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終着駅の恋人 Ⅴ  作者: さつき けい


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5-3・黒い巨塔

主要人物紹介

アゼル……セントラルの軍務局幹部である侯爵家の後継。現在は軍務局幹部候補として忙しい毎日を送る。金髪青目の脳筋。歳上だが魔法学校のセリの同期。実はイコガの実弟。

トール……セリの弟。エンジニアの父親に似た理論派。姉想いの十三歳。


「ただいま戻りました」


セリはキシシュを連れて実家の玄関へと入る。


まだ夕方には早く、弟は学校、父と祖父は仕事先だろう。


母が一人で家事をしているはずだ。


 一応、近々セントラルに戻ることは手紙で知らせてある。


「あら、セリなの?。 早かったわね」


セリの母は、家の中とはいえ女性がはしゃぐ姿はみっともないと思っている人だ。


いくら久しぶりの娘との再会だとしても、大人の女性として静かに微笑むだけである。


 淡々とした簡単な挨拶を交わし、セリはキシシュを紹介する。


「突然ですみません。 よろしくお願いします」


「まあ、トールと同じくらいなのにしっかりしているわね」


セリの母は銀髪の美少年に驚いたのは一瞬で、すぐに息子の友人たちと同じような扱いをした。




 キシシュには屋根裏部屋を使ってもらうことになる。


「狭くてごめんね」


セリが申し訳なさそうに言う。


「いえ、とんでもないです」


キシシュは、勝手に押しかけたのは自分のほうだからと頭を振った。


 その小部屋は二階のトールの部屋の隣にあり、トールの友達が良く泊まる部屋だ。


いつでも使えるようにきちんと清掃されている。


「ありがとうございます。 でも、いいのでしょうか?」


「もちろんよ」


キシシュがいたサウスの施設は、病人以外は大部屋で雑魚寝が普通だったため、一人部屋と知って困惑していた。


 荷物を置き、階下に降りるとセリの母がお茶を用意してくれていた。


「あの、僕に出来ることはありませんか」


キシシュはここにいる間、家事の手伝いをしたいと申し出た。


「いいえ、あなたは勉強にいらしたのでしょう?。


ちゃんと学ぶことがあなたのお仕事ですよ」


相変わらず冷静な母の言葉にセリは笑って頷いた。


「でも」


口ごもるキシシュにセリの母も微笑んだ。


「そうね。 どうしても気が引けるなら、余裕がある時だけお手伝いをお願いするわ」


「はい」


緊張していたキシシュがようやく微笑んだ。




 夕方に戻って来た弟と祖父にキシシュを紹介し、一緒に夕食を摂る。


少しまだぎこちないが弟は同年代ということもあり興味がありそうだった。


 父は帰りが夜中なので、挨拶は翌朝である。


この家では一日のうち、朝食だけは家族が揃っていることが多い。


「ようこそ、セントラルへ」


列車のエンジニアとして働くセリの父はキシシュを歓迎した。


緊張していたキシシュも父の笑顔にホッとした顔になる。


「それでは、行って参ります」


朝食を終えると、セリはキシシュを連れて外に出た。


「僕も途中まで一緒に行く」


いつも朝はのんびりしている弟が追いかけて来る。


 トールはキシシュをチラチラと見ているが話をするきっかけをつかめないようだ。


セントラルに来てまだ二日目のキシシュは、緊張していてそれに気づいていない。


弟は十三歳、キシシュは十二歳。


難しい年頃だとセリは思う。


出来れば仲良くなって欲しいとは思うが、今までの生活環境があまりにも違う。


自分の知らないところで二人に無理をさせてはかわいそうだ。


セリは上司と相談して、働けるようになったら医療施設の寮に入れないか聞いてみようと思っている。




「そういえば、トール。 魔力検査が早くなったの?」


昨日のマミナの店での会話で、今まで十五歳前後くらいだった住民に対する魔力検査が早期に行われる事になったと聞いた。


「うん。 学校で行われるみたいだよ」


魔力検査前の子供たちは普通の学校に通っている。


魔力があると判定されると魔法学校へと移されるのだ。


キシシュはセリの顔を見上げる。


「魔力検査?」


「ええ。 サウスでも年に一度、行われていたはずだけど」


キシシュは首を傾げた。


 この国では誰でも成人前に検査を受けることになっている。


移民に対しては街での住民登録と同時に、年齢に関係なく行われるそうだ。


 今の世間の風潮では魔力持ちは忌避される。


上流階級ならまだしも、何の力もない孤児たちには醜聞にしかならない。


あの施設では魔力のある子供が多かったため、その辺りの情報は隠されていたのかも知れない。


「今までは住民管理局でやってたけど、今回は急な決定だから生徒だけは学校でやることになったみたいだよ」


トールは生徒たちに説明された検査の概要を話してくれた。


「準備が出来次第といわれているのね」


「うん」


これはおそらく自分のせいだ、とセリは思った。




『子供の不治の病といわれている病気の多くは魔力が原因である』


セリの報告書は一部医療者には衝撃的だっただろう。


 今までは幼い子供の、しかも上流階級の子供に多い病気だった。


悪い言い方をすれば、それは医療機関にとって金の成る木。


元気になれば感謝されて寄付が増え、もし力及ばず亡くなったとしても莫大な治療費を引き出せる。


体面を重んじる階級社会。


それ以上に子供がかわいくない親などいないのだから。


『何よりも早急に必要なのは患者になりそうな者を早く発見すること』


セリの論文の根幹は、発見が早ければ助かる可能性が高いということにある。


誰がその気持ちをんでくれたのかは分からない。


それでも魔力検査が早まったということは、セリの研究が役に立ったのだ。


理解されたことは素直にうれしかった。




 駅の東口で弟と別れ、公共の建物が集中している区画に向かう。


キシシュの手をギュッと握りしめた。


 セリは以前、どうしようもない理不尽を味わっている。


どんなに自分が正しいと思っていようと、世間の噂一つで簡単に立場は変わってしまう。


「セリ?」


「大丈夫よ。 私の上司はとてもやさしい方だから」


もっと上の上司や、外部からの圧力には弱いけれど。


 この街は中産階級が増えているとはいえ、まだまだ一部の上流貴族が牛耳っている。


セリには運よく侯爵家という後ろ盾はいるが十分とはいえない。


目の前には、つい半年ほど前まで通っていた職場。


今はその白い壁とは裏腹に黒い巨塔のように恐ろしく感じてしまう。


「ごめんなさい、キシシュくん。 もし嫌なことがあったら遠慮なく逃げてね」


逃げ込む場所はセリの家でもいい、昨日食事した店でもいい。


そう言ってセリは念のために用意していた地図を渡しておいた。




 受付で上司の名を告げて約束を確認する。


いくら仕事で訪れたとはいえ、表向きはこの医療施設を出た身であるセリは、部外者ということになっていた。


「確認いたしますので、しばらくお待ちください」


受付嬢にそう言われて待っていると、一人の男性が近づいて来た。


「おや、セナリー嬢ではないですか?。 久しぶりだな」


セリが何度か手伝いをしたことがある中年の医療術者である。


決してセリに『嬢』などと敬称を付けて呼ぶような人ではなかった。


「お久しぶりでございます」


セリは丁寧に礼を取る。


「私が案内しよう」


受付嬢に断りを入れ、その男性が先に立って歩き出す。


セリとキシシュは仕方なく後ろをついて行くしかなかった。




 まだ若いセリが新しい治療方法を発見してしまった。


回復した子供たちを見た大人たちはざわめいたはずだ。


大切な我が子を無くしてしまった親たちが思うことは同じ。


今まで医療関係者たちは何をやっていたのだ。


もう少し早ければ、と。


その対処で忙しいという上司の愚痴のような手紙を受け取っている。 


目の前の医療術者もセリに対して何か言いたいことがあるのだろうと、セリの握り込んだ手に汗が生まれる。


 見慣れた上司の部屋の前で立ち止まると、男性がくるりとセリの正面を向いた。


「何故、今頃セントラルに戻ったのかな?」


彼の顔は笑っているが冷たい目をしている。


「あ、はい。 少しご相談したいことがありまして」


「そうかい。 ま、あまりいい気にならないことだ」


そう言うとセリに背を向け、カツンカツンと足音をさせながら離れて行った。



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