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15. マネキンより小さい


 ▼▼▼




 クドクの手をひき、スイウは自分の家へと向かう。

 あの後、クドクのトンデモ発言で場が一度冷静になったおかげか、エリシェたちとスイウの勘違いはたちまち解消した。


 今までスイウが夜真兎式の伝統的な家の娘で、クドクにもそれを強制していたから服飾科に進まなかったのだと思っていたエリシェたちのショックは大きかった。

 誤解がとけたと同時に謝罪されたが、何を思ってか「スイウさん……本当にそんな男と結婚して大丈夫? 人生には逃げ道も必要なのよ?」と心配されもした。

 すかさずスイウはフォローしたが。


 周りはクドクの愛の重さと変質性にひいていたが、「愛されているのならオッケーなのでは?」と流すあたり、スイウもスイウだ。

 もうこの二人はそっとしておいたほうがいいだろう。セイジョウでさえ、そう遠くを見るように悟った。



 家に着くと、スイウはそのままクドクを自分の部屋へと通した。

 婚約者になってから数年、何度も入ったことのあるスイウの部屋であるけれど、それでもやはりクドクはどことなく心が浮ついてしまう。


「スイウ、どうしたの?」

「うん……」


 服飾科との誤解はとけた。

 クドクの心が他の女の子に移ってしまったなんて、とんだ勘違いだということも重々承知だ。

 だが、スイウにはまだ納得できていないことがある。

 それは……、『クドクが大きい胸が好きなのでは疑惑』だ。


 スイウが遠征で留守にしている間、クドクが服飾棟にたびたび現れた理由は分かった。

 服飾科の学生と懇意にしている理由も。

 エリシェやフェノル、そしてセイジョウがスイウに投げかけてきた言葉の意味も。

 全ては件のコンテストに付随していることは、スイウも納得している。


 しかしスイウには忘れられない疑問が残っている。

 それは今回のクドクに違和感を抱いた、最初の気づき。

 『最近のクドクは、やたらと西岸式の女性の胸元を見ている』という点だ。


 もしかすると、胸元を見ているというのは誤りで、裁縫をするものだから西岸式の服を見ていたのかもしれない。

 スイウの頭の中では、願望を強く残した推測が浮き上がる。

 一方で「いいやクドクは、下半身にはあまり目をやっていなかった気がする」なんて囁く自分もいた。


 そして少なくとも、スイウの胸はクドクが作った服を着せられたマネキンより小さい。それが一番のネックかもしれない。

 二人は婚約時の誓約から、まだ身体を重ねてもいなければ、互いの肌着姿さえもみたことがない。

 愛こそ溢れているが、慎み深く清らかなお付き合いをしている。


 現代のこの国において、結婚するまで未経験でいるのは多いわけではない。

 珍しがられるほどでもないが、要は当人たちが結婚後も納得していさえいればどうだっていいのだ。

 だが、その「納得」が肝心なのだとスイウは思う。


 何も知らない子どもの頃は良かった。

 性教育も受けていたし、男女の身体の違いも、どう成長していくかも、どうやって生命が誕生するのかも、知識としては分かっていた。


 だけど恋愛という感情が絡むと、どうも事情が変わってくるというのが、最近のスイウの気づきだ。

 スイウは自分の顔も身体も気に入っている。

 特別かわいいとか美しいだとか自画自賛しているわけではなく、気に入っている。


 同性の騎竜のチームメイトなんかは、大きな胸が邪魔で試合中に呼吸しづらくなるとか、振動で胸の付け根が痛くなるとか言っている。

 それを聞くと、無いわけでもなく大きくもない自分の慎ましやかな胸も、そう悪くない印象で生きてきた。


 だけど、結婚してクドクが自分の胸を見て、どう思うだろう。

 クドクが服を作るような趣味を持っていなかったなら、まだ大きな問題には思えなかったかもしれない。


 しかしクドクは、これまで何着もスイウの服を作ってきた。

 おそらく服の上からの外見と、たまに抱きしめた時の感触で、おおよその値を計算できたのだろう。

 だが、クドクはスイウが嫌がるようなことはしないと誓っていたし、興味はあっただろうが、いやらしくスイウの身体に触れたことなんて一度も無い。

 そのため正確な胸の大きさなんて、分かりようがないのだ。


 スイウはあのマネキンが着ていた、クドクの作った西岸式の服を思い出す。

 あのマネキンはスイウより胸が大きかった。

 クドクの服を着こなした、あのマネキンが。

 ということは、クドクはスイウの胸を、実際よりも大きく見積もっているのではないだろうか。


 そうすると、結婚して初めて互いの素の姿をさらけ出した日、クドクは思ったよりも小さいなと気づいてしまうに違いない。

 もしクドクがスイウが怪しんでいた通り胸の大きな子が好きなのなら、ただでさえ期待のできないスイウの胸のサイズを知って、さらにがっかりしてしまうかもしれない。


 それは、互いにとって「納得」のいく結婚になるのだろうか。


 スイウは考えた。

 もしスイウが大人しくひ弱で卑屈な人間なら、「わたし……クドクが思うほど胸が無いの……」としくしく泣きながら悲嘆に暮れているかもしれない。

 果てには「こんなわたしじゃ、クドクに見合わないよね……」と、自分から婚約解消を申し出て、「嫌だ! 解消なんて言わないでくれ!」とクドクに言わせようとしたかもしれない。


 だがスイウには、持ち前の負けん気と騎竜で培われた鋼のメンタルがある。

 スイウは自分の胸がクドクの好みでなかったとしても、さらさら諦めるつもりなんてない。

 同情を誘って自分の思い通りに進めていくような卑屈さも計略も、持ち合わせてはいない。

 確かに有るのはクドクのことが大好きだという気持ちと、困難に対して果敢に挑んでいく無鉄砲な度胸だ。


 つまるところ、もし未来のクドクが「納得」できないかもしれないのなら、今ここで「納得」してもらえばいいのだ!


「クドクはここで少し待ってて」

「え?」

 何をするのかとクドクが問えば、スイウは二ッと笑って答えた。

「着替えてくるの!」


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