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04. 「クドクがかわいそう」


「あなたがスイウさん?」

 振り向くと、ちょうど今スイウが思い浮かべていた女の子たちが、立ってこちらを見ていた。

 以前スイウの友人が「ほらあの人たち」と教えてくれた顔がそこにある。


 一人はエリシェ。長いハチミツ色の髪をなだらかに巻いて流している。流行りの西岸式の服が、彼女のメリハリのある身体を強調している。つまり、胸とお尻が大きく腰がキュッとくびれている。

 もう一人はフェノル。ミントグリーンの髪をツインテールにしている。こちらも西岸式のワンピースで、服の上からでもそのわがままなボディラインが分かる。つまり、胸がスイウの手のひらに収まらないほどに大きい。


「はい、わたしがスイウですけど、何かご用ですか?」

 スイウはひそかにボディブローをくらったような気もしながら、そう聞き返した。


 エリシェとフェノルは揃いも揃って、スイウを頭から胸、足元へと眺めて、もう一度顔に戻って「フッ」と鼻で笑った。

 嘲り笑った。そうスイウには思えたけれど、もしかしたら挑発の気持ちが強かったのかもしれない。そういう笑みだった。


「何のご用か知らないけれど、自己紹介していただける?」

 無いとは分かっていてもスイウは胸を張って挑んだ。

 こういう他者を端から威圧するような相手には、おどおどしたり怯えた態度をとるべきではないとスイウは知っている。騎竜では間違いなくそうだ。


 スイウは姿勢を正し、顎を引いて、しっかりと相手を見据える。

 こちらは相手を見くびってはいない。だけど怖がってもいない。一人の人間としての矜持を見せつける。それがプロ騎竜選手のやり方だ。


 思った反応と違ったのか、エリシェとフェノルは一瞬ひるんだように目を瞬く。

 それでもすぐに気を取り直して、スイウを睨み返した。


「アタシはエリシェ。こっちはフェノル。服飾専攻でチームを組んでいるの」

「そうですか」

「あなたは知らないかもしれないけれど、最近、アタシ達、クドクと『仲良く』させてもらっているの」

「へえ、そうですか。クドクの話に、一切あなた達の話題がのぼらないので知らなかった」

 エリシェとフェノルは分かりやすく眉をぴくりとはねあげた。


 しばらく三人は視線で威圧し合い、最初に目を逸らしたのはフェノルだった。

 フェノルはエリシェの袖を引っ張り、何やらアイコンタクトを送っている。

 それを受けてか、エリシェは長い溜息をついて、先程よりも少しだけ険のとれたように思えなくもない声で尋ねる。


「あなた、ずっと夜真兎式なの?」

 スイウはエリシェの視線を追った。

 それが自分の服をさしていることに気づき、訝しがりながらも肯定する。

「ええ。母がデザイナーなの」

「知っているわよ、有名だもの」

 流行りの西岸式に傾倒しているとはいえ、エリシェやフェノルは服飾専攻である。知らないわけがなかった。


「そうではなくて、これからもずっと夜真兎式なの?」

「……どうしてそんなことを聞かれているのかが分からない。わたし、あまり流行りすたりに興味が無いの。服にこれといったこだわりもないし。自分に似合っているとは思うから、夜真兎式に不満なんてないの」

 本当は夜真兎式に不満が無いというよりも、西岸式にして胸の小ささを強調したくない気持ちがあったけれど、負けたようで言いたくはなかった。


 だがそんなスイウの強がりをどう受け取ったのか、エリシェは鼻を鳴らして苛立ちをあらわにした。

 最後に、負け惜しみのような、それとも果たし状を送るような、どうとでもとれるような言葉を残して。


「クドクがかわいそう」

「え?」

「クドクはあなたに縛られて、自分の世界を縮めてしまっているのね。本当にご愁傷様。かわいそうなクドク」

 スイウの視線の先には、最初のような人を嘲るような瞳はなかった。ただあるのは、エリシェとフェノルのスイウに対する純粋な怒りと失望だ。


「あなたに良心があるのなら、クドクを解放してあげて」



 ▼▼▼



 スイウの頭の中で、エリシェの言葉がずっと繰り返されている。

 解放? 縛られている? 誰が? クドクが? わたしに?

 いくつもの問いが流れ、沈み、浮かんで、また消えていく。


「世界を……縮める?」

 俯いたスイウは両手でそっと自分の胸に手をあてた。


 無いとは言わないけれど、決して大きいとは言えない胸。

 婚約した十二歳の頃、周りの女の子はまだ夜真兎式の服装がメジャーであったから身体の線なんて分からなかった。充分に発育しきっていない子ばかりで、差も今ほど開いていなかった。


 あの時からもう六年ほどの時が流れた。

 みんな背も伸びたし体つきも変わった。スイウも、クドクも、大人になった。

 当時のスイウはまさかクドクが今ほど背が伸びると思わなかったし、肩幅も広くがっしりするとは思わなかった。喉ぼとけもはっきりしていて、指も骨ばっている。


 クドクは当時のスイウと今のスイウを比べて、どう思うだろう。

 まさかこんなにも胸が育たないなんて、十八にもなって子どもっぽいままだなんて、想定していなかっただろうか。


 鏡を見なくても写真で比べなくても分かる。

 スイウはエリシェやフェノルよりも童顔で、色気が無い。胸も腰も厚みが足りない。


 エリシェの言う「世界を縮める」とはそういうことなのだろうか。

 青年になったクドクが、世の中には魅力的な女性がたくさんいると気づいた、そういう意味なのだろうか。

 胸が大きくて色っぽい女性は溢れているのに、クドクはもうスイウと婚約してしまっている。このままいけば、クドクが生涯触れることのできる胸は、スイウの小さな胸だけ。そういうことを言っているのだろうか。



 人通りの少ない学院のベンチで悶々と考えていると、今度はまるで聞き覚えのない男性の声がした。

「キミがクドクの婚約者のスイウくんかい?」

 振り向けば、またも垢ぬけて少し奇抜な西岸式のジャケットを身にまとった、いかにも優男といった雰囲気の学生がいた。


「そうですけど……何か」

 スイウは低く低く問いかけた。嫌な予感がする。


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