にも着込んでいたし、上着を締めていた帯だから失礼にはならなくてホッとした。

 ちょうど玄関までやって来たスイウが、「何してるの?」と聞いてきたので答えると、スイウは呆れたように「お母さんったら服にうるさいんだから」と溜息をつく。

 そこでようやく、そういえばスイウの母は有名なファッションデザイナーだったな、とクドクは思い出したのだった。



 しばらくして、スイウの誕生日が近づいてきた。

 初めての誕生日プレゼントは何にしようかと、考えるだけでクドクの心は浮きだってしまう。

 そうして街を歩いていると、ふと目に入ったのはつまみ細工のアクセサリー。

 色とりどりの花がスイウの髪を彩るのを想像し、クドクはこれだと閃く。


 棚にある全てに目を通し、全てを頭の中のスイウに飾ってみる。

 違う、これも違う、あれもいまいち、そうして見てみると何も残っていない。

 ここにクドクの納得のいくような、スイウに相応しいつまみ細工の髪飾りは無かった。

 がっくりと肩を落とすと、視界の端に張り紙が見えた。

「『オリジナルつまみ細工体験』……」

 そうだ。気に入るものが無ければ作ればいいのだ。

 またも閃いたクドクは、迷いなく店員に声をかけた。


 もしもクドクが不器用なたちであったなら、未来はこうも複雑にならなかったし、エリシェたち服飾科の学生とも関わることはなかっただろう。

 クドクの人生の内で、大きな転換期となった最大のものがスイウとの出会いとして、二番目に何がくるかといえば、このスイウの誕生日のためにした「つまみ細工体験」だった。

 この一日でクドクの人生は大きく変わったのだ。


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