聖女として育てられていた私、実は闇魔法の使い手という事が判明したせいで婚約破棄をされ、悪魔の子として追放された ~死にそうな所を隣国の王子様に助けられたので、恩返しの為に彼の国を聖女の力で救います~
【あらすじ、”瘴気”→“瘴気”】「フェリシア・バギーニャ! お前との婚約を破棄する! 悪魔の子と結婚など出来るか!」
城の大広間にやって来て早々に、私の婚約者である、ピエール・ザンギーマ王太子様は、声高々にそう宣言した。
先程判明した衝撃の事実で頭がいっぱいなせいで、頭が働いていない。なので、ピエール様のお話が全然理解できない。
どうしてこんなに私が悪魔の子と呼ばれ、婚約者にこんなに酷い態度を取られているのか。
実は今日、私は十八歳の誕生日を迎えた。そして私は今日、朝一番に儀式を受けて、国の聖女になる予定だった。
聖女というのは、国の外に蔓延する瘴気というものから、国を守るための結界を張ることが出来る人物。それ以外にも、瘴気の浄化や怪我の治療、防御魔法をかける事もできる。
この聖女の役目は、今まではお母様が行っていた。何故なら、侯爵貴族であるバギーニャ家は、代々聖女しか使えない光魔法が使える家系で、聖女として国の繁栄に関わってきたからだ。
そんなお母様も高齢で、聖女を続けるのが大変になってきたから、私が次の聖女になって、国の困っている人を助けたい――その一心で、幼い頃から沢山の勉強や、光魔法の練習をした。
その努力が今日、ようやく実る。そう思って儀式を受けたんだけど……儀式の際に、私は聖女として必要な光の魔力以外にも、闇の魔力を持っている事が判明した。
闇の魔力は、昔から破壊や呪いを司る魔法として忌み嫌われ、使い手を悪魔の子と呼んでいる。私には……なぜかその力があったようだ。
「そんな……た、確かに私には闇の魔力があると言われました。ですが、私は闇魔法なんて使えません! ましてや人を傷つけたり呪ったりなんて、もってのほかです!」
「黙れ! 今はそうかもしれないが、いつかは感情に任せて闇魔法を使うかもしれん! そんな危険人物と結婚なんて出来ない!」
「諦めろフェリシア。これは決定事項だ」
私の義理の父である男性に、冷たい声色で止められてしまった。
どうして……どうしてこんな事になってしまったの? 私はただ聖女として、この国や民の助けになりたかっただけなのに……!
「ふん、だが俺としては、正直お前がそんな危険人物でよかった」
「ど、どういう事ですか?」
「俺は真実の愛を見つけてしまったからな。そう……お前の妹である、サリィアとの愛にな!」
「ふふっ! お姉様の代わりに私がピエール様と結婚するの!」
そう言いながら、ピエール様は妹であるサリィアの肩を抱くと、それに応えるようにサリィアはピエール様の胸に寄り添った。
サリィアは三つ年下の、私の異父姉妹だ。引っ込み思案で黒髪、見た目もチビで地味で眼鏡をかけている私とは違い、サリィアは社交的で明るい性格、煌びやかな金髪、見た目もスタイル抜群で顔も綺麗と、まさに非の打ちどころがない。
唯一欠点を上げるとするなら、凄く溺愛されて育ったせいか、とてもワガママだという事だろう。一応サリィアも聖女候補として、聖女になるための勉強をしていたのだけど、勉強なんてしたくないと、いつもワガママを言っていたのを覚えている。
「で、でもこの婚約はバギーニャ家と王家で決めた結婚です! 当人達だけで解消する事は出来ないはずですわ!」
「それなら問題ないわ。もう王家の方との話も済んでいる。向こうも悪魔の子と結婚なんてさせられないと仰ってる」
「お、お母様……!」
もう済んでいる……? どういう事? 私の闇の魔力の事についてわかったのはさっきなのに……あまりにも話が進むのが早すぎる。
「婚約解消の事はわかっただろう? それと、お前を第一級危険人物として、国外追放をする事が決まった。これは父上も了承済みだ」
「こ、国外追放!?」
「当然だろう。闇の魔力を持っているような人間を国に置いておくわけにはいかない。わかったらさっさと荷物をまとめて出ていけ!」
「…………」
ピエール様に酷い事を言われても、その場に居合わせていた家族は誰も助けてくれない。それどころか、私を汚物を見るような目で睨んでいる。
「そんな……なら、代わりの聖女は誰が務めるんですか!? お言葉ですが、現状で私よりも勉強をしている聖女はいないかと!」
「もちろん、わ・た・し♪」
「なっ……!?」
サリィアが……聖女!? 確かにお母様の血を引いてるから、聖女に必要な光の魔力は持っているけど……サリィアは聖女に必要な勉強は魔法の勉強をほとんどやっていない。そんなサリィアが聖女なんて出来るはずがない!
「お義父様、お母様! 考え直してください! サリィアには聖女は務まりません! サリィアを聖女にしたら……この国と民が犠牲になります!」
「はぁ? あんた、なに生意気にサリィアの事を貶してるのよ!?」
「このバカ娘が! 大切な大切なサリィアになんて事を……! 顔を見るのも忌々しい! さっさとこの国から出ていけ!」
どうして……私は国のために、民のために思って発言してるだけなのに……私はいらない子なの? 危険な子なの? 今までずっと頑張ってきたのに……こんなの、あんまりよ……。
「うわっ、泣いて同情を誘おうとしてる~! お姉様なっさけな~い!」
「ははっ、本当だな! こんな陰湿な女よりも、明るくて美人なお前と結婚できるなんて、本当に幸せだ!」
いくら反論しても無駄だろう。もう私に残された道は、この国を出ていく道しかない。聖女としてではなく、悪魔の子として……。
「うっ……ううっ……」
大広間を後にした私は、涙を流しながら廊下をとぼとぼ歩いていると、突然城を守る兵士に道を塞がれてしまった。
「え……な、なんのご用でしょうか」
「フェリシア殿、あなたを拘束させていただく」
「こ、拘束!? きゃあ!」
いつの間にか背後にもいた兵士に捕まってしまった私は、何とか振りほどこうと暴れたけど……多勢に無勢。両手足を縛られ、猿ぐつわで喋れなくされてしまった私は、そのまま外にあった馬車の荷台に放り込まれてしまった。
「相手は悪魔の子だ。何をしてくるかわからん。十分に警戒をしておけ」
「はっ!」
「むーっ! むーーっ!!」
荷台の中で、必死に声を出そうとしたり暴れてみたけれど、何をしても無駄だった。その間に馬車はガタガタと揺れながら、私を乗せて何処かへ向かっていく。
――どれほど揺られただろう? 急に馬車は止まると、私は乱暴に拘束を解かれ、そのまま馬車から放り出されてしまった。
「悪魔の子め! ここで朽ち果てろ!」
「あっ……待って……!」
私の制止も虚しく、馬車は颯爽とその場を去っていく。
うぅ……丸腰の状態なのに、これからどうやって生きていけばいいの……? それに、一体どこに連れて来られたんだろう?
そう思いながら辺りを確認すると、そこは紫色の霧に覆われた、酷く荒れた荒野だった。
「ここどこ……? ごほっごほっ! うっ……酷い瘴気……」
荒野に蔓延する紫色の霧のせいで、思い切りむせこんでしまった。
この霧が瘴気と呼ばれているものだ。瘴気とは、様々な土地にある魔力が乱れると発生する。見た目は紫色の霧のようなものだ。
瘴気が発生すると、土地の魔力の乱れが更に発生し、新たな瘴気が生まれる。更にこの瘴気は大地や植物、水をも汚染してしまう。そして動物が瘴気を取り込み過ぎると、体調を崩していまい……最悪の場合、モンスター化してしまったり、死に至る。
動物という括りには、当然人間も含まれる。つまり、瘴気を放っておくと、モンスターや死体が蔓延る、死の大地になってしまう。
この瘴気に対抗できるのが、光の魔力を持つ聖女だけ。聖女の持つ光の魔力は、瘴気を浄化する事が出来るの。それに、瘴気やモンスターの侵入を阻止する結界も張れる。
「この辺りは、瘴気に汚染されてしまってるのね……と、とにかくこのままでは私が瘴気でやられちゃうわ……光の加護よ、悪しき魔力から我が身体を守りたまえ」
魔法の詠唱をすると、私の足元に真っ白な魔法陣が出現した。それから間もなく、身体から優しい光が溢れ……その光は私の身体を包み込んでくれた。
これは簡易的な結界魔法。これがあれば、とりあえずは瘴気のせいで死んじゃう事はないだろう。
でも、このままではいつかは食糧不足で倒れてしまうのは明らかだ。とにかくまずは食糧と……あとは水を探さないと……。
そう思い、あても無く歩き続けた。とにかく歩き続けた。それでも……瘴気によって荒れてしまった大地には、食料も水もなかった。
「お腹すいた……あっ!」
どれだけ歩いたのだろうか。少し先ではあったけど、そこには広大な森が広がっていた。
森だったら……もしかしたら食料や水があるかもしれない。少なくとも、こんな荒野を歩いているよりも可能性はあるはず!
「とにかく行ってみよう」
慎重に森の中に入ってみると、そこもやはりというべきか、瘴気に犯されてしまっている。木自体は沢山あるけど、どれもほとんど腐ってしまっている。こんな状況では、食べ物があるとは思えない。
……結界の外の世界って初めて来たけど、聞いていた以上に酷い有様だ。これじゃ聖女がいなければ生活できないのも頷ける。
「はぁ……はぁ……」
更に奥に進んだはいいけど、ずっと飲まず食わずで歩き通しな身体が悲鳴を上げ始めた。食料も水も見つかる気配もないし、あてもなく歩いたせいで、森の出口もどっちかわからない。
……私、きっとここで死ぬんだ……悪魔の子として、当然の死に方なのかもしれない。でも……死ぬくらいなら、せめて最後に聖女らしい事をして死にたい。
――もう、あんな悲劇を見たくなんてないもの。
「……この森を浄化しよう」
聖女に出来る事の代名詞と言える、瘴気の浄化。それをすれば、この森から瘴気が無くなる。流石に枯れた木々は蘇らないけど、それでもやらないよりはマシだろう。
「儀式をちゃんと受けられなかったけど、大丈夫だよね……我が身体に秘められたる光よ、かの地を覆う邪悪な魔力を浄化せよ!」
詠唱と共に、私の足元に白い魔法陣が展開されると、身体から強い光が溢れ出る。その光は波状となって辺りに広がっていき――瘴気を消滅させていく。
「うん、うまくいった! って……あれ?」
消滅する――はずだったのだが、この辺りの瘴気はかなり濃度が高いのか、紫の霧は全て消えていなかった。もう一度試してみたけど、やはり結果は同じだった。
「そんな……全て浄化できないと、残った瘴気がまた新たな瘴気を生み出してしまう……それでは意味がないのに……」
悪魔の子として追放されて、結局何も果たせないまま私は死ぬの? 私は……今まで何のために生きてたの……?
瘴気に苦しむ民を救うために、この身を捧げる覚悟までしたのに……私……私は……!
「嫌だ……聖女として、何かの役に立ちたい……!」
涙が落ちた地面に、私の知らない漆黒の魔法陣が展開された。それから間もなく、私の前には漆黒の球体が現れた。
こんな魔法、私は知らない。どう考えても光魔法には見えないし……もしかして、これが闇魔法なの? 魔法の効果も、発動した理由もわからないけど……。
「お願い、この森の瘴気を……!」
私の願いに応えるように、球体はふわりと上空に浮くと、辺りにある瘴気をどんどんと飲み込んでいき――辺りの瘴気は完全に消滅した。
凄い……これが闇魔法……!? 闇魔法は破壊や呪いといった魔法が多いって文献で見た事があるけど、瘴気を飲み込んでしまう魔法もあるなん……て……?
「あ、あれ……?」
まるで身体中から力が抜けてしまったかのように、私はその場にうつ伏せに倒れてしまった。
もしかして……さっきの闇魔法の反動……? よくわからないけど、身体に全く魔力を感じないし、力が入らない。それに……凄く眠い……。
「私……ここで死んじゃうのかな……でも……最後にちょっとだけ……聖女らしい事が出来て……よかっ……た……」
****
「……うっ……」
なんだろう。私は冷たい地面の上に寝ていたはずなのに、今はとても柔らかいものの上にいる。もしかしてここは雲の上? それにしては、どうしてこんなに暖かく感じるのだろう? 死んじゃっても感覚は残っているものなのだろうか?
「よかった、目が覚めたんだね」
「……?」
眼鏡が無いせいでぼんやりとしか見えないけど、誰かが私の事を見ているのはわかる。声からして男性……のような気もするけど、中性的な声だから断言が出来ない。
「えっと……?」
「ああ、眼鏡が無ければ見えないか。申し訳ない」
その方は、優しい手つきで私に眼鏡をかけてくれた。そのおかげで、ようやく私が置かれている状況が理解できた。
どうやら私は大きなベッドに寝かされているみたい。部屋は凄く広くて豪華な作りなところを見るに、王家が住むお城か貴族の屋敷の一室だと思う。
そして私に眼鏡をかけてくれた方は、やはり男性だった。真っ黒でサラサラな髪を伸ばして、片目を隠しているのが特徴的だ。
そして何より、そのお顔がビックリするくらい整っている。私のような地味な女が近くにいるのがおこがましいと思ってしまうくらいだ。
「あの、私はどうしてここにいるのでしょう?」
「僕達が森の瘴気の調査をしていたら、突然瘴気が一気に消えたんだ。それで急いでその原因を調べていたら、君が倒れていた。だから城に運んできたんだ。医者が言うには、魔力を一気に使った事が原因だろうと言っていたよ。ちなみに丸一日眠っていたよ」
ここはやっぱりお城だったのね。それにしても、倒れているところを助けてもらったなんて、随分とご迷惑をおかけしてしまったようだ。
「助けていただき、ありがとうございました。えっと……」
「僕はガレス。ガレス・アインベルトだ」
「あ、アインベルト……?」
確かその名前は、私の住んでいた国の近くにある、小さな国の名前だ。という事は……この方はアインベルト国の王家の方? それならこんな立派な部屋に連れて来てくれた事も頷ける。
「君の名前は?」
「あ、申し遅れました。私はフェリシア・バギーニャと申します」
「フェリシアか。良い名前だね。美しい君にはピッタリだ」
「ふぁ!? あ、ありがとうございます」
ここまでの会話の中でずっと表情が乏しかったガレス様は、ほんの僅かに口角を上げた。それだけで凄く印象が変わるし、なにより……美しすぎてドキドキしてしまう。
自慢ではないけれど、私は生まれてから男性経験が全く無い。幼い頃からずっと聖女になるために勉強の毎日だったから。元婚約者のピエール様とも、手を繋ぐのどころか、触れた事すらない。
それくらい、私は男性への免疫が無いというのに――
「うん、運んだ時は熱があったけど、今は下がったみたいだね」
「ひゃあああ!?」
「ん? どうかしたかい?」
ガレス様は自らのおでこを、私のおでこに当てて熱を測り始めた。ただでさえ男性慣れしてないのに、こんなに近くに男性の顔が……しかもとんでもなく美しいガレス様が……。
「は、はひゅう……」
「ふぇ、フェリシア? 急にどうした? わ、わからないが……とにかく医者を呼んでくる!」
なんだか遠くからガレス様の声が聞こえるような……あ、駄目……もう……限界……きゅう……。
****
「その、申し訳ありませんでした。急に気絶してしまって……」
「なに、君が無事ならそれでいい。でも急にどうしたんだ?」
「わ、私にもわからないです、はい」
ドキドキのあまり気絶してしまってから数時間後。私はベッドの上で深々とガレス様に頭を下げた。
ただでさえご迷惑をおかけしてしまっているのに、余計な心配をかけてしまった。私ったら情けない……。
「まあそれはいい。それよりも、どうしてあんなところに倒れていたんだ?」
「……それは」
正直、ありのままに話すか迷ったけど、あんな森の中……しかも高密度の瘴気に犯された森で倒れていたら、おかしいと思うのは普通。だから、ちゃんと話さないと怪しまれてしまうし、助けてくれたガレス様にも失礼だ。そう思った私は、自分の今までの事や、追放された事を、ありのままに話した。
「……聖女に追放に婚約破棄か。なんだか随分と一日で波乱万丈な事が起こったんだね」
「…………」
「全く、聞いてる限りでは、フェリシアは聖女として頑張っていたのに、そんな仕打ちをするなんて。人様の家族や婚約者を悪く言うのはあれだが、随分と酷い方々だ。かわいそうに……」
「え……?」
この方は、私の事を慰めてくれているの? そんな事をしてくれる方なんていなかったから、なんだか不思議な感じだ。
母国にいた時は、私はあくまで聖女の娘、もしくは次期聖女としてしか見られておらず、フェリシア・バギーニャという一人の人間として見られた事も、心配された事もなかった。だから、こうやって一個人として心配されるのは、なんとも不思議な気分だ。
でも……悪い気はしない。いえ、それどころか……凄く嬉しい。
「聖女という事は、もしかしてあの森の瘴気が急に消えたのは、君がやったのか?」
「はい。もう帰る場所もないですし、そもそも助からないと思っていたので、せめて最後に聖女らしい事をして死のうと思って……」
「そうだったのか。あの森を救ってくれて、本当にありがとう!」
「そ、そんな! 頭を上げてください! 私はただ聖女として当然の事をしただけで……!」
「君の言う当然が、僕達にとっては感謝してもしきれない事なんだよ」
ど、どうしよう。相手は一国の王子様だというのに、こんなに頭を下げさせていいはずもない。私は一体どうすればいいの?
「とにかく、これから行くあてもないのだろう? こんな事がお礼になるかはわからないけど、この国でゆっくりしてほしい」
「え? でもご迷惑じゃ……」
「我が国の領土を浄化してくれた大恩人を追い出すような真似を、僕にさせろと? それこそ末代までの恥になってしまうよ」
「うっ……」
そう言われてしまうと、それ以上何も言えなくなってしまう。実際問題、放り出されても困ってしまうのは事実だし……とりあえず今はガレス様のご厚意に甘える事にしよう。
「わかりました。お世話になります」
「ああ。眠っていたとはいえ、疲れただろう? 今日はこの部屋でゆっくり休んでくれ。食事はこの後準備させる」
「ありがとうございま――あっ」
ぐぅ~……。
「…………」
「ふふっ、お腹が空くのは元気な証拠だ。急いで準備させるから、待っていてくれ」
「……は、はいぃ……」
ま、まさかこんなに大きなおなかの音を聞かれしまうなんて……恥ずかしすぎて身体中が熱い。こ、こんなのもうお嫁に行けない……ぐすんっ。
****
「いや~こんなに上手くいくとは思ってなかったな!」
「本当ね! あ、ピエール様。お酒が無くなってますよ!」
「おっと……ありがとう我が愛しの妻よ!」
無事にお姉様を国から追い出せた私は、これから旦那様になる予定のピエール様と一緒に豪華な食事を楽しんでいた。
今頃お姉様はお腹を空かせて泣いているだろう。それとも、もう瘴気に耐えられなくて死んでるかもしれない。一応あんな地味で大人しい女だけど、忌々しい事に聖女としての力は申し分ないから、流石に瘴気で死ぬような事はないと思うけど……私としては、是非苦しんで死んでほしいわね!
だってお姉様ってば、私よりも聖女としての才能が上でムカつくだけじゃなくて、これ見よがしに努力に努力を重ねて、私には偉そうにちゃんと勉強しろとか説教してきたのよ? うざいったらありゃしないわ!
「そういえば、俺はフェリシアに闇の魔力がある事を先日知ったんだが、どうしてあいつにはそんな魔力があったんだ?」
「聞いた話ですけど、お母様の前の旦那様……つまりお姉様の本当のお父様の血筋に、闇魔法の使い手がいたようですの。その血が隔世遺伝した結果だそうです」
「ほう、そんな事が」
「それと、実は両親はその事を前からわかっていたみたいです。ピエール様のお父様にも伝えてあったみたいです。でも、あえて公の場では黙っていた……儀式にかこつけて、悪魔の子の烙印を押したかったみたいですの」
お母様曰く、普通の生活をしている時に闇の魔力がある事を知るよりも、儀式によって分かった方が後々都合が良いとの事。私にはその辺はよくわからないけど、何か大人の都合があるんだろう。
「闇の魔力の事がなくても、両親は私の事をとても愛してくださっているので、地味な見た目で華が無いお姉様よりも、美しくて華がある私を聖女にしたかったみたいですけどね!」
「ああ……確かにご両親は随分と過保護だったな。正直俺ですら引くくらいだったな」
そう思われても仕方ないわね。全ては私が可愛いのがいけないの。あ~可愛いって罪だわ~!
「無事に聖女になれたし、こんなイケメンな旦那様に嫁げて、本当に幸せです!」
「俺も幸せだよ。どうもフェリシアは地味で華が無いし性格も明るくないし、俺の妻にはふさわしくない。あんな女と結婚していたらと思うと寒気がする。だがお前は美しくて性格も明るくて華がある! そういう事だから、そろそろ俺達の部屋で愛を育もうではないか」
「ひゃん、もうピエール様ったら……」
「あ、あの……ピエール様。お食事が終わったら、聖女様に結界の修復をさせろと御父上からの命令が出ていたはずでは……」
は、何この空気の読めない兵士は。そんなの明日でも出来るんだし、別に急ぐ必要なんてないじゃない。本当にうっざ……。
「俺達の愛の邪魔をするのか?」
「い、いえ! 滅相もございません!」
「黙れ! この不届き者を城からつまみ出せ! そしてお前はクビだ! 二度と城の敷居を跨ぐな!」
「そ、そんな……! やめろ! 私には養わなければならない家族が!!」
なんかごちゃごちゃ言いながら部屋を追い出されたけど、何を言ってたんだろうか。まあどうでもいいか。それよりも早くピエール様と蜜月の時を……あ、その前にちゃんとシャワー浴びておかなきゃ!
****
「うぅん……あれ……?」
翌日、目を覚ました私は、見慣れない風景に一瞬戸惑ってしまった。
そうだ、ここはアインベルトのお城だった。まだ来てから日数が経っていないから、どうにも違和感を拭えない。
「とりあえずお日様の光を浴びよう」
私はいつも日課にしている日光浴をしようと、昨日からずっと閉められていたカーテンを開けると、目の前の光景に目を疑った。空は紫黒色の厚い雲に覆われて薄暗く、大きな街には瘴気が漂っていたからだ。
どういう事なの? 母国程の規模は無いにしろ、ここまで大きな国になるまで発展するには、必ず聖女がいるはずなのに……この惨状は……!?
「フェリシア様、失礼いたします」
「は、はい。どうぞ」
「ガレス様がお呼びです。謁見の間にお越しください」
「わかりました」
「では私共で準備をさせていただきます」
そう言うと、何人かのメイドが部屋に入って来て、慣れた手つきで私の髪のセット、ドレスの着付、お化粧をしてくれた。すると、鏡には今までの私とはまるで別人のように綺麗な人間が映っていた。
これが……私? 母国にいる時はおしゃれなんてしてる暇があったら聖女の勉強に時間を当ててたから、こんなに綺麗にしてもらえた事はない。なんだか変な感じ……。
「大変美しゅうございます」
「あ、ありがとうございます」
「ではこちらにどうぞ」
メイドの案内の元、私はお城の最上階にある広い部屋に招かれた。そこには玉座があり、一人の男性が堂々と座っていた。その両脇には、ガレス様と、彼によく似た男性が立っていた。
「おはようフェリシア。今日はいつにもまして美しいね」
「あ、ありがとうございます」
そんなストレートに褒めないでほしい。照れちゃって顔が真っ赤になっちゃう……。
「お初にお目にかかる。余はアインベルト国の国王だ。隣は我が息子であり、第一王子のノアだ」
「ノアだよ。昨晩はよく眠れた?」
「フェリシア・バギーニャと申します。この度は国王陛下、並びにノア様にお会いできて大変光栄ですわ。皆様の大変温かいご厚意のおかげで、昨晩は快眠でしたわ」
「それはなにより。そなたの事はガレスから聞いておる。かの大国、ガトリオ国の聖女だと」
ガトリオ国は、私の住んでいた国の名前。国王陛下の仰る通り、この辺りでは一番の大国だったりする。
「はい。次期聖女の筆頭候補として勉強をしておりました。ですが……」
「闇の魔力が原因で追放……だったな。なんとも過酷な運命を背負ってしまったものだ」
「私自身も驚いております。あの……ご存じでしょうが、闇の魔力を持っている人間は悪魔の子として忌み嫌われております。もしご迷惑でしたら、すぐに出ていきますので……」
一宿一飯のご恩があるとはいえ、私は悪魔の子。もし邪魔ならさっさと出ていった方が良いと思って提案したんだけど……国王陛下は静かに首を横に振った。
「あいにくだが、瘴気を浄化してくれた大恩人を追い払うような非人道的な事は趣味ではないのでな。もし心の底から出ていきたいと願うなら止めはせんが……」
「い、いえ! ただ……ご迷惑じゃないかと思って……」
「なに、気にする必要は無い! 外は大変危険だからね! 一日と言わず、ずっといてくれて構わないよ!」
ガレス様のお兄様であるノア様は、満面の笑みを浮かべながらそう仰った。
気持ちはとても嬉しいけど、だからといって何もしないでお世話になり続けるのも……そうだ!
「国王陛下、先程外を拝見したのですが……」
「そうか、見てしまったか」
「申し訳ございません。いつもの癖で日光浴をしようとして……一体何があったのでしょうか?」
「それは僕から説明しよう」
ずっと黙っていたガレス様は、とても難しい表情を浮かべながら、ゆっくりと口を開いた。
「この国には、以前から優秀な聖女がいなかった。その影響で強固で広範囲の結界を張ることが出来ず、国は日頃から瘴気の問題に悩まされていた。それでも、日々何とか生きていく事は出来た。だが……その聖女が二年前に持病で亡くなってしまった」
亡くなった……それなら次の聖女が役目を引き継いで、新しい聖女が国を守るはずなんだけど……。
「その聖女は病弱でね。跡継ぎを生む身体を持ち合わせていなかった。僕達もそれはわかっていたから、民の中で光の魔力を僅かでも持っている人間を探した」
聖女の家系じゃなくても、遠いご先祖様の中に光の魔力を持っている方がいて、隔世遺伝で光の魔力を持っている一般の民は極稀にいるのは確かだ。王家もそれを期待して探したんだろう。
「結果、三名ほど見つかった。これはかなり幸福な事だった。彼女達も喜んで協力してくれたんだが……残念な事に、聖女になれるほどの魔力量も才能も無かった。そして……跡継ぎも見つからないまま、聖女は……」
「そんな……」
「だが、その聖女は最後の力を振り絞って、国を守る結界を出来る限り強固なものにしてくれた。そして、瘴気を防ぐ魔力が込められた魔法石をいくつか残してくれたんだ。その後に……魔力を全て使い切った彼女は、笑顔のまま……灰となって亡くなった」
ガレス様は悔しそうに握り腰を作りながら、ギリッと歯を食いしばった。その隣では、国王陛下もノア様も悲しそうな表情を浮かべている。
なんて立派な聖女だったのだろう。きっと病気で苦しかったはずなのに、最後の最後まで国や民のために頑張って……考えるだけで涙が出そうになる。
「彼女が残してくれた時間。それを無駄にしないために、僕達は国と民を守るために、今日まで行動した。新しい聖女候補を探し、他国に掛け合って聖女の力を借りようとしたり、聖女の力が無くても瘴気をどうにかできないか、現地に赴いて研究したり……だが、どれも成果が出なかった」
「そんな……」
「そして……一月ほど前、ついに彼女が残してくれた結界が消え、国の中枢にまで瘴気が蔓延した。それが君が見た、今の国の姿だ。空は厚い雲に覆われて常に暗くなり、瘴気がそこら中に漂っている。民達は瘴気に苦しみ、中には亡くなった者やモンスター化した者もいる……まさに地獄だ。今は何とか耐えているが、このままでは作物や大地や水、そして家畜も完全に瘴気に汚染される未来も遠くない……」
結界が無いのなら、私が見た光景も頷ける。結界が薄れて瘴気が少し入ってきたとは思えないような感じだったから。
でも……それは聖女がいないから。今のアインベルト国には、私がいる。この力で、困っている沢山の人達を救える!
「あ、あの! それなら私が瘴気を何とかします! 私は幼い頃からずっと聖女としての勉強をしてきました! その、聖女の儀式をちゃんとしてないので、正式な聖女ではないんですけど……それでも少しはこの国や民の力になれると思います!」
「これは僕達の問題……それに巻き込む形になってしまうけど……それでもいいのかい?」
「勿論です。私は聖女として瘴気に苦しんでいる民を助け、瘴気から民を守るのを目標にしてました。それは他国の民でも同じです! それに、ガレス様に助けてもらった恩をお返ししたいんです!」
「フェリシア……本当にありがとう」
「あ、頭を上げてください!」
私は聖女として当然の事をしようとしているだけだから、そんなに頭を下げられても困ってしまう。相手が王族の方となったら尚更だ。
「その、どこかこの国を見渡せる場所があると好都合なのですが……」
「それなら城の屋上が適任だろう。余が案内しよう」
「ありがとうございます、国王陛下」
私は国王陛下と王子様達と一緒に、お城の屋上に出られる扉の前まで来た。扉の小窓から見える外は、相変わらず瘴気が漂っている。
昨日はガレス様にドキドキしていたせいで気づかなかったけど……こうして外に意識を向けていると、瘴気による乱れた魔力の影響なのか、凄く嫌な感じがする。なんていうか……胸が重くなるって言えばいいのだろうか。
「お待ちください。外に出る前に、皆様に結界魔法を施します」
「私達には聖女が残した魔法石があるから、心配ないよ!」
「それは失礼しました。では参りましょう」
私は自分だけ結界魔法を使ってから、ガレス様達と一緒に外に出る。
……本当に酷い瘴気だ。私が迷い込んだ森よりは酷くないが、このまま普通に生活をしていたら、すぐに瘴気に汚染されてしまい、命を落とすかモンスター化してしまうだろう。
とにかく迅速に、かつ丁寧に浄化をしなければ――そう思いながら、私は両膝をついて祈り始めると、私の足元には大きな白い魔方陣が生まれた。
「これは……彼女も使っていた魔法と同じ……!」
「すー……はー……」
目を閉じたまま、同じ体勢で精神統一をする事数時間。その間、ガレス様達は何も言わずに私を見守り続けてくれた。
「……お待たせしました。準備が出来ました」
大丈夫。即興で行った森の浄化だって出来たんだし、今回もきっと上手くいく。たくさん勉強したんだ……あの日々を思い出して、いつも通りやれば!
「聖なる光よ、邪悪な魔力を浄化せよ! そして……かの地と民に安寧を与えたまえ!」
私の言葉と共に、私の身体から強い光があふれ出す。刹那、その光は巨大な光の柱となって、空に伸びていき――爆発するように辺りに一気に広がっていった。
「っ……あぁ……あれは……太陽……?」
ガレス様の震えた声に反応するように、私は空を見上げると、そこには雲一つない青空が広がっていた。
でも……まだ空の雲は消えたけど、辺りを包む瘴気の気配は半分も消えていない。もっともっと集中して、魔力を注ぎ込まなくては。
「……くっ……」
不味い。瘴気が多すぎて、私の浄化の魔法では全てを消しきれそうもない。一旦休んで、再度浄化をすればいいかもしれないけど……瘴気は新たな瘴気を生む……少しでも残しておいたら堂々巡りになって意味がないというのに……!
「……っ! あの魔法なら……!」
光魔法では全て浄化しきれないのなら、闇魔法がある。少し使っただけでも反動で倒れてしまうくらいに危険なものだけど、光魔法よりも多く浄化できる可能性がある。
大丈夫、私なら出来る。あの時は知らなくて倒れてしまっただけ。わかっていれば……少しは耐えられるはず!
「やってやる……私は聖女なんだ!」
意気込みを新たにしながら、浄化の魔法を解除する。それから間髪入れずに、今度は漆黒の魔法陣を展開すると、大の大人がすっぽり入れてしまうくらいの大きさの漆黒の球体を生み出した。
「フェリシア、それは……君が言っていた例の闇魔法か?」
「はい。私の聖女の力である光魔法だけでは、力が及ばなくて浄化しきれません。ここまで濃度が高くなった瘴気を少しでも残しておいたら、瘴気が新たな瘴気を生み出してしまいます。だから……この闇魔法で、瘴気を全て呑み込みます!」
「そんな事をして、君の身体は大丈夫なのか!?」
「わかりません。なにせ闇魔法に関しては未知数ですので……ですが、浄化に関しては信頼できると思います! さあ、この国を苦しめる瘴気を全て飲み込んで!」
私の願いに応えるように、漆黒の球体は天高く昇っていくと、球体は凄まじい勢いで瘴気を飲み込み始める。それと同時に、以前と同じように私の身体から一気に魔力が無くなると同時に、身体が重くなった。
「フェリシア!? その汗は……!」
「だい、じょうぶ……です! すぐに……みんなが安心して……幸せに暮らせる国に戻しますから……!」
やっぱり闇魔法を使うと、尋常じゃなくらい魔力を持っていかれる。しかも森の浄化の時よりも闇魔法を維持しているせいで、もう限界が近づいてきている。
でも……そんなの関係ない。この力がたとえ悪魔の子の力だとしても、この国を救えるなら、いくらでも利用してやる!
「どうしてそこまで……この国は君にとって何の縁もない国だろう!? なのに……!」
「国とか関係ありません! 目の前で苦しんでいる民がいて助けないなんて、何が聖女ですか!? 私は聖女になると決めた日から……民を守るためならこの命を捧げる覚悟を持っていたんです! ここで大勢の民を助けられるなら……この身がどうなっても構いません!」
「フェリシア……君は……」
――聖女に絶対なると決めた、まだ幼かった時。私は本当のお父様を亡くした。
お父様は、結界の隙間から入ってきた瘴気の浄化をするために、お母様と一緒に現場に向かって……その時の事故で高濃度の瘴気に侵された。
お母様も必死に瘴気の浄化に努めたけど、全ての瘴気を浄化できず……お父様は私達が見守る中でモンスターと化し、その場で殺された。
目の前で変貌するお父様……そして殺されたお父様を見て、幼かった私は決心した。お母様よりも凄い聖女になって、二度と私のような人間を生み出してはいけないと。
だから……だから! 瘴気で困っている人を助けるために、私は逃げるわけにはいかない! たとえこの命がここで尽きようとも! 絶対に!!
「ぐっ……負けない……!」
「フェリシア!」
「えっ……?」
呼吸が苦しい。目の前が暗くなってきた。身体中が震え、脂汗が止まらないし、感覚も無くなってきた。そんな私を支えるように、ガレス様が背中から抱きしめてくれた。
「ち、近寄っては駄目です……あなたの魔力まで持っていかれてしまうかもしれません……」
「それは好都合だ。僕の魔力も使ってくれ。これでもこの国で一番の使い手なんだ」
「ガレス様……でも……」
「目の前で君が僕達のために必死に頑張ってるのに、何もしないわけにはいかないだろう? それに……一人の男として、君のような魅力的な女性を放ってなどおけない」
「ガレス様……ありがとうございます。とても心強いです」
「こちらこそ、国と民のために……本当にありがとう」
ガレス様の身体から、私の中に魔力が染みわたっていく。ううん、それだけじゃない……ガレス様の温もり、吐息、生命の鼓動。いろいろなものが私に伝わってくる。それは、私は一人じゃないんだと思えるものだった。
「ふぅぅぅ……これは中々強力な魔法だな……瘴気と一緒に僕達まで呑み込む気か?」
「ガレス様……!」
「大丈夫だ、最後まで付き合う! 君が今まで背負ってきた重荷を、僕にも背負わせてくれ!」
「っ……!!」
あぁ……暖かい……心も身体も……。
私を救ってくれて、看病や身の回りの事をしてくれて……何処の誰かなんてわからないのに置いてくれる優しいガレス様……どうしよう、私……こんな時だというのに、ガレス様にドキドキしてしまう。身体の感覚が無くなってきてるのに、顔だけが火を噴いたみたいに熱くなっているのがわかる。
そして……どうしようもないくらい心強くて、嬉しい。この胸の内から湧き出る暖かい気持ちが……私の力になる。
――ああ、そっか。私、この人の事が……いや、それはこの危機を乗り越えてから考えよう
「父上! 私達も参加しましょう!」
「うむっ! ぬおっ!? なんて魔力だ……近づく事が出来ん!」
私とガレス様の邪魔をするなと言わんばかりに、白と黒の魔力が私達を包み込んでしまった。
これでは逃げ場がない……いや、そもそも逃げる必要なんてない。だって……私は一人じゃないんだから!
「ガレス様、一気に瘴気を呑み込みます。耐えられますか?」
「ああ。幼い頃から剣と魔法の修行をしてきたから、多少の我慢強さは保証するよ」
「心強いです。では……いきますよ!」
漆黒の球体に更に魔力を込めると、瘴気を吸収する勢いが増していく。それと同時に、私達の魔力も加速度的に吸われていく。
「ぬぅぅぅぅ!! 負けてたまるか! 僕だって……民を守るんだ!」
「外から感じる瘴気はあと僅かです! もうひと踏ん張り!」
私はガレス様の両手に自分の手を重ねると、最後の力を振り絞り、残りの瘴気を全て回収をする。
そして……努力の甲斐もあり、全ての瘴気を呑み込んだところで、私達は力尽きた。漆黒の球体は役目を終えて消えていくのを、大の字になっていた私達はボーッと見送った。
「フェリシア……生きているか……?」
「はい……ガレス様も、ご無事ですか……?」
「無事かどうかは……何とも言えないな。とにかく魔力を使いすぎたせいで、異様に眠い……そして、腹が減った……」
「私もです……お腹ペコペコ……」
「互いに……腹が減ってるのは……生きてる証拠だ……今はそれを喜ぼう……」
ガレス様の仰ることは正しい。死んでたらお腹なんて空かないもの。そう考えると、ちょっとおかしくてクスクスと笑ってしまい……ガレス様も釣られて笑っていた。
――互いの手を、絶対に離さないように固くつなぎながら。
****
あれから二年後――私は完全に瘴気が無くなった街を、お城の屋上から眺める……なんて事もしたかったけど、聖女にはまだまだやる事は盛りだくさんだ。今はガレス様と一緒に国中を周り、瘴気に侵されて苦しんでる人の浄化や治療を行っている。
本当は大規模浄化の時に、民の瘴気も一緒に闇魔法で呑み込めればよかったんだけど、流石にそれは出来なかった。
「フェリシア、どうだ?」
「大丈夫。瘴気は全部浄化できました。でも……その変異した腕は……もう……」
「なーに、随分とごつくなってカッコいいじゃねーか! それよりも、助けてくれて本当にありがとうな、聖女様!」
「うっ……うぅ……よかった……本当によかった……聖女様、うちの旦那を助けてくれて……本当にありがとうございました……!」
私が今見ていた患者は、瘴気のせいで右腕がボコボコに腫れあがり、そのまま浸食されていたら、大型のオークにでもなってしまっていただろう。何とか食い止められてよかった。
……その腕を治す術もあればいいのに。いや、最初からあきらめていたら駄目ね。もっと聖女として光魔法も闇魔法も上達して、完全にモンスター化してしまっても治せるようになってみせるわ。
「さて、とりあえずこの村の浄化は全て終わったかな?」
「はい。もう患者はいないみたいです」
「わかった。今日もありがとうフェリシア」
「いえそんな……聖女として当然の事をしてるだけです。それよりも、いつも護衛をしてくれてありがとうございます」
「それこそ当然の事だよ。さあ、今日はもう遅い。宿屋に泊まって、明日城に戻るとしようか」
ガレス様の提案に頷いて見せると、彼は何故かキョロキョロと周りを確認してから、私にそっと手を差し伸べた。
最近のガレス様は、こうして私の手を取ってエスコートしてくれる事がとても多い。場合によってはお姫様だっこをされる時もある。
嬉しいんだけど……嬉しいだけど! こっちとしてはドキドキしすぎてそれどころじゃない! 二年前のあの大規模浄化の日以来、このドキドキは減るどころか、どんどん増している。
……やっぱり私、ガレス様の事が……。
「そうだフェリシア。君の母国の事は聞いたかい?」
「はい」
宿屋に向かう途中に投げかけられたガレス様の質問に、私は小さく頷く。
実は、最近アインベルト国の問題が解決されてきたからか、国が豊かになってきた。その影響もあり、他国の難民を少しずつ受け入れている。中には私の母国であるガトリオ国からの難民もいて、その人の浄化をする際に話を聞いた。
その難民曰く、今の聖女――妹のサリィアが全く仕事をしないせいで、結界が著しく弱まり、瘴気やモンスターが国に入り込んでしまった。当然瘴気に侵される人も出始めてる。それでもサリィアは遊び惚け、国も何もしてくれなかった。
結果、国では大規模な暴動が起こり、民と王家の争いが今も行われているそうだ。そして……その戦争に巻き込まれたサリィアとピエール様は、民の手でこの世を去ってしまったとの事だ。
……実はこうなるんじゃないかとは思っていた。サリィアはワガママだし聖女の勉強をしていない。それに周りの大人達も、サリィアを甘やかしていたから、サリィアがやりたくないって言えば、素直にそれを許してしまうのは容易に想像できた。だから追放をされた日に抗議したんだ。
何の罪もないガトリオ国の民が瘴気に侵され、戦渦に巻き込まれるのはとても心が痛む。だから、私はアインベルト国に逃げてきたガトリオ国の民の浄化や怪我の治療を率先して行っている。ガレス様達の理解もあるから、とても助かっているの。
「実は父上と兄上に、とある事を提案していてね。近い将来、ガトリオ国を我が領土にしようとしている。もちろんガトリオ国の民は、我が国の大切な民として迎え入れる。そうすれば、フェリシアが堂々とガトリオの民を救えるだろう?」
「そ、それは本当ですか!?」
「ああ。もうガトリオ王家はボロボロみたいだから、領土にするのはそれほど大変じゃないだろう。ただ、多くの民や土地の浄化が必要だから、君に負担がかかって――」
「やります! 民を救えるなら……悲しみが生まれなくなるなら、いくらでも!」
あまりにも僥倖すぎる。この話が実現すれば、この国の聖女として、私は母国の民を救える。国王陛下やノア様といった王家の方々もお優しい方ばかりだから、ガトリオ国の民が虐げられる心配もないだろう。
「本当にありがとうございます、ガレス様……」
「お礼を言うのはこちらだよ。せめてものお返しとして、これから先……ずっと君の隣で、君を守らせてくれ」
「え……? それって……」
聞きようによっては、完全にプロポーズ……なのでは? ど、どうしようどうしよう! 嬉しいけど心の準備が……! いや待って落ち着いて私。もしかしたら、深い理由なんてないかもしれない! もしそうなら、私が勝手に舞い上がってるだけの恥ずかしい人になっちゃう!
「宿屋が見えてきたね。入ろうか」
「ひゃい!」
ドキドキで声を裏返しながら、私はガレス様と一緒に宿屋に入ると、宿屋のご主人に笑顔で出迎えられた。
「これは聖女様に王子様! 此度は村を救ってくれて、本当にありがとうございました!」
「僕は何もしていない。感謝の言葉は彼女にだけ送ってほしいな」
「そ、そんな事無いです! ここに来るまでずっと守ってくれてますし、苦しんでる人を励ましたり……ガレス様は自分を卑下しすぎです!」
「ふふっ、ありがとう。二人なんだが、部屋の準備をしてもらえるかな」
「勿論でございます! うちで一番のお部屋をご用意します!」
「ありがとう」
宿屋のご主人は笑顔でそう言いながら、私達を二階の部屋の前まで案内してくれた。
「お部屋はこちらです。ではどうぞ……ごゆっくり!」
大きくお辞儀をしたご主人を見送ってから部屋に入る。中はとてもスッキリしているうえ、清潔で好感が持てる……のはいいんだけど、一つ重大な事に気づいた。
「あ、あれ……? ベッドが……一つしかない」
「……あははっ……これは主人にしてやられたな」
……そう。私達二人が泊まる部屋なのに、ベッドが一つしかない。これでは……ガレス様と同じベッドで寝る事に……!? そ、そんなの考えるだけで気絶しそう!
だ、だって……年頃の男女が同じベッドで寝るなんて……そ、そんなの……アレしかないじゃない!
「フェリシア、ベッドは君が使ってくれ。僕は床で寝るから」
「ゆ、床!?」
「これでも瘴気の調査で色んな所に赴いた際に、野宿は何度も経験していてね。地面に比べれば、床なんて可愛いものさ」
言われてみれば、確かに土の上で寝るよりはいいかもしれないけど、だからといって一国の王子様を床で寝かすなんて前代未聞すぎる。
それに……その、私……ガレス様と一緒に寝たいし……。
「あ、あのあの……その……い、いい……一緒に……」
「……フェリシア……いいのかい?」
「は、はい……私、ガレス様となら……あっ! ガレス様が嫌なら無理にとは……」
「ありがとう。とても光栄だよ。僕も君となら……いや、君が良い。美しく、清らかでとても強い心を持つ君となら」
「えっ……」
「僕は君を愛しているんだ。出会ったあの日から……僕は君に心を奪われていたんだ」
「っ……! ガレス様……私……嬉しいです」
あまりの嬉しさに、私はガレス様に勢いよく抱き着いてしまった。そんな私の事を優しく受け入れてくれたガレス様は、優しく抱きしめ返してくれた。
どうしよう、嬉しすぎて涙が止まらない。やっぱり二年前からずっと感じていたこのドキドキや気持ちは、ガレス様への愛だったんだ……!
「これからも……国を守る聖女として、そしてあなたの妻として、隣に置いてくれますか?」
「もちろん。僕と一緒にどこまでも歩んでほしい。絶対に君を守るし、悲しませないから」
「嬉しい……!」
「君に涙は似合わないよ。ほら、ちゃんと笑って」
私の頬を流れる涙を拭ってくれたガレス様に、私は今出来る精一杯の笑顔を浮かべると、嬉しそうに頬を綻ばせるガレス様と誓いの口づけを交わした――
ここまで読んでいただきありがとうございました!
こちらの作品は連載物として考えていたものを短編化したものです。評判がよろしいようでしたら、連載化も視野に入れております!プロットは全て出来ているので、連載になった際には完結は保証します!
連載版では主にフェリシアとガレスの更なる恋愛描写や新キャラの登場、各地の瘴気の浄化の旅や妹達との決着といった、様々な要素を入れる予定です。
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