02. 結婚までは清い関係で
スイウの言う騎竜とはスポーツの一種で国技でもある。
まだ世界に戦争があった時代、大国の兵士は竜に乗っていたらしい。
竜に乗った兵士たちは、空中で妖力を操り他国の兵士を攻撃していた。
やがて戦争が『人間の歴史の中で最も卑劣で非道徳的であり、非生産的な行為』とされ、完全に消滅した。
だが戦争で発展した技術は受け継がれ、現代ではスポーツとして成り立っている。
スポーツとしての騎竜は文字こそそう記すが、実際には竜に乗らない。竜保護団体によって、特別な宗教観でもないかぎり竜を乗り物として扱うことが非難されたからだ。
今では妖気を主な動力として動く機械を竜の代替として乗り、空中でアクロバティックな動きをみせながら敵チームと戦うスポーツになっている。
スイウの言う騎竜の選手は、ピンキリあるが大成すれば国民的スターになれる。
もちろん報酬だって目が飛ぶほど。
元々スイウは運動神経や動体視力に優れているし、妖力の扱いも上手い。いつか何かのアスリートになるのではとスイウの両親も思っていたことだった。
黙り込んだクドクの父に、まさか本気度を疑われているのではないかと思ったスイウは、いそいそとクドクが出したのとは別の書面を取り出した。
「おじさま。これを見てください」
スイウが取り出したのは一通の『合格通知』。
「この間試験を受けました。まだ育成の三団だけど、一応はプロの仲間入りです。三年以内に一団に昇格します。そうしたら、経済的にも社会的にも一人前だと認めてもらえませんか」
これから騎竜の選手になるべく動くのだと思っていたクドクの父は、またも度肝を抜かれてしまう。
スイウはなんと、すでにプロチームから合格通知を受け取っていた。
年齢のこともあり、しばらくは身体づくりのための育成カリキュラムに入り報酬も低いが、スイウの言う通り見習い階級とはいえプロの一員。
スイウの本気度を目の前に、クドクの父はかける言葉が見つからなかった。
「俺も学院で資格をとっているところだし。十八までには上級の医療機巧士になれると思う。自分の店を持つには特級にならなきゃいけないけど、でもそうなればスイウの生活リズムにも合わせやすくなると思うんだ。父さん、ちゃんと考えてるから安心してよ」
クドクの父は深く長い溜息をついた。それくらいしか、口から吐き出せるものがなかった。
畳みかけるようにしてクドクの父を説得した後、二人はスイウの父を説得するように仕掛けた。
クドクの母は夫を納得させるほどの決意を見せたのならと認めてくれたし、スイウの母は日々見せられた二人の仲の良さを前に、あっという間に白旗を上げていたのだ。
狙いをつけられたスイウの父は、二人を前にしてなお粘った。
クドクとスイウがどれだけ互いを想い合い、尊敬しあっているかは理解した。スイウの合格通知も見たし、クドクの将来の展望だって聞いた。
「ぐぬぬぬぬ……」
それでも「じゃあ婚約していいよ」なんて言えない。クドクがスイウと婚約するだなんて、どうしても認められない。
どう見たって、クドクがちっとも魅力的な男に思えないのだ。
スイウの父は自分の見る目のセンスの無さを知っている。
妻は古くから続く伝統的な民族衣装の老舗の跡取りで、本人は現代に浸透しやすい画期的なデザインを広めた有名なデザイナーでもある。そのセンスの良さは折り紙付きだ。
妻との出会いだって、スイウの父が服を買おうとした際に、あまりのダサさに驚いた店員に止められ、あれこれアドバイスをもらって仲良くなった――というより、風貌の良さを台無しにするダサいファッションを見かねられたことが始まりだ。
友人たちに「お前の見る目は伴侶選びで百パーセント使い切られた」と言われるほど、スイウの父の目は曇っている。
だからおそらく、いいやスイウが気に入っているのだから間違いなく、クドクは好い男なのだ。
だけどどうしても認められない。腹が立って仕方がない。
こればっかりはスイウが誰を連れて来ようと、真っ先に「うちの可愛い娘をたぶらかしやがって!」という想いが立ってしまう。
「ううううう……」
とはいえ拒否し続けても具合が悪い。
大した根拠もなく婚約を認めない自分をどう思ったか、スイウや妻たちの見る目が日に日に冷たくなっている気がする。
それはクドクからある種の同情のような目で見られるほど。
そうして一週間ともたず、スイウの父も陥落した。
「だが無条件とは言わないぞ」
味方のいなくなった空しさをはねのけ、スイウの父はクドクに言った。
「婚約は認める。だが結婚は経済的な自立を互いにできてからだ。スイウは一応プロに入るわけだから、収入はあるな。クドクくんはもう数年は……十数年は学生だろう?」
「……つまり、準医巧介助士か医療機巧修復士の資格をとって、早めにどこかの店舗に就職しつつ勉強――」
「だ、だめだ! あまり急いてはスイウとすれ違ってしまうだろう! きみたちはそれでいいのか!?」
「分かりました。それでは、特級の資格をとって、自分の店舗を持ったら許していただけますね?」
「む、むむむむむむ……!」
クドクの目指す職は、妖力を用いて作られた特殊な医療器具を扱うもの。今では国民のほとんどが使用しており、もちろんスイウやクドク一家もお世話になっている。
そんな需要だらけの職は国家資格がなければなれず、狭き門。
しかも自分の店を持つほどとなれば、高給取りは間違いない。それに営業時間にも融通がきくため、スイウとの生活も安定することだろう。
もうつつく重箱の隅も見当たらず、スイウの父は唸り、そうしてこれだけは譲れないと勢いに任せて叫んだ。
「不純な行為は許さないからな! 結婚までは清い関係でいたまえよ?! 絶対に、絶対に、うちの娘を弄んだりしたら許さないぞ!」
清い関係。
その言葉の指す意味を、国の性教育を受けているクドクとスイウはちゃんと理解し、頷いた。
思春期の恋人たちにとって、恋人にしか許されない触れ合いというものが、いったいどれだけの誘惑に満ちているかも知らないで。
そうして二人の婚約は成立した。
その夜、スイウの父は呆れた様子の愛しい妻の胸に抱かれて泣きに泣いた。