5-19・未来への準備
聖騎士の精鋭は、実はほとんどが黒の魔力持ちである。
「教会が上流階級と渡り合うためにはある程度じゃなく、恐れられる程の魔力が必要だからな」
その聖騎士の中でもタツクはかなり魔力量が多いそうだ。
「だから放し飼いなんだよ」
誰も止められない。
ただ神を崇拝しているし、養父である教皇には頭が上がらないから大丈夫だと言う。
「俺は、ウエストに本部があったのは『ウエストエンド』に近いからじゃねえかと思う」
案外、情のある、他人の話にも耳を傾ける者だと知った教会が考えそうなことだ。
何でも出来て、魔力量が多い。
それを聖騎士と同じように、うまく利用出来ればと考える者がいないとは言えない。
アゼルは聖騎士をじっと見返す。
彼にイコガの『白化』の姿を見られたらどうなるのだろ。
幼い頃の白いイコガを見た者はセントラルには僅かしかいないが、情報を持っている者は一部いる。
あの整った顔で髪も肌も白く、瞳は透き通る薄い青。
アゼルも直接見たことは無いが、それこそ『神』に祭り上げられてもおかしくない。
嫌な予感しかしなかった。
「アンタは教会にどう説明する」
「報告書のままさ。
俺は神に忠誠を誓っちゃいるが、教会に義理はない」
労働者にしか見えない聖騎士はそう言って笑った。
アゼルは予備兵を仮のウエスト警備隊に任命し、セントラルからの騎士たちが到着するのを待つ。
待っている間にセリの問題を片付けようと手紙を読んだ。
「はあ」
額に手を当て、アゼルが落ち込んでいる。
サキサもアゼルの気持ちが分かるのか、同じように暗い顔になった。
「キシシュくんを『ウエストエンド』の医療施設で勉強させたいって。
せっかく魔法学校入学が決まったのに」
セントラルの住民として認められ、魔法検査も終わった。
すべてアゼルが力を貸している。
二人してため息も出るというものだ。
「えーっと、意見を言っても?」
護衛の男性が恐る恐る小さく声を上げた。
落ち込んでいるアゼルを見かねたらしい。
「その少年はいくつなのですか?」
「確か十二歳です」
サキサが答えると、護衛兵は頷いた。
「ではまだ医療機関で働ける年齢ではないですね」
せめて無償の魔法学校を卒業しなければ魔力のある子供は働けないはずだ。
「そうか、そうだよな」
アゼルは顔を上げ、急いで手紙を書き始めた。
ウエストから『ウエストエンド』なら手紙は半日で届く。
今なら午後からの便に間に合うだろう。
その日、聖騎士タツクが姿を消した。
サキサたちがそれに気づいたのは夜になってからである。
誰もが、姿は見えなくてもどこかにいるだろうと思っていた。
いつの間にか宿を引き払い、町を出て行ったようだ。
「不思議な人だったね」
「まあな」
「教会は執念深いから気を付けろ」とタツクはそう言い残している。
アゼルはイコガがセントラルの教会に伝手があるとは知らなかった。
やはりまだまだ知らない事が多い。
軽く気持ちを引き締めた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「あー、そうかー」
アゼルからの手紙を見たセリが、執務室の机の上に顔を突っ伏している。
「どうかしましたか?」
ロクローがテーブルにお茶のカップを置きながら訊いた。
「せっかくキシシュくんを治療所に紹介して頂いたのに、この国では十五歳未満は働けないんでした」
十二歳からすでに執事見習いとして働いているロクローが首を傾げる。
「えっと、医療機関では色々ありまして年齢制限が厳しいのです」
今日もキシシュはたのしそうにメリサの治療所へ出掛けて行った。
「ああ、そうでしたね」
辺境の魔領『ウエストエンド』に来て三年。
ロクローはすっかりセントラルの常識を忘れそうになっていた。
「しかもキシシュくんはサウスからの移動住民なので魔力検査を受けてまして」
魔力有りと判明したので魔法学校に入学することが決まっている。
「アゼル様に散々ご迷惑をお掛けして、やっと登録出来たところなので、やはり一度はセントラルに戻らないといけないですね」
いつものように執務室の長椅子に寝そべっていたイコガが、それを聞いてガバッと起きた。
イコガはセリの手からアゼルの手紙を奪う。
黙って目を通していたが、ため息を吐いて部屋を出て行った。
「あっ」
声を掛けられなかったセリが、立ち上がったまま閉じた扉を見ている。
「心配しなくても大丈夫ですよ。
拗ねてるだけです」
ヘッポコなので、と付け加え、
「切符の手配もありますので、日程が決まったら教えて下さい」
と言うと、ロクローは一礼して部屋を出た。
気分次第で上下する領主の体調を案じ、ドクターを探しに行く。
イコガは中央棟の尖塔にいることが多い。
ロクローに頼まれて、珍しくアーチーが螺旋階段を上ってやって来た。
尖塔の最上階にある窓に腰掛けるイコガがいる。
「……体調は、どう、だ」
日頃からあまり身体を鍛えていないドクターは息を切らせている。
「べつに」
アーチーは、イコガの側に座るとハアッと大きく息を吐いた。
何か言いかけたアーチーにイコガは首を横に振る。
「分かってる。
俺には彼女を引き留められない」
セリがしばらくの間ここに居たのは、ウエストでの事件に自ら飛び込み、軽くケガを負ったためである。
魔力による治療はすでに終わっているが、精神的な療養が必要だと滞在を延ばしていた。
少なくともイコガの精神的には必要な処置だった。
「全部、俺が悪いんだ。
軍務局が動いているのも知っていたし、さっさと蛇の異形の彼女をどこかに移動させればいいって分かってた」
発見してすぐ移動させなかったのは、セントラルの教会の「犯人を改心させたい」という意向があったからだ。
イコガは、「行方不明者はこちらで引き取る」と言って一旦全員預かり、希望者のみ秘密裏に引き渡す。
それにより『ウエストエンド』は教会からの食料支援を受けられることになった。
領主館の地下には地上で生活することを好まない魔物や異形たちが住む空間があり、イコガはその場所に行方不明者を匿うことにしたのである。
「ああ、あれを決めたのはお前だ。責任はお前にある。
だけど、セリ嬢のことはまた別の問題だ」
ようやく息を整えて、アーチーは説教体制に入る。
「メリサが私を連れ戻すために本家の指示でここへ来たのは確かだが、あいつは最初からそんな気は無かった」
十代の頃、二人は恋人同士だったが婚約は認めてもらえずに別れる。
アーチーが辺境へやって来たのはそんな頃だった。
諦めきれなかったメリサは、本家の指示に従う振りをして、アーチーの本意を確かめに来たのだ。
セントラルでの仕事も家も、全て捨てる覚悟を決めて来たという。
「だから俺は妻にしたし、セントラルの生家にも親族から養子を取って後を継がせるように言った」
何度も聞いた話だ。
イコガは不機嫌そうにアーチーを見る。
「あのお嬢さんにその覚悟はあるのか?」
イコガは唇を噛む。
「恋愛と結婚が違うのはそういうところだ」
本人同士だけでいいのならそのままでいい。
だけど将来も一緒にいることを望むなら結婚も意識する。
「婚姻は家と家を結ぶものだ。
だから私たち夫婦はこの町では認められても、セントラルでは認めてもらえない」
家同士が認めていないから。
「コガ、お前は領主だ。 だとしたらお前の家族は領民だろう。
少なくとも領民と彼女の家族の説得が必要になる」
アーチーは自分たちのようになるなと苦言を呈する。
「……分かった」
いじけてる暇なんてない。
認めてもらえるように努力しなければならない。
領主イコガはセントラルとの関係を切れないからだ。
アーチーは思わず、自分とそんなに背丈が変わらなくなった黒い髪の頭をガシガシと撫でる。
苦笑いのイコガが階段を下りて行った。
「まったく、手のかかる弟だよ」
それでも想い想われたことで病状は安定していた。
もちろん、アーチーはこれからも医療術者として全力を尽くす。
「どれだけの時間があいつに残っているのか分からないが」
イコガとその恋人の幸せを祈らずにいられなかった。
ドクター・アーチーは、階段を一段一段、ゆっくりと下りて行く。




