11. 惜しむほどのことでもない
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「ということはつまり、クドクは服飾科のコンテストに出て、いきなり準優勝しちゃったってこと……!?」
「そうなるね」
スイウの疑問に、クドクは眉を下げながら肯定してみせる。
まるで「優勝できなくてごめんね」とでも言いたげな態度だが、独学で服を作っている素人が準優勝してしまったことの異常性を全く分かっていない。
それはクドクの、生まれてこの方これといった苦労をせずに生きてこられたほどの器用さがあればこその、確かな自信の表れだった。
そんなクドクを横目に、エリシェはケッと口を鳴らす。隣のフェノルも胡乱な物を見るかのように、半目でクドクを睨みつける。
二人の態度は、誰がどう見たってクドクに恋しているようには見えない。
そう、二人はスイウの恋のライバルではなかったのだ。
正しく言うなら、コンテストで優勝を争ったクドクのライバル……いいや、一方的にクドクを好敵手だと認識しているのだった。
クドクがコンテストに参加したきっかけは、セイジョウの実家が営んでいる手芸店。
ぬいぐるみ作家を目指すセイジョウは、学院近くの大通りにある有名な手芸店の跡取り息子だ。
生地が豊富で、新しい便利なツールが早く入荷することで利用者は多い。
服を作り始めてしばらくした頃、評判を耳にしたクドクはそこへ通い始めた。スイウにぴったりな理想の生地を探すために。
まだ数着しか作り上げていなかった当時のクドクは初心者で、手芸本を数冊ほど目に通しただけでは分からない部分も多かった。
何より、同じく西岸式の服をつくるような、知識の豊富な同志がいない。
そこで店員ならばある程度は分かるだろうと目を付けた店員――それがセイジョウだった。
セイジョウも最初こそ、クドクのことをただの『専門で習っていない、独学の初心者の客』だと思って懇切丁寧に対応していた。
だが回を重ねるごとにクドクの異常性に気づいた。
こいつ、上達が速すぎやしないか……? と。
それもそのはず。
生まれてこのかた、クドクはスイウとの恋路以外にまったく苦労や挫折というものを経験したことのない器用の王様なのである。
たいていの事なら本を読むだけでこなてしまう。
ただそれでもクドクが「分からないから店員に聞こう」と思ったのは、自分のイメージする服に合うステッチの組み合わせだとか、知らない器具だとか、そういう素人が手芸に手をだしてすぐに考えいたらない部分だったのだ。
割と早い段階で、クドクの群を抜く器用さに気づいたセイジョウ。
自分が服飾科や実家での経験で知ったあれそれを、そっとクドクに吹き込めばあっという間に修得してしまう。
セイジョウはなんだかとても楽しくなってしまった。
もしセイジョウがもっと卑小で器の小さな人間であったなら、クドクに嫉妬してわざと苦労する道に誘い込んだだろう。
セイジョウの美点は、同志と認めた人間を、限りなく純粋に尊敬できるところだ。その根幹はスイウにも通じるところがあるけれど、セイジョウの美点になんら興味の無いクドクは気づかないままなわけだが。
きっとクドクは瞬きの間に自分の技量を超えてしまうだろう。
そう予測したセイジョウの推測は正しい。
ただそれは、クドクが『もっと上手くなりたい』『プロになりたい』とでも思っていたならそうだった。
クドクの残念なところは、自分の持ちうる器用さ全てを、スイウに捧げてしまおうという恋への溺れっぷりだ。
かつてセイジョウは未来の展望明るく、鼻息を荒くしながらクドクに持ち掛けた。
「もっとクラシカルな紳士服を作ってみたらどうだろう」
「もっとセクシーな服はどうだい?」
「実はこういうロックな生地があるんだけれど」
クドクが一度も手掛けたことのないジャンルの型紙、生地、技術などをどんどん紹介した。
これは紛れもない善意で、『彼は歴史的な裁縫師になるかもしれない』という期待もあった。
だがクドクの返す答えはいつもこうだ。
「それはスイウの好みじゃない」
却下。却下。却下!
セイジョウは絶望した。
目の前にとんでもなく価値のある大きな宝石がある。
簡単なカット方法でも、そりゃ人々がこぞって欲しがるだろう。
それじゃダメなのだ。
最高級の素材は、最高級の仕立てでなきゃ真価は発揮されないのだ。
それなのにクドクは、スイウだとかいう婚約者だか恋人だかの好みのために、素朴なカットで片田舎に埋没させようとしている。
おいおい待て待て。
その宝石は、そんじょそこらの娘が普段使いで気軽に使っていいもんじゃないんだぞ。
最高の職人が最高に仕立て上げ、何十万何千万の人々の前に飾られてもおかしくない宝石なんだぞ、と。
「クドク、君はなんにも分かっちゃいない。君はソーイングの天才だ! 唯一、欠点があるとするなら、『経験の少なさ』それだけなんだ。もっと幅広く手掛ければ、君の技術はプロのトップなのだよ!」
セイジョウはそうクドクを説得しようとしたことがある。
クドクの技術は、婚約者の服を作るだけにとどまらせるにはもったいなさすぎる。
彼の才能をたった一人だけのために埋没させてしまうのは、ファッション界の大いなる損失だと、そう確信したのだ。
ここでセイジョウは非常に残念な勘違いをしていた。
クドクに才能があるのは真実である。
しかしそれは裁縫に限ったことではなかった。
クドクの生まれついての器用さは多岐にわたっていて、たまたま分野のかぶったセイジョウがそのソーイングの才だけを知った。それだけのことだった。
自分が何でも器用にこなしてしまうことなど、クドクにとっては当たり前のことだ。
惜しむほどのことでもない。
だからクドクは心のままに言った。
「俺はスイウの服しか作る気しないね」と。非情なまでに。
すげなく断られ、セイジョウはまたも絶望した。
しかしこんなことで諦められるほど、セイジョウは根性のない男ではなかったのが運のつき。
諦め悪く、セイジョウは言ってはいけないことを言った。
「スイウくんって娘に強制でもされているのかい? そうだとしたら、今すぐ彼女とは別れたほうがいい。その娘は君を幸せに導く子ではないよ」
「は?」
クドクはキレた。
普段はクールで、周りの誰かに嫉妬心からどんなやっかみを受けようと、すまし顔でかわしてしまうクドクが、キレにキレた。
その後のことはセイジョウのトラウマになるほどの恐怖だった。
何が起こったか。それを思い起こすだけで、セイジョウは今でもぶるぶると震えてしまう。
それからセイジョウは、冗談でもスイウのことを面と向かって悪くは言えなくなってしまった。
しかし残念なことに、セイジョウは引き際というものを弁えない、どうしようもなく諦めの悪く一方的な正義感に篤い男だった。
クドクの前では繕いながらも、クドクの才能を独占するスイウへ並々ならぬ憎しみを抱いてさえもいた。
いつかクドクを、クドクのソーイングの才を解放してやろう。
そう情熱を燃やすセイジョウに、またとない機会が訪れてしまった。
それが、スイウの夜間遠征だ。




