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終着駅の恋人 Ⅴ  作者: さつき けい


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5-4・男装の令嬢


 その日、セントラル軍部局の兵寮に転入者があった。


「私の遠縁の者だ。 よろしく頼む」


アゼルは寮を管理する自分の後輩に、一人の青年を紹介していた。


茶色の短髪に灰色の瞳。


ひょろりとした細身の中性的な美しい青年である。


「サーキです」


俯いている上に、聞き取りにくい小さな声。


「引きこもりであまり外に出たことがない奴なんだ。 お手柔らかにな」


「はい!」


後輩の男性がアゼルに敬礼し、紹介された細い青年と握手する。


 軍に入りたての頃は貴族の子息であっても一般兵と同じ扱いだったが、アゼルは現在、幹部候補として勤務している。


寮の部屋も新人の頃とは違い、侯爵家の跡取りであるアゼルは従者として身近な者を側に置くことが認められていた。


もちろん、給与は侯爵家の負担だ。


その一人として細身の青年を推薦し、すぐに入寮を許可されたのである。




「こ、こんな話は聞いてない!」


部屋に入るなり青年はアゼルに対して声をあげた。


「おいおい、静かにしろよ。 バレてもいいのか?」


ここは軍部局の男子寮で、アゼルの部屋と繋がった従者用の部屋である。


 サウスから家出して来たサキサの身柄は、昨日、セリからアゼルに託された。


平民であるセリでは騎士爵とはいえ貴族令嬢であるサキサを匿うことが難しかったからだ。




 一晩をアゼルの侯爵家の館で客として過ごした翌朝、サキサは男性用の服に着替えさせられ、そして、ここに連れて来られたのである。


「わ、わたしに貴様の世話をしろというのか」


「落ち着け。 そんなことは言ってないだろ」


アゼルはサキサに寝台に座るように促し、自分はその向かい側に椅子を持って来て座った。


「いいか。 キミ以外にここを使う従者はいないから、この部屋は自由に使って構わない」


アゼルは自宅が近いため、特にここに寝泊まりする必要がない。


「内側から鍵が掛けられるから滅多なことはないと思うが。


誰かが訪ねて来た時だけ対応してくれ」


アゼルは、一年目は寮で大人しくしていたが、二年目になると家に帰るのが邪魔臭い時だけ寝泊まりしている。


仕事上、伝文や誰かが訪ねて来ないとはいえないので、その時は「アゼルに伝える」とだけ言えばいい。


「基本的に自由にしてもらって構わないが、出来ればおとなしく部屋に居て欲しいかな」


アゼルはサキサのことはセリから預かっているというだけで行動を制限するつもりはない。


だが、身元がバレて困るのはサキサのほうだ。


「まあ、せいぜい他の者に女だとバレないよう気を付けろよ」


アゼルは立ち上がり、サキサの肩をポンと叩いて出て行った。


「なんでこんなことに」


サキサは寝台の布団に突っ伏した。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 昨日、セリたちと別れた後、サキサを連れたアゼルは自宅に向かった。


サキサにとっては気に入らない男だが、家出中の自分の立場を思えばおとなしく従う他ないと半分諦めている。


 気軽な内輪の夕食に招待されたという設定での顔合わせ。


ドレスを持って来ていなかったサキサを、アゼルは家に入る前に洋装店に連れて行った。


アゼルはサキサがおとなしく見えるよう、質素な物を購入する。


 紺地に象牙色の品の良いレースをあしらった膝丈のワンピース。


本来なら侯爵家では例え部屋着であろうと採寸から始まり、裁断、仮縫いなどと時間がかかる。


それを店内にある既製服で済ませること自体、アゼルの両親に知られれば眉を顰められる案件だろう。


「ありがとうございます」


サキサは鏡の前でくるりと一回りする。


今まで女性らしい服をあまり好んで着ることはなかったが、セントラルの流行りと聞くと何となくうれしい。


「一つ貸しですよ」


アゼルの言葉にサキサの顔が一瞬ポカンとなる。


サキサは当然ながら無償の贈り物だと思っていたのだ。




 男勝りではあるが美人で騎士爵家の一人娘。


特にあの夜会以降、縁談と共に贈り物も多かった。


サキサはそれに慣れてしまっていた自分に気づき、情けなくて顔が赤くなる。


「私が愚かだった」


羞恥にふるふると身体を震わせ、自分の荷物を抱えると逃げるように外に出て行ってしまう。


アゼルは、その背中を「面白いなあ」と微笑みながら追いかけ、何とか宥めて侯爵家に向かった。




「ほお、サウスの騎士爵家のご息女とは」


「いらっしゃい。 うふふ、とても美しいお嬢さんね」


サキサの目から見たアゼルの両親はかなり高齢で、親というより祖父母のようだった。


アゼルが女性を連れて来ることはかなり珍しいことのようで館の者たちも皆、驚いていた。


「突然お伺いして申し訳ございません、旦那様、奥様」


遠方から来た友人として紹介され、きちんとした礼を取るサキサに老夫婦は笑顔で頷いた。


 用意されていた料理もサウスとはだいぶ違っていて、地域の差を感じさせるものだった。


食堂から居間に移り、ゆったりと就寝前の軽い酒を飲みながら談笑していたが、老夫婦は早めに寝室へ引き上げて行く。


穏やかで愛情に満ちた時間を過ごし、アゼルがこの両親に溺愛されているということはサキサにも良く分かった。




 自分たちと従者が一人いるだけの静かな部屋で、サキサはアゼルの様子を窺う。


彼にはサキサに対する下心など微塵も見えない。


 歴史を思わせる荘厳な広い館に高齢の両親と住む一人息子。


老婦人に良く似た金色の髪に青い瞳のこの青年は、間違いなくこの家を背負っていくのだろう。


その重圧は地方の騎士爵家のサキサには想像も出来ない。


「あなたは見かけによらず努力家なのだな」


見直したと言うサキサを、アゼルは首を傾げて見つめていた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 その頃、サウスではひとり娘の書き置きに警備隊長がため息を吐いていた。


「女性だからと何故早く結婚して、家庭に入らなければならないのですか」


サキサの家出は父親に対する反抗の証である。


 サウスは決して治安の良い街ではない。


騎士職としてサウスの警備隊を束ねるサキサの父親は、幼い頃から娘の無事を願い、部下たちと同じように鍛えてきた。


自己防衛の護身術のつもりだったが、思ったより筋が良く、めきめきと腕を上げていく娘に加減を忘れて。


「それが悪かったのか」


言動が徐々に男性に近くなり、いつの間にか男装の麗人などと呼ばれるようになっていた。


決して粗野なものではないにしても、娘のそのような噂には親としては眉をひそめている時だった。




 セントラルから来た若い貴族の跡取り息子からの警護の依頼。


対象は平民の娘だが、侯爵家の支援を受けている医療研究者である。


我が娘に部下として護衛を申し渡したのは確かに隊長としてだったが、うまくいけば少しは刺激を受けて女性らしくなるのではという思惑がなかったとはいえない。


日頃から男性ぽい服は着ているが、仕立てはあくまでも女性用である。


母親が最低限、女性だと分かるようにはさせていたのだ。


 あの夜、今まで一緒に訓練を受け、同じ仕事をこなして来たはずの同僚たちまでが我が目を疑った。


「あれは誰だ?」


周りの目が一転したのだ。


美しい令嬢の姿を見た年頃の男性からの求婚が殺到することになってしまう。


「我々は誤解していた。


姿形は男性のようでも、中身はきちんとしたご令嬢だったのだな」


失礼極まりない言い草である。


「もったいないお言葉、ありがとうございます」


騎士とは爵位でいえばだいぶ下位になる。


上級貴族からの縁談を簡単に断れる身分ではなかった。




 両親は、とりあえず見合いをさせ、何とか相手から断らせようと考えていた。


その矢先、護衛をしていたセントラルから来た平民の娘がサウスを出たと同時に自分の娘も姿を消してしまう。


ならば行き先は同じだろうと特に無理矢理に連れ戻そうとはしなかったのだが。


「それがなんでこうなった」


警備隊の隊長室で頭を抱える。


手元には、ある侯爵家からの手紙。


「こちらの都合で、しばらくの間ご息女をお預かりする。


ご心配には及ばない」


いったい何があったのか、心配しかない父親であった。



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