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05. 彼の望みはそこにあるのだ


 優男は先程のエリシェやフェノルと同じように、スイウを頭から足先までジロジロと見て、そうして顔に戻って眉をひそめた。

 自分から名乗らないのが服飾科のやり方らしい。


「どちら様ですか? わたしに何かご用でも?」

 ささくれた心を隠さないまま、スイウは矢継ぎ早に質問を重ねる。

 こんな八つ当たりを仕出かすなんて。自分の子どもっぽさにスイウは自己嫌悪した。


「なに。僕はクドクの友人でね。とても親しくさせてもらっているのだよ」

 演技かかったような口調で優男は言う。

「お名前は?」

「どうやらキミはせっかちなタイプらしい」

 肩をすくめて、優男はようやく「僕はセイジョウ。服飾科でぬいぐるみを専門としている。以後よろしく頼むよ。今後とも会う機会があればね」と厭味ったらしく名乗る。


 自分の態度が悪かったことを自覚しているスイウは、いくぶん穏やかな声色を心がけて質問を続けた。

「それで、セイジョウさんはわたしに何のご用でしょう」

「クドクのことで、キミの意見をうかがおうと思ってね」

 セイジョウは緩く束ねた長髪を後ろに流して、フゥと溜息をついた。


「単刀直入に言おう、スイウくん。キミにはぜひ『譲歩』してもらいたいのだ」

「譲歩?」

 もったいぶるようにゆっくりとセイジョウは頷く。


「実は先日、クドクとエリシェ……彼女もまた服飾科なのだが、その彼女と――」

「エリシェという人なら少し前にお会いしました。フェノルという人も一緒に」

 スイウは遮るように言った。

 ぱちくりとセイジョウは瞬きをして、そうして「それなら話は早い」と肩をすくめる。


「つまりはそういうことなんだ。分かるかい? クドクはエリシェ達とのことを『遊び』だと言っていたけれど、僕にはわかる。彼の望みはそこにあるのだと」

「……遊び? クドクはそんなことしません」

「キミも強情な人だ。だが僕から見て……クドクにはある種のもどかしさなんてものも感じられた」


 スイウは衝撃で立っていられるのが不思議なくらいだった。

 それではまるで、クドクが浮気をしているみたいじゃないか。不誠実で、みっともなく、他人を傷つけるような倫理的におかしなことを、クドクが?


「すぐには納得できないことだろう。だが、身を引くということも考えていただきたいものだ」

 口をつぐんだままのスイウに、セイジョウはそう追い打ちをかけた。

 何も言い返せないまま、「それでは一考を頼むよ」などと軽い口調でセイジョウが去っていく。

 スイウは黙ってその背中を見送っていた。



 遊び。遊びってなんだ。

 スイウはベンチにおろした膝に肘をつき、両手で顔を覆う。


 クドクのことを信じたい。クドクはそんな浮ついた人間でも、人を平気で傷つけるような人間でもない。浮気が他者を侮辱し尊厳を踏みにじる行為だと気づかないような、想像力の欠けた人間でもない。

 もし他に好きな人ができたのなら――いいや、スイウを好きでなくなったなら、そう言ってくれるはずだ。

 クドクは誠実で人と真摯に向き合う人で、曲がったことが嫌いで、欲目無しでも立派な人格者だから。


 婚約前、二人の仲を認めてもらうために必死になってくれたクドク。

 ちょっとしたことでも、スイウを喜ばせようとあれこれ考えてくれるクドク。

 スイウが困った時、怖いことがあった時、いつも最初に相談しようと頼れるのはクドクだ。


 信じたい。そんな気持ちと同時に、ふと自分の胸の小ささが気になる。


 最近はスイウの遠征や訓練が重なり、クドクも特級の資格をとるための研修で忙しかった。

 なかなか会える時間がとれず、スイウの夜間訓練もあってリアルタイムの通話もできなかった。


 そんな状態で、スイウの存在が希薄になってはいなかっただろうか。

 自分の予定ばかりでクドクの事情をちゃんと鑑みてあげられていただろうか。

 二人でいられる時間が減って、世界が広がって、クドクはスイウにがっかりしていなかただろうか。


 スイウは両手を胸にあてる。とてもじゃないが「大きい」とはお世辞でも言われないだろう。

 クドクはいつまでも子どもっぽいスイウをどう思っただろう。


 ――クドクを解放してあげて。

 あの時のエリシェの言葉がスイウの脳裏にこだました。


 スイウはザッと砂利の音がたつほど、勢いよく立ち上がる。

 こんな所でくよくよしても何も進展しない。

 何しろ、スイウはクドクからまだ何も聞いてはいないのだ。

「クドクの気持ちを確かめなきゃ……!」

 スイウは走り出した。



 ▼▼▼



 その日、クドクはスキップでもしたい気持ちをなんとかこらえていた。

 もう少し歩いた先に、愛しい愛しい婚約者のスイウが待っているのだ。

 ここ最近は二人の予定が合わず、なかなか二人で過ごすまとまった時間をとることができなかった。

 できたとしても、日々の通話や学院の登下校の時間が合えばその時に少し話す程度。クドクは慢性的なスイウ不足に陥っていた。


 だが今が踏ん張り時だ。

 スイウとの婚約が成立した日、クドクはスイウの両親に『自分の店を持てるようになってから結婚すること』と『結婚まで清い関係でいること』を誓った。

 特殊な医療器具を扱う職を目指しているクドクは、すでに準医療機巧介助士や上級医療機巧修復士などの資格を修得している。

 これは十八歳にしては快挙というべきクドクの功績だ。


 それでもまだ、自分の店を持つことはかなわない。

 今クドクが獲得している資格では、既存の店舗に弟子入り兼就職するレベルのことしかできない。

 自分の店を開くには特級の資格と、特定の店舗で研修員としてある程度の経験を積んだ実績がなければならない。

 そのため、クドクは今研修員として実地の経験をしつつ、学院での勉強を両立させていた。つまり、とびきり忙しい。


 こんなにも忙しいうえに愛しの婚約者と過ごす時間も減ったクドクは、正直かなりまいっていた。スイウが恋しくて。

 その苦行からもあと少しで解放される。

 店舗での実績はまずまずなので、あとは特級の試験のみ。そうすればスイウと晴れて夫婦になれるし、営業時間もスイウに合わせられる。

 特級の試験さえ受かれば、「おはよう」から「おやすみ」まで、いいや「おやすみ」した後のベッドの中でもスイウとイチャイチャできる……!

 クドクは新婚生活に思いを馳せながら、忙しく寂しい毎日に耐えていた。



 スイウを見つけたら、まず何から話そうかクドクはワクワクしていた。

 まだ特級にもなれていないのに、店舗となる不動産の候補がいくつかあるとか、新居はどこにしようかとか、そんな夢ある話ばかり考えていた。


 だが数メートル先にスイウの姿をとらえた時、クドクの考えは変わった。

 スイウの表情がどうしてか浮かない。

 スイウは根が明るいたちで、ネガティブやヒステリーを引きずることなど滅多にない。


 そんなスイウが元気のない顔をしている。

 これは由々しき事態だ。

 クドクは気を引き締め、スイウの元へ駆け寄る。


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