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13. だからこそ許せない


 今でこそ格式の高い行事であっても、相応しい服装に性別や年齢の差で厳格な『マナー』を求めなくなったのだが、一昔前はそうではなかった。

 年齢や性別で着るべき型や色にくくりがあり、それを犯せば非常識だと謗られることは当然として、会場やレストランに足を踏み入れることすら許されない時代もあったのだ。

 今ではフォーマルとカジュアルで区別をすることはあっても、年齢や性別で服装を強制することをよしとしなくなった。


 その、旧体制下の西岸式の正装がスイウたちの前に現れた。

 いくらスイウが西岸式のファッションに疎いといっても、歴史の教科書や資料集、絵画や映画などで目にしたことはある。


「こっちのドレスがエリシェ、ジャケットがクドクの作ったものなの」

 ぽかんとするスイウに、フェノルが説明する。

 やはりスイウには、採点してみせるほどファッションの歴史にも縫製技術にも詳しくはない。

 とはいえ、どちらもしっかりとした作りで、素人目にしても『手を抜いた』と言われるゆえんが一つも分からない。


「どちらも素敵だと思うけど……。だって、教科書でもこういうかんじの服、見たことあるもの」

 スイウは首をかしげる。

「そうね、確かにつくりは良いわよ。そこはさすが決勝に残るだけあるって認めているわ。でも問題はそこじゃないの」

 イライラとした感情を隠しもせず、エリシェはふつふつと煮えたぎるような声で語る。



 コンテストの最終課題の一つが、この『旧体制終末期の西岸式正装』だった。

 制限時間内にそれぞれ自由にデザインした型で一から作ることはもちろん、トルソーではなく実際のモデルにフィットした衣服にすることが課題だ。

 エリシェのモデルはフェノル、クドクのモデルをセイジョウが務めた。


 問題なのは、クドクが男性モデルを選んだことだ。

 旧体制終末期では、西岸の格式高い様式にはかなり細かい規定があった。

 特に服装は顕著であり、その中でも男性用の正装は女性用のものと別の進化をとげた。

 女性用の正装の方が華美で豪華な見た目であったのだが、流行の発端者によっては時に奇抜さを求めることもあり、その素材や型・色のバリエーションがは豊かになった。

 しかし男性用は時代を経るごとにルールが厳格になり、色も型も選択の幅が狭くなっていく。

 さらに極めつきは縫製で、同じ型紙と生地で作った服であっても、その仕立ての具合によってマナー違反になることもあるくらいだったのだ。


「一見、女性用のドレスの方が豪華でしょ。生地の量だってこっちの方がはるかに多い。だけど男性用の方が縫い合わせるパーツが多いし、何よりモデルの体型にフィットさせるのがかなり難しいの」

 エリシェは器用にも、ギリギリと歯ぎしりをしながら語る。


「もう一つ男性モデルが不利な点。制限時間内では、どうしたって上下セットで作り終えることができないこと」

 旧体制終末期の女性用ドレスは、セパレートタイプはマナー違反。必然的にドレスの方はワンピースタイプになる。

 逆に男性用は、必ずセパレートでなければならない。

 ジャケット、シャツ、ベスト、ボトム。ただでさえそれぞれパーツの多いアイテムであるのに、どれかひとつを作っても正装として成り立たない。


 つまり最終試験は暗黙の了解として、『女性用のドレスを自由にデザインし、制限時間内で採寸の正確性、デザインの独創性、生地や他素材の扱い方、縫製の技術の完成度をいかに上げるか』が課題だったのだ。


「決勝はアタシとクドクの他にもう一人服飾科の子を加えた、三人。一位と二位の差は近かったけれど、三位との差は歴然だった」

 エリシェはクドクの作品の前に立ち、真っ直ぐと見上げた。その瞳には煮えたぎるような怒りもあれば羨望の光もあり、そして嫉妬を含んでいる。


「この出来栄えを見ればさすがとしか言いようがない。全く抜け目ないわよ。もしこれがコンテストでもなんでもなく、制限時間も無かったなら、『ちゃんとした完成品』が見たかった」

 くるりと振り返り、憎々しげにクドクを睨みつける。

「だからこそ許せない! アンタは優勝できるほどの実力があった。ドレスを作ってたなら勝敗は分からなかった!」


 エリシェが許せないのはそこに尽きる。

 元々エリシェは負けず嫌いだ。

 自分が服飾科の中でもかなりの実力者であるという自負もあった。だがそれに驕らないだけの努力も対策もしてきた。

 コンテストに向け、過去の課題をおさらいし、そうして最終課題のモデルには衣装を良く見せるということを熟知している親友――フェノルを指定した。

 己の実力と、隙の無い対策、そうして一番信用できるモデルを用意し、エリシェはコンテストに臨んだ。

 それなのに。


「モデルは女性を推奨って、クドクは知らなかったの?」

「いいや彼は知っていたのさ。知っていて、僕を指定したのさ」

 僕だって説得はしたのだけれどねと、セイジョウは肩をすくめる。


「スイウは俺に優勝してほしかった?」

 眉を下げたクドクが、見上げるようにスイウの顔を覗きこむ。自然と上目遣いになり、まるで子犬がキューンと鳴いているような幻覚さえ見えてきそうだ。

 一方でそれを間近で見てしまったセイジョウはいつものクドクとの違いにぎょっとするし、エリシェとフェノルはゲゲェーと舌を出してしかめきった顔を見合わせた。


 どちらも目に入っていなかったスイウは、慌てて「責めてるわけじゃないのよ!?」と両手をバタバタと振る。

「ただコンテストは勝負だから、公平じゃないといけないと思って。クドクが知っていて選択したなら問題ないの」

 その答えに満足したのか、クドクが甘えるように額をぴたりとスイウの額にくっつけた。


「つまりクドクは、セイジョウさんに紹介してもらったコンテストだから、セイジョウさんをモデルにして男性用の服で優勝したかったのね?」

「ん? いや、違うけど?」

「えっ」

「そうよ、そこが問題なのよ!」

 スイウとクドクのやり取りに、またもエリシェが噛みついた。


「クドクがそんな崇高な信念を持って臨んだっていうなら、アタシだって満足してトロフィー掲げてるわよ! なんならソイツ、優勝だってハナから狙ってなかったし、準優勝さえどうだっていいって態度なのよ!? ムカつくったらありゃしないわよ!」

「ええっ!?」

 スイウが驚いたままクドクを見やれば、さすがにマズい雰囲気だと察したのかクドクが気まずげに目をそらした。


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